はじめてのブラジリアン柔術
すったもんだあった末、柔術クラスが始まった。
柔術着を貸して貰い、美緒に白帯を締めてもらった。美緒は黒帯で、樹里は青帯だった。柔術における熟練度は帯によって分けられるらしく、始めたら入門者として、白帯、次に青帯、紫帯、茶帯、黒帯と上がっていく。
樹里は青帯ではあるが、子供のカテゴリーの最高位である緑帯から大人のカテゴリーに代わったので青として登録されているが技術のレベルとしては段違いであるらしい。
クラスが始まるころにはそぞろに人が集まって来て15人程度集まった、白、青が比較的多く、紫で数は減り、茶に関しては1人だけで、黒帯は美緒だけだった。
「はーい、今日は初めての人もいるので基本に立ち返ってクローズドガードからの十字、三角、オモプラッタ、大丈夫そうならフラワースイープまでやろうかな。基本だけど、それなりに難しいから聞き飽きたつもりでいる人たちもちゃんと聞いてね」
クローズドガードとは下になった人間が胴体に足で絡みつくガードで、柔術の中では最も強力なガードであるらしい。
そこから、腕を取ってまっすぐに伸ばして腕の関節を決める腕十字と、片腕を押し込んでもう片方の腕と首を足でまとめて締め上げる三角締め、それらを防御をされた際に相手と同じ方向を向いて肩を極めるオモプラッタ。相手の上半身を前につり出して、自分の太ももに相手を載せて上下をひっくり還す技。
美緒が説明をして、デモンストレーションを行ってそのあとで生徒たちで組んで技を打ち込みあう。
エマは樹里とペアになって技の打ち込みを樹里からも教わりながら行っていた。
どうにも教わった通りにやってみてもうまく三角締めが極められずにいたら、
「クローズドガードは正対しているところからスタートするんだけど、技を決めるときは相手と垂直になるように角度を取ると良いよ」
「なるほどね」
と言われたので、樹里の技を受けてから樹里の動きを参考にするようにしたら確かにより深く入って簡単に技が決まるようになってきた。
腕十字も、三角締めも、フラワースイープも基本的には同じ原理でどこから力をかけるかという点が違っていた。オモプラッタだけが、対応技というか三つの技が失敗したときのパターンだった。
これだけ習っただけなのに、すさまじい体系化がされていることが理解できた。
「さて、じゃあスパーリングにしましょうかエマちゃんはとりあえず一回見学してみてね」
「はい」
とりあえず誰を見たら良いのか分からなかったので樹里を見ていることにした。
樹里は同じ青帯を巻いている、二回り以上大きい男と組むようだった。
樹里はその場に座り込んで、相手を引き入れる。
「柔術についてのルールを教えましょうか?」
「今樹里を見ているので、それを中心に教えてもらえると助かります」
「わかった。まず今樹里が下になって、立っている人がいるね。立っている人が、足、ガードを超えて胸と胸があって抑え込んだら3ポイント。あとは関節技や、締め技が入ってまいったしたらそれでおしまい」
そうしているうちに、樹里が襟と袖を取って立っている相手を座らせると、その瞬間に足を刈って相手を倒して上下が逆転した。
「今ので上下逆転で2点、両足も抜けて相手の上に乗るマウントポジションも取ったから、4点入って今ので6点」
樹里はそのまま、腕を取ろうとしたがひっこめられたのでそのまま押し込んで、相手の裏から押し込んだ手を取り引き上げると背後に回り込んだ。
「相手の背面について、鼠径部に両足を掛ける。これを3秒キープして4点が入るって感じ」
樹里はそのまま、襟を深く掴むと真横にズレて足と襟を引っ張った。さながら弓矢のような形だった。
相手の男が苦悶の顔を浮かべてタップした。
「同じ青帯なのにこんなに違うのか? 樹里はちょっとレベルが違うっていってたけど、あんな対格差のある男相手に……」
「樹里のキャリアはね小学校から通っていて、中学校の時には毎日道場に入り浸って柔術ばっかりやってて大人のカテゴリーで始めているなら紫~茶帯ぐらいはあるかしらね……。いちおう大人のカテゴリーに上がったばっかりで年数もたってないから青だけど、普通に滅茶苦茶強いよ」
「へぇ……」
俄然興味が湧いてきた、樹里に関して最初にあった時に感じていた独特の雰囲気というのはここから来ているのだろうなということを思った。
タイマーが鳴って、スパーリングが終わってばらけていく。
樹里と目が合うと、ツトトと駆け寄ってきた。
「エマちゃん、やってみよ」
「おう」
