1-3
お互いが落ち着くまでしばらくの時間を要した。
その間、オレは黒衣の女性に背を向けひたすらに自分を落ち着かせることに専念し、一方彼女はと言えばベンチに座り直していたようだ。
時間の概念があるのかは分からないが、自分の感覚では3時間ちかくは重たい空気のまま黙っていた気がするが実際はもっと短かったのだろう。おそらく彼女はもっと早い段階から平常運転になっていたのだろうがそれを確認することすらままならなかった。
お互いの気まずさの感情は違うものではあったもののこういう時の立ち直りが遅いのはやはり男の方なんだろう。
だからこそ
「え、と、じゃあ話の続き、お願いします」
まだ若干声が上擦ってしまったもののこちらから声をかけた方が良いだろうと思いそれを実行した。向こうに気を遣われてばかりなのは申し訳ない。
フードが揺れることで首が縦に振られたと覚る。声を出さずに返答したのはもしかしたら彼女の方もまだ少し感情の揺らぎが残っていたのかもしれない。さらにそう思わせるその後の咳払い、いまでは二人の間で仕切り直しの定番になりつつもあるのだが。
「どこまでお話ししましたっけ・・・あぁ、そう、生き返るための最後の試練のお話でしたね」
えー、と、と人差し指を顎のあたりにあてる。先ほどの話を思い出しながら、あるいは今後の話の組み立てをしながら続けてくれる。
ただ、
「そうそう、一点だけ補足させていただきますね」
と、切り出してきたのでもしかしたらこちらを思い出していただけかもしれない。
それにしても考えている時の癖かわいいな。顔が見える状態で見たいな、うん。
「先ほどは誤解を与えるような言い方になってしまったんですが、確かに『直接の』死因はお話しできないですが、質問に対する当否はお答えできます、答えはYESです、もうこれ以上のことは何も言えません」
言い終わると同時くらいに顔の――おそらくは口の前に指で小さくバツ印を作っている。
思いもかけない内容だった。え、いや、でもそれって
「それって、後頭部に気を付けろ、っていうアドバイスになってないですか?」
という投げかけに対して彼女は小首を傾げ
「アドバイスはしますよ?でも答えは教えません。」
と悪戯っぽく笑う。続けて
「手助けはします。でも誘導はしません。私の仕事はあくまであなたのサポートですから」
ものすごく屁理屈を言われたように感じる。
でもそれが彼女の、あるいは死神と呼称する彼女の仲間内では当たり前のルールなのかもしれない。なによりこちらを立ててくれる屁理屈なら大歓迎である。
自然と右手が後頭部へ伸びる。
そこに何が起こったのか、今は分からないけど・・・。
「それでは最後の説明に入りたいと思います。」
物思いに耽っていたのを察してくれていたのだろう、少しの間を置いたのちに彼女がまた続きを話し始めてくれた。ご丁寧に話始めに「はいっ」と手を打ち空気を変えるためのポイントまで作ってくれた。
「本当はこちらを先にお話しするべきだったんですが、話の流れ上試練の話を先にしてしまいました。もしこんがらがってしまったらまた説明しますのでご遠慮なく」
くだらない妄想が話を順序を乱すきっかけになってしまったようだ、いやこれは本当に申し訳ない、無駄な説明を二度させない様に襟を正して説明を聞こうと心構える。
そんなこちらの様子に気が付いたのか、そういうつもりじゃ、と謝ってくれたが責められるのが当然のことをしたと思うのでむしろ気にしないで、という意味で「いやいや」と胸の前で両手を振ったが
「試練の話と今からする話はセットみたいなものなのでどっちが先でも問題ないんです」
だから気にしないで、と。
