おそらくゴリラだろう
「ただ、いま~~」
宗弥が仕事を片付けて帰って来たのは午後十時を過ぎていた。
若手の抱えているトラブルの対応に付き合っていたら、こんな時間になっていた。
エマにはLINEで「遅くなるから、なんか買って適当に食べてて」とだけ伝えた。
宗弥帰りにコンビニで適当な弁当を買って来た。この時間ともなれば欲しいものは無く、適当に手に取ったものが夕食になる。
部屋に入ると、エマが明かりをつけた部屋の真ん中で制服のまま呆然としていた。
「どうしたのエマ?」
あまりまともな状態じゃないから声をかけてしまった。
「おう、宗弥か。おかえり。実はあたしもさっき帰って来たばっかりで」
「友達と遊んで来たの?」
友達が出来た。それはとても喜ばしいことだななどと思っていた。
「いんや、今日は学校であった子に格闘技のジムに誘われてちょっと体験に行ってきたんだ」
「へぇ、格闘技。楽しかったの?」
宗弥はコンビニ弁当をテーブルの上に置くと、スーツのジャケットをハンガーにかけていく。
エマはそういえば運動らしい運動を継続して行ってはいなかった。たまに部活の助っ人をすることはあるそうだが、どこかに所属していることは無かった。
慣れた動きで体を動かしたいという思いはあるのだろうか。
「ぼこぼこにされたんだわ。それも女の人に」
「はい??????」
およそエマが誰かにやられている様子など想像もつかなかった。
共に戦っているころなら、身体能力はともかくとして技量であれば並ぶものはなく、仮に負けることがあるとすれば圧倒的な技量差がつかない相手に対して体力で押し切られるということだけだった。
「詳しく教えてくれないか?」
「あのな……」
と、エマは今日格闘技の道場で起こったことをつぶさに教えてくれた。
同級生の樹里とインストラクターの美緒の事。
エマにとってキックボクシングに関しては得意の延長だったが、柔術に関してはまったく違った技術体系で分からないことだらけだった。
美緒は自分よりも圧倒的に強く、倒すには恐らく数年以上の練習が必要で樹里も最初の一本こそ取ったとは言え何回もやればパターンを読まれて負けるのも時間の問題で潜在的にはエマよりも強いらしい。
それが素直にエマのとっての大きな感動だった。
「なんか、あたしまだまだ強くなれんだなって思って結構嬉しかったんだ」
「そう、それでこれが同意書と入会の書類か」
宗弥は簡単に書類を読んでいった。
初回にかかる費用は2か月分の月謝後は口座引き落としになるということ、18歳未満の入会に関しては保護者の同意が必須で同意書に記名と捺印が必要といった具合。
ここには書かれていないだろうけど、今日は借りたといったが道具も多少揃えないといけないのだろう。
何かと物入りだが、使う暇が無くたまり続けた貯蓄はビクともしないし新しい職場の稼ぎは良かったので何も問題は無かった。
「それで、明日から通いたいんだけど……良い…」
「良いよ」
若干食い気味答えた。
答えると少し遅れてエマの顔が一気に晴れやかになっていった。おさんぽに行くぞと言われた柴犬のような風情があった。
まさか断られると思っていたのだろうか?
「良いに決まってんじゃん。そんなエマがもっと強くなりたいって思っているところなんて面白いに決まってんじゃん。せっかくだし明日、手続きもあるだろうから僕も行ってクラスの見学なんか出来たら良いな」
「分かった」
宗弥は思った。
美緒という人も樹里という同級生も女性とは言え、エマより強いとなればゴリラのような女なのだろうということを思った。




