第二十一話改 衛兵さん、事情聴取を受ける。
独房から出してもらえた私、カナオは歩く度に……。
「臭っ!?」
「臭っ!?」
「臭っ!?」
と誰からも言われた為、まず平民が利用するなどありえない風呂なるものをカデーレ伯爵の屋敷で借りる事が出来た。
まぁ、そこらじゅう汚物のせいで痒いし汚いしと【瓢箪】の中身を1口呷ってから、15年ぶりのお風呂にいつもお世話になっているライターだの栄養補助食品だのを出している【防災非常袋】から石鹸やシャンプーを出して泡々しようか!と思ったらシャンプーが水の要らないシャンプーでガッカリしたのは袋あるあるだと思いたい。
「ふへー、さっぱり……。」
「カナオ二等兵……衛兵服はどうした……。」
「え?もう2か月以上洗っていない為、汚いので着てませんけど……。」
「隊長……。」
ピューターに胸を貫かれたらしい法務騎士の隊長ルキアさんはまぁこういう所が軍隊なのだろうけど近衛の一部だからなのかもしれないけど高級なポーションでササっと怪我が完治したそうでこれから私の事情聴取を取り、資料とするとかでカデーレ伯爵の屋敷の応接間で対面に座っているのだけど……。
「なんで泣いてるんですかね……。」
「カナオ二等兵……よくそれで耐えられたものだな……。」
「え?」
「え?ではない、衛兵服がそれ1着とかおかしいと思わなかったのか?」
ああ……嫌がらせの件か。
部屋を荒らされた際に予備の衛兵服は全てズタズタにされた。
ルキアさんは耳打ちされた時、その事実を知ったのだろう。
「何しろ衛兵服は国軍からの貸与品で再貸与には申請が必要な上、私の場合は申請しましたが通りませんでしたので……元々あった予備を含めた3着のうち2着はこの通りですので……。」
正直ズタズタ、なんて言っているのがかなり可愛い方で見た目はただの無数の端切れにしか見えない程に執拗なまでに細かくされているのをみてさらに涙が溢れていた。
「く……苦労していたのだな……。」
「え?この程度が苦労とか無いですよ。勤務中、休憩は無いですし当然休みはありませんし全員の洗濯に炊事、装備の手入れに書類作成。他にも入街税の釣銭が切れたと唐突に商業ギルドまで走らされたり腹が減ったと待機人員の食事の使いっ走りに立て替えておけ、と1鉄貨も返してもらった事すら無く年給の多くが上官の手の中なのに比べれば1着を洗って風魔法で乾かして着まわす程度を日中7勤深夜3勤の不眠状態に比べれば……。」
「それはお前さんの感覚がおかしいのではないか?」
「そう言われましても軍規では上官命令は絶対で慣例的に突っぱねられるのはセクハラだけですから。大小問わなければこの程度、どこで行われてたとしても私は驚きませんけど……。」
あ、ツボった?なんか目の前にいる法務騎士全員。だけじゃない……領兵すら泣いてる人居るんだけど……。
「それでよく1年も生きてこられたな……。」
「……………それ聴きます?」
「……嫌な予感がするから止めておこう。」
まぁ嫌な予感、ではなく純粋に軍務規定違反をしていただけだ。
勤務中に隠れて飲み食いしたりしていただけなんだけどね。
特に幌馬車は非常にありがたく、検閲目的で中に入った瞬間10秒チャージである所を2秒チャージしたり?飴ちゃんを口に放り込んだりと、隠れて栄養だけはキッチリ摂取していた、って話なんだけどね。
まぁ主に聞かれた事はこの領都カウウスの衛兵の勤務実態から、軍規の違反内容などをこれから他の衛兵達から聞き出す際の参考としての聴取。
主に平民や旅商人に難癖をつけ、時間が掛かる事を暗に伝え袖の下、つまり賄賂を引き出している事であったりまぁ伝える度に全員の顔色がかなり悪くなっていくのが見て取れた。
その後、領都上空に停泊しているままの魔導飛空艇を中心としてこの辺り一帯の街や村の衛兵の勤務状況などを調べたり領都カウウスの衛兵達の聴取等が進んでいった事で明らかとなったのが……。
「ここだけ異常、ですか……。」
「ああ、周辺で多少の軍規違反が見つかったもののどれも軽微なもので軽い減給と程度で済ませるようなものばかりで村の衛兵達に関してはどこも問題は無かった。だがこの領都カウウスだけが異常すぎる……。」
「異常と言われましても私にとってはここが初めての勤務地ですので……。」
「それもそうか。まず、癒着の問題だが、例の禁制品を密輸していた商会については知っているな?」
「あー……ボイルス商会でしたっけ。」
「既に商会は解散、罪のある者達はここではなく王都で裁かれているが……我等の調べによりここの地下水路内に禁制薬の製造工場が見つかった。ピューターが横流ししたと思われる魔導軽軍鎧も2機見つかったが、依然5機が見つかっていない。恐らく既に他国なりに流された後なのであろう……それとこれが見つかった。」
「識別モールドですか……。」
「博識だな、知らぬものが多いと言うのに。」
識別モールドとは魔法金属で作られた識別板で通常魔導軽鎧と魔導鎧には標準搭載されている部品。
