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勇者エマの魔王伊達宗弥討滅 2R

 目を覚ましたのはカプセルホテルのベッドの中だった。


 猛烈な頭痛がしたが、吐き気は大したことは無かったが、体調が悪い状態で飲む酒というは体の中によく響き渡るものだった。


 ジャケットを脱がずにそのまま、ベッドに入ったためジャケットを脱いでしわを確認したところ酷いことになっていた。腕時計はとっくに9時を過ぎていた。


 宗弥はカバンの中から私用の携帯を取り出し、会社に電話を掛けた。宗弥と分かるや否やとんでもない罵声を浴びせられたが心は何一つ受けいることが出来なかった。


「すいません、体調が芳しくないので会社休みます……。あと、事故に遭いかけて会社の携帯川に落としちゃいましたので、利用停止をお願いします。後で警察には

行くのでよろしくお願いします」


 とだけ言って一方的に電話を切った。即座に折り返しが掛かってきたが電話の電源を切った。


 お前らの事なんか知らねぇ。という気持ちが心の多くを占めているようだった。


 宗弥は適当にロッカーに貴重品類を詰め込むと、何も考えずに大浴場へと向かった。


 心が求めているのは「整い」である。


 最上階の大浴場までエレベーターであがり、しわくちゃになったシャツとパンツを脱いでいざ大浴場へ、さすがに9時を過ぎては残っている人は少なかった。


 シャワーを浴び、髭を剃り、そして風呂に入る。程よく気持ちがほぐれてきたところでドライサウナへと入っていく。


 100度を指す外気が肌を燻すように焼いていき、心は痛みと暑さに耐えることで静かになった。やがて大量の汗をかき心拍が上がったころ時計の針は入った時から丸々一周を回っていた。


 サウナを出て、水風呂から水をかぶり一気に体を浸していく。寒暖差に一気に目がさえていく感覚を覚えた後で出てそこからベンチで休憩を取る。


 すべてを忘れた。


 これまでの冒険も、明日からの事も、転職の事も、すべて忘れた。


 それから、3回ほどサウナと水風呂を繰り返して、考えることすら億劫にさえ感じ始めるようになったのだった。


 大浴場を出てスポーツドリンクを飲んだあたりで、体力と気力が回復し家に帰ることを強く決意した。


「家に帰ろう」


 決意をしなければ出てこないほどの重たい意味を持った呟きだった。


 何者かになれたのに、何者でもないものに還っていく。決意が必要だった。


 心が決まれば行動は早いものだった。安っぽい館内着からしわくちゃのスーツに身を包み、充電器からスマートフォンを取り外しベッドから出た。


 カプセルホテルから出ると日差しがまぶしかった。


 ランチタイムに差し掛かり、通勤ラッシュは終わったが外回りの勤め人が歩いている。


 腹は減っていたので、ファミレスで食事を取った。


 大きく息を吸ってから吐いて、電車に乗りこんだ。電車を1本乗り継ぎ下車をすると、すっかり閑静な住宅街になりしばらく歩くと慣れ親しんだマンションにたどり着いた。


 昼に外から見る、家の全景というは逆に新鮮に思えるのだった。


 昼にこの家に帰ってくるということはめったになかったのだ。


 エレベーターで5階まで上がり、自分の部屋の前までやってきた。


 鍵を開けて開こうとすると、逆に鍵が引っ掛かった。戸締りを忘れてか? と思いもとに戻して扉を開けると、開けてすぐの場所に人がいた。


 物音を聞いて玄関までやってきたのだろう。


「おう、おかえりー。部屋汚かったから勝手に掃除しといたぜ?」


 少女の金髪は太陽の光に照らされて燃えるように輝いていた。年相応の背丈に、彫像のように整った顔には仲の良い友人を迎えるいつも通りの笑顔があった。そして、どういう訳か近所の高校の制服を身に纏っていた。


「エマ?!」


 目の前に立っていたのは自らを打ち倒した、異世界における一番の相棒だったのだ。


 見間違えるハズもない。


「何でいるの?」


「え、何か魔王を討伐した報酬に元の世界に帰るか、こっちの世界に来るかどっちか選べてなんかエロい女神に言われてこっちに来た。安心しろ、コセキとか、身分とか、いろいろやってくれたからなんとかなっているぞ! めちゃくちゃ嫌がれたけど」


 あっけらかんとしたいつもの調子で、エマは言ってのけた。


「何でぇ! エマは帰ってみんなに話してって言ったのになんで!」


 エマには自身を倒させた際に、世界にとどまり自分のなしたかった事やりたかったことを広く伝えてくれと頼んだはずだった。はずだったのだ。


「んなの、別にみんなにまかしときゃ良いじゃん」


「良いじゃんって、結構大事な役割を任せたはずだけど……」


「大丈夫だって。どうせドミニク辺りは何となく気が付いている節があったしリーズもヒューゴもいるんだろ? 問題ないさ」


「まあ、それは……確かに」


 昔の仲間たちの事を思い返せば、エマに狙いを伝えてもらうなんてことは最後のダメ押しにしかならず、信じていれば結局のところ何とかしてはくれるだろうという思いは確かにあった。最後に敵になった同胞も、最後に味方になった人々も間違いなく任せておけば宗弥の願いを叶えてくれるというのは確信を持って思えていた。


 おそらくエマに託した思いとは自分の死を見届け、皆に伝えて欲しいということが本質だったのだということに気が付いた。


「っていうかさ、あたしは一個だけ気に入らないことがあって、宗弥はみんなの事を助けたけど、宗弥は誰が助けるんだよ」


「それは……」


 と言いよどんだ。最後に忠告された通り自分の幸せや救済といったことは勘定に入っていない。赤字を切るのならば、自分の腹を切ればいいと思い続けていたからだ。


「あたしは、宗弥のあの世界での最期を伝えるために残るなんてまっぴらごめんだ。だから宗弥を助けに来た。最初みたいに二人で頑張ろうぜ」


 エマは手を差し出した。


 宗弥は思い出していた。


 この少女にこうして手を差し伸べられた最初の思い出を、


 その時も宗弥は僅かばかりあった生きるしるべをほとんど失った時に手を差し伸べてくれた。思えばあの時が冒険の始まりだったのだ。


 世界が再び彩りを得たようだった。きっと生きていけるという確信を得ることが出来た。


「頑張ろうって、さすがにそれはかっこよすぎませんか?」


 そう返事をして、エマの手を取ったのだった。


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