いやそれならさっきの枕詞はいらなかったと思うよ?とは思うが、良く言えば真面目気質、悪く言えば思ったことは口にしちゃうタイプ、か。言葉の要不要の判断が出来なかったんだろう・・・ん、身に覚えもある気がする、オレも気を付けることにしよう。
「この先どうしたいのか、三つの選択肢の中から自ら選んで決めて欲しいんです」
若干無駄なやり取りの後に彼女からされた最後の説明の概要はだいたいこういうものだった。
正直なところこれについては少し予想の出来たものだった、生き返るという選択肢しか用意していないのであれば有無を言わさずその試練というものを受けさせればいい。
それなのにここまで殊更丁寧に状況を説明してくれている。
あまつさえサポートしてくれるとまで言ってくれている。
それならば生き返ること以外の選択肢もあるのだろうと思いながら聞いてはいた。
ただ、予想できたのは生き返るかそのまま死ぬか、の二択だけだった。もう一つの選択肢とは何だろうか?というかそれ以外に存在するのだろうか?と期待感と好奇心を抱き彼女の話の続きを待った。
最初に提示されたのはやはりというか
・生き返るための試練を受ける
というもの。
まぁ当然だろう、一番目に出してくるのも、これを期待してますよね?的な意味合いでお約束なのかなと思う。まあ出来るって最初に聞いてしまっていたからというのもあるかもしれない。
というかまだ明示してない状態で期待感が伝わってくるのであれば最後まで焦らすというのも一つの手かもしれない、それは提案者の性格に寄りそうだな、彼女はどちらのタイプだろう。オレなら間違いなく焦らすな。
次に提示されたのもこれまた予想通り
・試練は受けずにそのまま閻魔様のもとへ向かう
というもの。
ただ予想を超えていたのは、この選択をした場合はもれなく俗にいう天国に行けることが決まるのだという。そもそもが試練を受ける最初の条件が条件なのでそれをクリアしている時点で天国行はほぼ安泰らしい。
ただし、と釘を刺されたのだが、試練を受けた際はその最中の行動も見られているため、失敗時に天国に行ける保証は無いという。
もちろん成功して生きながらえることが出来た時も最終的に亡くなるまでの行い次第、ということだ。
正直失敗しても天国行けるのが決まっているなら挑戦しない手は無いと思ったし選ばない奴が居るんだろうかと思ったが、そうは問屋が、いや閻魔様が卸さなかった。さすがに抜け目ないようだ。
そして待ちに待った最後の一つ。
というかこれを最後に持ってきたのは思考を読んだから焦らしたのだろうか、だとしたらなかなかにSっ気のあることだ、うん、嫌いじゃない。
提示された内容は
・死神として働きませんか
という勧誘じみたものだった、フレンドリーな仲間とのアットホームな職場なんですよ、と。
いやいや死神さんよ、それを求人で謳ってるのはほぼほぼブラック企業だと相場が決まってるんだよ、と言ってやりたい、世間知らずなのだろうか。
――ぅん?
何かが引っかかった。ずっと付きまとっていた違和感、これが今聞いた話でさらに大きくなったような感じ。
なんだろうか・・・。
もやもやが大きくなる。
これまでの会話の中でなにが・・・。
「『いまの』私の仕事」
『いまの』か、死神に転職するとかあるのかな?
「ぼたんちゃんです♡!」
オレが幽助ってボケた時もちゃんとツッコミが入ってたな
「死神ならカマでも出してみろ、くらいは予想してた」
なぜ予想できたのだろう?以前にも言われたことがあるから?それとも・・・
「結論から言えばYESです♡」
所々出してくる茶目っ気、どうにも死神っていうイメージじゃないな
「頭が痛いです・・・」
死神が使う表現、なんだろうか?
