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ROCK rock JAPAN、通称RrJ、国内最大級の音楽の祭典。
俗にいう夏フェスである。
8月の上旬に2週にわたり開催され、例年規模が膨らんでいき、開催日程は徐々に増え、いまは計5日間開催されている。
国内外からアーティストが集まり、タイトルにROCKを冠してはいるがアイドルからアニソン歌手、DJ、ラッパー、インストゥルメンタルバンドと参加アーティストは多岐にわたる。
全7つのステージがあり観客は基本オールスタンディング、ステージによっては少し離れた位置にある施設で座りながら、最も広いステージではテントを立てそこから鑑賞することなども可能である。
会場内には数多くの屋台が存在し、それらも全国から出店してきているので飲食もこのフェスの楽しみの一つである。会場である公園には遊園地もあり、そこにある観覧車はフェス中も稼働しているため搭乗することで上からLIVEの様子を窺う事も可能である。
毎年30万人近くの人出があり夏の一大イベントになっている。
RrJに参加するためにオレはこの公園に来た。
そのことは思い出すことが出来たが正直フェス中の様子しか知らなかったので、普段の様子のこの公園を見ても全くピンと来なかった。
ただ、RrJの事、この公園に来ていた事を思い出してもネモフィラやコキアの丘陵、それ以外にも様々あった施設や自然と触れ合える環境などはやはり知らなかった。それに関しては申し訳なく思う部分がある。自分が遊びに来た会場の事はしっかりと知っておきたかったし知っておくべきだった、いまになってそう感じる。
思い出してみると色々と合致してくる点が出てくる。この道は塞がれていたとか、ここにはこういう飾りがされていたとか、ここにはステージが立てられていたとか。その中でもライブステージを除くと一番印象に残っている装飾があった。
正確に言えばそこで起きた出来事が、だが。
その場所も把握できすぐ近くであるそこに向かってみる。
――それにしても二つ目の仮説、当たらずとも遠からずだったな
苦笑が漏れる。
実際遊園地から草原に抜ける橋で逸る女性に手を引かれたし、イベントこそ違ったが全国の飲食店が出店をしていたし、泊りがけで来ていた。外れている点としては草原で聞いた沢山の声は同じステージを見ていた観客の物だったということと、女性は彼女とも友人とも呼び難い、その日初めて会った女性だった。
思い出の場所に辿り着いた。
とは言っても橋の袂から本当にすぐ近く、20mも離れていないような位置である。先ほども一度通った公園の一番外を通っている道の一角。今回は先ほどとは逆方向への進行でその場所に辿り着く。たったそれだけでも景色は違って見える。RrJの時も今のように橋からここまでたどり着いたからだろうか、それとも単純に思い出したからだろうか、先ほどよりも感慨深い。
今は――平常時は何もない、ただの芝生の原っぱ。
フェスのさなか、ここにはサインボードが飾ってあった。参加者全員がイベントロゴを中心に置き寄せ書きをする形式のサインボード。過去数回分のそれが並べて飾ってあった。
そこで熱心にある一人のサインを探し出場回すべての分をカメラに収めようとする女性に出会った。それがこの日この後行動を共にした仲浜千歳(なかはまちとせ)、H.N.さより、その人だった。
仲浜さんとはこの日初めて会った。
いわゆる『リアルでははじめまして』というやつで、それまでにもSNSを通じては何度もやり取りをさせてもらっていた。
自分と共通の趣味を持つ人間をSNS上で探し、コンタクトを取りコミュニティを広げていく、SNSでは良くあるそんな光景、その中の一端としてオレと仲浜さんも知り合うことが出来た。
二人の共通の趣味は主にライブへの参戦、そのなかでもとりわけ最近は『双葉』というアーティストにご執心だった。
これまで何度も同じライブ会場、イベント会場に居たこともあるはずだが特段対面するという選択には至らなかった、それは誰に限ったことではなく。
SNS上でのやりとりならまだしも直接対面しての会話は苦手な部類だったし、ある時から同じ相手とばかり会場に行っていたのでその状況で他の人と話すのをなんとなく避けていた、悪く言えばそいつを利用していたかもしれない、面倒なことを避けるために。
ちなみにその相手は男である、まあ当然だ。
ではなぜ今回相まみえることになったか、簡単に言ってしまえばそれはただの偶然である。
