ペンギンが良い
宗弥は西原をその後すぐにメッセージで誘い出してみた。
既読が付いてからしばらく時間がたったが受け入れられた。確認をしてから、すぐにチケットの手配とディナーの予約を入れた。
週末、昼過ぎに駅で集合をして水族館に行くことになった。
西原は前回同様にちゃんとおしゃれをしてやってきており、会社で見かけると地味な感じの背の高い女性なのだけど外できちんと着飾ってやってくると通り過ぎる男性が何人かは振り返るようだった。一緒に歩いている宗弥まで見て、「ま、こいつには勝っているだろう」みたいな顔も一度見た。
水族館は駅からすぐの場所にあった。緊張をしていたからそうだったのか、なんとなくデートだということで誘い出してみたけれども水族館というものにあんまり興味がなかったのだろうか、思った以上に頭に情報が入ってこない。横にいる西原がどんな顔をしているのだろうと伺うことも無かった。
イワシの魚群の水槽にやって来た時、昔海洋関連の大学に行っていた友人が「おいしそうって言ったら、別れた」といった話をしていたことを何となく思い出したり、マグロを見たときそういえばこの魚って動き続けないと死ぬんだっけ? みたいなことを思っていたが口にはしなかった。漫然とペンギンを眺めている時に、こんな風なかわいい生き物に生まれたいな等ととりとめのないことを考えていた。
「ペンギン、お好きなんですか?」
西原が宗弥の顔を覗き込んで言った。
「ああ、ごめん。生まれ変わったらあんな風に生きていきたいなって思ってた……」
「え、それってどういうことなんですか?」
西原が笑いながら聞いてくる。
「何て言ったらいいんですかね。かわいい生き物になりたかったんだ。ペンギンが何を思って生きているのか分からないけど、かわいく生まれたかったなみたなことを思ってたんだ」
「伊達さん、おもしろいこと言うんですね」
「僕からしたら何も面白い事なんか無いよ。結構真剣に思うんだ。生まれ変わったらただ、かわいい生き物として命を全うしたい。本当に」
生まれ変わって、異世界に行っても大した力も与えられず死ぬほど苦しい労働を与えられることなど無くただ、かわいいと言われながら生きていきたい。
切実な願いなのであった。
「本当にたまに変な事言いますよね?」
「そうなのかな? かわいくはなりたいでしょう。西原さんはもっとかわいくなれるかもしれないけど、おじさんにはもう無理だ」
「伊達さんはかわいい時もありますよ」
「本当? うれしいなぁ」
適当な生返事で返した。
「信じていないですね? 時間があるときに教えてあげますよ」
それはそれで聞かされたくないな等と思うのだった。
一周回り終えて出口近辺にあるお土産で皇帝ペンギンのぬいぐるみと目が遭ってしまった。ここで買うのもなんかあれだし、一緒にいる人に変な風に思われるのもあれだし見送ろうと決意を固めた。
その後、予約していたイタリアンのお店に入った。
カジュアルな装いのお店だったが、入った瞬間からウェイターの動き出しが違っていて秒で緊張してしまった。
テーブルに通されて今日のコースについて案内をされた。
魚料理がメインの構成になっており、飲み物について聞かれて飲み易いこれにあったワインでお願いをした。西原に関しても同じもので良さそうだった為同じものを頼んだ。
「手慣れているんですね……?」
「そんな訳ありますか。入った瞬間にちょっと緊張するし、店員さんがうまくて合わせて会話しているだけだし」
確かにウェイターの案内は熟練しており、余計な選択肢を考えさせずに選択をするということがストレス無くできた。
慣れているとか関係ない。店員がうまい。それだけの話だった。
「何年か前に女の子と付き合うことになって、こんなお店をはりきって予約してたよなぁとか思い出したけど、それっきりだ」
「そうだったんですか? 意外です」
「大学から社会人になるころぐらいに付き合っていた子はいたんだけど、社会人になってお互いの生活が合わなくなって何か分かれちゃって後は仕事漬けだったね。高そうなお店もその頃を終わってみれば、接待ぐらいでしか行かないもんだね。溜息でちゃうわ。西原さんは付き合っていた人とかどんな人だったの?」
「私は……、付き合ったことはあるんですが、そんなに長続きしなくって……、みんな背が高いのが嫌みたいなんです。それと自信があんまりなさそうで見ていてイライラするって……」
「ええー、そうなんだー。以外! 背が高くていいなぁとか思ってたけどね」
西原は会社にいるときは、かかとの低い靴を履いているが今日や前回に関して言えばヒールのある靴を履いており若干だが宗弥の身長を追い抜くのだった。
「自身がなさそうというか、控えめな性格ですよね。前にもこのことは言ったから大丈夫だよ。仕事の上では助かることがとても多いし……」
「仕事では……?」
地雷を踏んだ可能性がある。他意は無いのに。
色々段取りを取りながら話していこうと思ったけど、何となくその段取りめいたあいまいなものたちについて、途端にどうでも良くなってきた。
「仕事ではね。西原さんは、良い人だと思うし僕からしたらとても魅力的な綺麗な人だと思うよ。でもやっぱり、普段の付き合いのところからは逸脱しない」
「そうですか」
連れてきて早々に落ち込ませてしまった。
「というか、僕には恋が分からなくなってるのかも知れない。何で僕の事なんか気にかけてくれるんだい?」
「最初は、変な人だなって思っていたんです。会社に行ったら死んでいるし、全然落ち着いてないし、いつも慌ててるし心配性だし、なんか独り言言ってるときあるし……」
