第百三十四話改 騎士の嗜み その1
『えー……チルタフは現在法務騎士に色々と取り調べを受けていますのでここからはチウロイがお送りします。』
「気絶している間に一体何があったのやら……。」
とりあえず意識が戻り【瓢箪】の中身を煽ってズタズタになった筋繊維を元に戻しつつ、1000メートル走のリザルトを確認。
1位は私と同じ小柄で素早かった「語尾がやんす」の第九アクィラ大佐、見て解る差はあったものの、時間としては0.1秒以内に収まった為に同着1位として扱われるとかで記録は26秒0、平均時速が138キロという事になる。
3位はスーパー頭突きしていた第七サイヌス大佐、4位は杖に乗ってほぼ飛んでいた第二アルビオン大佐、5位は馬に乗っていた第八アルゼンタム大佐なのだけどあれは生きた馬、ではなく精霊馬と呼ばれるものだそうで扱い的にはセーフになるらしい。
ちなみに「せいれいば」ではなく「しょうりょううま」で胡瓜を媒体として魔力を消費して馬の精霊を呼び出すもので胡瓜で馬、というとお盆が思い浮かぶ人も居るだろうけど起源はインド説、イラン説、中国説と色々あるっぽいよ?日本には仏教と共に入ってきたもので胡瓜もインドのヒマラヤ原産なので多分インド説が濃厚?日本は6世紀、西洋には9世紀頃にはあったとされ日本での栽培が加速したのは仏教伝来と共に、とされている。
ちなみに精霊馬は扱いが非常に難しいそうでレーンからはみ出すことなくまっすぐ走らせるだけでも至難の技、だそうでむしろ称賛される程の事らしい。
6位は第四フルカ大佐と第五アーラ大佐と第六インサニア大佐の3人同着、9位は拳を突き出す勢いで飛び跳ねるように進んでいたものの途中途中、地面に足が付く度に拳を出し直さなければならず時間のかかった第一イーオン大佐で第三カリブルヌスがフライングで失格。
『結果、第九と第一〇一が10ポイント、第七が8ポイント、第二が7ポイント、第八が6ポイント、第四と第五と第六が5ポイント、第一が2ポイント、第三が0ポイントとなります。それでは1000メートル走、一般の部の開催と同時に10人の参考記録は第二競技に移ります。第二競技は騎士の嗜み、槍投げです!』
騎士の嗜み、というのはまぁ剣術槍術を指すもので槍投げは確かに嗜みに含まれる。
まだ騎馬が主流だった頃の名残もあり、魔導鎧にもウェルトゥムと呼ばれる長めの投擲専用槍にピルムパタと呼ばれる極めて短い投擲用槍が装備として存在する位なのだけど、ただピルムパタは非常に短く矢、といっても射る矢ではなくむしろダーツの原型とも呼ばれる程短い為の長めの投擲槍ウェルトゥムを投げる方が競技としての槍投げ。
古代ローマでも使われ、ピルムとも呼ばれる投槍で長さは1メートル50から2メートル程、重量は一般的な木の柄と鉄製の穂のもので2~4キロ程度、最大射程は30メートル、有効射程は20メートルとされている。
さらに威力を増す為に金属製の球体をウェイトとして取り付ける事が可能で、穂は30~60センチと長めで穂先は硬く作られていて穂の途中から少し柔らかめに出来ている。
これは魔導鎧用も同じで盾等に貫通させる為に穂先は三角形、さらに途中が曲がる事で抜け難くするように作られているけど競技用は全てが硬く作ってあるのは競技なので曲がったら困る為で少々実戦用の槍とは違う槍を使う事になる。
と、言ってもあまり撓らないし地球の競技用に比べれば槍自体が数倍は重いので遠くには飛びそうもないと思われるけど、そこは魔法の存在する世界、【身体強化】で無理矢理投げる事が出来てしまう為、実際の平均距離は1キロ以上。
一応的を用意して狙い投げる方と、純粋な距離を競う2種類があるけど今回は丁度1キロの地点にある的を射抜く狙い投げる方だけど個人的には多分距離の方がバラつきがあって差がつくような気がするんだけどね……。
「うーん、重い……まるでロードバイクでも持ってるかのような重さ……。」
今回用意されていたのはウェイト付で約6キロ、っていうか砲丸投げに近いんだけど実はこの後の3つ目の競技はその砲丸投げ。
