ゴリラでは無かった
エマに連れられて、Vertex GYMへとやって来た。
仕事を定時で上がり、駅前のスタバでエマと合流してやって来た。格闘技のジムという割には割とおしゃれな外観をしていて、中も白で統一された清潔感のある空間が広がっていた。
「こんちはー」
「ああ、エマちゃんやっぱり来てくれたのね!」
エマがものおじせずに入ってくると、カウンターに座っていた背の高い女性が笑顔で答えた。
「同意書と、入会届、あとは二か月分の月謝を持ってきたよ。うしろにいるのはアタシの保護者で今日は見学に来たいってついてきた」
「はじめまして、伊達と申します。今日はよろしくお願いします」
「飯田美緒と言います。一応、柔術のヘッドインストラクターやっています。今日はよろしくお願いしますね」
おそらくこの飯田美緒という人がエマをぼこぼこにした人なのだろうということを察した。ヘッドコーチということはこのジムのこの部門の一番偉くて強い人なのだろうから。それにしてもよく鍛えているとは思うけど、エマをぼこぼこに出来る人材というのは異世界に居たころの話をすれば世界最高の身体能力を持っている上にある程度以上の技量も兼ね備えているという条件が付帯するのでこんな女性が? という気持ちになる。
「あの、さすがに凝視しすぎじゃないですか?」
「あ、すいません。エマがこっちに来る前の事を知っていて、多分貴女がエマを圧倒したという話を聞いていて……」
「そういうことでしたか、んーでも純粋に格闘技やったら多分エマちゃんの方が強い気がするんですよね。最初のうちはごまかせると思うけど、ちょっとやったら結構厳しいかな。ただ、柔術っていう競技というかシチュエーションなら数年間はなんとか出来るかなって感じで」
「なるほど……」
こと全局面というよりかは、限定的な場面であればということのようだった。
ただ、それはそれとして、戦いの一局面においてエマを圧倒できるというのはすさまじいなと思うのだった。
「あ、ちなみに旦那もいて子供も二人いるので……すいませんが……」
「子持ちの人妻……だと……?」
強い情報が頭の中で固まりつつあった情報にペンキをぶっかけたような形になり、宗弥は真顔のまま混乱を極めた。どうでも良いが、年を取ったせいなのか「人妻」のタグがちょうどよいと感じる頃合いになってきたのだった。
「はいはいはいはい。とりあえず道着も今日買ってきたいと思っていて、サイズある?」
エマが間に割って入り、話と思考を中断させた。
「エマちゃんならA0でちょうどいいぐらいかな? あるよ!」
「じゃあそれで」
「17000円ね!」
「払うの僕ですが、なんというか想定してお金おろしといて正解だったね!」
出てくる柔術着に軽く袖を通し特に問題が無いことを確認すると、さっさと宗弥はお金を払った。
ピカピカの折り目が付いた黒い柔術着にピカピカの白帯をエマは手に入れた。
そうこうしているうちに柔術クラスが始まった。(そんなに時間的な余裕はなく、エマはさっさと柔術着に着替えて参加した)。
クラスはクローズドガードからの腕十字、三角締め、オモプラッタについての説明だった。
そのあとスパーリングになり、エマは参加していた他の参加者はほとんど圧倒していたが、いざ美緒と組むと美緒に良いようにコントロールされて、締められたり腕を極められたりしていた。
遅れてやってきた、樹里という女の子とは互角の争いをしていた。
クラスの参加者を見る限り、若くて強そうな人間というのはどちらかと言えば少数だった。宗弥と同じかそれよりも年を取ったおじさんが楽しそうに組み合っているのが印象的だった。
クラスが終わって掃除が始まった時に美緒が近づいてきた。
「どうでした?」
「エマが言ってたことは本当だったんだってびっくりしていました。一応彼女を昔から知っている身ではあるので……」
「彼女、とんでもない子ですけど何者なんですか?」
「前の場所に居たときにやってたころは、大人でも敵う人間がいなかったですしあいつに勝ったことがあるにしても圧倒的に体力があるとかそういうので消耗戦に持ち込めれば勝てるみたいな感じなので……」
およそあの世界で技量においては極みの境地に達していた。
「そんなに強かったんですか?」
「そんなに強かったんですよ。だから、飯田さんみたいな女性の方が圧倒されているのはすごいびっくりしましたし、エマと同じぐらいの年の子が渡り合っているのも驚きでした」
「樹里はちょっと特別でしてね、正直ライバルがこの道場に居ないみたいな状況だったから、エマちゃんが入ってくれるのは私としてもとても助かっているんですよ」
「ところで、伊達さんはご興味は……」
勧誘に来た。本来であれば、あ、僕は良いですって答えるところだが。
「あ、なんか僕と同じぐらいの年代の人たちが楽しそうにやってて良いなってちょっと思っていたんですよね」
「本当に!」
美緒の顔が一挙に輝くのが見て取れた。
興味が湧いたのは本当だった、エマとは目的を全く異にするけどシンプルに楽しそうだった。体を動かすことは暇ができ始めたので考えようと思っていたが、宗弥にとっては渡りに船だった。
そのまま入会の手続きになり、道着を買い、入会金を支払いエマと合わせて結構な出費となったのだった。
こうしてエマは柔術を通してより高みを目指すトップ選手を志向する練習生に、宗弥は趣味のおじさん柔術家として入会を果たしたのだった。




