第十六話改 衛兵さん、ついに推薦を貰う
「ふっ、ふざけるな!何だこれは!!」
領都カウウスの衛兵責任者。
総隊長、副隊長そして12人の部隊長と部隊長補佐が集まる月に1度の軍議の場では王都からの通達に総隊長が激高していた。
「今年の騎士昇格試験の推薦は各門で1人!それと総隊長たる俺と副隊長の個人推薦の合計6人で終わりだった筈だろうが!」
「はい、間違いなく推薦は予定通りの者を推薦し総隊長も確認の上で王都へと送ったでは無いですか……。」
「なら何故ここに!推薦した奴の名前が1つも無い上に推薦されてない奴の名前が書かれている!」
総隊長が全員に見せた通達書。
そこに書かれていたのは「カナオ二等兵」の文字。
「で?糞女を追い出す為にでも俺の目を盗んで推薦でもした馬鹿がここには居るのか!?この領都カウウス衛兵部隊の推薦は俺達だけが出来るものだ!そして俺はこうも言った筈だ。あの糞女は飼い殺しにする、と……だから推薦はしない、そう言った筈だが結果はこれだ。」
「そっ、そんな事はしません!」
「だがここに糞女の名前だけが書かれている。推薦時には各部隊長を含めた評価書を添付して行うが毎年試験へといけるのは良くて3人、大体2人だ。それがこの糞女だけの名前が書かれている。ならそういう事だよな!?」
「待ってください総隊長……。」
「なんだ、マルベ。」
「推薦の提出は周期回収にやってくる騎士隊に預けるものです!それも日中……この女は7勤ですから……。」
「……………そういう事か……この糞女を今すぐ連れてこい!」
そして連れてこられたカナオはこの時点で縄で縛られ、手に枷を付けられた状態に加え到着後、すぐに足に枷まで付けられた。
「おい、糞女。」
「はっ!私にはカナオと言う立派ななまっ!?」
カナオが口を開くと共に、カナオは即座に殴られ部屋の隅へと吹き飛び、壁に頭を打ち付けた。
「おい、糞女。俺はてめぇの名前なんざに興味はねぇ。これについててめぇ、何してくれやがった。」
床に転がっているカナオの髪を掴み、通達書を顔に無理矢理押さえ付けた。
カナオは懸命にそれを見るとそれが騎士昇格試験の推薦枠を獲得した通達だと理解した上で……。
「さて、私には自らを推薦する力はありませんのでどういう事なのか理解出来ません。」
「違うだろうが!」
カナオは髪を掴まれたまま、何度となく顔を床に打ち付けられた。
衛兵等、国軍が使う枷には魔力放出を防ぐ為の魔導陣なる陣形が隠れるように刻まれておりこれを付けた者は魔法などの行使が出来なくなる。
その為、カナオは一切の身体強化が出来ない状態であった為鼻が折れ、鼻血を出し酷い顔になっていた。
「糞女、俺は何勝手に推薦の書類を書き換えたのかを聞いているんだ。」
「私は何もしていません。」
「なら!ここに居る全員が!てめぇみたいな糞女を!推薦なんざしてねぇのにこんな通達が来るって!いう!ん!だ!よ!」
カナオは何度となく床に顔を打ちつけられ折れた鼻からとめどなく血が流れ、床に溜まり顔が真っ赤になる程にまでそれは続いた。
「ひっ……ひりはへん……。」
実際カナオは何もしていなかった。
そしてこの場に居る全員が行った推薦は王都に届いていた。
その上でカナオだけが騎士昇格試験の推薦枠を取った理由が存在していたが、それを行ったのがカナオだとし総隊長からの叱責を言う名の暴力は続いた。
「嘘をつけ!本当の事を言え!」
「ふぉ……ふぉんほうへふ……ひりはへん……。」
「流石、不正を働くだけあって強情だな!!」
カナオはその日、門番の勤務を無断欠勤した扱いにされた上、そのまま怪我を治療させる事も無く衛兵詰所にある独房へと入れられた。
罪状は公文書偽造の罪。
推薦の書類は公文書にあたる、それを偽造し提出したとしてカナオは総隊長の権限で独房に入れられた挙句、そのまま食事等も一切与えないまま放置し続けた。
カナオの居る独房は一番奥にされ近寄る事も許されずそのまま放置された。
これに衛兵の中では裏での意見が分かれた。
少なくとも上官である総隊長に表立ってたてつく者達は居ない。
しかしこれは推薦の書類を本当に偽造したかどうかに関係なく本来であれば軍事裁判送りとなる案件である。
しかしそれを放置、食事も水も与えないのはこのままカナオが餓死する事を示している。
本当にそれで良いのか。
責任は最終的に総隊長が……取る訳が無い。
なら誰かに押し付けられるのでは。
しかし次第にそれすら忘れられていった。
カナオは鼠の獣人である事から、それを参考とすれば1日のエネルギー消費が多く、1~3日もあれば餓死する。
人族だとしても、水なしなら約3日。食事なしで約3週間が生存限界とされ、地球の最長記録でも74日とされる中、1ヶ月経過してもごく普通に生きていた。
「むーん……やはり運動もせずに食っちゃ寝と言うのは良くないのだけど……ここを壊して出ると器物損壊だのと言いだされそうだし……どうしたものやら。」
カナオは既に顔の怪我も治し、縛られ枷はついたままであるものの健康と言える状態だった。
カナオの力である、福禄寿様の【幸福】という力の1つに長寿、というものがあり健康を伴う長寿の力があるカナオはそう簡単に体調が悪くなったりする事が無い。
さらに寿老人様の【瓢箪】の中身を1口呷れば怪我すら完治する。
あとは布袋様の【頭陀袋】から生み出した【収納袋】から適宜食料と飲み物を出しては飲み食いしていたカナオはこのままどれだけ閉じ込められても問題は無かった。
但しもしこの状況が映像化された場合、モザイクがかかるだろう。
何しろ汚物などは縛られ、枷によって身動きが出来ない中そのまま垂れ流すしかなく、一応【収納袋】に仕舞っていったものの衣服についた汚れはそのまま、顔についた血もそのままで渇き酷い絵面、そして独房の中の空気は最悪の匂いを発していた。
「それにしても放置が長いね……このままミイラでも作るつもりかね?」
そして2ヶ月、騎士昇格試験は既に終わっているこの時になってもカナオを見に来る者すら居なかった。
正確には居るには居た……それは独房から発せられる汚物などが入り混じった匂いにあっさりと遠ざかり見なかった事にした衛兵が何人も居たがこれは死んでいる可能性が高い、そしてその罪を誰に擦りつけられるか解らないと、知らぬフリを続けそして総隊長などに媚びを売る。
カナオが配属される前の領都カウウスの状況へと戻っていたのだった。




