第百七十二話 パクス・マレ ―海の覇権― その2
『ふふふ……。』
今日こそ私は射出機を使って大空へと飛び出せる!何しろニャンコさんが居ないのだから……但しそれが良い事か悪い事かで言えば決して良くはないのだけど、少なくとも射出を邪魔する人は居ないのです!
え?使った事ないのかって?そりゃあるよ、あるけど実戦で使うのと練習で使うのではまた意味が違うのですよ?実戦で飛び出してこそ浪漫というもの!
それと少々射出機周りは微改良もして艦橋からの案内で飛び出す事、そしてその為の雰囲気を出す為にF1なんかのスタートなんかと同じような信号機をつけた事でさらに夢と浪漫溢れるものとなったのです!!
予算はどこから?そりゃあ……一応は総隊長ですし?予算の割り振り位は出来る立場なのと、何より信号機をつけた事で射出タイミングが射出される側、つまり魔導鎧の操縦者にもはっきりと解り射出される際のGに耐えるタイミングが取り易くなる意味もあって決して無駄な設備投資をした訳では無いのです。
『さぁ、私はこうして射出機発進を遂げる準備は万端!』
『【フォルティス・アストルム】ルーギト・オフ・プライパラーテイオ、【コンビナティオ・ノヴァ】ネクサム・アッセンブリ・エーレクティオー、カタパルト・ヌメルス・ウーヌス・アド・モベオ。カタパルト・マギ・カリコ・イニティオ……………【フォルティス・アストルム】プライパラーテイオ・コンプリテュス、ルーギト・オフ・シース!』
何か思ってたのと違うと思う位に堅っ苦しく聞こえるんだけど!?
『もうちょっと緩めの言い方で良いよ!?』
『そうですか……ウォラー!イー!』
『それはただ雑なだけ!』
『ポチッとな?』
『それだと緩すぎっるぅぅぅぅ―――――!?』
そして私は「またも」名乗る事も無く【ナーウィス・ロンガ・ビス】から空へと射出されたのだった……。
『嬢ちゃん、後ろが詰まってるから射出したぞ?』
『ヤマさん酷い!!』
『一応2回は待ってやったんだから十分だろ?それ以上は嬢ちゃんのタダの我儘じゃろうて。』
『うぐっ……。』
確かに堅っ苦しいだの、雑だのと私が言っている事は我儘だと言われれば正直、正論過ぎて反論しようもなかった……私はいつ空へと「満足いくように」飛び出せるのだろうかね??
『カナオちゃん、それどころじゃないわよね?もう始まってるわよ?』
『ふぁっ!?』
左舷の射出機で待機しているアシュリンさんからは既に開戦しているとの連絡、といっても火蓋を切ったのはどうやら海軍で魔導戦艦からの一式魔導砲による砲弾、そして大型弩砲を使ったハスタによる一斉砲撃が始まっていた。
海軍の魔導戦艦では魔法を撃つ二式魔導砲はまず使われない、何しろ戦うのは海の上で圧倒的に水量が多い為に火属性は不利だし、雷属性なんて撃とうものなら感電自爆を誘発する事になる。
有利となるとすれば土属性だけど対魔物ともなると海の魔物は身体が鱗や甲羅に包まれている硬い魔物よりかは柔軟性のある魔物などに対してはあまり向いていなかったりする、何しろ土魔法でかつ先端を尖らせようとすると消費魔力が跳ね上がる為にほぼ球体に近い岩などが撃ち出されるのが二式魔導砲のほぼ基本だからだ。
鱗や甲羅を排除し、先端を尖らせた方が有用な魔物となれば蛸や烏賊等の軟体性の魔物と考えるのが理に適っている、ならば先に居るのは……何だろうね?