インターバルに設定した時間が終わりもう一度タイマーが鳴る。樹里と握手をすると、樹里は先ほどと同じように尻もちをついてガードの体制になる。
武器を持っていれば決着の体制だが、素手となれば難しい体制だというのはエマも知っていた。思った以上に足が邪魔で抑え込むのは難しい。
エマは、樹里のかかとを持ち上げると背中をつく。
当然樹里はさっきやったように襟や袖を持ちに来るので、瞬時に振り払って一挙に立ち上がってわき腹に膝を落とす。
「は?」
樹里が驚いているうちに、エマは腕を取ると頭を跨いで、腕関節がまっすぐになるように極めにかかった。
さっき習った腕十字と同じ形で、関節が決まる技だ。下から決める技は知らなかったが取り押さえる際の上から決める形は知ってはした。
樹里がタップすると、エマはすぐに離した。
樹里は腕を屈曲させており、少し痛めたようだった。
「あ、ごめん」
「気にしなくて良いよ。普通にタップ遅れただけだから」
と樹里は笑う。
「樹里、油断しすぎって言いたいけど、マジのトップどころの足捌きパスだったわ……」
「これしか知らなくって」
「よし、次いこいこ次」
樹里が、闘志に満ちた目でもう一度こちらを見てくる。
次のラウンドはエマが同じことをやっても樹里は何とか反応したり、抑え込まれてもなんとか戻したりして均衡を保って終わった。
エマもエマで樹里が何かを仕掛けてくるという意思を瞬時に感じ取って、切って離れてということも繰り返した。
「クッソ、エマちゃん強いな。最初はちょっと油断したけど、こっちの仕掛けを全部切られるとは」
「門外漢で悪いけど、樹里ってホント強いんだな」
シンプルにエマの感想だった。
技のレベルということであれば、およそ戦いのどの局面において自分より強いものというものはついに出会ったことが無かった。互角というものにしても、そう多くは無かった。
それをルールを限定している状況とはいえ、互角に渡り合ってくれる人間がいるというのは素直に驚きだった。
「樹里にシンプルに言うことは無いし、エマちゃん強すぎ問題はたしかに否めないわね……」
と、美緒はひとりごつのようにつぶやいた。
その後も、流れでクラスに参加していた人間と組んでみたが樹里のように反応をして2回目以降は通用しないということはなく毎回同じ形で仕留めることが出来たのだった。
樹里がこの中では特別に強い一人だということは、5人ぐらいとやってよくわかったことだった。
「じゃあ、エマちゃんちょっと私と組んでみようか」
「よろしくおねがいします」
美緒が気さくに話しかけて来たので応じた。
美緒はタイマーが鳴って、すぐに腰かけ背中までついて足だけが向いている形になった。
エマは、細かくフェイントを入れながら美緒の脚をさばいて抑え込みにかかる。
が、簡単につま先が入って来てもとに戻される。
思い切って頭側に回ってみたところで同じことだった。
足が邪魔なのだから、片足をつぶして膝でつぶしたが簡単に戻された。
ここまでのところで、美緒は脚しか使っていない。足だけで全部防がれている。
「どうしたの、疲れちゃった?」
気が付けば3分が経っていた。
疲れ、というよりかはパターンを考えられなくなってきていた。どれをやっても何をやっても防がれる。あの足を超えられる気がしない。
などと思って前重心になっていると、襟と袖を一気にひかれてさっき習った三角締めの形になった。
エマはかかってる足を両手で取って一気に背中を張ると外れた。
だがその外れた足は顔の前にかかり今度は腕十字の体制に入る。
腕を一気に引き抜くと、足がさらに回って来てオモプラッタの体制に入る。そのまま前に転がされて前転で対応しようとしたが、帯を抑えられて回れなかった。
タップアウト。
「今日のレッスンのおさらいね」
ニコニコ笑って美緒が言う。
実はあまりレッスン中、あまり腹落ちしていなかった事がバレていたのだろうかという気にもなる。
その後もラウンドは続いたが残りの二分で美緒に5本ぐらい取られてしまった。
いくら早く動こうとも、完璧に防がれて最後の方は動きの癖まで盗まれたような感じさえした。
タイマーが鳴り、ありがとうねと言われたがここまでけちょんけちょんにやられたことということもあまりなかったからしばらく衝撃に打ちのめされてクラスが終わるまでスパーリングが出来なかった。
着替えてそのあと入会の説明を受けたが上の空だった。保護者の同意が必要だから、同意書がいるということを聞いていた。
柔術と小説って媒体相性悪すぎでしょ。




