第百六十四話 エゴ・アル・キマエラ その3
「ふんっ!!」
「無駄だ!痛くも痒くも無いと言っておろうが!」
南門から大きく吹き飛ばされたデルドロックは【鉄輪】に包まれたままカナオに更に吹き飛ばされるよう次々と殴られているものの、それが効果的かと言われると微妙な状況だった。
「痛みがあるかどうかなんて二の次なんだよ。」
「何だと?」
「さっきから何度か殴ってみたけどさ、生物の硬さじゃ無くてどうもゴーレムっぽい硬さがあるんだよね。これはまぁ推測なんだけどさ、あんた、デルドロックっていうより帝都ヴォルデシデリウムで作られた【アルキュミアキマエラ】でしょ。そうならこの手に残る感覚と見た目の異質さに説明が付くんだけどさ……。」
「……………そうか、貴様が銀女とやらか……探したぞ!」
「銀女?……そう言い放ったのはリュンクス・エキシマー・レウォルティオ。リンクスだけだった筈だけど……そうかぁ、生きてたんだね。魔導鎧毎殺したと思ってたけど。」
「私がこのようになったのも全て貴様の所為だ!」
「おや、そりゃお門違いってもんだよ。私があんたに何をしたってのさ。」
「貴様が何をしたかなどどうでも良い……あの男の恨みを貴様にぶつけるだけの事なのだからな。」
「そんなものぶつけた所で二度と元に何て戻れやしないよ。」
「なら元凶である貴様を殺して憂さだけでも晴らせれば良いのだ。どうせこの王都は我が手によって滅ぼされるだけなのだからな。」
「滅ぼす、ねぇ……大方権力と武力を傘に帝国での立場でも良くしようと考えて失敗。聞いた話からすればそんな所でしょ?けどこっちにはデシデリウム処かもっとヤバいのがまだまだ先に控えてるんでね、あんた如きに手間取っている暇なんて無いんだよ。」
「たかが獣人1匹に何が出来るというのだ?」
「出来てるじゃ無いか、あんたは【鉄輪】から逃れられない。私の拳に吹き飛ばされている。」
「だが全く効果が無いようだが!?」
「ある訳無いでしょ、あんた既に【アルキュミアキマエラ】でゴーレム化してるなら痛覚なんてある訳ないんだからさ。あんたは痛み1つ感じないまま、この世界から私の手で消え失せるんだよ!毘沙門の名の下、左手に持ちし銀の鼠に夜叉なる鬼神を纏わす!【捷疾鬼】!」」
私の身体がみるみると鬼のような姿へと変化していく。
「【天夜叉】!!」
叫びと共に、私の体が真っ赤に変わり炎に包まれる!そのまま一足飛びでデルドロックへと飛び掛かり拳を叩き込んだ。
「【金剛拳】!」
次の瞬間、デルドロックは【鉄輪】に囚われた状態のままながらも身体に罅が入り始めた。
「何っ!」
「傷がつこうと痛みは無いのだからいくら受けようと問題は無い筈だよ!だけど身体の痛みってのは痛みは、病気やけがなどで損傷した組織を修復する間、体を動かさないように警告する役割を担っているんだよ!しかしあんたはゴーレム化しているから体内には神経が存在しない!刺激を感知する事も出来ないのだから痛いと感じる事が出来ないだけだ!」
「だがどこに不都合があると言うのだ!」
「今まさに不都合が起きているじゃない……自らの身体に亀裂が入ろうと痛みを感じない、ゴーレムとしてはそれで良いかもしれないけどね。その分危険を察知する能力も落ちる!」
「何も問題ないでは無いか!どうだ!これで元通りだ!!」
デルドロックに入った罅が一瞬にして元通りにくっついていく。
「違う!あんたの不都合は目の前に居る私を脅威と感じない事だよ!【天夜叉】【地夜叉】に並びし第三の夜叉が今ここに!【虚空夜叉】!!」
私の身体の炎が消え、体色が一気に真っ黒に染まる。
「【虚空金剛拳】!」
そして私が突き出した拳が今度は口元へと届くとその場所が綺麗さっぱりと消え去り、デルドロックは喋る事が出来なくなった。
「―――――――!?」
そのまま【鉄輪】が無い部分へと次々と【虚空金剛拳】を叩き込んでいくもデルドロックから声が発せられる事は無かった。
