第百十四話改 再始動へのカウントダウン その3
1日目の第一〇一騎士隊内の第0騎士隊への降格か。
それともこのまま残留かを決定する、隊員達が元ディジトの総隊長補佐9名との模擬戦は1勝をもぎ取れた者は誰1人と出なかった。
それもこれには総隊長たるカナオを除く全員が参加している為、ドルーやアシュリンですら例外ではなく総勢19+1名はその日の模擬戦を終わらせた頃には全員が魔力を限界まで使い果たした上ポーションによって魔力を補充した為、腹がタプタプになり半ば車酔いのような症状か、さらに吐いてまで続けた事での疲労により、誰もが隊舎の休憩室の机に突っ伏していた。
それに対し、元ディジトの総隊長補佐だった9人はこれといって疲れ1つ見せないだけでなく中には兵器庫へと赴き、カナオ達の作業を見たりある者は食堂へと赴き、お腹を満たしたりと普段通りの行動を取る程に差を見せつけられた結果となっていた。
「ぬぐぅ!!」
その中で最も荒れていたのはアラカンド少尉だった。
彼は満遍なく、全員に挑んだものの結果が全て一緒。
それも一合の打ち合いすらさせてもらえず、押さえ付けられ、そのまま降伏させられる最も散々な負け方をしていた為に怒りの矛先の向け方が上手く解らず、悶えていた。
それも他の隊員はまだ打ち合いすらさせてもらえた中、何故かアラカンドだけが相手にすらされていないと思う程の扱いを受けた。
しかしそうされた事自体に怒るべきなのか自分がそこまで弱いのだと言われているのであって自らを自らで叱責すべきかで悩んでいた。
「む、ここに居たか。アラカンド少尉。」
「はっ!何か御用でしょうか、アーラ大佐!!」
「……………。」
「あの……アーラ大佐?何用でしょうか……。」
「アラカンド、貴様結婚してから頭でも打ったか?常日頃から誰にでも貴様呼ばわりしてきた貴様が何を借りてきた猫殺准将みたいになっているのだ?」
「あ、いえ……それは、その……。」
「まぁ良い、総隊長殿がお呼びだ。共に兵器庫まで来い。」
「イェスマム!」
「……………気持ち悪いな、貴様……。」
「ぬぐぅ!?」
その姿に周囲で見ていた隊員はクスリと笑うもアラカンドの睨むような視線が向くと全員が顔を反らす程で、その顔は笑いがまもなく弾けそうな我慢をするものだった。
そしてアーラ大佐とアラカンド少尉が兵器庫に着くとカナオに工具を無言で手渡された。
「貴様、なんだこれは……。」
「工具。それとあんたの使った【ホプリテスDB】、自分で直しなさい。」
「……………はぁっ!?何故、俺がそのような事をせねばならぬのだ!!このようなもの整備研究班がするものであろうが!」
「その整備研究班の手だけでも足りなくて私がここに居るんだよ!それも10日で全部仕上げないとならないの!だというのにこの使い方はあんた馬鹿か!!メンテナンスの1つや2つ、自分でやりなさい!やらないというなら明日からずっとこの【ホプリテスDB】をそのまま使い続けなさい!」
「貴様が何を怒っているかは知らぬがどこも壊れては居ないでは無いか!」
「ケケケケ……総隊長殿。こりゃ死なないと治らない馬鹿だぞ?」
「知ってるよ、むしろ死んで治ったら奇跡だよ。こういうのは自分で気が付かないと駄目だってのにさ……。」
「貴様、今俺を馬鹿呼ばわりしたか?」
「馬鹿に馬鹿と言ってどこが悪い、てめぇが馬鹿だって事は俺に総隊長どころかここにいる整備研究班全員が思ってるぜ?」
「何だと貴様……。」
「悪いけどフルカ大佐、アーラ大佐。今回だけこの馬鹿に教えてやってくれない?私はちょっと忙しすぎて手が離せなくてね……。」
