伊達宗弥生きる決意をする。
エマ・バレーは勇者である。
年齢は15歳で、身長は出会った時より少し伸びたがそれでもまだ日本にいても平均より少し高い程度。整った顔立ちをしているが、眼光は刃のように鋭く束ねた金髪は燃えるように輝いている。
彼女は宗弥が異世界に飛ばされた後で出会った相棒だった。勇者としての資質の話で言えば、力と体力こそ足りないもののその世界における技量の最高到達点を誇る竜騎士だった。
で、どういう訳だか現世に戻ってきた宗弥の部屋で向かいあって座っている。
「ごめん、麦茶ぐらいしか無いけど」
「んな気を使わなくて良いのにというか、さっき勝手にちょっと飲んだ」
そういえば開いたグラスが台所にあったが、エマが使ったグラスだろう。
「人んちの冷蔵庫勝手に開けるのはどうかと思うぞ」
「いや、あたしんちだし」
「どゆこと?」
エマは、顔をしかめながらスクールバックに手を突っ込みいくつかの書類をテーブルの上に並べた。
住民票、戸籍謄本、制服を着ている御山高校からの入学前の初回面談案内。
「マジで戸籍とかなんとかなってんのかよ……」
書類を読んでいく、住民票にはこの住所が現住所として昨日付けで登録をされており戸籍謄本にも同様の記載があった。
ここでの名前は谷山エマとなっていた。
「谷山って……」
「バレー家の名前はこっちきたら名乗れないなと思ったから、なんか適当な苗字貰ったわ」
というか、自分が異世界転生をした時にはとりあえず適当に放り出されたけど現代日本に異邦者がやってくるという場合はそう簡単に戸籍とか誤魔化せないだろうと思っての手配なのだろうか。それがあのガイダンスのいうめんどくさかったことというのだろうか。
「なるほど、本当にこの家が現住所として設定されているな。なんか設定とかあるの?」
「ああ、一応あたしの両親がイギリスで暮らしていたけど、あたしが留学することになって当初ここに来るにあたってのホストファミリーがごたごたしていて緊急で指名されたのがめっちゃくちゃ遠い親戚の宗弥だったという訳らしい」
「半ば無理やり押し付けられるという点においてはおおむね同じだな。クソが」
それから、御山高校の面談の日時のプリントに目を通す。
「明後日! しかも真昼間! 保護者同伴!」
仕事をしながら、ということになればかなり厳しい。今日は勢いで休んだがあさっての事は何も分からない。
「まずいのか?」
「いや、だって仕事が……」
帰ってきた直後はなかなかぴんと来なかったがいろいろなものを置き去りにしていたことを思い出す。仕事は山盛りで、代わりにやる人間もいなくて……。
「なんかさ、ひっかかんだけど今日帰ってきたんだろ? 仕事辞めたんじゃないの?」
「辞める……だと?」
およそ信じられない選択肢を与えられた反応をしてしまった。
「お前、あれじゃん話前聞いた限りだとあのギルドより過酷なことをやって判断間違って死んだんだろ? ようするに兵隊大事にしない軍隊で無理させられてただけだろ? 辞めるのが死ぬことなんじゃないなら、辞めたら?」
エマには自分の話はしていた。
気が狂うほど働かされて、判断を間違って死んだ。と。じゃあ辞めたら? と答えが返ってきた。
宗弥は一時的に動きを止め、そして麦茶を飲みほしてからコーヒーを淹れ始めた。コーヒーのお湯が沸いて二人分のコーヒーを淹れ終え、エマのもとへと持っていく。
「辞めよう!」
「今の動作必要だったの?!!」
コーヒーの香りをかいでコーヒーをすすると、世界が光輝いて見えるようになってきた。あの会社の奴らに2度と会いたくない。
会わなくても別に生きていけるという確信が得られたのであれば、世界は必然的に輝きを帯びるのであった。
客についてはごめんだけど、別に自分があの会社の社長な訳ではない。
「頭が冴えてきたぞ。明後日までに会社を辞めて見せよう。それで明後日には、御山高校の面談に行く。そして引っ越しだ!」
「えー別にここで良いじゃん。なんか懐かしいし」
エマと最初に組んだころあまりにもお互いに金が無かったため、宗弥の家にエマが一時的に住んでいることがあった。せまっくるしいワンルームに二人暮らしだったが、貧乏すぎていろいろ気にならなくなる程度には貧しかった。
「ダメだ。問題が有りすぎる。理性の話をするなら1ミリも問題が無いが、精神衛生上良くないし全く配慮していないとなれば、それはあらぬ誤解を招くというもの」
「? 分からんが」
エマは眉間にしわを寄せていた。
「とにかく引っ越しだ! 新卒のころから住んでた物件だしステップアップにも良いころあいだ! 分かったな!」
「まあ」
エマは納得しかねるという顔をしていたが、宗弥はねじ伏せた。
「やることは、仕事を辞める! エマの入学をうまく行くように明後日面談に行く! 引っ越す! そして転職先を探す、うおおおおおおおおおおおおお!」
これから転職活動をしなければならないという絶望感に打ちひしがれて、その場に蹲って涙を流した。
転職活動は、辞めてからするものでは……ない。本来であれば。
「忙しい奴だな。とりあえず、明日、頑張れよな」
「おう!」
と、宗弥は顔をあげて答えた。