騎士の嗜み、とまでは言わないけど砲丸投げは実は【マギ・ピュロボルス(爆弾)】を投げるのに似ている為に競技の1つとして存在していたりする。
『それでは槍投げですが競技回数は1回のみ、的は1メートル四方で木、青銅、鉄、黄銅、そして魔木、ミスリィル、オリハルコンの7枚重ねです。基本1枚2ポイントとし貫通量に応じて加点し、的に命中しなかった場合はマイナス5ポイントです。』
穂先が鉄製で重量があるから黄銅まではまだ解る。
魔木は金属並みに硬い木で、正直黄銅の2倍以上硬いし、さらにミスリィルはダイヤモンド並に硬い魔法金属で黄銅100倍硬いけど、魔力を籠めて投げれば何とかなるけどオリハルコンはそうはいかない……黄銅の300倍以上硬い上に魔力を一切通さないのだから「そこからは決して通させない」と言う事なんだろう。
『貫通基準は穂先全てが通り抜ける事、尚オリハルコンまで全てを貫通させた場合、副賞としてチウロイのサイン入り魔導写真集が贈呈されます。』
うん、その副賞は要らない……のだけど何か外野の盛り上がりが凄いのだけど人気の人なのだろうかね?
『それでは第一騎士隊総隊長、イーオン大佐からお願いします。』
女性騎士からの黄色い声援と男性騎士からのかなりゴシックブラック気味な黒さを混ぜた様な声援が聞こえる辺り、軍属の闇が伺える……闇というのはこの世界で言えば一般人であればまぁお互いの了承があるなら外聞は悪いけど、一応は問題が無いというかお互いの問題なのでそういう愛情表現も許されるとは思うけど、軍属と監獄に限るとアウトだ。
どこも男所帯となり易い為、いかなる理由があろうと同性愛は禁じられている。
理由?……強要があるからだよ。
上官が白と言えば白という横暴を防ぐ為にいかなる理由があっても処罰対象で当然女性同士も禁止、だからこそセクハラの類は特に厳しくされているのです。
多様性や機会均等とはまだまだ程遠い世界なので地球と同じように考えるようになるかは解らないけど少なくとも歴史的に言えば強要というものがあり得る為に、そういうお仕事な方々が商人に連れられて駐屯地や砦などに出向いてくる、なんて事もあり古くは地球にも実在した歴史をも辿っている。
そういう事でイケメンに飛ぶ声援には男性からの「キャー」があるのですけど、まぁイーオン大佐の顔が半分固まっている辺り本人は至って守っているとあると思いたい……。
そしてイーオン大佐の投擲……何か持ち方が色々とおかしい、普通は陸上競技の槍投げのように構えるというのに何故か左手で真ん中から後ろの柄を支えるように持っている。
それも順手、槍投げなら逆手なのに?そのまま穂先を上に向け、空へと放り投げた。
穂先の方が重いから投げた時は垂直に近かった槍が落ちてくる頃には丁度投げるのには良さそうな角度……。
「拳!」
「まさかの拳!?」
槍の石突へ下から斜め上へと拳を突き出しそのまま殴った!!槍投げとは言い難い方法で飛ばしているけどむしろ普通に投げるより難しい方法だと思う。
柄が木製だから下手すれば柄が裂け、砕け散る可能性もあるのに拳の勢いそのままに槍へと伝えて飛ばしている事自体が信じられないけど、それもキッチリ的に向かっているというのだからさらに信じられない。
「行け!行ってくれ!」
イーオン大佐の声が強くなる中、的に斜めに刺さった投げ槍は放物線を描く形に飛んだ分、貫通力が足りなかったのかもしれない、空に映し出されている魔導通信の映像では思った程刺さっていないように見えた。
結果としては槍にはしっかりと魔力が纏われていたものの魔木の途を完全に貫通しなかったようで結果8ポイント、魔木まで貫いて10ポイントなのは多分ミスリィルとオリハルコンは貫けないだろう考えられているからだろうか、と邪推。
パワー系は素早さ頼りな私にとっては苦手だというのにこうも易々と的に当ててくるとなると砲丸投げも含め、ここで大きく順位を落としそうだなぁ……。