第百六十二話改 エゴ・アル・キマエラ その1
フォルティッシムス王国王都テッラ・レグヌムに警鐘が鳴り響く中、その原因が存在するは南門は酷い状況であった。
大きさも形も人と言えるが六つ腕に三つ顔を持つ紫色の体色をした、魔物とも言い難い化物によって衛兵その他の人々と次々に殺害されていたからだ。
「さぁ……次は誰だ……私の血肉となりたい者は……。」
「総員、怯むな!撃て撃てぇ!!」
慣れない魔導軽鎧に身を包み、一式魔導銃と二式魔導銃を構え次々と訳の分からない化物に対峙する衛兵達に対し防御姿勢すら取らず、次々と歩み進んでいった。
そこに当たった魔法は弾けるように霧散し、【弾丸】は当たりはすれど肉に埋もれる事も無く、止まりそして地面に落ちた。
その正体は【アルキュミアキマエラ】の突然変異種であり【エゴイスティック・アルキュミアキマエラ】とでも言うべきだろうか。
「効かぬ……効かぬぞ、我がこうして苦労して出向けば所詮はこの程度、ひ弱な愚民共に任せるべきでは無かったのだ……全ては私1人居れば事足りたのだ!我こそが最強!我こそが世界を統べる王となるのだ!」
その自我はデシデリウム帝国陸軍大将デルドロックのものだった。
リュンクスを始めとして、本来であれば超巨大な【アルキュミアキマエラ】が誕生すると思っていた最中、出来上がったのは非常に小さな成人1人分の大きさのゴーレムとも言い難いものだったがそれは本来であれば超巨大となるその全てを集約したような非常に強力な存在であった。
そしてデルドロックの自我は帝国、そして自らをこのような状況に貶めたフォルティッシムス王国への恨みを募らせた結果、1人歩いてこの王都テッラ・レグナムへと移動し、そして今。
ここまでの勝手に蓄えた恨み辛みのようなものを全て吐き出すように殺戮の限りを尽くし始めていたのだった。
「脆い!脆すぎる!!」
腕を振るえば簡単に千切れ吹き飛ぶ人々、攻撃を受けようとも防御姿勢すら必要ない程に痛みすら感じない、まさに今ここでデルドロックは自らが抱いていた恨み辛みは自らが世界を統べる王にでもなったかのように気分が高揚し、そしてそれを裏付けるように一切の攻撃を受け付けない状況にあった。
それも腕は手を伸ばそうと思うだけで実際に伸び、ありとあらゆるものを掴んだかと思えばそのまま力を加えずとも潰れる……その姿と行動に王都の人々は叫び逃げ惑い王都の衛兵達は彼等が逃げる時間を稼ぐべく、この場において命懸けでその歩みを止めようとしているものの魔物より性質の悪い者を相手にしている為、その命を次々と散らしていく状況でもあった。
しかしここは王都、それを止めるべく真っ先に駆けつけてきたのは彼等。
「ケケケケケ!てめぇら全員避いてろぉ!!」
ディジト隊である第四騎士隊、そしてその頂点たる総隊長フルカ大佐だった。
フルカは素早く距離を詰めると共に身体を自在にくねらせつつデルドロックの身体に手に持っていた大鎌を叩き込むと、ここで初めてデルドロックの身体が後ろへと飛びそうになるも足を軽く踏ん張ると返すように六つの腕でフルカを掴もうとした。
しかしフルカもまた身体をくねらせ、その全てを避けつつ蹴りを入れ2人の間に距離が開いた。
「よぉ……どこのどちら様か知らねぇが俺の居る王都でこれだけの騒ぎを起こしてくれるたぁ……死にてぇみてぇだな貴様。」
「貴様こそ誰だ?我が進路を阻むなどあってはならぬ事……。」
「はっ!カリブルヌスみてぇな事言ってる奴ぁ久しぶりに見たぜ、俺ぁテッラ・レグヌム騎士団第四騎士隊総隊長フルカ大佐だ!」
「ほぅ……ディジト、それもクァットゥオル。成程、だからフルカという訳か。いかにも下賤の者達が考え付きそうな名だ……。」
「はっ!いかにも人とも魔物とも言い難い化物顔からそう言われるとは思ってもみなかったぜ?それも俺の一番嫌いな貴族思想とは恐れ入るぜ、まぁ口だけ達者な御貴族様ってのはいくらでもいるってもんだ。てめぇはどっちだ?戦えない奴等を屠って良い気になってテッラ・レグヌム・ノウェムを舐めてっと痛い目見るってもんだぜ?」
