第百六十六話 そして始まる3期目。
「いやぁ、夏だねぇ……若き青春を軍属として尽くすべくこんな暑さの中、汗を飛び散らせて熱中症まっしぐらな隊員達を涼しい室内から眺めているだけで済まされる総隊長という立場……っ!?」
スッパァン!と強烈な音と共に私の肩に痛みが走る。
「何ふざけた事を言ってるにゃすか、折角特訓に付き合ってにゃすのに……。」
「あー、もう一度やり直しで……。」
「……にゃす。」
デルドロックを消し去ってから1年、私は特別な部屋の中から若い隊員達の修練を眺めつつ、精神を穏やかにさせる座禅を中心とした肉体的なものより精神的な修練に励んでいた。
ニャンコさんは魔力等に乱れが出た際に肩に警策を打ち付ける役割をしてもらっているのだけど、実はニャンコさんは現在、第一〇一騎士隊に出向中で三人目の総隊長補佐として活動している。
理由は私がもし再度【末那識】の発現がされた場合のストッパー役である。
一応は王剣隊に副隊長として在籍はしている半出向ではあるけど暇な時はこうして来てもらっている。
「暇なんてある訳ないにゃす……王剣隊(暗部)を何だと思ってるにゃすか。」
「実在しない隊、つまり窓際族!」
再度スッパァン!と強烈な音と共に私の肩に痛みが走る。
「あー、もう一度やり直しで……。」
「……にゃす。」
とりあえずニャンコさんが何かしら私が出張る場合はついてくる事となっているので対処は出来る、と言えど最終的には【末那識】の発現で終わらず、これを乗り越え辿り着く場所である【阿頼耶識】の発現まで到達しなければならない為、私に枷が付く事は無く、こうして普段通りで居られるのはやはりここまで見え隠れしている「あの男」の存在、そしてそれを殺す私の役割をもヨボ爺達が夢枕でガングロ駄神こと「デア」からの言葉があってこそである。
ただこの一年、問題も多い。
デシデリウムとの戦争は世界的には終戦を迎えている。
デシデリウムに住んでいた人達の多くはそのままハルターマタ王国民となった。
国が変わるだけでそれ以上悪くならなければ大抵の人は戦乱の世なのだから意外と気にならない為、ここは問題にはならない。
まずは植民地だった国は全てが独立、ここも問題にはならない。
ただデシデリウムを構成していた土地であるペリークロサス砂漠そのものは実際には大きく割れる形になった。
ハルターマタ王国に属する事を拒否し、街が集まり独立を宣言したりだの賊徒となったりと敗戦兵達がやりたい放題したこの1年。
なんとペリークロサス砂漠は30もの非公式な国に分裂しているのです。
非公式、というのは国の独立宣言をするのは勝手に出来るけどそれを世界が認めるかどうかは別問題、という事。
小競り合いは好き勝手やってくれれば良いのだけど世界的には殆どがハルターマタ王国の土地。
ハルターマタ王国とも最終的にはフォルティッシムスは同盟宣言を行った為、ディジト隊やデュプレ隊の一部がハルターマタ王国へと派遣され、それを黙らせる行動に出ている。
何しろその大抵は帝国の流れを汲もうとしているのだから世界的に認めるとすると既に認められている国のいずれかが「独立国と認める!」と宣言しなければ非公式な国のままでありただの集まり、烏合の衆として取ってもらえないのが決まりとなっている。
特に大陸の反対側の海に面しているハルターマタ王国との陸路からの貿易はフォルティッシムスにとっては大きな利がある為に同盟国としてその助けをしていると共にデシデリウムの敗戦兵処理という名目で出張っているものだけど中々苦戦していると聞いている。
そう、あくまで聞いている。
第一〇一騎士隊はデルドロックの件以降これといって出番が無いのである。
理由は当然……私だ。
【末那識】の発現問題もあるのだけどそれ以上に問題なのは昨年から変わった軍の再構成以降の装備関連、特に第三世代機への変更作業が急ピッチで行われていてヤマさん達技術研究班はそれに追われている。
