エスケープフロム部活勧誘→なぜか柔術道場見学が決まる。
エマは転入してからそろそろ二か月がたち一回目の中間試験を終えていた。
テストの成績に関しては、およそ明確な弱点になっている理系科目は宗弥の頑張りによってギリギリ赤点を取らないレベルまでは引き上げられていた。
ただし、エマの困りごとというのは勉強では全くないのだった。
「谷山さん? もう部活は決めた? ぜひとも女子バレー部に!」
「いいえ、女子ソフト部に! あなたなら世界を取れるわ」
「何をいっているんですか、彼女の脚は陸上競技にこそ活かされるべき」
「エマちゃん、ごはん一緒に食べない?」
「いいえエマさんは今日はこっちのグループで食べるの!」
「移動教室一緒に行きませんか?」
休み時間になるたびに、様々なクラスから女子が殺到しそれぞれに思いをそれぞれに伝えてくる一人に返事をしようものなら誰かが返事をした誰かにかみつきそこから喧嘩になっていく。
女子の群れが休み時間が終わるまでの間に形成され、
エマは微笑んで何も言わずに自分がやりたいように振舞う他無かった。
移動をすれば、群れごと動くような形になり、大軍を引き連れて歩いているということだった。
多少なりとも、故郷に居たころにそれなりにカリスマはあったように思うけど、ここまで酷い事にはならなかったしそもそも男所帯だったから状況が違ったのだということを思い出していた。
さて、こうなればやることは一つ。逃亡だ。
昼休みのチャイムが鳴った瞬間にエマは駆け出し教室を出る。
教室をダッシュで出るものの行動は一つ、購買へ駆け出すことだ。つまり、流れが一定方向に向かっている。
だからこそ、その流れに逆らうように進んでいけば追っ手を撒ける上に、購買に向かう生徒たちを障害物に出来る。
まっすぐ正面から走ってくる生徒たちを障害物のようにして避けて前へと進んでいく。
渡り廊下から別棟へと移動すると美術準備室へと滑り込み、机の下で息を潜めた。
教室の移動が落ち着いたタイミングを見計らって、美術準備室の窓を開けて飛び降りる。ちょうど真下に体育館へ向かう渡り廊下の屋根があり、そこに着地をする。
屋根を伝い、渡りきると幅跳びでフェンスの上に着地し、そのままフェンスの上を走って体育館の裏手へとやってくると、そのまま着地をしたのだった。
このルートがここ数日で開拓をしたエマの逃亡ルートなのだった。
エマは弁当を包んでいた布巾を開いて蓋を開けた。宗弥手製の弁当が並んでいた。
最初の方はそれなりに頑張っていたように思うがよくも悪くもそれなりに慣れてしまった今となっては、冷凍食品か、昨日の晩御飯の残りが占める割合が多くなっていた。
本日は冷凍から揚げに、冷凍ブロッコリー、卵焼きに関しては朝食から続いての登板といった感じである。ふりかけにのり玉を付けてくれたことに関してだけ評価した。
「いただきまー」
「あれー、エマちゃんじゃん」
声をかけられて、一瞬で機嫌が悪くなった。「あ?」という顔で返事をした。
「こわ、そんなに睨まないでよ、私らはここでご飯食べてただけなんだって」
見れば確かに先に来ていたであろう三人が円になって弁当を食べていた。
声をかけて来たのは小柄な黒髪単発のの女子、目がくりくりしていて利発そうだった。運動神経が良さそうで何かしらの力や強さを備えているということを直感的に感じた。
一人は眼鏡をかけた長い髪の地味な印象の女子。若干猫背気味で少し汗ばむ中でまだ長袖のセーターを着ていた。昔一緒に冒険をしていたクレリックの印象と若干重なるところがあった。
一人は背の高いアッシュブロンドの髪の女子、目鼻立ちもこの国というよりかはエマの地元にいる人間のものに近い。髪も恐らく地毛なのだろう。美しい白馬のような佇まいだった。
エマは、なんだかまとまりが無いグループだなということを思った。
「そうなのか、……悪かったな……」
「まーエマちゃんはモテモテだからね、私だって話せたのは最初の日だけだったし」
「あー、そういえば!」
「ひど」
確かに目の前の小柄な女子と話したことはあった。転校初日に話したことがあった。なんなら自己紹介さえ受けていたことを忘れていた。
転入して言葉を交わした日には一度席替えが行われてしまって、席も遠くなりそれ以来話すことは無かった。
「樹里だ! 思い出した」
