再雇用先決定。
30代前半のおじさん二人と高校一年生ぐらいの金髪美少女のエマの三人でカラオケに行くというのは、それなりに胡乱な組み合わせだったのか店員は目を白黒させていた。飲み物を聞かれて適当にコーラ三つなどと答えた。
部屋についてコーラが運ばれて来るまで、黙って座り剣呑な空気の中で過ごしていたコーラを運んで来た店員が扉を開けた瞬間に一瞬止まり、それからコーラを3つ置いていった。
「これ、飲んで良いものなの?」
「大丈夫だよ。おいしいよ」
エマが初めてみる飲み物におっかなびっくりしながら飲むと小さく「おお」と小さく言った。気に入ったようだ。
「これまでの事ざっくり話すけど、まずお前が抜けてお前に客がみんなついて行って会社は大変なことになった。んでまあ、お前も知ってる通りだけど、役員は何もしなくて仕事は膨れ上がってお前がいなくなった分の仕事は全部僕が処理する羽目になった」
「それは……悪いことをしたと思うけど、お前があの会社に残り続ける理由がそもそもあったのかよ」
「ないことは無かった。しばらく様子をみて辞めるつもりだったけど、本当に会社の柱の一本を支えられるのが僕一人になっていなくなったら僕の後に続いている後輩たちの道を消すことになるから必死にやった。朝は7時から夜は3時まで。毎日、毎日だ。役員どもは僕がやるから仕事を押し付けるだけ押し付けて僕は必死にやってたけど、まあある日限界が来て死んだ訳だ」
「そうなのか……」
高木は深刻そうに俯いていたが、すでにコーラに興味が移っていたエマはコーラに夢中のようで少し飲んでは味を吟味している。「飲み終わったら、僕の飲んで良いよ」「いいのか?!」などと無邪気に目を輝かせている。
「まあ、ここまでがプロローグでそっから僕は女神にあって人生やり直したいって言ったら異世界で勇者になれって言われて、エマがいる世界に送り出された訳だ。で、ただ問題だったのは僕に異世界転生ラノベみたいな特殊能力とかなーーんも与えられなかった訳で、無双も出来ずに苦しい暮らしを送っていた訳ですよ」
「これはガチだぞ。宗弥その辺の住人よりも体は弱かったし、攻撃受けたら即死する癖にやたら現場に出る困った奴だった」
エマがコーラを飲みながら言った。
「仮にお前が本当にそうだったとして、現場って言ったな? お前は何をしていたんだ?」
「勇者の頃は冒険者ギルドのクエスト仲介人をやってた。僕が冒険者を囲ってモンスター討伐とか、護衛とかそういうプロジェクトをやってくみたいなことやってた。エマはとんでもなく優秀だったんだけど、とんでもなく生意気だったから、あんまり相手にされなくてね……身寄りのない僕のところで一緒に仕事することに なったんだ……」
「あ、それ滅茶苦茶語弊があるぞ。クリスちゃんは宗弥を使えるとは思ってたけど、クリスちゃんの顔つぶしたから自分で梯子外したんだぞ。その時のあたしもたいがいだけど、その頃の宗弥はもうおっさんなのにそんなだから救えねー」
「クリスちゃんって?」
「クリスちゃんはね……」
等とかくかくしかじかな異世界での事情を離した。
当初新人として配属され、クリスちゃんという大変優秀な先輩がいたのにその先輩を現場で宗弥が顔をつぶして放逐される一方でエマはそれを気に入ってついてきたこと、他にも優秀な仲間を得たことなどを説明した。
「それでファヴニールよ」
エマが言った。
「ああ、そんなんいたね?」
「何それ?」
「なんというか、かつての勇者は魔王軍にコピーされるらしくって最強の龍に変身できる奴がいたのよ。それを何とか頑張って倒したんだよねー」
「なんかあたしらのこと見捨てたのかと思ってたら、討伐兵器持ってきて奇襲するやつとかカッコよかったと思うぜ」
「ええーそんなこと、誰も一言も言ってくれなかったのに……」
「みんなあれに関しては、本当に宗弥に助けてもらったって口を揃えていっているぜ?」
「詳しく教えてくれよ」
高木が聞いた。
「ん、あれはね。でっかい龍の討伐って話だったんだけど、依頼を受けたときにすごい嫌な予感がしてて断ろうと思ったんだけど、エマたちがノリノリで受けざるを得なかったんだよね。んで、いろいろ調べまわったりしてたらどうやらクソヤバイ奴が皮をかぶっているらしいということを突き止めて、それを倒すための専用兵装を無茶苦茶やって手に入れて何とか現場入りして仕留めるっていう。マジで死にかけたからもうゴメンだ」
「へぇ」
高木はそれなりには感心したらしかった。
ファヴニール討伐に関しては、宗弥としては思い出したくなかった。手持ちをすべて失うか、あらゆる手段を尽くしてなんとか勝ち残るかという瀬戸際の勝負だったのは否定しない。死力を尽くした結果本当に死にかけるとは夢にも思わなかったけど。
「エマちゃんは言ってしまえば、望んでこっちの世界に来たわけだけどそれはなんで……?」
新しく注文をしたコーラフロートをつまみながら、エマは高木を見てうなった。
「なんか見ていてムカついたから」
「ムカついたからこっちに来たの???」
「そうだよ。こいつは誰かの幸せを願うことは出来るけど、自分はいっつも勘定に入っていない。最後の最後にはまた自分が死ねば解決するみたいなことを仕向けやがったので、こっち来たんだよね」
「お前さぁ……」
高木とエマのじっとりとした視線が宗弥に突き刺さる。
新しく頼んでおいたホットコーヒーをすすってごまかした。