実際、半年以上も第一〇一騎士隊は王都周辺の哨戒任務か修練を続けているに過ぎず思った程の事をしていないのはどちらかといえば目立ちすぎているからだ。
第一〇一騎士隊自体は既にフォルティッシムスにとってのプロパガンダに近いものの、そればかりが動いていた所でそれ以外は「おまけか?」と言われても困る為、今はディジト隊やデュプレ隊が頑張る時期、とばかりに私達にはこれといって任務が舞い込んでこないようになっている。
一応はデルドロック相手にノーヒットノーラン、とは言えないが0ゲームを達成させたようなもののご褒美、と言われながらも実情は王立研究所の魔導鎧や魔導軽鎧の生産ラインの生産性の低さをヤマさん達が突っ込み、改善したりとどちらかと言えば今は内政部分の強化自体に利用されているとでも言うべきだろうか。
流石に3年目、ともなりさらに上級学校から新卒が隊員として入り第一〇一騎士隊は満員御礼、連隊規模である342人に総隊長補佐が特別に3人も居る為、344人。
枠がフルに埋まっている状態で3年目にして私が目指していた一部の条件を一応は満たした事になる。
これで「あの男」の事以外考えずに暇を持て余す程ならどんなに良い世界だろうか、と思うんだけどね……。
「こりゃ嬢ちゃん!何サボってんだ!お前さんが居なきゃ人手が足りねぇだろうが!!」
「エー……私、今精神の鍛練っ!?」
再々度スッパァン!と強烈な音と共に私の肩に痛みが走る。
「あー、もう一度やり直しで……。」
「……にゃす。」
「違うだろうが!お前さんがライン作業とやらを推奨した事でお前さんの所で全部止まってるんだよ!」
ああ、そういえばそういうのを提唱したね……第三世代機とは言え同じものを作るならライン作業にしてしまった方が早いとわざわざライン自体を魔導具として作って確か王立研究所に……。
「確か隊舎内にはラインは作ってないと思ったんだけどっ!?」
4回目のスッパァン!と強烈な音と共に私の肩に痛みが走った所で流石に会話にならないので止めてもらった。
「ラインとか王立研究所にしか置いてないよね?隊舎内なら関係無いだろうしそもそも私用のラインって……。」
「何を言っとる、先日新たに作ったであろうが。さっ、こっちに回された第二十二騎士隊の分を作るぞ?」
「ヤマさんそれ違うでしょ!なんで態々隊舎の兵器庫にライン作った挙句に私の場所があるのさ!そういうのは今年新卒の整備員とか整備研究員とか結構な人数来たよね!?そういう子に回してよ!!」
「来たばっかりのひよっ子に出来る訳ねぇだろ?さぁ行くぞ!!」
「嫌ぁぁぁぁぁ!!私は今修練中なの!っていうか私、総隊長!整備班でも整備研究班でも無いの!」
「嬢ちゃんが自分で考えたんだろ?ライン作業とやらを。ありゃ確かに一つの部分だけをやりゃ済むがそこしか出来ねぇ奴しか生まれねぇ上に人数が必要だ。その穴ぁ埋めるのは嬢ちゃんに決まってるだろうが!」
「ラインは王立研究所にしか作らなかったでしょ!だから隊舎には作らなかったのに勝手に作ったのはヤマさん達でしょうが!」
「王立研究所にしかねぇとか魔導技術のなんたるかを碌に知りもしねぇ連中だけが扱ってるとかありえねぇだろ?」
「全部ヤマさん達の所為じゃ無い!!」
「ささ、総隊長なんだからちょいと数日頑張ってくれよ。たった332機作るだけだからよ?」
「それたったとは言わない!っていうか助けてニャンコさ……逃げたな?」
「行くぞ?」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
こんな第一〇一騎士隊の3年目は既に始まっている。
第3回チキチキ序列入れ替え戦?もう終わったよ??小隊長とかの入れ替えはあったけど大枠はそのまま。
「嬢ちゃん、今年の序列入れ替えでアラカンドの機体壊したのを俺は忘れてねぇからな?」
「はい、行きます……。」
……3期目もこんな感じですよ?




