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天使考課3

 伊達宗弥が再び目を覚ましたのは、駅のホームだった。


 時刻は午前1時辺りには宗弥と同じように顔色の悪い奴と、逆に顔をまっかにしてふらふら歩いている酔っ払いしかいなかった。


 宗弥は辺りを見渡して、自分の手をじっと眺めると、何もかもがむなしくなって力が抜けてその場に座り込んだ。


 宗弥は生き返ることが出来たようだった。勇者として、力を尽くし、魔王として戦いを終わらせた。その結果当初の目的であった復活という結末にたどり着くことが出来たのだった。


 宗弥は顔を覆い、何も見ないようにした。


 涙が流れるかと思えばそんなことはなかった。


 自分は死にたかったのだということを突き付けられた。


 何かを成し遂げ、誰かに惜しまれながらかっこよく死にたかったのだ。死んでなお、看取るものも誰もいないこの世界で生きていけというのはあまりにも酷いということを思うのだった。


 死の間際、自分はとても幸せだったのだ。


 あそこで死なせてくれれば意味のない自分の人生というものに、意味を見出して喜んで死んでいけるはずだったのに。生きろというのだ。そんな残酷なことはない。


 再び目を開けた。


 もうすぐ電車がやってくる。自分はこのゲートを上って電車に轢かれて死んだのだったが死ぬ気も起きなかった。


 この程度の事で死んでしまうなどバカバカしい。意味などないが、意味なく終わらせることが馬鹿げているということを理解できる程度には成長が出来ていたらしい。


「あほくせー」


 心の底から出た、ぼやくような叫びだった。







「はぁい、伊達宗弥さん。お元気ぃ?」


 にこやかに手をふる女は陶磁器のように白い肌をしていて、透き通るような金色の髪と、ルビーのような瞳。白い絹のドレスのようなものを着て、白い羽衣を纏っていた。


 ガイダンス。いわゆる天使とか女神そういう存在。


 姿を見た瞬間に怒りが沸点を通り越し、こいつが目の前に存在しているということへの対価を回収しなければと思い至り、


 宗弥は女の乳を下から支えるようにして持ち上げたのだった。


「なるほど、片方辺り1キログラム程度ですか……。これは確かGィィィイ!!」


 言いかけたところで、壁のように迫ってきた手の平が宗弥の顔面に叩きつけられた。


 およそロシアなどで開催されているとされる屈強なひげ面の男がしばき合うビンタ大会を彷彿させた訳だが、衝撃を感じると共に宗弥はピンボールのようにはじけ飛び、壁という壁に体をぶつけた後ガイダンスの前に転がり落ちた。


 意識は飛んだが、壁に反射する痛みで意識を取り戻し、また意識を失いといったルーレットを繰り返し、今は起きていられた。


「何すんですか!!!!!!!!!!!!」


「なんかもうむしゃくしゃして、乳でも揉まないと採算取れないなって思ったんですよね」


 この女を見ると条件反射で殺意を抱く程度に宗弥は訓練されていた。


 選ばれた行動は乳を持ち上げるということでした。


「というか、首がへし折れた後に、背骨が折れて、腰椎も壊した気がするんですが生きているの何故?」


「……ここは、物理的な空間ではないですからね。思ったことが思ったように作用するというか……」

「あー」


 魔王ヨシュアと宗弥が戦った空間と似たような環境のようだった。というか魔王軍にこの空間を貸与していたの君ら? という質問は辛うじて飲み込んだ。


「というかガイダンス、どういうつもりなんだ?」


 宗弥がガイダンスと呼んだ女は女神とか天使といった存在だった。たとえでなく役職としてそういった職務内容になっている。


 宗弥は残業終わりに電車に飛び込み一度死んだ。その際にこのガイダンスが現れ、異世界への転移をすることになった。


「実は私もよくわかって無くって。二回分ぐらい功績をあげたので、そのまま死ぬのはちょっと……って上が判断したらしくって、でも、あの世界にはもう居場所が無いからこっちの世界で生き返ってもらおうってことにしたみたいなの」


 なんやかんやあって、魔王と呼ばれるものを倒したときにまた現れた。魔王を討伐した際に、そもそも魔王の側の目的がある程度達成しないとこの戦いは繰り返すことに気が付き、今度は魔王になることを願った。


 無事、魔王としての目的を達成し勇者に討伐されたことで有終の美を飾ったつもりでいたがそうでは無いらしい。


「変わらずいい加減な説明だし、乳を揉まれたあなたにもにわかに同情するわ」


 などと感情のこもっていない声で言った。


 本質的にはこの女がこの見た目と、大事なことをごまかして事を運ぼうとする姑息なところに遠因はある。セクハラを自分に許すために正当化しているわけではない。念のため。


「はっきり言うけど、僕は正直死んだ方がマシだったよ。生きていて得るべき名声を得た。生きていて良かったと認めてくれる人もいた。僕はあそこで正しく死んだつもりでいたんだけどね。お前らは僕の死すら邪魔するの?」


「それはごもっともなんだけど、生きる権利があるのに、生きる権利を放棄するのは自殺と一緒なのよ。あなたは死んだけど、その功績によって生きる権利を得た訳。で、ここでもう一回死ぬとなれば、得られた功績以外何もかも無駄になるという話みたいなんです」


 終始ふざけた調子で話すガイダンスの割にはまともなことを言っていた。


「ツァラトゥストラ……」


「そんなに考えなくても良いんじゃない? あなた普通の人生で味わうことの3倍ぐらい圧縮したことやってきたんだから、もっと余裕を持って普通の人生がやれるはずよ」


「そうかな? 実はあんまり自信が無いんだよね……」


 実際自信が無かった。


 神話の英雄やってましたぐらいの実績は引っ提げているつもりだが、それでもなお自分を死においやった好きになれない世界で生きていくことには自信が無かった。


「まあ、一応一つ良いことはあるみたいだから頼りにはなってくれるみたいですよ?」


「良いことってなんだい?」


「えい☆」




 ガン!




 一瞬にして視界が歪み、渦を巻き始めた。


 ガイダンスが胸元から金づちを取り出し、宗弥の脳天をたたき割るまでコンマ1秒を切る神速。


「説明をしろ!!!!!!!!!」


 自分の言葉さえ、渦にくぐもってよく聞こえない。


「すぐに分かる。マジでめんどくさかったんだから!」


 と、薄れいく意識の中で聞いたのだった。


 大抵この女神は説明が足りておらず、今回に関しても例外ではなかったのだった。


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