好かれる理由が分からない
漫然と仕事をしていると土曜日に買い物に行った西原朋美が話しかけて来た。
「伊達さん一昨日はありがとうございました。弟に渡したらとても喜んでくれました」
「そうですか、それは良かった」
ステンレスのタンブラーにしては? と提案したのは宗弥だった。家で使わずとも会社で使えるのではないかと思ってのことで終わった後で無難極まる贈り物だなと思っていたが喜んでもらえたなら何よりだと思った。
「お礼をしたいので……今晩ご一緒にご飯を食べにいきませんか?」
「良いですよ? 場所はどこでも良いですか?」
「はい」
脳裏に今日も仕事が終わったら柔術に行く気満々でロッカーに道着とラッシュガードをぶち込んできたばかりで、今日のクラスでやることも頭をチラついたが、こちらの方が緊急性は高そうだなと思ったので消し去ることにした。
すこし残業をして退社し、待ち合わせ場所の居酒屋に行く。
ビルの前にはすでに西原が待っているようだった。そのまま合流して居酒屋に入っていく。アプリで予約をしておいたため受付を機械で済ませて指定されたテーブルへと向かう。
「ごめんね、なんかパッと飯行こうって言われて思いつくのがこんなところで」
宗弥はお絞りで手を拭きながら言った。
西原と宗弥の関係というのは、初日に会社の中で死んでいる宗弥を拾ってもらった後は会社の業務を一通り西原から教わり、それから宗弥は社長が兼務していた管理職に就任した。
一応上司と部下の関係だが西原の方が先輩なので宗弥は敬語で接している。
「いいえ、別に気にしなくても良いんですよ。こういうことならちゃんと私が予約しておくべきでしたね」
「大した事じゃない。別にお礼なんかされる覚えはないし、場所の選定で逆に気が利いてないような気がしてきて、あ、生で良い?」
「生でお願いします」
宗弥が席にあるタブレットを操作して最初の飲み物と食べ物を入力していく。
通された席はお世辞にも広いとは言えず二人向かい合って料理とお酒が並べば、めいっぱいになるようなテーブル席だった。
西原は買い物に行った時も今回も緊張している様子だった。
「最近仕事はどう?」
「だいぶ慣れて来たと思います。あのお客さんもその後は落ち着いていて……」
「それは良かった」
西原は業務を教わったと言っても、今年営業部に配属されたばかりの人員だった。
引き継がれた中に大きなクレームを抱えた顧客がおり、配属してすぐさま爆発し、弱っていたので一緒に謝りにいったり解決策を考えたりしていた。その後相談は無かったからうまく行っているのだろうと思っていたが改めて報告を貰えたことはありがたかった。
「伊達さん、入った頃に比べて顔色が良いみたいですけど何かやっているんですか?」
「シンプルに労働環境が人権を与えてくれたというのは大きいんだけど……柔術を始めましてね……」
「柔術……?」
「友達が道場に通い始めて見学に行ったら、楽しそうで僕も習い始めたんだ。まだ全然弱いけど、この間試合にも出て来たし今は週5回ぐらい練習しているよ」
「週5? 正気ですか?」
信じられないような眼で宗弥は見られていた。
「正気ですよ。今日だって誘われてなきゃロッカーに突っ込んだ道着持って道場行くつもりだったし」
「へぇ……意外です」
「ジムに行く代わりに通っているようなものだよ。僕調べでは芸能人もやっていれば、誰もが知っている会社の社長もやっているメジャースポーツだよ。そう、僕調べではね」
樹里から柔術のことを熱くしゃべられるたびに、本当か? と思って調べてはその熱を体感することになり、休みの時も気が付けば柔術の動画を見ており海外サイトで動画コンテンツを買い始めるなどしている。
エマはそれなりに距離を取りつつ、教室でならったことを忠実に反復することに重きを置いているが宗弥はそうでは無かった。美緒にも「そういうのたくさん見るのは良いですけど取捨選択はちゃんとしましょうね」と窘められていた。
「まあ、この話題はこのぐらいにしておきましょうか。ジムで出来た友達が柔術しらない人に熱くしゃべりすぎて友達いなくなったみたいな話は聞いていますから、ところで弟さんどう? 今年から新卒って聞いたけど」
「元気ですよ。うまくやっているみたいです。私と違って明るいですからね」
「西原さん自分で自分の事暗いって思っていますか?」
驚いたような顔で西原は顔を上げた。
「ちょっと控えめなだけですよ。良く目配りと気配りをして言うべき時に必要な事だけ言ってくれますし、そういうところはお客さんも良く見ているんじゃないですかね? あのクレームも他の担当者が引き継いでいたならもう少し時間はかかったと思いますけどね。もっと自信を持っても良いと思いますよ。西原さんは素敵な人ですよ」
日頃とてつもなく気の強い女と付き合っているせいか、西原の良さというのは際立って見えるのだった。樹里にしてもエマの友達にしても、異世界で出会ったやつにしてもどいつもこいつも気が強かった。
だから、素敵ですって言葉は腹の底から出たのだろう。
西原はしばらくあっけに取られたような顔をした後で、微笑んだ。
「そんなところに気が付いてくれる貴方が好きです」
「どういたしまして」
ありがたい称賛の言葉だと思って受け取り、ビールを煽った。
「私と付き合って貰えませんか?」
「ヘェァッ!??」
訳の分からない奇声を上げてしまった。思ったより大きな声が出ていたらしく、宗弥に視線が集まった。
「正気ですか?」
宗弥は聞いた。
「はい……」
恥ずかしそうに西原は言った。
ふと恵が言った「いや、宗弥さん。さっきの人多分結構脈アリですよ……?」という言葉が思い起こされた。過去の記憶が呼び覚まされて、そんなことを人に思われたり願われたりしたことなどなかった。そんなことは、そんなことはあり得ない。ありえるはずがないと頭の中での計算は全部エラーで返答が返って来た。
自分にある能力とというのは何だ、それは上司としての能力だ。
「例えばだけど、西原さんの良いところを見つけることが出来たというところに魅力を感じているのなら、それは単純に君の上司としての能力であってそういう風にはならないんじゃないか?」
「伊達さんを好きなのに理由が必要なんですか?」
「そういうことを言っている訳じゃないんだけど……」
なんというかそんな思いに耐えうる人間ではないような気がしていた。
「答えを出すのが難しいから、ちょっと待ってくれないか。話を変えないか?」
「そうですか……」
西原は肩を落として俯いた。
その後の会話はそこまで盛り上がることもなく、ビールを2杯程度飲み終わった後で解散となった。