「結局お前はいつもそうだな。誰かのせいでも自分で貧乏くじを引きに行って、自分がなんとかすればいいだろうって思っているな。お前が会社に残るとは俺は思っていなかったし、俺が抜けた穴をふさごうと頑張ったのはわかるけど、死んだら元も子も無いだろ」
「スイマセン……」
高木は一発目に関しては申し訳なさを感じているようだったが、宗弥が二回繰り返したとなればそれはもう性癖なのだとということを分かったようだ。
「こんな子にも心配させて、お前何やってんだよ」
「まあ、落ち着けよあたしが来たからには安心だ」
自信満々にエマが言う。
「いや、それはそれで明らかに未成年の素性の知れない女の子が、独身男性と一緒に暮らしているというのはそれはそれで問題なんだけど……まあ、良いのか?」
「こっちの時間じゃ一日ぐらいしかたってないんだろうけど、あたしらはなんやかんやで2年弱ぐらいは付き合いがあるし、一緒に暮らしていた時期だってあるぞ?」
「一緒に暮らしていた時期??」
「それは、エマがお金が無くなりすぎて僕のギルド職員寮にエマが転がり込んできたことがあったんだ3週間ぐらい確かに一緒に暮らしていたね。貧乏すぎて何も気を遣えてなかったけど……」
「あの頃は辛かったよな……」
「そうだね……」
ひもじさを感じながらその日の獲物を狩りで獲って来て、余計に獲った獲物を売るが大したお金にはならず、二人分の生活費を稼ぐことは厳しくてエマは当初契約していた家を解約して宗弥のところに転がり込んできた。
「それから、ヒューゴと、ドミニクと、リーズを入れてパーティを組んでクルガンオオトカゲを大量に討伐して、お金が出来たから出てったんだよね」
「そうそう」
「なるほどね……、信頼関係みたいなのは何となく分かったけどさ。これからどうするのよ?」
「いや、ちょうど仕事を僕のこと殺しかねない職場だから、辞めたばっかりでエマには学校もあるし生活費は二倍になるし、家賃は上がるからマジでどうしようって思ってたところなんだよね。雇って?」
宗弥は、手を合わせて首をかしげてみたがあんまりかわいくは出来なかったようで、高木の顔が一気に渋くなることを感じた。
「いきなり厚かましいな」
「割とマジな話すると、前職の倍ぐらい欲しい」
「もともとお前はうちに一緒に来る予定だったのに、一向にやって来ないから来たけど。それぐらい出すつもりでいたけど、最初からそう言われると萎える」
「ドウシテ!」
一方でエマはイチゴのパフェを注文していた。
「俺からお前に頼むのはまあ良いんだけど、お前から頼まれるとなんかダメな気がして……」
「そんな……」
「いや、普通にあたしたちの世界でやってきたこと全部話せばいいじゃねーかよ。ついでに魔王になった話も、あたしにあの時話したみてーに全部話せばいいじゃねーかよ。それを全部信じてくれるなら言ってることぐらいの願いは叶えてくれんじゃねーのか? あ、パフェはこっちです」
イチゴパフェが運ばれてきて、エマはさっそく食べ始めた。
「そうだね……」
それから宗弥異世界に吹っ飛ばされた先での出来事をつぶさに話始めた。
力が何も与えられなかったので、ギルド職員になって伝説の古龍を倒したり、王国の王位継承権をめぐる戦いを終結させたり、元勇者からなる四天王を討伐して、最後には魔王になっていた前勇者との一対一の戦いを制して平和をもたらした。
ただ、結局この戦いはある程度魔界とされる世界の願いを多少なりとも叶えないことには終わらないと分かり、宗弥は勇者の仕事が終わった直後に魔王になった。
地盤を得るために商売をはじめて軌道に乗せ、島を一つ買い取り魔界の住人を招き入れて戦争を起こし、最終的には宗弥がエマとの戦いで負けることで引き返すことになっていたが、商売の基盤が魔界からやってきたもので成り立っていることで商会が抵抗をしたり王位継承の戦いで助けた国の王子がパーティにいたから、魔界と呼ばれる世界のパスは通したままで住人が今後もその島を起点に流入してくるとは思うが、その後は宗弥とエマは離れた後の事なので知らない。
ということまでエマと一緒に話した。
「クソ、世界が違うだけで俺よりスケールのでかいことやってやがる」
「最後の魔王になってからの話は、運よくベストセラーになる商品が石ころみたいに転がってたからだと思うけどねー」
「それはそうだけど、その話は30年前ぐらいの伝説みたいな話なんだよな……」
「大丈夫そうでしょ?」
「お前の口からだけだったら、いまいち信用してなかったけど、エマちゃんがそこまで言うなら信じてやっても良いって思えてきたわ」
パフェを食べ終わった(2杯目)エマが顔を上げて聞いた。
こっちの世界に来てしまえばただの女の子になってしまうが、そもそもこの少女は実家がドラゴンスレイヤーとして名だたる名門の生まれで、戦闘技量においてはその年代に並ぶものが無く、戦闘指揮も取れるし100人規模ぐらいだったら普通にまとめることが出来る。
プレイヤー兼マネージャーであなた滅茶苦茶優秀でしたねそういえばということを話しながら思い出した。まさかここに来て異世界でのエマの威厳が宗弥を助けることになるとは夢にも思わなかったのだった。
「見せてくれよ、異世界帰りの男がどのくらいやれるのかってことを」
「正直あんまり自信は無いけど、期待してくれるならそれなりに答えるつもりではいるよ」
曖昧に宗弥は笑った。