SNSでのやり取りの中で互いに二日間の参戦であることは知っていた。
双葉の出演は二日目であるため他の双葉のファンの初日への参加者は多くなかった、これも界隈の投稿を見て知っていた。「会場で会えたらいいですね」なんて社交辞令を交わしていたが、それでもオレ自身にはわざわざ出向く予定はなかった。
前述の通り相方もいる予定だった。
が、その相方が仕事の都合で初日に参加出来なくなり一人での参加を余儀なくされた、これがまず一つ目の偶然。
一人で会場に入り、事前予約していたグッズを受け取り、そのままの足でサインボードの前に来た。
人で溢れる前に写真を撮りたいという意図があったがすでにその付近は人でごった返していた。
同じタイミングで彼女もサインボード前に来ていた、これが二つ目の偶然。
彼女の顔は知らなかった。
SNSでぼかしの入った顔写真を投稿していることがあったのでなんとなくの雰囲気は知っていたが、顔を見て判別できるほどに知っているとは言えなかった。
それでも写真を撮っているその人が仲浜さんだとすぐに覚った。
双葉のサインだけを追いかけていた、というのももちろん判別要素としてあったが、それ以上にその人は特徴のあるものを身に着けていた。
それは双葉のファンの中でも一握りの人しか所持していない、FCの0期メンバーの証、子葉をモチーフにし、葉と葉の繋部にダイヤをあしらったピアス。
双葉のFCは加入した時期に応じて何期メンバーという区分がある。
FC設立から半年間が1期、以降一年ごとに2期3期・・・と区分されている。
そこに大きな意味はないらしく違いがあるとすれば二点。
一点目はFCイベントを開催の際に規模によっては各期メンバーのみの参加、などの条件が付く物があるということ。ただし内容に差異はなく、簡単に人数を制限するためのものということらしい。
ただ、より人気の出てきた昨今、期が進むごとに人数も増えているようで何らかの対策も検討されているようである。
二点目はFC加入特典。特典としてアクセサリが全員にプレゼントされ、その種類が各期によって異なっている。それらは全て子葉――双葉をモチーフにした装飾のされたものである。それが現在まで1期はチョーカー、2期はペンダント、3期はリング、4期はピンズと続いている。
ちなみにオレは1期のためチョーカーを所持している。
そして0期。
双葉が双葉としてデビューする前、とあるゲームのイメージテーマを歌ったことがあった。ただしそのゲーム中はもとより後日発売されたサウンドトラックにも双葉の名前が表記されることが無かった。デビューもしていなかったのでシークレット扱いだったのだろう。その後、双葉は両作品に携わったレコード会社からデビューすることになった。
そしてそのゲーム、サントラ両方に封入されていたシリアルを使いグッズの応募をしていて、なおかつFC開設から半年以内に加入した会員、彼らを0期メンバーと称していた。正式なデビューの前から応援してくれている、という差分なのだろう。オレもそのゲームをプレイはしたものの、さほどのめり込むことが出来ず途中で止めてしまいそこで双葉を――双葉の歌を知ることは出来ず0期として加入が出来なかった、そこだけは後悔してもしきれないところであるが、あとの祭りである。とはいえ他期との差異は今までのものと変わらない。もっと言えば各期メンバー限定参加のイベントでは1期メンバーと同時扱いなのでホントの意味で違いはアクセサリくらいでしかない。
ちなみにピアスだけでなくイヤリングも選択出来るらしく配慮が感じられる。
そしてワンポイントで使われているダイヤもその中ではさほど価値の高くないものということらしい。
SNS上で認知されているだけでも0期メンバーの人は200人にも満たないらしい、その中で女性は10人を切ると言われている。その内の4人と――SNSでいうところの――フレンドになっているが、RrJの初日から参加すると投稿していたのは仲浜さんだけだった。
だが、そんな10人居るか居ないかの女性0期メンバーの他にそのピアスを所持している女性が居る、何を隠そう双葉本人である。
彼女もまた常日頃からそのピアスを身に着けている。
が、彼女の顔はもちろん知っていた。
双葉はメディアやSNSには顔出しをしていないがライブでは晒してくれていた。そうじゃない――敢えて顔を隠す様な演出の時もあるがそれも含めて双葉のライブ参戦の楽しみの一つである。
だからこそピアスを見た瞬間に確証に近いものを得ていた。
それでも頭の中ではそこから立ち去り何もなかった、何も見なかったことにしようとしていたのだが、