「オーケー、総隊長殿。俺ぁあんたが嫌いじゃねぇ、どこぞの馬鹿総隊長のように突っ込ませれば全てが済まされると思っているような奴に比べりゃ大分マシだ。俺は目の前の馬鹿みてぇに敬意を表せる相手には従うつもりだからよ……。」
「あっそ、頼んだよ……。」
「カァ~……俺からのフリも無視たぁ……そこに痺れるぜ!?」
「はいはい、いいからよろしく。今からあんたの【フォルティスI・ファルクス】を弄るんだから。邪魔しないでくれる?」
「おお!そりゃ期待が持てるぜ!って事でそこの馬鹿、さっさとてめぇの馬鹿さ加減を見せてやるからついてきな?」
「先程から俺を馬鹿馬鹿と馬鹿にしおってからに!」
「はっ!馬鹿に馬鹿を言うのが悪いと思う位ならその馬鹿さ加減を治してから言うんだな!この【ホプリテスDB】以上におつむが重症らしいから治りそうもねぇけどな!」
「フルカ、そこまでにしろ。それとアラカンド少尉。貴様はこれを見て気が付かない程、愚かだったとは思わなかったぞ?これは貴様に対する評価を少し見直さねばならぬな……。」
「アーラ大佐まで何を言いだすのですか!!」
「はっ!てめぇ模擬戦で誰にも相手にされなかったのがよもや馬鹿にされてるとでも思ったか?んな訳ねぇだろ!ここにいる全員てめぇの馬鹿さ加減の極まり具合に最早、失笑する気力すら湧かねぇんだよ!そら!さっさとここに顔を突っ込め!馬鹿野郎!」
元第四騎士隊総隊長補佐のフルカ大佐にアラカンドは頭を掴まれるも、無理矢理それを振りほどこうとしたものの、見た目の細身からは信じられない位の力に全く振りほどく事が出来ずにそのまま足首の関節部の隙間に強引に顔を突っ込まされたのだった。
「っ!?なんだこれは……。」
「な?だからてめぇが馬鹿だって言ってんだよ。これでもまともな場所だ、膝関節はまぁこれよりはマシだが酷い事になってる筈だぜ?」
それは関節部分の金属が摩擦によって削れたものが溜まり関節部に付着した光景でそれも過度に関節が削れていた。
「知らなかったか?魔導鎧の関節部に使われる潤滑性油は鉱油のようなものではなく、殆どが魔物の油脂であったり植物から採取される油脂を利用しているんだ、その方が潤滑性が高くなるからな。だが潤滑性の高い油脂は性質が安定しねぇからその分魔導鎧を動かす操縦者が逐一細かい加減をしながら動かしてやらねぇとこうして簡単に汚れ等を取り込んだ挙句、その用を成さなくなるって訳だ……てめぇ国軍科出身だろ?座学で習わなかったか?」
「こ……これまでこんな事は!?」
「無かったんじゃねぇんだよ、てめぇがやらかしたのを整備研究班が黙って整備してきたんだよ。ここにある【ホプリテスDB】は全て同じ条件のもので揃えてある。この【ホプリテスDB】だけが特別なんじゃねぇ、てめぇの操縦が酷ぇっつってんだよ!気が付かなかったか!?途中で油脂が切れている事に!それでもてめぇは補充の1つもしないまま挑み続けた!初戦のアーラは別として、それ以降も同じように関節部に特に負担をかけるような操縦をしていやがるからな!そりゃ全員【ホプリテスDB】を壊さないように気を使った結果がてめぇと打ち合うよりかは魔導鎧の方を優先したんだ!そのままこっちにこい!」
フルカはアラカンドの頭を掴んだまま今度は同じ大隊長の座についているハイネル大尉が使っていた【ホプリテスDB】の同じ場所へと顔を突っ込ませた。
「どうだ!これがてめぇとハイネルの違いだ!」
アラカンドの目前に見えたものは自らが動かしていた【ホプリテスDB】と似てはいるものの油脂そのものはしっかりと付いた状態で関節部が削れているにしても、微々たるもので目に見える程の差は決してなかった。
