第三十三話改 衛兵さん の 騎士昇格試験 4日目 後編
梯子は水濠の縁から砦の外壁に斜め掛けされるしかない。
つまり、そこから落としてやればダイラタンシー流体の中に落ちる事になり、展開している間は自重が非常に重くなる魔導軽軍鎧ではあがってくる事が容易では無くなる。
さらに大変危険なので、生徒達はそれを助けるだろうけどまず落とす事が先決なので、使うのは【防災非常袋】にあった缶詰に使われていた油を集めたものを梯子めがけてぶちまけてやる。
大体缶詰の脂は国産なら綿実油かサフラワー油とも呼ばれる紅花油だし、外国産のものはオリーブオイルが使われている。
どれも引火点は300度以上とかなり高い為、日中であれば灯りの松明も持たずに済むからまぁ引火するなんて事も無いだろう。
「お、さっそく水濠のダイラタンシー流体に落ちたね。」
多少暴れれば沈みはしないものの、止まれば沈む。
なんとも不思議な状態の水濠に嵌った生徒達の慌てふためく姿に中々見事にこちらの策に綺麗に嵌ってくれている事を物語っていた。
さらには上から落とすのは【ビニール袋】に入れた水と【氷嚢】だ。
【ビニール袋】を多めに落とし、水であるかと思わせ油断させた所に【氷嚢】というコンビネーションで頑張って梯子に捕まろうとしても油で滑る。
【土嚢】とか【砂袋】とかを落としても良いのだけど少々危険なのと、水濠に入ると足場として使われるので却下した。
さらには【血袋】【糞袋】【墨袋】のコンボで匂いと落ちにくい汚れを追加で叩き込む。
他にも)牛や豚の子宮である【子袋】や【小便袋】、【蓄尿袋】とも言うのだけど真面目に違う意味でヤバそうなものまで落としてあげる。
当然、袋は縛ってないので落ちれば全部中身がぶち撒けられかなりやる気も削げるだろう。
「とりあえず外壁はこれで暫く持つか……。」
そして回り込んで今度は正門。
こちらは木の門なのだけど、全部を【防災非常袋】にあった瞬間接着剤で既に固定済で、さらに同じく【防災非常袋】にあった包帯にしみこませて、厚く重ねてあるのでこれだけでかなり強度が増す事になる。
「ま、だからといって壊させる訳無いんだけどね!」
私は裏の指揮官だから、指揮官の兜を被っていない強みがある。
だから正門前の生徒達を蹴散らしに出向くという手が打てる。
何しろ全ての対策は既に打ち済み。
しかもルール上は日没まで砦を守り切れば良いのであって誰も砦から迎え撃ちに出てはならない、だなんて言われていない。
「つまり私が打って出ても良い訳だ!両手に【独鈷杵】!さらに【身体強化】!鬼神を纏わす【速疾鬼】!さらに【八臂】で超加速!!」
気を失わない範囲でのフルパワーの私が外壁上から落ちてきた事で生徒達が一気に慌て出した。
「せっ、生徒会長を殺ったぐぉっ!?」
「勝手に殺した事にするなっ!あと恨みはないけどあんた達には騎士昇格の為の礎になってもらうよ!【八臂金剛拳】!!」
「大変だ!あの女が打って出てきたぞ!」
カナオが打って出てきたのが相当予想外だったのか生徒達の動きに乱れが出てきた。
しかもカナオは門前の生徒達を倒していくだけでは無かった。
「まずい!攻城梯子にまで手が伸びてきてるぞ!」
「生徒副会長!ご指示を!」
生徒側の指揮は生徒会長たるヘイリアスが居ない為、生徒副会長が指揮を執っていたが……正直彼にはその任は重すぎた。
何しろ上級学校では本来、王侯貴族平民が分け隔てなくというのが本来の校則校規でありながらも、根強い悪習により生徒会も実力などではなく、育ちや血、そして出せるお金が影響していた。
周囲も生徒副会長にそれだけの実力があるかどうか。
それがもし無くとも、誰がそれに異を唱えられるだろうか。
そして都合が悪くなれば指揮としての責任を問う。
それでも彼等は国軍科に入る事が出来たいわばこのフォルティッシムス王国におけるエリートである。
しかしカナオの現代的な知識を含めた防衛側の対応や意図していないイレギュラーな動きに対応が打ち出せないでいた。
そしてカナオはそれを見逃さなかった。
攻城梯子を強襲の予定を一転、指揮系統を完全に潰す方向へと切りにいった。
それを決めたのは前に出てくる生徒とそうでない生徒の差だった。
前に出されている生徒は貴族階級が低く指揮系統を司っている生徒は高い、と判断した事で梯子を邪魔するより、指揮系統を狙う方が効果的、とまで考えた。
「あっ!あの女こっちに来たぞ!」
「やはり衛兵何て所詮こんなものか!こっちには魔力の多い生徒が多く残っているんだ!魔法の雨を降らせてやれ!」
しかし遅かった、カナオの足は国軍科の生徒達の魔法の詠唱を済ませる前に既に生徒達が並ぶ端へと辿り着いてしまった。
このまま撃てば巻き込むと、詠唱を破棄し再度詠唱し直す中、カナオは生徒達を既に蹴散らし、移動を始める。
既に魔法では間に合わなかった。
カナオが普段使用している【身体強化】等は詠唱そのものを短縮して魔法名だけで発動をさせているが実際、カナオはガングロ駄神の知識を駆使して詠唱自体が必要ない位に魔法の展開が早い軽めの魔法を多用している。
魔法は上位の魔法程詠唱が必要となり技量によって、その短縮、無詠唱化が出来るが彼等には貴族だからという奢りもあった。
簡単な魔法を短縮詠唱する事を嫌い、それによって無詠唱化にまで到達しないものが多い。
そしてむしろ詠唱が必要な火力などの大きな魔法を使う事を由とする悪習に囚われていた。
そしてカナオは今回、次々と生徒達を倒していった。
それも生徒側に自己判断をさせないように主に臂や膝関節の部品を潰す事を念頭にヒット・アンド・アウェイ、自らの安全を最優先し出来る限りの後方に構えていた指揮系統や、その護衛役の生徒達を潰しに潰した。
「お、おい!あいつ等退いていくぞ!」
前に出ていた生徒達は後方が急襲された事で後退。
結果として砦の攻めが弱くなった所を今度は背後、砦からの弓矢による攻撃を次々と受ける羽目となり……。
最終的には国軍科側に「守る方が有利なのは当然だ」と皮肉を言わせる程に圧勝したのだった。
但しカナオは今日も正座であった。
「その理屈はおかしい!」
それは隠し通路を使い物に出来ない程に潰した事に対する叱責、そして罰としてだった。
地図に書かれていない隠し通路。
国軍科側は実際、これを利用するつもりでいたものの地図には書かれていないのは使わない予定だからだ!としカナオのした事が過剰であったとしカナオはまた翌日、5日目まで正座のまま寝るという実質的な勝者側の指揮官としてあるまじき処置を受けたのだった……。




