第七十二話改 その座を賭けて その3
「はぁっ……はぁっ……きっつー。」
間もなく冬も近づいてくる程には過ごしやすい季節になってきたかと思っている最中、16人の小隊長との序列入れ替え戦を勝った事で私の立場は少なくとも中隊長以上で決まった、のだけど……。
「まさか……。」
次は4人の中隊長が相手を指定する番となった時。
「お待たせにゃす。」
特に私はニャンコ大佐を待っていた覚えは無いのだけどお待たせ、と待ち合わせに遅れたかのような登場をしてきた。
但しその後ろには2人の軍服を着た男女がついてきていた。
「えーっと……そちらのお二方は?」
「第一〇一騎士隊の総隊長補佐となる二人にゃす。」
「はい?」
まずそんな話は初めて聞いた。
それとフォルティッシムス王国連隊編成上、総隊長補佐は一人だけの筈だ。
「こちらの女性がアシュリン・ディ・リンドブルム准将にゃす。こちらの男性がドルー・アヴ・カスアリウス准将にゃす。」
「色々とおかしくない?将官だよね??」
将官が私を補佐??
「そういう事になるにゃすが、現場主義の方々なので一応佐官の最上位としての扱いとなるにゃす。」
「待て、リンドブルム家にカスアリウス家など聞いた事が無いのだが?」
「そりゃ他国の生まれなら家名はそのままにゃすからフォルティッシムス王国に家名が無い場合があってもなんらおかしくはないにゃす。この2人はセネクス大元帥が第一〇一騎士大隊に誘ったにゃす。」
「ほぅ、准将で俺より上に就くとは……余程の手練れなのであろうな?」
「あ、むさ苦しいので近寄らないで貰えますか?」
「かったりぃから俺には挑むな、以上だ。」
毒舌アンド面倒臭がり屋?……アラカンド少尉が怒りだしたよ……。
何とか第二大隊の隊員が抑え込んでるけど准将とか手出したら駄目だよ?
「ま、彼等も混ぜてやるにゃす。勝てればの話にゃすがね。忙しいのでにゃすは帰るにゃす。」
そういうとササっとニャンコ大佐は帰っていく中、ピシッと立つアシュリン准将とまぁ煙草を吸いながら気だるそうにしているドルー准将と対照的にも見えるけど、性格的にどっちも濃そうな予感がするよ……。
「さて、次はパルマ准尉の番なのだが……。」
「俺はパスだ、自分の立ち位置は弁えているんでね。」
「挑まなければ確率は0だぞ?パルマ。」
「何、相手と自分の戦力差を判断するだけの頭があるとでも言って欲しい所だ。」
「ならウルティーカだな……お前はどうする?」
「そうだな……そこの煙草を吸ってる不健康そうな奴とでもやるかな。」
第二大隊第三中隊長のウルティーカ准尉が挑むと指名したのは来たばかりのドルー准将。
「却下だ、面倒臭ぇ……。」
「ドルー准将、ここは一応実力主義でな。済まぬが私の顔を立てて、相手をしてもらえぬか?」
「……まっ、ルキアがそういうなら仕方ねぇな。おら、ウルトラだかティーガだか知らねぇがさっさとかかってこい。」
かかってこい、と言いながらも煙草を銜えたままだしズボンのポケットに手は入れたままだし正直何考えているのか解らない風体だけど……。
こりゃ怖い人だね、多分だけど相当魔力が多い。
それでいて一切の魔力が放出されていない位ピッチリとそれを防ぐ程の抑え込む力があるとか余程魔法の類を得手とする人、って所かな……多分あっという間に終わりそうな気がするよ。
「おい、ドルー准将。
いくらなんでもそれはやり過ぎではないか?」
開始位置についたドルー准将は銜え煙草のまま相変わらずの手がポッケないない。
で、極めつけはウルティーカ准尉に対して背中を向けたままでの棒立ちから始めようとしていた。
「こんなもんだろ?つか面倒だからさっさとやってくれ。どうせ一瞬で終わるからよ。」
「ほぅ……一瞬とは余程の自信があるようだな。」
