第百六十五話 リアリティ溢るる鬼ごっこ
第八章、ラストです。
「これはっ!なかなかっ!きついですねっ!」
カナオの視線が最も最初に向いた先は空竜騎士隊隊長のアルブス少将。
そしてそのままカナオは無言のままアルブス少将へと駆け、そして手を伸ばしてきた。
デルドロックを片付ける姿を見ていたアルブスにとってカナオの手そのものが最も危険である事が周知である為、そのまま逃げの一手に徹した。
触れられれば終わる、まさにリアルな鬼ごっこが始まったのは僅かで次々と王都からやってくる人々の中からカナオは次の対象を見定めた後、アルブスから次の新たな獲物を見つけ、追いかける相手を切り替えた。
「にゃあすぅぅぅぅぅ!何でにゃすばかり追いかけるにゃすか!?」
アルブスが触れられればその場所が消え去る。
そんな危険な言葉を全員が聴き、特に足に自信の無いものが王都へと引き返そうとした中でも最も足に自信がある筈のニャンコだけをカナオは追いかけ始めたのだ。
すぐ近くに簡単に触れ、捕まえられそうな相手が居たとしてもお構いなしに延々とニャンコだけを追いかけるようになった。
「にゃすは敵じゃないにゃすぅ!やめるにゃす!!」
「そうよ、カナオちゃん!ニャンコは食べても美味しくないわよ!?むしろポンポン壊すわよ!!」
「味の問題じゃないにゃす!これじゃ【黙り猫が鼠を捕る】じゃなくて【黙り鼠が猫を捕る】にゃす!!カナオは何かにゃすに恨みでもあるにゃすか!?」
「何か、じゃなくて多分ある筈よ!思い出すのよ、ニャンコ!」
「恨み恨み……………思い当たる節が何一つないにゃす!」
「知らず知らずにカナオちゃんの恨みを買っていただけなのかもしれないわよ?」
「憶測で物を言うのは良くないにゃす!っていうか助けるにゃす!!」
「私はカナオちゃんの味方よ!」
「満面のドヤって顔して言う事じゃないにゃす!にゃすが死んじゃうにゃす!」
「同士に手をかけるなんて私には無理!」
「カナオ!こいつ裏切り者にゃす!!」
「つかニャンコ、そのまま王都から離れていってくれねぇか?そうすりゃ2次被害からは少なくとも逃れられるんだが?」
「ドルーまでにゃすを生贄にするにゃすか!?」
「仕方ねぇだろ、総隊長がお前ばかり追いかけるんだからよ……こっちなんて全く見やしねぇぞ?」
「そういうドルーに擦り付けるにゃす!」
ニャンコはドルーだけに限らず、アシュリン等にもカナオを擦り付けるべくすぐ近くを通ったりしたものの、ニャンコ以外には全く目もくれずニャンコを延々と追い掛け回した。
「こうなったら見た目を変えるにゃす!魔導軽鎧【ニャンティス・ケントゥルム・Kビス】装・着・にゃす!」
ニャンコは腕輪から魔導軽鎧を出し装着するも【ニャンティス・クラァムZ】用であるだけでなく、外見も猫まっしぐらだった事から……。
『全然逸れないにゃす!ぶれないにゃす!何が原動力にゃすか!?』
やはりカナオはニャンコ以外には目もくれず、延々と追い掛け回し続けた。
『にゃすぅぅぅぅぅ!誰も助けてくれないにゃす!?』
「わん。」
『……ワンコ隊長!助けに来てくれたにゃすか!?』
「わん。」
ニャンコの逃げる先に現われたのは王剣隊隊長であるワンコだ。
「わん。」
『え?同じくらいの距離を保つにゃす?……やってみるにゃす!』
ワンコからの提案でニャンコは動きだしたワンコ、そして自らとカナオとの距離を同じ位に保つように逃げるとカナオの様子が変わった。
『え?動かなくなったにゃす??』
カナオは突如ビタッと立ち止まった。
そしてニャンコとワンコの両方を交互に見るも、再度足が動き出す事は無かった。
『え?え?どういう事にゃす??』
「わん。」
『え?とにかくこの距離を保っていれば動かないにゃす?その理由を聞いているにゃす!!』
「わん。」
『魔導軽鎧を脱ぐにゃす?いやいや、それは危険過ぎるにゃす!え?隊長命令?……そう言われるとどうにもならないにゃす……。』
ニャンコが魔導軽鎧を脱いで腕輪の状態に戻したもののやはりカナオは首だけが動くだけで足が動き出す事は無かった。
「それでワンコ隊長、どうするにゃす?」
「わん。」
「……それ本気にゃすか?にゃすは超嫌にゃすけど……。」
「わん。」
「だから何故そこで隊長命令とか逆らえない事を言い出すにゃす!?」