この識別モールドには軍事暗号による起動コードを魔力に乗せて入れなければどちらも起動できないようになっている盗難・流出・鹵獲等による使い回しを防ぐ為のものでかなり高等な魔導工学を学んでいないとこの部分を弄ったりする事は難しいとされている代物。
「っていうか普通外れないですよね?起動用の識別モールドと整備用の識別モールドは別物って衛兵マニュアルに書かれていましたし……。」
「昨今マニュアル等読む奴は少なくなったのだがな……まぁその認識であっている。外そうにもピューター達の知識で外せるようなものではない。だが、それがこうして外されている事が問題なのだ。」
「……識別モールドはそれぞれの魔導陣の一部を担っているからこれを外した時点で起動そのものが出来なくなる。だからこれを外した事より、外した後にそこに新たな識別モールドを埋め込んだ事が問題、という所ですかね?」
「流石、王都の王立図書館に孤児ながら預かり金を支払い通い詰めていただけはあるな……そこまで知っているとなるとやはり上級魔導工学の本を読んだか?」
「えー、まぁ……7歳位の頃に……。」
確かにあったけど知識として元々ガングロ駄神から貰っていたので読む必要はなかったんだけどね……。
「7歳……下手な貴族子弟が聴いたら目の敵にされそうな事実だな……。」
そんな事は無い、一応本を開いてみたけど正直知識が無かったら何が書かれてるかなんて理解出来なかったよ……言語が読める読めない以前に専門用語だらけであんなものが国軍科の整備クラスで使われる教材の一部だって知らなかったら1ページ目で諦めて静かに閉じてた位だからね……。
「つまり識別モールドを作れるだけの人物がこの件に係わっていた、と。」
「ああ、そういう事になる。それも少なくとも上級学校で整備クラスかその上位の整備研究クラス過程を卒業しているであろう人物、と見ているが……。」
「わざわざ整備クラスや整備研究クラスを出て国軍入りしない方が悪目立ちしませんか?」
「だから問題なのだよ、そのような人物はここ暫くフォルティッシムス王国からは出ていない。」
「なら……お隣さんでは?隣領は確かヴィセラ辺境伯領で国境の先はフォルティッシムス王国と非常に仲の悪いのインテル王国。魔導工学で言えばフォルティッシムス王国よりかは劣っている
印象がありますし歴史上、何度となくその手の類で争っているとフォルティッシムス王国史にも書かれていたと思いますが……。」
「確かにそういう事実はあるが……。」
「識別モールドを製造する技術が無い、ですね……識別モールド自体が魔導工学の粋の1つですから知る限りのインテル王国の技術を鑑みれば他国から研究者が流れでもしない限りは……と、すればさらに隣国となるデシデリウム帝国?」
「デシデリウム帝国は我らがフォルティッシムス王国とは魔導契約書による不可侵条約を締結しているが?」
「そんなものあくまで武力を以っての侵入、武力行使に土地や財産の奪い取り、主権侵害が主な内容ですよね?ならインテル王国を傀儡としてデシデリウム帝国が手を貸す事であれば不可侵条約程度では制限出来ないのでは?それに歴史上フォルティッシムス王国のこの辺りは100数十年前まではデシデリウム帝国の国土だった筈です。5年ほど前に皇帝が崩御していますので代替わりもした為取り戻しでも考えたとか?」
「……そこまで辿り着く頭がありながら何故国軍科の入学試験に落ちたのか不思議だな……カナオ二等兵。」
「そりゃあのヨボヨボのお爺ちゃんの無茶ぶりの所為ですよ!どこに1回ゴールまで行ってからスタート地点に戻ってもう1回ゴールまで走れとかいう試験があるんですか!?あの無茶ぶりのせいで合格に5センチ届かなかったんですから!!」
「カナオ二等兵……その御仁、先代の王だぞ?」
「へ?」
「現在は退位なされているが先王、フォルティッシムス王だ。」
「え?」
「間違いはない、カナオ二等兵の調べを進める中で12歳となる年の国軍科騎士クラスの入学試験にお忍びで紛れ込んだと既に裏も取れている。」
「え?……エー……。」
思わず聞き返してしまった……あのヨボヨボのお爺ちゃんが先代の王様……?
「そしてカナオ二等兵に騎士昇格試験の推薦をしたのもその先王だ。」
「ええええええええええええええええええ!?ちょ、そんなことするならあの5センチを……って無理か、ゴールできなかったのは事実だしなぁ。」
「その割り切った所が認められたのではないか?先王の推薦などまず取れるものではないぞ?」
「ってそうだ!今年の騎士昇格試験!!」
「もう終わっている、推薦があろうといかなる理由があろうとカナオ二等兵を特別扱いする事は無い。」
「ですよねー……。」
「ま、来年再推薦されるであろう。来年頑張りたまえ。」
「はい……。」
こうして今年の騎士昇格試験は試験そのものを受けられずに不合格、という扱いで終わったのでした。




