第四話改 入学試験2日目
2日目の朝、思った以上にほぼ徹夜が厳しかったからか顔色の悪い受験生が多かった。
そして揉め事も多く、時には教師や魔導騎士が介入する事件に近いものすら発生していた為、皆寝る事など多くが諦めて徹夜状態だからだ。
食事等を持ってこなかった者、途中で駄目にしてしまった者、宿があると勘違いし、野営の準備をしてこなかった者。
だからこそ、最初に入学試験ではこう言っていた筈だ。
「先導する教員の後を、道を逸れないように必ずついていく事!そして法を守る事の2つだけがルールだ!」
窃盗は当然法を守らない事になるし恐喝・恫喝も当然法に背いた事になる。
周囲の受験生から奪えば良いなどと短絡的に考え行動に移した者達が次々と捕まる中
逆にそれらを誰にも知られずに成功させた者すら居る。
私から言わせれば、捕まらなければ犯罪ではないという文言は正確ではない。
捕まらなくても罪を犯した事自体に間違いは無い。
それが誰にも知られずに済んだかどうかだけである。
実際受験者の中には寝入ってしまった間に持ち物が盗まれたケースがある。
それも食料、今頃盗人のお腹の中に入っていて証拠隠滅もバッチリだろうから捕まらないだろうけどやっている事は法を守っていないのだから彼等は最後の最後に不合格を言い渡されることになる。
何しろここは魔法が存在する世界であり嘘発見器のような魔力で動く道具すら存在する。
それでゴール地点で調べられ、その時点で法を順守したかどうかを問われるなど、行った者達は考えても居ないだろう。
彼等はただ泳がされているだけに過ぎない。
それに調べるのも中々骨が折れる為最後の最後、ゴールした人だけを調べれば済む話である。
ちなみに盗まれても訴えないという魔法契約を全員しているので何かを奪われたとしても自己責任で捕まった結果待っているのはただの不合格と言う烙印、貴重品なんて持ってくる事自体が間違いなのである。
「で、この状況は何だね?受験番号1番。」
「え?この一晩で私を襲い、恫喝し、盗みにやってきた受験生を全て捕まえた挙句、裸にひん剥いて正座させた状態で縛りあげて春の夜の寒空の下で反省を促した結果?」
当然、快適な状況に居た私の所にもかなりの人数がやってきた。
食い物を寄越せだの、場所を寄越せだの、テントを寄越せだのまぁ言いたい放題やりたい放題。
寝ていても鼠の獣人としての危険察知能力が忍び寄ってくる連中を察知し、目が覚めたら【羅索】1つで捕縛する簡単なお仕事だった為、片っ端から捕まえた結果、気持ち悪い全裸正座集団が出来上がっていた。
「それぞれの服に持ち物ならここに。」
これを返さないと私が窃盗犯になる為、返すけどこれが正式な賊の類であるなら所有権が主張出来るけどそもそもこの持ち物すらそれぞれの持ち物なのかすら怪しい。
そしてその持ち物すら奪いに来たのを【羅索】で縛りあげていった結果、200余人もの捕縛者がパップテントの裏でムグムグと猿轡をされ、縄で縛られた状態で正座している壮観とも偉観とも異観とも言える光景がここにはあった。
いや、捕まえる度に魔導騎士の人達が来たけど、どうせ悪い事するのはどこでだってするのだからと引き渡さず、更なる窃盗犯をおびき寄せる餌として使った結果がこれである。
流石にもう朝で、私が朝食を採っている程には日が昇っている状況なのでそろそろ引き渡しを、という事でやってきた所教師に見つかった、という次第です。
そして朝食も済み、引き渡しも済んだ後にテントなどを片付け開始時間を待つ中、2日目開始前の中間報告があった。
まず総受験者数がなんと32768人だったそうだ。
そして既に様々な理由で不合格、様々な理由を含めての総辞退者数が23464人、そして現在まだこの2日目の開始地点に到達していない人も含めての残りの受験者数が9304人。
たった1日で7割以上が減った事になるのだけど……それでも多くない?何しろ1国の12歳のうちどれだけ集まってきてるのだか。
日本ですら今、新生児の人数が80万人割ったとか言っている位だったのにそれがこのナーロッパ的な魔法の世界で3万2千人とか集まり過ぎだろう、と……。
それもこんな変な入学試験だというのに3割程がついてきている事実もある種怖い。
いやだって、私が登ってきた滝ですら最早絶壁を超える90度以上の角度があったのにそれをチート無くして登ってくるとか、起伏などが少なくとも長い距離を走破してくる12歳とかこの世界怖すぎだよ!?