好きになる要素無いやん。と宗弥は率直に思った。
「でも、何かあった時にはきちんと段取り取ってやってくれるし、人の細かいところにもよく気が付くし、いつも慌てているのは本当に予測をしてそれに備えているってことなんだなって思ったんです。だから、この人なら私を見つけてくれるかもしれないって思ったんです……」
「見つけらんねー世の男たちが悪いんじゃないの。世界が悪い」
天井を仰ぎながら、無関心そうに言ってワインを煽った。
「世界が悪いって、なんですかそれは」
といって西原は、泣きそうな顔をしていたがクスクス笑ってくれた。
「本当は気が無いこと、何となく分かってはいたんです。暇なのにアポイント入れられるし……。でも、止められなくて……今日は誘ってくれて嬉しかったです」
「分かってたんだそれ……」
理人にも注意されたことは西原にもバレていたようだった。
「今さ、実は生きているだけですごい幸せでさ、恋とか、これ以上の幸せってことが何も分からないんだ。正直」
「どういうことなんですか?」
「実は僕、一回死んでいましてね。前の会社で理人と別れた後にありえないぐらい忙しくなって気がくるって死んだんだ」
自分のドジを報告するかのように言ったら、西原の目がみるみる見開いていった。
「じゃあ何で生きているんですか!?」
「それはあれですよ、今流行りのトラックに轢かれたら異世界で転生したー! みたいなやつになって、見事にエンディングを迎えた後に裏ルートまで攻略して、なんと自殺する直前の状況まで帰ってくることが出来たのです!」
「ふざけているんですか? さすがにそれは……」
「いや、ほんとほんと、その時のお土産で会社携帯と交換してもらったお守りの貝殻、これ少なくとも画像検索をした限りではこの世界に存在しないみたい」
ポケットから貝殻を取り出してテーブルの上に置く、虹色に輝き光の当たる角度によっては大きく色を変える不思議な貝殻だった。自分の生存を祈ってくれた少年からの大切な贈り物だった。
「本当……なんですか?」
「ああ、そうさ。西原さんが自分の事を知ってほしいように、僕もあなたに自分の事を知ってほしい気がしているんだ。長い話になるけど聞いてもらえるかな?」
「もちろん!」
それからは理人に転職前に話したこととほとんど同じ話を西原にしていった。
コース料理が次々に運ばれてきながら、宗弥は長い長い戦いの話をかいつまんで話していった。
その話達を西原は楽しそうに聞いてくれたのだった。全部手に入れて帰って来た時には死んでいるつもりだったし、生きていたのも不本意だったということも話をした。
「それで、帰ってきたら、一緒に冒険してたエマが僕んちにいる訳ですよ。お前を助けに来たって」
「それは……心配もごもっともといいましょうか……」
ここまで話を聞けばプロジェクトの成功に命をささげることにためらいが人間ということがバレており、驚きは無いようだった。
「ということは、エマさんって今一緒に住まわれているんですか? ちょっと気になります!」
「紹介しましょうか? こないだ買い物に行ったときに覗いたみたいだし、その権利はあると思います」
「是非是非、でも、そういうことは伊達さんはエマさんの事が好きなんですか?」
「そんなことはあるか、すこやかに育ってくれよとは思うし、今楽しく過ごせているのはあいつのおかげなんだけど、そういう気持ちじゃない。このままこの世界に居続けるかもしれないし、なんやかんやあって帰るかもしれない。無事は祈っているけど、多分お互いそういう感じなんじゃないかな。もし、あいつに気になる男の子とか出てきたらそれはそれで僕も気にはなるんだろうって気持ちになるし……」
「ふふ、おかしな関係ですね」
「そうなんだよ、お前の為なら何を捨てても戦って見せるって関係のような気がするんだけど、それって戦友というか、というか僕は平和になった世界を仲間たちあげたかっただけなのに何でそんなお節介すんのよみたいなことは思う訳で」
「多分それ聞いたらエマさん怒ると思いますよ」
「それは、間違いない。僕も思うもん。でも、そんなに心配しなくても良いのになって思うんだけどさ」
「さっきの繰り返しになるんでもう言いたくないですけど、心配はごもっともですよ?」
「そっか~」
といってため息をつきながら、デザートと一緒に運んでもらったコーヒーを飲んだ。
「まあ、そんな訳でというかエマのおかげもあってか、命をすり減らさらないで生きていける日常ってものが大変ありがたくてさ……。これ以上幸せなことなんて無いでしょって」
「それはそうかもしれませんね」
「だから、友達になってくれませんか? 友達でも多分あなたの良いところは見つけられると思うし、あなたは多分僕のことを分かってくれるでしょうから」
ようやくここに来て言いたいことを言えたような気がした。
異性の間柄だと何か我慢をしたりするようなことを、友達なら我慢せずに済む。
本当は自分の深いところを人に知られたくもなければ、自分で知りたくないだけなのかもしれないということを思った。
「伊達さんはズルい人ですね」
「でしょ? 自分で言っていて思ったよ。でも今は生きていること以上の祝福が要らないんだ」
「なら、お友達になるしかないですね」
西原は宗弥の言ったことを受け入れてくれているようだった。仕方ないと思ってはいるけれども、後ろめたさはなさそうな微笑みだった。
「ありがとう。後でちょっと付き合って欲しいところがあって……」
「はい?」
食べ終えて会計を済ませると、急いでさっきの水族館のお土産コーナーに戻り欲しかったペンギンのぬいぐるみを数点買ったのだった。




