Vertex GYM キックボクシング編
放課後、有無を言わさず樹里に捕獲され「一緒に帰る約束しているから!」といってエマを連れ去ったのだった。
樹里の道場は学校から二駅程度離れた程度で、駅から歩いてすぐのところにあった。
「ここだよ」
「へえ……」
青い看板の中には白字でVertex GYMと書かれていた。
古めかしいビルの1階と2階が道場であるらしい。
「こんちわっす」
樹里が元気よく挨拶をしながら中に入っていく。
中には何本かサンドバッグが吊り下げられていて、格闘技の型の動きをしていたりサンドバッグを殴ったり蹴ったりしている音が聞こえた。
エマは入った瞬間に何となく懐かしい思いがしていた。
エマの実家は代々続く竜騎士団の総代の家系で、エマの実家の中にはこのような訓練する場所があり、日夜男たちが汗水を流しながら厳しい訓練に励んでいたのだった。
「こんにちは、隣の子はお友達?」
ジムの中の受付にいた女の人が話しかけて来た。
茶髪の目鼻立ちのしっかりした女性だった。立ち上がると、すらりと背が高くよく鍛えあげられているの事が分かる。実家を思い返してもこの人に勝てる男の兵士というのはそこまで多くは無いだろうということを思った。
「はじめまして、谷山エマと言います。よろしくお願いします」
「谷山さんね!」
「……エマで良いです」
エマに残っている名前の名残というのはもうエマ以外には残っていなかった。
「そう? 私はここでインストラクターをしている飯田美緒。よろしくね」
と、ちょっと驚いている様子だったがすぐに笑顔になった。
「柔術の体験に連れて来たんだけど大丈夫かな?」
「んー、大丈夫だよ? 入会には保護者の同意書が必要になるけど。でも、樹里ちゃん柔術は7時からだから結構間開いちゃうんだよね」
「あー、そういえば……うれしすぎちゃって何も考えずに引っ張って来ちゃったから……」
樹里がしょんぼりする。
「樹里ちゃんね……。たまに自分のやってることに興味を持ってくれる人が出てくるのがうれしいのは分かるけど、ちゃんと考えようね」
「はい……」
「さて、エマちゃん柔術まではちょっと時間があるしジムを案内がてらキックボクシングの体験でもやっていく?」
「はい」
はい、とは答えたもののキックボクシングも何なのか常識には無かった。
とりあえず、着替えは貸してもらえるらしくて、借り受けた着替えを案内された女子更衣室で着替えると案内をされた。
1Fはサンドバックが幾つか並び大きな広いスペースになっていた。
2Fに上がると、ダンベルやバーベル類が幾つもあるスペースだった。更衣室やシャワー室なんかは全部2Fにあったのだった。
適当にストレッチなんかをやった後、飯田のもとへ行く。一方で樹里は道着に着替えてストレッチをしていた。
「エマちゃん準備できたね! 樹里は……そうだね、やんないね……せっかく才能あんのに……」
「だって打撃怖いし……」
と言いながら、樹里は壁を蹴りながら軟体動物のようにその場で回っていた。
「打撃っていうと殴ったりするのか?」
「そうだよ。一応ここは総合格闘技のジムだから総合格闘技に類することは一通り教えられる場所で、まず戦いが始まったらお互いにパンチしたりキックしたりして攻防をする。距離が近くなればお互いに組み合って投げたり引き倒したりする。樹里が好きなのはそこから先の寝技の攻防の部分があって、この三つを合わせてMMA(総合格闘技)と言います」
「なるほど」
エマが思っている以上に何でもありの戦いだった。通常倒れたものへの攻撃というのはしないか決着がついたものとされている。
「それで今日やるのは、立った状態でパンチしたり、キックしたりするキックボクシングをやって、それから寝技の攻防の柔術をやろうと思います。オーケー?」
「はい」
エマにしてみればいつも教えるのが常だった為新鮮な気持ちだった。
「じゃあ、まずは構えから」
と、飯田が構えから教えてくれた。