「うらうらうらうららららららららぁ!!」
それもデルドロックが再生したりする事が無い為【鉄輪】をどんどんと絞め付けつつ、デルドロックである筈のものを小さくしていった。
それもある程度までしか出来ない事から私は【鉄輪】を解除。
残されたのは精々人の頭位の大きさの紫色の塊だけ。
しかしそれもすぐに形を変え、頭の形に変わったかと思えばすぐに元の大きさへと戻った。
「おー、体積すら変えられるんだ。さすが【アルキュミアキマエラ】と言うべきかね。物理法則を無視しまくるとかありえないんだけど?いや、これは体積と言うより密度かな??」
「きっ、貴様今何をした!」
「【虚空金剛拳】、虚空とは何も無い空間や大空を指すものでこの【虚空金剛拳】で殴られた場所は何も無い空間へと変わる。まぁこの後の反動が怖いから使いたくは無かったんだけどさ……それでも痛みは無いだろう?」
痛みは確かに無いだろう、だけど【虚空金剛拳】が通過した場所は何も無い空間へと変わる。
それが空気だろうと、物体だろうと……私と私の能力以外のものは全てが何も無かった事になる。
「ぐっ!?」
それは急に起きた、【雷電】が勝手に発動を始めた。
そして再度起きた……【末那識】の発現……。
「ぐっ……グガァァァァァァァァァァ!!」
これを最後に私の意識は途切れ、記憶が全く無かった。
しかしこれを遠目で見ていた近衛騎士団空竜騎士隊のアルブス隊長が見ていた事で何が起きたのかについてだけはその後を知る事が出来た……。
これはその人伝の記憶によるものである。
「なっ、何だこ奴は……。」
その姿は完全な鬼。
銀髪に身体の全てが漆黒に染まった私は碌に言葉を介する事なく次々とデルドロックへと襲い掛かった。
「グガガガガガガガガガガガガガァ!!」
デルドロックは私の【虚空金剛拳】で身体が次々と消えていくも暫くすると元に戻っていく。
これはカナオも知る由が無い事ではあるがデルドロックが【エゴイスティック・アルキュミア・キマエラ】とも言える突然変異種であった事、本来であれば超巨大な身の丈であるべきが、人程の大きさに濃縮・圧縮されていた密度そのものを薄くし体組成を復元しているに過ぎず、このまま続けばデルドロックは間違いなく完全消滅するものだがカナオだけでなく、デルドロックもその事には気が付いていなかった。
ただカナオに殴られるとその場所が消えてしまう。
それをデルドロックはただただ再生している。
「……ッ……ッ……!」
カナオの激しく素早い【虚空金剛拳】がデルドロックに喋る余裕すら与えず身体を消し去り、それを再生していくだけのデルドロックという状況を追いついてきた空竜騎士隊の隊員達も目撃する事となった。
その表情が鬼気迫るものでありながらもまだアルブスがそれがカナオだった事を見ていたからこそ判断出来たものであり、それを除けば殆どがカナオだと解らない姿であり、化物が化物を襲っているだけの絵面でしかなかった。
それはさらに追いかけてきた第一〇一騎士隊の面々にとっても同じだった。
最早人と人との戦いには思えないほどのその戦う姿には畏怖を覚えるものも少なくは無かった。
しかし見ている者達にとって手が出せるような状況でもなくただただ見ているしかない中、ついにそれは起きた。
カナオの身体の一部がボンと小さく爆発でもしたかのように弾け出した。
それでもカナオの手は止まる事無く、デルドロックに逃げる余裕1つ与える事も無く【虚空金剛拳】が次々と叩き込まれ小一時間。
最後はデルドロックだったもの、である【エゴイスティック・アルキュミア・キマエラ】の最後の一片がカナオの振り落とした拳によって消え去った。
これで終わればどんなに良かった事か。
デルドロックだったものを全て片付けたカナオの視線は
次に近くに居る人達へと向いたのだった……。




