第三話改 入学試験1日目 後半戦
「オデブ先生!氷嚢とか滝の流れに入れたら駄目ですか!?キンッキンに冷やして喉越しを爽やかにして喜ばせたい……もとい受験者の体力をとことん奪いたいのですが!」
「それ一歩間違えたらただの殺人だからな!?とにかくお前は1日目は終わったんだからあの平原で野営の場所取りでもしろ!縄で括ってある場所からは出るなよ?それと先生の名前はオデブでは無くオウビースだ!」
「チッ……あわよくば2、3個落として不慮の事故として片付けようと思ったのに……。」
「先生は聞かなかった事にするからさっさと行け。客であるお前達に必要以上の事を求めてはないのだからな。」
「はーい。」
とりあえず私はある程度の言質を取った上で鼠の獣人としての危険察知能力をフル活用し危なくないと感じる場所を選択。
先んじて周囲を含めたナイフで草刈りをしてから地面を平らに馴らし収納袋と呼ばれる異空間収納の機能がついた袋からパップテントを取り出し設置。
テントから少し離れた位置にスコップで穴を掘り続けてグルっと1周させて終了。
さらに焚火する位置も少し掘ってから前もって試験用に作っておいた燃やすのに適した丸太に切れ目を入れて、穴をあけたウッドキャンドルというものを金属製の大皿の上に置く。
頭陀袋から生み出した防災非常袋に入っていた着火剤をこの世界で拾った松ぼっくりのようなものにライターで着火し、まずは焚火の完成。
ウッドキャンドルはスウェーデントーチとも呼ばれるもので切れ間などから空気が入り込んで上昇気流によって燃焼し、燃え続ける仕組みで広げた掌位のそこそこの丸太を持ち歩くといった欠点はあるものの一度燃え出せば大抵最後まで燃える為、時間管理が簡単で薪を入れ続けるなんて必要が無い変わりに2本以上のウッドキャンドルを作って継続的に燃やす事が出来るのです!
上にはこの世界で作ってもらった五徳を乗せれば煮るのは少々難しいにしても焼いたりは可能で同じく作ってもらったトライポッドと呼ばれる三脚を立てれば、鍋などを吊るして煮炊きも可能。
まぁ欠点らしい欠点は火の始末が多少大変な所かな……。
水に沈めてしまうのが手っ取り早いし私は頭陀袋から出した収納袋によって容量無制限で荷物を持ち運べるのにその重さは考慮しなくとも良くさらには収納している最中は時間の経過が無い為、腐敗や劣化の心配が無い為、いざとなればウッドキャンドルごと収納すれば焚火の持ち運びも可能と七福神様からいただいたチートを余すことなく使えるのがこの試験最大の利点だと思いたい。
但し今回は煮炊きはしないのです。前もって煮炊きしたものを持ってきている為でもありこの場で煮炊きなんてすれば注目の的、嫌な視線を集めるのは決まっているだろうから。
7泊8日で食事も出ない。つまりその分の荷物を全員が持ってきている事になる。
中でも私と同じ最短コースを選択した人達の中には滝を無理くり登る事によって、保存食の類を恐らく駄目にする人すら出てくる。
固く焼きしめたパンであったり干肉やチーズの類は多くが駄目になるだろうしそれが理由で私の食事を狙われる可能性もある。
鼠の獣人としての危険察知能力は灰銀鼠族はさらに強い為多少襲われたとしても、それを前もって察せる程には敏感だけどここで諍いを起こす方が後々面倒臭いのでとりあえずするのはお湯を沸かす事と火を見て精神を落ち着ける事、春とは言え夜は寒いので暖としてのウッドキャンドルの焚火という構えだ。
しかもこの休憩はどうやら評点にはならない様なのでそれこそ何が起きても自己責任だし他のルートの人達も迂回するだけで後々この場所に合流する事になるいわばチェックポイント扱い。
8日後までにゴールに先導をしている教師の通った道を追いかけ、そしてゴールさえすれば入学が決まる。
それが例え休息と言う時間が一切無かったとしても。
だからこそ、前半は出来る限り時間と長い休憩時間というアドバンテージは欲しかった為に私は最短のコースを選んだ、筈なんだけどね。
同じような人達が、既に私の近くにテントなどを張り始めている。
見た所、私と同じく最前列に位置していてサッとあの滝を登ってきた人達だ。
涼しい顔をしている人も居れば全力で駆けあがってきたのか息を切らしている人も居るけどそれでもまだ始まって僅かに2時間と経過していないのだからこの程度の疲労を回復させる術くらい持っているだろう。
この世界は魔法の存在する世界である以上お金という部分さえかければ、魔力を加えて作る水薬であるポーションによってすぐに回復させる事すら出来るのだから。
それでもここに居る人達はまぁ下級貴族辺りだろう。
王侯貴族ともなれば一夫多妻も認められ、妾すら世間に認められている。
その為、虫か鼠か!とでも言いたい位に子供を沢山作る風習が多いというか、娯楽があまり無い為、子作りを半ば娯楽に近い感覚で行ってしまう結果貴族家は大抵日本で言う大家族化していて王族ともなれば王位継承権が2桁なんてのも当たり前な位作ってしまう位に〇男〇女の数字がおかしい。
特に長男、次男、三男辺りまでは家を継いだり分家として残れる可能性があるけど四男以下は恐らくこの国軍科騎士クラスの入学試験に人生を賭けているだろう。
女性の場合は王侯貴族は嫁ぐのが殆どなので騎士になろうって人はそうそう居ないんですけどね……。
日差しをパップテントで遮りつつのどかな時間を横になりながら過ごしている中、時計を見ると丁度午後のお茶の時間が来そうな頃になって距離は程々だけど程々厳しいコースの長身でヒョロガリな体系の教師と謎のコースでの先導役である女性の教師が到着した辺り、ここから次々と人が雪崩れ込んでくる筈。
そして日が傾き、落ち切って暗い中、最後の距離だけはやたら長いけど起伏の少ないコースの先導役であった筋骨隆々な教師が到着した。
それも先頭なのだから、ここからさらに雪崩れ込んでくる事になる。
ちなみにこの入学試験は年に1度の大イベントである為フォルティッシムス王国軍、全面協力でもあり陸軍・空軍・海軍の騎士達が周囲の様々な場所で挫折した人達を救出している為、不慮の事故はまず起きないものの諦めさえしなければ強制終了という事は前半にはまずありえない。
ありえるのは事実上、既に国軍の騎士である魔導騎士ですらもうどうやっても8日目が終わるまでに校舎に辿り着かないとなった場合にだけ強制終了、つまり不合格がその場で言い渡され救助される事になるだけであり、例え2日目の開始時にこの場に居なくともやる気さえあれば、継続する事が出来るのもこの入学試験のある種、辛い部分でもある。
この入学試験はあくまで8日目が終わるまでに先導の教師が通った道を逸れずにゴールである上級学校の校舎に辿り着けさえすれば合格なのだから……。