「名前は憶えていてくれてるんだ! すごいね!」
若干の怒りと関心が混じった返答だった。
「ところでなんでここに?」
背の高い女子が聞いた。
「そりゃあ、飯を食いに……というか、一人になりたくて逃げて来たというか……」
「まあ、そうでもなきゃあんなSASUKEみたいなことはしないよねとは思ったけど」
「見てたのかよ」
「たまたまね」
「あの感じは、全ステージ制覇も夢じゃない感じしますよね!」
地味目の見た目の女子が言った。
「なんかそういう称賛良いんだ……ちょっと疲れていて……」
「スイマセン……」
ちょっと光を宿したかと思った地味目の子の光が一瞬にして消えたように見えた。
悪いとは思いながら、気を使わないのが正解なんだろうなって気がしていた。
「一人になりたいからここに来たって聞いたばっかだけど、良かったら私らと一緒にご飯食べていかない?」
「こっちの事情を知ったうえでそう言ってんだよな?」
「そうだよ」
と樹里は満面の笑みで笑った。
なんとなく、この三人の前では自分が別の誰かだと思われる事なく自分のまま付き合えるんだろうなということを直感的に思った。
「分かったよ」
「……なーんか偉そうねこの子」
「ちょっとやめなよ恵ちゃん」
「まあまあ、気にしないでよ。そういうキャラなんだよきっと。恵も香澄も集まりなよ」
「そういうもんかー」
背が高い方が恵で、眼鏡の地味な感じなのが香澄なのだろう。
集まってきて恵が持ってきたシートを広げると、その上にそれぞれ弁当箱を置き腰かけたのだった。
「それじゃあ、食べましょうか。いただきます」
「「「いただきます」」」
食事を始めてから、各々好きなおかずを交換したりなどしていた。
何となくこのグループを取り仕切るのは樹里だった。
恵は割と表情があまり動かず捉えどころが無く、一方で香澄は常に目線が下で誰かに自分の事を知られることに怯えているように見えた。
その中で樹里が常に笑いながら場を回しているようだった。
「すげー、ぶしつけな質問なんだけど、なんであんたら三人はこんなところで飯食ってんの」
「何でだっけ?」
「わたしは……恵ちゃんに連れてこられたから……」
恵が香澄に視線を投げてうろたえていた。
「元々は、私が一人でここでご飯食べていたんだよ。そしたらある日恵がやってきて、それからしばらくして恵が香澄連れてきてみたいな感じだったと思うよ」
樹里が言う。
「樹里ってそもそも何でここで一人でご飯食べてたの? こんなに明るくてかわいいのにいじめられっ子みたいなことやって」
「なんか高校入ってめんどくさくなったのよ。学校には多分勉強しかしに来ないし、学校が終わったら毎日道場。自分がやってることを説明するのもめんどくさいし、他の部活もやる気もない。笑顔で過ごしていたけど、なんかそうやってたら自然と影が薄くなってね。気が付いたらここでご飯食べてたんだ!」
「うわ、暗」
「それはちょっと私も引くレベルで暗いわ」
恵も、香澄も同様に引いていた。
エマは一方で言葉を失っていた。いつもにこやかに過ごしているけどその割には他人に興味がない人間だった。
「恵は何で来たんだっけ?」
「あたし? なんか仲いい女子とかいたんだけど、その中の女子が好きだった男子が勝手にあたしに惚れて、告られて断ったら、なんかすげー嫌われてさ。ダルって思って関わらないようにしていたら樹里に会ったんだよね。まさかこんな暗い奴だとは思わなかったけど」
「こんなに明るくて優しい樹里ちゃんじゃなければ君みたいな性根の腐ったクソアマとは付き合わないと思うよ」
迫力のある笑顔で樹里が言ったが、恵は「しっし」と手で払って打ち消した。
「香澄はねー確か」
「い、言わなくていい! 言わなくて良い!」
「香澄と会ったのは、最初イベント会場だったのよ。ゲームのイベントでね、あたしモデルとかもやってたりするから、コスプレして出てくれって言われて出たのよ。そしたら滅茶苦茶かわいい女の子がいるなって思ったら、学校に居たんだよね! びっくり!」
「言わなくて良いって言ってるじゃないの!」
「樹里! やれ!」
「任せろ!」
樹里が即座に香澄の背後に回り込むと後ろから羽交い絞めにし、両手を抑えて捕獲した。
「や、やめろおおおおおおおお」
徐に香澄の眼鏡を恵が奪い取った。
「うわああああああああああああああああああああ!」