「操縦の差もあるだろうがハイネルは途中で一度油脂が減った事に気が付いて足している上に操縦も模擬戦と言う事もあって、破損に注意を向けていた。次は俺の下に居たフォルクスの【ホプリテスDB】だ!これが本来あるべき姿だ!」
アラカンドの目前にあったのはさらにハイネルより綺麗な状態だった。
「ハイネルは油脂を足しただけだが、フォルクスは一度油脂を丁寧にふき取ってから足している!だから汚損なども少なく、さらにこうして綺麗な状態に限りなく近いって訳だ!!いいか!別に荒く扱っちゃならねぇって言ってんじゃねぇ!俺等に勝とうってんだからそれなりにやってもらわなきゃてめぇらは生き残る事すら出来ないんだから当然だ!だが自分の乗る魔導鎧の状態すら把握もしてなけりゃたった1日でここまで部品が削れるなんざこれが長期の行動だったらてめぇ、どうするつもりだ!?良いか!関節部ってのは戦場で途中交換出来ない最も厄介で一番奥にある部品でかつ、複雑に組んである!さぁ問題だ!なんでこんな事になっていると思う?答えてみろ!」
「……何故?」
「やっぱ馬鹿だから解らねぇみてぇだな。この寒い冬だ、油脂が解けて無くなるなんて事ぁねぇ。だが問題はこれに搭載されている【浮揚機構・改】だ。こいつは脚の中を風属性魔法で風を吸い込んで放出する!その為の吸気口は膝の横にあり、排出口は足首の関節近くにありさらに浮かせる機構として一度風を回り込むようにしているから最もその風に晒されるのが足首だ!そのお陰で【浮揚機構・改】を多用し過ぎると油脂が剥がれ落ちるんだよ!」
「なんと……。」
「それもてめぇみてぇな魔力を常に全開で流し込もうとする馬鹿程こういう事になるんだ!あのまま1日通して使っていたら多分足首から折れてただろうな!てめぇにその技術が無かったとしてもだ!命を預ける魔導鎧をここまでこき使う時点でてめぇに魔導騎士である資格なんざねぇ!と、でも俺直属の部下だったら言ってただろうな!」
「アラカンド少尉、貴様は操縦が雑過ぎるのだ。多少は繊細さを見せる点は評価できるが事魔力を流す点に関してだけ言えば粗雑すぎる。そんな勢いで突っ込んでくる相手を真っ向から受けて立つ魔導騎士等、余程操縦が下手な奴だけで操縦の腕が上の相手には一切通じぬぞ?それが貴様が中隊長で終わった理由でもある。」
「良かったな、上官がお優しいアーラでよ……だがデシデリウムに行くには駄目だな。アーラ、こいつ貰って良いか?」
「どうするつもりだ?」
「ああ、こういう愚直で何でも全力でぶつかりゃ良いと思ってるのは少し灸を据えねぇとな。何しろこいつに背中を預ける可能性が1ミリもねぇとは言えねぇんだからよ。」
「なっ!?貴様の下など死んでも断る!!」
「あー、いいよ?っていうか第二大隊の第四中隊除いて全員雑。あと兵站でも何でも無限にあると思ってるのか使い過ぎ、現状第一〇一の金食い虫だからね。魔石の消耗も酷いし、一番高額な【マギ・ピュロボルス】はガンガン投げつけるしでさぁ……悪いけどアラカンドと第二第三中隊まとめて見てくれる?それだけでも作業効率が上がるからさ……。」
「って事で総隊長のお墨付きだ!これから9日、みっちりと鍛え直してやるぜ!?」
「ふっ、ふざけるな!俺はそんなもの認めん!」
荒れるアラカンドにアーラが肩に手を置くと一言。
「諦めろ、お前の操縦技術の無さが悪い。」
「アーラ大佐!?」
こうして翌日、というより既にこの初日からフルカによるアラカンドと第二第三中隊の面々の操縦技術、及び点検などの整備に関する技術座学と実技等が模擬戦とは別に組み込まれる事となった。




