第百十話改 サムルートの悪夢 その4
カナオ達が帝国兵に『色々』としている間、ガラ准尉以下第一中隊の元へと向かったハイネル大尉とアラカンド少尉以下第二大隊が【アルキュミア・キマエラ】の足元での第一中隊の救助及び【アルキュミア・キマエラ】との交戦を開始していた。
『ふぉおおおおおおおお!!』
アラカンド少尉が二本の斧を振いつつ魔導軽鎧の機動力を駆使し、【アルキュミア・キマエラ】の注意を惹きながら戦う中、第四小隊が吹き飛ばされた第一中隊を救出。
あとは暴れるだけとばかりにアラカンド少尉が【アルキュミア・キマエラ】へと斧を叩きつけるもその堅牢さに斧の方が欠け、有効打が繰り出せないまま苦戦を強いられていた。
『やはりただの【セキュリス】では傷1つ負わせる事は出来ぬか……。』
魔導軽鎧はあくまでフルプレート式の小さな魔導鎧であり、生身の人々の力等を補助する程度に留められるもので生身相手であれば圧倒出来る力を持っている。
しかし目の前の【アルキュミア・キマエラ】の大きさやその堅牢さを考慮すれば厄災の魔物と言ってもおかしくなく魔導鎧が必要、とアラカンド少尉は思うもののドルー准将に「駄目だと」言われた以上、使えないと致し方なく魔導軽鎧で戦い続けるしかない事を苦々しくさえ思っていた。
『真っ向から戦おうとするから苦戦を強いられる。それにもうあの【ゴーレム】戦の報告を忘れたのか?アラカンド少尉。』
ハイネル大尉は【アルキュミア・キマエラ】の攻撃を【スクートゥム】だけで捌きながら唯一居なかったアラカンド少尉を諫めていた。
『貴様は何を言っている!攻めずして勝てる訳が無かろうが!』
『おかしな事を言うな、アラカンド少尉。この【ゴーレム】のようなものから今すぐ、この場で勝たなければならないと誰が決めたんだ?戦っても良いとは言われたが勝ってこい等とは一切言われてないぞ?』
『勝たずしてただ逃げ回れとも言われはおらぬぞ!』
『そりゃ見解の相違ってやつだな、どちらにせよ有効打を与える魔導鎧は総隊長が来なければ扱う事すら叶わぬのだ。今出来る事は第一、第四中隊が安全圏まで撤退するのを補助する方が優先だと思うが?』
『はっ!それこそ見解の相違だ!戦い!惹き付け!そして勝つ!これが俺の戦い方だ!第二大隊に第一大隊の口出しなど無用!黙って見ていれば良いのだ!』
『残念だがどちらも却下だ、今第一〇一騎士隊に王都までの撤退命令が出た。回収機が今こちらに向かっている。到着及び回収の間の時間稼ぎに専念しろ。』
『撤退だと!?』
『そうだ、第一〇一騎士隊としてではなく軍本部からの命令だ。』
『ふざけた事をぬかすな!こんなものを放置していけと本気で本部は言っておるのか!?』
『そういう事になる、俺だけじゃねぇ。総隊長、総隊長補佐。3人の見解も一緒だ、とにかく時間稼ぎをしろ。残念だがここサムルートは見捨てなきゃならねぇ。その【アルキュミア・キマエラ】と呼ぶ【ゴーレム】の正体は恐らくこのサムルート領の領民や冒険者、旅の商人等を犠牲にして作られた人工的な魔物だ。そうなった以上、助ける手立ては一切無い。』
『これが……領民だと言うのか!?』
『そうだ、恐らくサムルート男爵もその犠牲者に含まれる。最早ここに生きている者など皆無、それに悪い知らせが2つもある。先程ディジトの第一から第九までの騎士隊が全て撤退を決定した。その原因も【アルキュミア・キマエラ】、その目の前に居る【ゴーレム】との戦闘によって全滅した為だ。』
【アルキュミア・キマエラ】によるディジトの全滅、大凡3割近い騎士達が行動不能と陥った事を知らせるものであると共にもう1つの悪い知らせがドルーの口から出た事でアラカンドも納得せざるを得なかった……。
『そのディジトを全滅に追い込んだ【アルキュミア・キマエラ】が各地で作られ、そして今全てが目指しているのが王都テッラ・レグヌムだ。』