しかもここから入試ルールに1つ新たな項目が追加される。
1日目と2日目、と連日同じコースを通ってはならない。
つまり私は最短コースを今日は通ってはいけない事になる。
なら私が取るべきコースは……距離だけはやたら長いけど起伏の少ないコースだ。
2日目は先導役である筋骨隆々な教師マスキュララス先生に並走する。と、言うか煽って競う作戦!
「その筋肉は飾りですか!?」
「ぬぅ!口ばかり達者な受験生だな!」
「はぁっはっは!悔しかったらしっかりと先導役を果たすべきですね!国軍科の教師が生徒でも無い受験生に余裕で並走され、走りで負けるなど国軍科はこうも簡単な授業ばかりなのですかね!?」
「そんな訳が無かろうが!上級学校国軍科は最も優れた生徒が集まり切磋琢磨する場であり、このフォルティッシムス王国最高峰の学科である!それが受験生に負けるなどあってはならぬ事!!うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
と、後ろを気にさせずに私と競って走らせた結果……。
「受験番号1番、それとマスキュララス先生。貴方達、何をしたか解っているのですか?」
「国軍科の教員たる先生に負けないように頑張った結果です!」
「国軍科の教員たる教師として受験生に負けないように頑張った結果だ!」
後続を振り切りに振り切って、最も距離がある筈なのに昼過ぎには2日目のチェックポイントに到着。
私達の後ろについてきたのは精々30人程度であとは置き去りにする篩作戦が見事に成功すると共に他の教師や魔導騎士に超怒られた。
何でもこの距離だけはやたら長いけど起伏の少ないコースというのは本来であれば、時間を最優先し教師はペースを一定に保たせペースメーカー役を果たすのが本来なのだとか。
それを私は煽って競争に託けて一気に引き離した事で道が分からなくなった大多数が発生した事で魔導騎士達が道を間違えた生徒の回収にてんてこまいなのだとか。
「……マスキュララス先生がペースメーカー役なのに私と競走した事が問題だと……。」
「受験番号1番、貴方が煽った事も問題ですよ?」
「でも私はマスキュララス先生と並走はしたけど追い抜いていませんし何より法を順守しています!そして1日目と2日目は違うコースを選択するという3つのルールのいずれも反していません!問題とされ、叱責されるべきは煽り耐性の無いマスキュララス先生です!」
「法さえ許せば何をしても良い、というのは間違いです。」
「それは理解出来ます、ルールだけでなくモラルであったりマナーという点が存在するという意味では。
しかし戦場においてのモラルやマナーとは何でしょうか!受験生全員が気持ちよく過ごす為のマナーや個人の良心や、善悪の基準のモラルをルールが絡まない範囲で振っただけのものであり、そもそもこの入学試験は個人戦です!個人において最も良策を貫いた私のどこに問題があるのでしょう!」
「その後処理をする魔導騎士と教員の苦労を考慮しなかった事です。」
「……………まさかの当事者以外。それは考慮して無かった……。」
「今回は注意で済ませますが次はありませんよ?受験番号1番。」
「サーイエッサー!」
「……まだ国軍入りしてませんからね?」
「サーイエッサー!」
とりあえず私は注意だけで済まされた。
但しマスキュララス先生はそうはいかずこの後、他の先生や魔導騎士にこってり絞られていた。