「当然だろ?ほら、さっさとかかってこいよ。戦場は開始の合図なんてご丁寧なものはありゃしねぇんだ。」
「ならそうしようじゃねぇか!」
ルキア少将の合図も待たずにウルティーカ准尉がドルー准将へと掴みかかりに行った。
「おおおおおおおおおおお!」
「お前、魔物や悪人、敵国の軍人に向かっていく時わざわざ叫びながら攻撃するのか?」
「五月蠅い!」
ウルティーカ准尉が右手を伸ばしそのままドルー准将の頭を鷲掴みした瞬間。
二人の足元から一瞬にして火柱のようなものが空高くまで噴き上がったかと思えばすぐに消えると共にこんがりとしたウルティーカ准尉がそのまま倒れ込んだ。
「はぁっ……だから却下っつったろうがよ……。」
何かとんでもないものを見た気がする……今の火柱のようなものは全てが魔力を放出して作り出されたものである事は一目で解った。
だけど見た目のド派手さとは裏腹に、非常に繊細な魔力の使い方をしている。
魔法の仕組は体内の魔力を放出しそれを現象そのものに変える、火属性であれば放出された魔力を火に変える事だ。
火属性の難しい所は魔力を放出した場所だけが燃える訳ではない。
マッチのように、頭薬の部分だけが燃えるだけではなくその周囲の空間であったり、手で持つ為の木や紙で出来た細い軸すらも燃えるし、人にこれを使えば衣服にだって引火する。
だけどこのドルー准将の火柱は、ウルティーカ准尉の目や鼻、耳に口といった燃えると困る部分には火を当てないように魔力の放出場所を微調整し、さらに衣服にも燃え広がらないように物凄い繊細な操作が行われていたと思う……。
本来は多少自分からは離れた位置に放出し自らは燃えないようにするものだ。
だけどウルティーカ准尉が掴みかかろうとした所でさらに頭を完全に掴んだ瞬間に出しているからドルー准将自体が燃えていてもおかしくない。
だけど吸っている煙草がそのままなのだ。
燃やしたい場所、燃やしたくない場所を決めるだけでなく火の揺らぎに合わせて逐一、瞬時に、魔力操作を細かくしている。
たった火柱1つで丸々ウルティーカ准尉を焼いたように見えてもこれ1つでどれだけ魔法の使い手としての技量があるかが私には解る……多分ドルー准将なら風属性魔法がもし使えるなら……空すら飛べる人だと思う。
「それまで、ドルー准将。そういってやってくれるな、初見でお前を評価出来るような奴がその辺をうろついているようなら苦労はせん……。」
「そうか?ルキアとアシュリンを除けばあと3人位は理解しているようだが……残りの2人はこりゃ駄目そうだな。」
「駄目そうってのは私等の事かい!」
「そうだ姉ちゃん、それと隣のヒョロッとしたのだな。こっちの嬢ちゃんと残りの2人はまぁ……見込みはあるがお前ら2人は駄目駄目だ、時間の無駄だから他の奴に挑め……。」
「そう言われてはい、そうですかと言うような奴がここに居ると思うかい?」
「面倒臭ぇ……。」
ドルー准将は頭をガリガリと掻きながら。
「時間も勿体ねぇし、面倒臭ぇから2人いっぺんにかかってこい。勝ったらアシュリンの総隊長補佐の枠もくれてやる。」
「何、勝手に私の分まで賭けてるのですか?」
「ならお前も参加するか?」
「『あの程度』であればドルー1人で事足りるでしょう。」
ああ、完全に煽ってる……中隊長の中で唯一の女性のガラ准尉の顔がみるみる怖くなっていってる……。
「良いだろう……ムース!」
「あー、ガラ。俺はちょっとパスするわ。」
「あ゛!?」
「……………やりゃいいんだろ?やりゃ……。」
何か第二中隊長のムース准尉がガラ准尉の尻にでも敷かれてるかのように参加する事となり、2対1での変則マッチによる総隊長補佐枠2つを賭けた勝負が行われる事となった……。