「わん。」
「解ったにゃすよ……ワンコ隊長の事だから何か深~いお考えがあると勝手に想像しておくにゃす……。」
ワンコとニャンコは両掌をカナオへと向け、1歩、1歩と距離を縮めるよう歩き続けてもカナオは尚、足が動き出す事は無くむしろワンコとニャンコの両方を交互に見続ける顔と首の動きが加速していくばかりだった。
そしてワンコとニャンコはお互いがシンクロするように同じ足を前に出し、距離を徐々に縮めていき、最後にはカナオの手に2人の両掌がピタッとくっつくまでになった所でカナオの危険性が既に失われている事にニャンコは気が付いた。
「わん。」
「にゃすぅ?」
「わん。」
「……にゃす。」
そして2人はカナオにピタっと抱き着くようにくっつくとカナオの鬼化が全て解け、崩れるように倒れ込みそうになった所を慌て支えたのだった。
カナオはそのまま担架で運ばれ、王都と王都の外は厳戒態勢を敷きつつ現場の保存、そして調査が行われると同時に南門が使用出来ない為、急遽東西の門を臨時で解放し一般の人々の出入りを行った事で王都は普段に限りなく近い状態へと戻っていく事となった。
デルドロックが吹き飛ばされた途中に皇帝だけが身につける事を許されている冠が歪んだ状態で発見された事もあり若き皇帝デシデリウム二十七世もその犠牲になったであろうと推測され世界的にもデシデリウムとフォルティッシムスの戦争は終戦となった。
国の割譲に関してはフォルティッシムス王国はインテル王国の国土の7割を最終的には得る事となり、残りはイントラ王国へとフォルティッシムス王国の一部と共に渡された後、比較的インテル王国と近い帝国領はイントラ王国が譲り受けた反面、遠い部分に関してフォルティッシムス王国は一切の権利を主張しなかった事で一時期は再度土地を巡る争いがあるかと思われたものの同じような寒冷地砂漠の国であるハルターマタ王国がその全てを取得した。
理由は同じ土地柄である事もだが、イントラ、ワスティタースを含め3国とそう仲が悪くない事も含めて新たな陸路による交易が見込める事となったからでもあった。
しかし1つまだ解決していない事もある、それがワスティタース王国だ。
主にアビス武器商会との関係性についてだがワスティタースは公式にそれについては知らぬ存ぜぬを通したのだが元々フォルティッシムスとは隣接すらしていない為、フォルティッシムスはイントラへと帝国領を渡す際にフォルティッシムスの一部を譲渡する事を理由に更なる条約を結び、イントラとフォルティッシムスは完全な同盟国化する事でワスティタースが何か企んだ場合にはイントラ王国にも軍を派遣出来るだけの用意をしてけん制する事でこの場は収め、これで本当にデシデリウムとの戦いが終わった事になる。
またカナオについては目覚めるまで1ヶ月の時が掛かり、目覚めた時には【雷電】が勝手に発動を始めた以降の事は何も覚えておらず口伝によって自らの状況を悟り、2度目の【末那識】の発現に暫くは自ら戦う事を避け、身体と精神の鍛え直しと共にまだまだ若い新入隊員達を鍛え上げたり、新たな魔導品の製作などにここから1年程の月日を費やす事となり、その間フォルティッシムスは比較的平和な時間を享受する事となった。
ワンコ曰く、カナオの鬼化が解けた最大の理由はカナオそのものの状態、つまり【末那識】の発現は心の最も奥にある無自覚な意識であると判断した状態だったと推測しカナオの心の奥底の欲求を満たす事こそが重要だと考えた事。
つまり猫の獣人であるニャンコと犬の獣人であるワンコによるW肉球、さらにはモフモフワフワフ出来る愉悦の環境こそがカナオの根源にある「肉球をぷにぷにしたい」とか「思いっきりわふわふ・もふもふしたい」という欲求を満たしたいが故に攻撃的な行動が無くなり、2人が近づいても無事でそこから満たされた事で元に戻ったのでは。
そんな話をワンコ隊長からワンコ隊長専用言語「犬語」で聞かされたニャンコはこれらをどう説明すべきか、と散々頭を悩ませた挙句、そのまま伝えた所で大体の人が納得した辺りニャンコの内心では解せなかった……。
そしてデシデリウム帝国との終戦から1年、フォルティッシムス王国にまた1つ、忍び寄る影がある事をまだ誰も知る由は無かった……。




