出社【3回ぐらいは仕事で死ぬか死にかかっているので本当に働きたくない】
「嫌だ! 働きたくない! 絶対に働きたくない!」
布団にくるまりダンゴムシのような形状を取ったのは宗弥だった。
40日間の有給休暇を経て正式に前職を退職し、今日から高木の所属する会社に厄介になることになっていた。
しかし、いざスーツに着替えると「やめた」といってジャケットを脱いで再び布団に入るのだった。
そして、現在に至る。
「今日が出社初日だろうが! 起きろ! そして仕事に出かけろ!」
「嫌だ! 社会は! 世界は、僕に優しくないんだ! 死にたくない! 怖い! 社会が怖い!」
「はぁ…………」
エマはあきれ果てて、心の底から失望したというにふさわしい溜息をつき、そして布団を乱暴にはぎ取った。
胸倉を掴むと3発ほど平手を放ち、宗弥が意識を失った隙にジャケットを羽織らせて肩に担いだ。エマはスマートフォンと、財布をカバンの中に放り込み、外に出た。
そのまま駅まで担いで走ったところで宗弥は目を覚ましたようだった。
「はっ、ここは!」
「気が付いたか、もう駅だぞ」
エマはよいせって言いながら、宗弥を降ろすと怯え切った宗弥の目を見た。
「高木さんの名刺はあたしも持ってるからな、行ったのかどうか後で電話して確認するからな?」
「……うん、なんかごめん……頑張ってみるわ……」
「おう、行ってこい」
エマと宗弥は改札で別れて、それぞれ上り線と下り線に分かれて電車に乗ったのだった。
西原明美が伊達宗弥を見つけたとき、伊達宗弥はゴミ箱にもたれ掛かって死んだように眠っていた。
その様は酔っ払いが眠っているとかそういうものではなく、壮絶な戦いを経て傷を負い、自らの人生を諦観し、死んでいく。
こういうの映画(男たちの挽歌やカウボーイビバップの最終回)で見た気がすると西原は思うのだった。
「あの、……大丈夫ですか?」
まさか実際に死んでいる訳は無いだろうと思いながら西原は伊達宗弥に話しかけた。
「ああ……スイマセン……ご心配を、……最後に友達に伝言を……」
「はい……」
西原は死にかけている宗弥の手を両手で握りしめて絞り出されるだろう言葉を聞こうと耳を傾けるのだった。
「いや、何やってんだよ宗弥」
「痛い!」
神妙にこれから死に行く人間の演技をしていた宗弥の頭を高木理人が手に持った靴で全力で引っぱたいた。
「何をする!」
「いや、何で死にかけてるんだよ。今日から働くんだろ? それなりのポストも与える予定のつもりだけど、初日からこれか?」
「す、スイマセン……生きていて……」
「ちゃんとしろ、一応研修期間は挟むが終わったらお前は課長待遇ってことを忘れたのか?」
「あ、……なんか話しているうちは出来そうな気がしていましたが急に自信が無くなってきまして、すいません。なんか死にそうなのでなかったことに………」
「じゃ、クビな」
「そんな!!!!!」
「あの、……社長、この方は……?」
西原が不安そうに高木に聞いた。
「こいつは伊達宗弥」
「伊達……宗弥さん?」
西原には聞き覚えがあり、思い返すように首を傾げた。
「何回か話したと思うけど、この会社立ち上げるにあたって創業メンバーに入る予定だったのが退職するタイミングミスって今やってきたみたいなやつ」
「あの方が! この方!?」
「え、そんなにびっくりすることなの? どんな伝えられ方してんの僕?」
「いや、だって高木社長から実務面での能力に関して言えば圧倒的に高いと聞いていますし、マネジメントも出来て、業界を一人でひっくり返せるぐら力があるって聞いてましたけど、なんでトイレの前で死にかけているんですか?」
「え、そんな伝えられ方しているんですか? 僕?」
目を覚まして飛び起きる宗弥。
「そうですよ? 伝説的な営業という風に聞いていましたが、違うんですか?」
「多分人違いだと思いますよ……?」
西原が宗弥の目を見ようとしたら、その動きに連動して宗弥は目を逸らした。
「お前の悪いところはいつもいつでも、自己評価が過剰に過小評価になりがちということだ。俺の主観も多少混じるかも知れないけど、ひいき目抜きにしてその能力で何で底辺やってるの? とは思う」
「そうなんですか?」
宗弥が聞いた。
「そのように伺っておりますが?」
西原が信じられないものをみるような視線を飛ばしていった。
西原からしてみれば、会社で出社初日にオフィスにも入らずに死にかかっている人間がとてもまっとうであるとは思えなかったのだった。
「そういうところに、俺はずっと腹が立っていたんだよ。あと、西原、このあとちゃんと紹介するが、このヘタレはお前の上司になる男だぞ?」
「「まじすか?」」
宗弥と西原の声がハモった。
宗弥再び意識を失ったが、その後高木に引き上げられて、伊達宗弥は入社初日を迎えることが出来たのだった。
宗弥は結局オフィスに入る前はビビり散らかしていたが、入ってしまっては割と普通に過ごしてしまったのだった。
新生活にかんしては宗弥が危惧することは無く、本当に普通に始まった。