それはサムルートを見捨てる、というよりかは守るべき人達が既に【アルキュミア・キマエラ】によって犠牲になった可能性と各地で同じような事が行われ、そして王都が陥落する危険性が出てきた事を指す事実にアラカンドも我を通す程ではなく文句を言いながらもハイネル大尉、そして第二第三中隊と共に時間稼ぎへと移行、そのまま回収に来た整備研究班の中型魔導飛空艇へと乗り、サムルートを離れる事となった。
そしてここで現状を共有すべくブリーフィングによって全員が起きている殆どを知る事となった。
デシデリウム帝国は【アルキュミア・キマエラ】を先行させ、王都へと徐々に接近している事。
【アルキュミア・キマエラ】自体はほぼ王都へと一直線に向かい逸れている位置は帝国軍によって戦場となっているだけでなく恐らく【アルキュミア・キマエラ】が次々と作られている可能性。
【アルキュミア・キマエラ】には自我があり、恐らく帝国は王国のふりをして、【アルキュミア・キマエラ】の犠牲者達にこれは王国の仕業だと思わせる様に見せかけ、【アルキュミア・キマエラ】自身に王都を襲わせてフォルティッシムス王国を奪い取る算段だという推測等……。
「こんなもの最早戦争でも何でも無いではないか!!」
「奴等帝国にとっては戦争なんだろう。世界への言い訳として、ただ魔物が現れ襲撃した。そう言い張るつもりなのだろうな。」
「なら【アルキュミア・キマエラ】とやらはどうなのだ!!」
「あんなもんどういう理由だろうと表立って作られたものだと一切公言する事は出来んな、むしろ全員に緘口令を敷く。【アルキュミア・キマエラ】が作れるなどと世界が知る方がそれ以上の問題になりかねないからだ。」
「同じような事が他でも起きる、と言う事か……。」
「そうだハイネル大尉。あれを知るのはそれこそ余程の生物魔導研究に力を入れていたとしても難しい代物だ、存在自体があってはならないものだからな……。」
「だからといってこのまま手をこまぬいていろと言うのか!!」
「あ?撤退つってんだろうが。第一〇一騎士隊はそもそも遊撃だ、遊撃として出来る限りの事は出来た筈だ。それにディジト(一桁)の受け持ち分もある程度俺達が倒している、それでもディジト(一桁)は全滅した。つまり結果は『一応』残した事になる。」
「一応だと?」
「そうだ、一応だ。王都には近衛が丸々残っている。王都の守りそのものは近衛が守りきるだろう。だから第一〇一騎士隊はこれから一旦退き準備の後、新たな任務に就く事になる。」
「そうでもなかったらカナオちゃんと私もこの撤退に同意はしなかったわよ?」
「そしてここからが重要な事だ、まずアラカンド少尉。そこで魔力を吸い取られて気を失っているガラ准尉以下、第一小隊は罷免が決定した。」
「何だと!?どういうつもりだ貴様等!!」
「悪いが二度も同じ事を仕出かす奴等をこのままには出来ない。但し、この次の任務で残りの第二大隊でそれ相応の結果を遺した場合。無かった事にしてやる。いいな?」
「相応の結果?」
「そうだ、その位自分の頭で考えられるだろ?大隊長殿。それとハイネル大尉。」
「はっ!」
「第一大隊に補充要員が10名やってくる、彼等の指揮を執ってもらう、一括して中隊として扱ってもらう。」
「何ですかその変則的な構成は……。」
「これは本部通達で決定事項だ。ガラ准尉以下、第一小隊の方は我が第一〇一騎士隊、担当将官であるセネクス大元帥の指示だ。アラカンド大尉、まさか大元帥の期待を裏切りはせぬだろ?」
「先王閣下の……良いだろう!ここで結果を出し次は貴様等の首をもいただかせてもらおう!」
「あー、それは来年で頼む。ヤマさん、そっちの状況はどうだ?」
「ああ、既に整備研究班から集まっとるよ、全部ドワーフだ。」
「解った、さて!」
ドルーの両手がぶつかりパンと音を立てた。
「いいか?ここがこの第一〇一騎士隊の真価が問われる。総隊長、お言葉を。」
「……超嫌なんだけど?いくらヨボ爺の提案だって言ってもさ。」
何故か超やる気の出ていないカナオ。
しかし王都へと戻ると、その理由を知らない隊員達もこれから始まる未曾有の事態に驚く事となると同時にこのやる気の無さを理解する事となるのだった。