「もしかして、さよりさんですか?」
そんな考えとは裏腹に足が勝手に彼女に近づき、脳が考えるより先に声をかけている自分が居た。
どうしてこうなった・・・。
自分でも意味不明な行動をとってしまった、これが三つ目にして最大の偶然と言えるだろう。
「えっ?あぁーっ、籠さん、ですかぁ」
思ったよりも気さくに帰って来た返答に少し心が休まる。「わぁ嬉しいなぁ、やっとお会い出来ましたねぇ」なんて続けられるとむず痒さの方が勝ってきてしまうが。
ただ、なによりも先に伝えたいことがあった――出来た。
「あ、えっと、そう、なんですけど・・・広里海運って言います、H.N.で呼ばれるのちょっと苦手で・・・」
だったら設定するな、という感じは自分自身でもしなくもないが、それを設定した時にはまさか直接呼ばれることがあるなんて思っても無かった。SNSでの字面ならば何も気にならないのだが・・・。
一瞬きょとんとしていた彼女だが、ほどなく爆笑。
やや落ち着いてきた頃に目尻を拭いまだ少し笑いながら
「すいません、なんか初々しくて」
やめてくれ、既に致命傷だ・・・。
「じゃあ、私も。仲浜千歳って言います、よろしくおねがいします、広里海運さん」
にこっ、という笑顔に癒されたような、傷を抉られたような、複雑な心境だった。
「あ、もしよかったら今日一緒に回りませんか?一人だとやっぱり寂しくて」
と誘ってくれたのは彼女からだった。「もちろんあんまり趣味が違うなら・・・」というフォローも忘れない辺りがとてもポイント高い。
正直、元々二人で回る予定から一人になってしまっていて、そこの気落ちはかなりあったので渡りに船な提案ではあった。
ただ女性と二人で、となると嬉しい気持ちが無いでもなかったが、それにもまして気恥ずかしさや会話も含め苦手意識が先行する。
それらを素直に吐露し「それでもよければ」と彼女に委ねようかと思案していると
「あ、嫌・・・でしたか」
と、寂しそうな顔をさせてしまった。
「あ、いや、違くて、そうじゃなくて・・・」
焦りのあまり敬語がどこかに飛んで行ってしまった。
もちろん焦っている本人はそんなことに気付くはずもなくさらに続けて
「あ、あの、オレ、あんまり会話とか得意じゃなくて、だから、その、えっと一緒に居ると逆に、その、つまらない思いさせちゃうんじゃないかって・・・」
と一気にまくし立てた。
言い終わった後も反応が怖く顔は一切見られない。
俯きながら、そーっと様子を窺おうとする。
「なぁーんだ、」
ビクッ、反射的に身体が少し震える
――つまんないヤツ
そう言われるんだと確信した。
これまで何度も言われてきた言葉。
クラスメイト、バイトの同僚、人数あわせで行った合コン相手など、主に女性から。
誰かと一緒にいる時の気まずさ――苦手さはもちろんあるが、それ以上に誰かに嫌われる――蔑まれるのは苦手だった。
苦痛を回避し引き換えにそれ以上の苦痛が訪れるような――安堵と吐き気が同時に襲って来るようなそんな気配がした。
が、
「そんなことですかぁ」
彼女からの返答は違っていた。
思いもかけない言葉に反射的に顔が上がり彼女と目が合ってしまう。
再び笑顔を投げかけてくれる、今度の笑顔には完全に心を持ってかれていた。
吐き気はどこかに完全に消えていた。
「そんなの私もですよ、ほら」
言いながらオレの手を取る、彼女の手は小刻みに震えていた。
「私も苦手なんですよ、でも籠さんなら大丈夫かな?って思って勇気だして誘ってみちゃいました」
わっごめんなさい、と慌てて手を放し、あぁH.N.も、と再度謝ってくれる。
「それに楽しい時間共有してれば、自然と会話も出来そうですし、最悪会話が続かなくても既に楽しいなら問題ないんじゃないかな、って。そう思いません?」
あまりに自分がちっぽけに思えた。
相手を気遣ってるフリをしながら、その実自分可愛さに体のいい言い訳で傷つかない道を選ぼうとして、またいつも通り逃げようとしていた。そんな中彼女は傷つくのを『恐れながらも』進んできた。それは傷つくのを『恐れず』進む以上に勇気ある選択だと思う。
すべてにおいて完敗していた。
別に勝負なんてものは一切していないが間違いなく完敗だった。
――もう断る理由は、いや違う、断る言い訳は無いな。
「schatzだけは外せないですが、それでも良ければ」
精一杯の強がりを込めた同行の意を、自然と出ていた笑顔で伝える。
一瞬呆けた顔を見せた彼女だったがすぐに満面の笑みを返してくれる。
「schatzを外すなんて、そんなのありえないですよ!」