ちなみにクラーケンとリヴァイアサンは地球では実は非常に曖昧なもので、どちらも巨大な海の怪物という括りなので正直どっちで名乗っても良い気がするけどこの世界では明確な差がある。
クラーケンは多足類、つまりイカ型かタコ型等でリヴァイアサンはシーサーペント、ヘビ型と区別されているのです。
まぁリヴァイアサンと呼ばれる類は生半なハスタなんて刺さらない位には表面がめっちゃ堅いんで十中八九、イカ型かタコ型のクラーケンだろう……なんて推測をして接近していくと徐々にその姿が鮮明になり始め……完全に確認が取れた時には大分予想とは外れた姿が見えた……。
『珍しいイソギンチャク型の【クラーケン】ジャン!!』
クラーケンは多足類ではあっても軟体動物とは限られていない訳でイソギンチャク型でもクラーケンはクラーケン、但しイソギンチャク型は非常に性質が悪いとされている。
軟体動物ではなく無脊椎動物で触手持ち、なのはまぁクラーケンだからと言えばそれまで。
唯一私達のメリットは遅いけど移動もするのだけど普通のイソギンチャクですらどんなに大きくても60センチくらいの大きさで移動出来る距離は時間かけて数センチ程度、だから触手さえ何とかなれば逃げられるという位の話ではあるのだけど……イソギンチャク型の性質が悪い理由は無性生殖する為、身体の一部から新たな個体が次々と生まれる、つまりこれ1体だけではない可能性が非常に高いしそれを海軍が知らないなんて事は無いと思いたかった。
『我ら海の漢に退くなどと言う言葉は無い!そしてクラーケンにしてはやけに足が非常にか細い、所詮は雑魚だ!我ら海軍の力を見せてやれ!!』
『『『『『サーイエッサー!』』』』』
嗚呼……広域魔導無線の共通チャンネルで死亡フラグ臭い事を言っている……イソギンチャク型のクラーケンは全ての触手に毒があるのだよ?触手にある刺胞なるカプセル状の中には毒針があって敵に触れた際にその毒針が発射されるのです!しかも魔導鎧や魔導戦艦だから安全なんて事は決してないのです。
毒針についている毒液に触れればたちまち激しい痛みに襲われ肌には水泡が出来るだけでなく長く苦しみ、重症化すれば皮膚壊死に嘔吐を誘発し、筋肉痙攣まで発症する程に危険な上に毒針そのものが非常に硬く金属すら貫くのです、それでいてイカ型やタコ型のクラーケンより触手が細い分、触手そのものは非常に素早く動いてくる上にイソギンチャク型の触手は6か8の倍数で大凡100本以上存在するのです。
そしてその触手1つ1つが魔導鎧や魔導戦艦に巻き付いて破断させる位の力も十分持っているからこそイソギンチャクな姿でもやはり海の魔物クラーケンという脅威である事に変わりは無いのです。
ちなみに触手の刺胞部さえ除けば食べられるとか……まぁコリコリした食感に磯の味、と美味と取るかどうかは人によるらしいけど?
『と、まぁ刺胞にさえ触れなければ何とでもなると言えばなる訳でさ。当然「当たる様な間抜けが悪い」とか「避ければどうって事ない」だのとほざいていたフィーゼス少尉達なら問題ないよね?』
私より先に射出され、魔導戦艦等海軍とクラーケンの所為で荒れる海上をまぁまぁ滑るように移動している第一大隊が先行している中で第一〇一騎士隊としての一番槍を務めるのは中隊長四人が適任だろう。
『ま、最悪のカバーは俺がしてやる。総隊長の希望だ、さっさと突っ込んで良いぞ?』
『てめぇらふざけてるだろ!こんな骨みてぇな魔導鎧であんな化物と戦えとか正気か!?』
『そう言われてもねぇ……避ければどうって事ないんでしょ?』
『中隊の面倒は俺が見てやるからさっさと行ってこい。』
『違う魔導鎧が欲しい?なら功績を立てなさい、役に立たない隊員に与える余分な魔導鎧なんてものは第一〇一騎士隊には無いんだよ?』
『チッ……俺等に死ねってか。』
『腐るな、フィーゼス。カナオ総隊長の言っている事も確かだ。功績を上げれば良いだけの事だろう?』
『……そうだな、フラムモー中尉。俺達元第四十四騎士隊第四大隊第四中隊第四小隊!「不死身の第四小隊」の力、あの糞ガキに思い知らせてやるぜ!』
『はっ!その意気だフィーゼス……だが死ぬなよ?』
『解ってまさぁフラムモー中尉!俺らが死ぬなんざ、あり得ねぇって所を糞ガキに見せつけてやるぜ!そうだろ?ジョンソナ!ヘルマッサ!』
ああ、こちらも何か死亡フラグ臭いものを語りながら四人一塊で突っ込んでいく姿をみて「星屑」とならなければ良いのだけど、と思った……。