太陽に目を焼かれたみたいな反応をする香澄だったが、
眼鏡を外すとだいぶ印象が変わっていた。目は若干のたれ目気味だかはっきりと大きくて、鼻筋もすっと立っている。
恵とはまた別系統の美貌の持ち主で、要するに眼鏡が抜群に似合っていなかった。
「……なんで、そんなひどいことをするの……?」
「おん? 自己紹介には必須でしょ? 大体眼鏡かけたままでもかわいいって、似合う眼鏡かけているってことが必須条件でしょうが。香澄の場合はただのダウングレードパーツ? 分かった?」
香澄はめそめそ泣きながら、眼鏡を回収して弁当をもくもくと食べていた。
「でも、香澄ってオタクの本業はコスプレじゃなくって小説なんだっけ? それっぽいのもあったのにいっつも一人よね?」
「……いろいろあってもう良いかなって思ってて、インターネットだけで十分なのよ…………」
と、香澄は遠くを見つめながらしみじみとするのだった。
「ところで樹里がやってるのって何だっけ? 格闘技の道場に通ってるのは知ってるけど」
「……ブラジリアン柔術だけど…………?」
「そうだ、あまりにピンと来なさ過ぎてスルーしたんだったわ。なんか試合で勝ったっていうから試合の動画を見せてもらったけど、何やってんだか全然わかんなかったんだわ」
「お前はさぁ……」
「ごめん、正直私も何やってんのか全然分からなかった」
「香澄に言われると落ち込んで何もしゃべりたくなくなるわ……」
空気が重く沈み込み誰も何も言葉を発さなくなってしまった。
「ブラジリアン柔術って何?」
エマは素朴な疑問の一つとして聞いた。
それを見て、恵と香澄が「うわっ」て声に出してちょっと引いていた。
「よく聞いてくれた! ありがとう私の友達!」
樹里がエマの両手をがっしりと掴んで大きく振り回した。
「急に距離が近いな」
「柔術はもともとは日本の柔道家がブラジルに渡って、それをグレイシー一族が発展させて行って日本に逆輸入されて再度注目を浴びる理由になったのは素手では何でもありの総合格闘技で柔術一門であるグレイシー一族が黎明期に総なめしたのがきっかけなんだ」
樹里が普段の5倍速ぐらいで話始めた。
チラッと恵と香澄を見たが、黙って首を横に振った。手遅れ。
「総合格闘技における柔術の位置づけというのは、今となっては絶対的なものではないけれどもそれでも黒帯の選手が目の覚めるような一本を取ることは度々あるよね、最近だとサトシやイゴールなんかが有名なんじゃないかな? 柔術はそんななかで細分化しつつあって、今言ったようなMMAで用いられる柔術や、柔術着を着ないで行うノーギ、そして柔術着を着て行う柔術。と別れていく。着ているものやルールの制約によって基礎は共通なんだけど、発展していった先については全部別物といった感じなんだよ」
有名なんじゃない? と言われても反応しようがない。
「ギでの最近のトレンドはラペラを出してワームガード作ったりするのが流行りなんだけど、私も最近はこればっかり練習してる気がするからノーギももっとやらないとなって思うんだよね」
「ねって言われても……柔術何も分からん」
「そんな!」
相手に理解を求める会話をしていないのに一方的に樹里はショックを受けていた。
さては、樹里は「柔術」以外に興味がない女なのか……?
そして、毎回このテンションで説明をするから、誰にも分かってもらえずに落ち込むから柔術以外しないことを決めたのか? という疑念が頭をよぎった。
「格闘技? なんか武術なの? 少しは……」
「エマちゃん、まさか格闘技の経験が!」
樹里は再び目に光を宿すとエマの肩に光の速さで手をかけた。
速いっ、そして、重い!
「なんというか、実家が道場みたいなのをやっていたとかそういう関係でちょっぴり……」
「すごい! じゃあぜひ放課後になったらうちの道場に来てよ! 場所は後でLINEで送るね!」
「おお……おかわいそうに……ついに道場勧誘まで行ったぞ」
「私達にはそこまでこないで気を使ってくれたのかな。格闘技やっていたのが決めてだったぽいね……」
もう何も聞こえていないだろう樹里に「腹めちゃくちゃ痛くなったので」といって断ることも出来なさそうなので、あきらめて放課後の予定を確定してしまった。
分かったから行くと答え、そのあと流れで4人でLINEを交換したのだった。