「テッラ・レグヌム・ノウェムか……所詮は近衛にすらなれなかった連中であろう?そして近衛も所詮は王の剣であり盾でしかない、ただの道具だ。その道具以下の貴様が我が歩みを止められるなどと思うな?」
「口先だけなら何とでも言えるぜ?」
「ならば実際に見てみたらどうだ?」
デルドロックは六つの腕で構え、フルカは半ば身体を折り畳むように手を出せば簡単に地面に手が付く、そんな変わった姿勢で自らの得物である大鎌を担ぐ様に構え暫し……お互いがお互いに隙を見るかのように時間が過ぎたかどうか位にデルドロックが周囲の状況に気が付き、笑い出した。
「何かおかしいか?」
「ああ……これが時間稼ぎだったとはな。」
「時間稼ぎ?ああ、連中の事か……。」
デルドロックとフルカの周囲、建物の屋根の上、外壁の上、横道等から次々と姿を見せないようにしていた者達が現れたのは第五騎士隊から第九騎士隊までの総隊長と隊員達だった。
「んな連中気にしている暇ぁあんのか?こいつらはてめぇが逃げ出さないように囲ってるだけだ。
てめぇの相手をするのはこの俺だけだ、と言いたい所なんだがよ……どうやらてめぇは少々やり過ぎたようだ、予定外の客までやってきやがったってもんだ。」
フルカの言葉に空から空竜とも呼ばれる魔物ワイバーンの群れが一気に急降下してきたかと思えば低い高さで飛び回りメインとなる通りの奥からは陸竜とも呼ばれる魔物アースドラゴンの群れが一気に押し寄せてきた。
「ほぅ、フォルティッシムス王の剣と盾。空竜騎士隊と陸竜騎士隊だな?くくく……私1人にやけに仰々しい出迎えをしてくれるではないか。」
「生憎とお出迎えなんて生易しい事をしに来たのでは無いのですよ?デルドロック陸軍大将殿。」
「……………貴様、空竜騎士隊隊長アルブス……。」
真っ白な魔導軽鎧に身を包んだ男、アルブスが気が付けばデルドロックの後ろで帯剣した柄に手をかけ立っていた。
「おや、やはりそうでしたか。貴方のその汚らしい声には聞き覚えがあったのでもしやと思いましたが、私の記憶力と耳の良さに自画自賛したくなりますね。そうは思いませんか?ニゲル。」
「思わない、王はカヌス総隊長が見ている以上安全だが王都の民はここで奴を仕留めねば更なる被害者が出るというもの、お前の記憶力や耳の良さ等というものはどうでも良い。今はこの目の前の化物をどう殺すかが問題だ。」
「貴様のその黒い鎧、陸竜騎士隊隊長ニゲルか。」
「貴様がデルドロックかどうかなどどうでも良い、それとテッラ・レグヌム・ノウェムの決まり事等もどうでも良い、先についた奴から戦う等と悠長な事を言っている暇があるなら殺してしまえば良いものを……これだからテッラ・レグヌム・ノウェムの連中は使い物にならん。」
「はっ、ははははは!これは良い!御仲間同士で侃諤始めるなど、跛行的なようだが?」
「それは仕方ありません、テッラ・レグヌム・ノウェムは国と民を護る者達であり、我等近衛騎士団は王の剣であり盾、立場も役割も違うのですから。しかし事、現状においては……どちらにとっても具合が悪いのです。民も衛兵達も殺され、そしてこのままであれば更なる民の被害が考えられる上に最悪、王の前にまで届く可能性がほんの僅かにある……我々はそのほんの僅かな可能性を捨て置く訳にはいかないのですよ。それも我等がフォルティッシムス王国に牙を剥いた張本人であるデルドロック、貴方が来たとなればね……。」
「そういう事だ、最早テッラ・レグヌム・ノウェムだ近衛だのはどうでも良い。貴様さえ死ねばこの騒ぎは収まるのだからな。たかが地竜に乗り、這いつくばるしか能の無い貴様等陸竜騎士隊如きが私を殺せる、だ等と本気で思っているのだとすれば……滑稽でしか無いな。」
「貴様の感情も、意見もどうでも良い。だから死ね。」
ニゲルは背中に背負う巨大な剣を抜き構えると刹那、次の瞬間にはデルドロックの前でその大剣を振ったがその刃はデルドロックを捉えはしたものの、六つの腕に遮られたのだった……。