教えてもらったのは、ワンツーと基本のミドルキック。教わって一発で出来てしまったので、仕方なさそうにフックとアッパー、それとスイッチしての左でのミドルキックも教わったこれも難なく出来てしまった。
曲がりなりにも、似たようなことを習得はしていた。
しいて言うのであれば、槍術をベースに拳の体系というのは整えられていたので構えがちょっと高いぐらいで、それ以外は似たような別の技を知っていた。
あとはジャブの概念がかなり新しかった。
「あっさり出来過ぎて教え甲斐が無さすぎるわ……。なんならめっちゃキレ良いし」
「あ、美緒ちゃんごめん、エマちゃんスポーツ万能なのと実家でなんか武術みたいなことはやっていたみたい」
「早く言いなさいよ。じゃあちょっと早いけどミット持ってみましょうか。あそこにあるグローブを付けて」
エマはかかっていたボクシンググローブを手にはめる。
「じゃあ、3分で測るんでやってみましょうか」
タイマーがなり、ジャブと言われ差し出されたミットに左のジャブを差し込む。
ミットにあたるグローブを通じて、拳の固さが背中へと通る。懐かしい感覚だった。
その後もワンツーや、そのほかコンビネーション、蹴りを交えたコンビネーションまで感覚を懐かしむように打ち込んでいく。
3分はあっという間に過ぎてった。
「すんごいキレ。聞いたことない音してた」
と、樹里は胡坐をかきながら感心してた。
「……エマちゃんちょっと、そこのレガースもつけて私とマスしない?」
笑顔の中に凄みがある顔で美緒が言った。
「? 良いですけど」
マスとは、マススパーリングの事を差すようだった。
顔は当てずにボディから下に軽く打撃を入れる、対人訓練のようだった。
また3分で時間を図り、足にもレガースを付けてマススパーリングを美緒とすることになった。
美緒と立ち会ってみて、第一印象で抱いた印象というのは確信に変わった。
隙が無く、要所でフェイントを入れながらこちらの動きを観察してくる。放たれる技の質も高く、よく練られていることが分かった。
蹴りもパンチも避けて、当たらない位置へと回りこみ、時折けん制にジャブを差し込みフェイントを織り交ぜる。
どちらかと言えば美緒が追う展開になり、エマは攻撃をかわしながら回り込んで牽制をするといった動きになった。
ふと、正面に立った瞬間にエマがフェイントを仕掛けガードが上がったところでミドルキックを蹴りこむ。
即座に蹴り足を戻して、地面を蹴って飛び込むようにストレート。
エマはグローブをがら空きになった美緒の顔面の目の前で止めると、体位を入れ替えて反転する。
練習だと一本取ったようなクリーンヒット感はあった。
そこでタイマーが鳴った。
「うーん、エマちゃんミット持った時にうすうす思ったけどキックボクシングだと私より強いわ」
「ええ? マジで? 美緒ちゃんだって一応は元チャンプじゃない」
「一応は余計だよ。私はグラップラーだから傷つかないけど、多分うちの軽量級の男子でも普通にやられそう。え、本当に何者なの?」
「いや、あの……ほんとに実家で少々かじっていた程度なので、ほんとすいません」
エマの強さの本質は基本的には技量に依存するため、魔力や加護を失ったりしたところで強さに大きなブレが出ないというのが特徴だった。技量だけという話なのであれば、前の世界では極みに至った武人であるのだが説明をしようとすればするほど客観的にみて滅茶苦茶痛いので口ごもることになってしまうのだった。
「打撃だけで、プロ行けるんじゃない? UFCでも圧倒できそうな気がする……。才能ってすごいねホント……」
しみじみと美緒が言った。
あなたも滅茶苦茶強かったので、そう簡単に自信を失わないで欲しいということは出かかったが言わないことにした。
「あの……今日は本当に柔術の体験に来ただけなので……、本当にあの、あのすいません。よろしくおねがいします……」
エマにしてはとてもめずらしく小さくその場でしぼんでいくのだった。