「でも私は、何も知らない状態でその日を生き残れるのが『運』に寄るものだとすれば、記憶を持ってこの場に来られたのもまた『運』に寄るものなんじゃないかと思います。どこで運を使ったかの違い、それは不公平とは言えないんじゃないかって。まぁ私の立場でそれ言ったら綺麗事にしかならないんですけどね」
ものすごく人間らしい感情の起伏が感じられた、しかも自らを皮肉るこの感じ・・・
「フレンドリーな仲間とのアットホームな職場なんですよ」
こんなわざとらしい勧誘文句・・・それに対してポッと湧いた感想、世間知らず・・・
それと会話、いや言動の端々に見せてくれるオレに対する気遣い、たぶん死神には必要ないもの、だよな
いろいろな場面を思い出し、それらを統合して出てきた言葉は
「あなたも元々は・・・」
その先がスッと言えなかった。軽々しく言葉にしていいのかとも悩んだ。
「はい、人間でしたよ。実はまだまだ新米の死神です!」
言い淀みを察したのか、それともそこが終着と思ったのか彼女は聞きたかった問いの答えをさらりと言った。
しかも新米ってことは亡くなって間もないってことじゃないのか。
かける言葉が見つからないとは正にこのことなんだろう、何も言えなくなってしまった。いや、自分も死んでいて立場は変わらない訳だが、かといって軽々しく言葉を出せるほど図太くはなかった。
「私の所にも死神さん――今となっては先輩が来てくれまして」
そしてやっぱりこういう空気の時にそれを打破しようとしてくれるのは彼女の方だった。
殊更声のトーンも明るく、時折誘い笑いも交えながらこちらに気負わせないように、さらには気持ちを盛り上げるかのように。
ベンチから立ち上がり一面の花畑を望みながらさらに続ける。
「私ね、現世ではそれはもう勿体ないくらいに周りに恵まれてて、お仕事にも恵まれてて、本当に楽しかったんです。どこかでしっぺ返しでもあるんじゃないか?ってくらいに。まぁ実際に死んじゃった訳ですけど」
えへへ、と続けられると本当に胸が苦しくなる、なんでこんな人が・・・。変われるなら変わってあげたい・・・あ、ダメだ、自分もすでに死んでいた。
「それでやっぱり選択肢を与えてもらって・・・この先やりたいことや夢ももちろんあったんですけど・・・出来なかったこともあったけど、それでも私って実は人一倍人生楽しんだんじゃないかな、って思って」
途中ホントに小さな声で「結婚や子供だって」というようなことが聞こえた気がしたがこれもやっぱり胸に留めておこう、それに対して何か言うのは野暮を通り過ぎてただの無神経だ。
「一度そういうふうに考えちゃったら、なんだか生き返る必要とかないんじゃないかなとしか思えなくなっちゃったんですよね・・・実は私、記憶が全部残ってる状態だったんですよ、だから試練に挑めばたぶんいまごろ普段の生活を取り戻せてたんですよね、でもやっぱりそういう気持ちになれなくて。あとから担当してくれた死神さんに聞いたら、記憶が残ってる人の方がそういう選択を多くする傾向にあるって教えてもらって」
だからこそあの時あれだけ感情的になったのだろうか。自身の経験もあったろうし、ましてや少なくともその部分だけ見れば対極の相手からあんなふうに思われて。
だとしたら本当に悪いことを言ったものだ、知らなかったとはいえ。たぶんそう言ったとしても何か本人なりの理屈でこちらを気遣う発言をしてくれそうな気がするのがまたオレを苦しくさせる。
「まだまだ新米で始めたばっかりですけど、私この選択に後悔ないですよ、ほんとに楽しいんですから!」
最後の最後まで彼女のトーンに感情にブレはなかった。
たぶん本心なのだろう。
多少の強がりは混じっていたかもしれないが、たぶん・・・なのだろう。
それでも、それでもっ。
「あ、でも無理に勧誘してる訳じゃないですからね、あなたはあなたの進みたい道をえらん、えっ?」
それでもどうしてもいたたまれなくなってしまったオレは彼女を抱きしめ、右手を頭の後ろに回し自身の肩に顔を押し付けるようにして
「無理しないで・・・泣いても良いんだよ」
自身が大粒の涙を流し、声も震わせながら柄にもないセリフを吐いていた。




