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あまりの衝撃に少しの間呆けてしまっていた。
――これは夢じゃない、だ、と。
だとしたらここは何処で、何のために、どうやって来たというのだろう。本当に酔った勢いで自我もないまま悠々歩いて来てしまったのだろうか?はたまた実は現実に瞬間移動が使えるように・・・。いやあのマンガの瞬間移動は見知った場所にしか行けなかったはずだ。
いや違う、そういうことじゃないし、そっちじゃない。
「どう、して、オレの名前を?、あなたはいったい・・・」
少し声が上擦り、歯切れが悪くなってしまう。
ほんの数分前までなら、夢だから、の一言で納得していたと思う。
だから知っている、それだけで十分だった。
しかし彼女はまず先に夢であることを否定した。そのうえで名前を呼んでみせた、おそらくは初対面だろうオレの名前を。少なくとも知り合いにこのような格好を好む女性は居ない。コスプレイヤーさんの知り合いが居なくもないが、そもそもその人は本名を知らない。
そう本名を知っている女性、それはあまりに限定的すぎる。他に確認できている特徴として声があるがそれを考えずとも、名前を知っている、服装の好みという二点だけで合致する知り合い女性は居ない。
ただ、声という特徴だけに限定して考えると、聞き覚えがある声をしていた。それは最初の一声から引っかかっていた。だがそれが誰だったかを思い出せないもどかしさもある。何度も何度も数えきれないくらいに聴いたような気がする、そんな声なのだが。
それと引っ掛かるのがもう一点、オレが言葉に出していない疑問や謝辞に対して返答してきた、読唇術なら使える人も多くはなくとも居るかもしれないが、読心術なんてものはそれこそファンタジー――アニメやゲームの話だ。
実際にオレもマンガで見た様な不思議な力を使えないかといくつか試してみたがすべて失敗している、そういう世界に改変された、というようなことも無いだろう。
自分の中で警鐘が鳴り響くのがわかる。先ほど鳴らしてみたベルの様な軽やかな響きではなく、まるでブザーのような電子音で。何が危険なのかは分からない、危険なのかどうかすら分からない。
何にしても現実的な話ではない、とにかく冷静に、と言い聞かせるがそれをよそに鳴り響く警鐘が焦りを促す、それだけ本能的に警戒している、何が起こるか分からない現状と目の前に居る黒衣の女性に。
その警戒感が表情に出ていたのかもしれない、黒衣の女性は先ほどまでよりも穏やかな敵意の感じさせない声で
「その質問にだけお答えするとかなり乱雑なものになってしまいます。ですので気になっているであろう現状の説明から。順を追って話すうちにその質問への答えも自ずとわかるでしょう。」
と諭すような口調で回答してくれる。
もしかしたら長くなるかもしれないから、と黒衣の女性が近くにあったベンチに促す。そこでも懐疑的な表情になってしまったのか、長くなるかどうかはあなた次第だと思います。と付け足してくれる。つまり理解できるまで、納得できるまで話をしてくれるということなのだろう。
――少しは信用してもいいかもしれないな。
自分の中での警戒のレベルを一つ下げることにしたが、もしかしたらこれも聞かれていたのかもしれないと思うと、ドジを踏んだ気がする。
先を歩く女性から、ふふっ、っと聞こえてきたのでやはり聞かれてしまっていたのだろう、今度は無性に恥ずかしく感じる。ただ、その笑い声から察するに女性の気を損ねたということは無かったのだろう、失礼な思考であったのは間違いないので少し安堵する。これから現状を説明してくれる人とは良好なことに越したことはないだろう。
先にベンチに辿り着いた黒衣の女性がそのまま腰を下ろす。やや遅れて着いたオレが座るや否や「では」と口火を切ってきた。視線は――顔は正面を見たままでこちらを向いてはくれない。オレは顔だけ女性の方に少しだけ向ける、表情を窺い知ることはやはりできない。
「まず初めに事の根幹から。広里海運さん、あなたは不幸にもお亡くなりになりました」
静かにそれでいて自然な口ぶりで重たいことをサラッと言われた。
言われたことを飲み込めないどころか、まだ口にも入れていないような状態だが女性はさらに続ける。
「亡くなった方は一般的に死後の世界に行きます。三途の川を渡りその先にいらっしゃる閻魔様のご沙汰によりその後の道筋が決まります。しかしまれにそういった経路を辿らない方がいらっしゃいます。広里海運さん、あなたもその一人です。今際の際にとても強い意志が発せられた際、その想いに強く関連する事柄、場所の現身の世界――平行世界が死後の世界として選択されることがあります、それがここですね。この場所は現実世界に存在している場所であり、そしてあなたはこの場所に強く思い入れがある、今この場所に来ているのはある意味ではあなたの意志ということになのです。もちろんここも死後の世界で間違いありませんが三途の川には行くことが出来ません。そういった平行世界に迷い込んでしまった方の案内するのが『いまの』私の仕事。いわゆる死神のようなものと思っていただければ・・・あ、かわいく言えばぼたんちゃんです♡!」
一瞬の間が空き、軽く咳ばらいをして女性は続ける。
「まぁそういう訳であなたを道案内を――サポートをするために参上したというわけです、ですのであなたのお名前も知っていましたし、心の声を聞かせていただくことも出来た、といったところです。」
途中までメガネくいくいな感じの説明だったが合間に軽口を挟み聞きやすくしてくれたのだろう、そういう気遣いも感じられる。
「とりあえずは大方の現状をお話しできたかと思いますが、何か質問などありますか?」
「つまり・・・」
言われた事を咀嚼し飲み込む、さらに理解を深めようと何度も反芻し最初に聞きたかったのは・・・
「オレは幽助ってことでいいんですか?」
手の甲で軽くツッコミが入る、ノリがいい人のようだ。ちょいといやだよ、なんて聞こえてくるかのようだった。
天丼で軽く咳ばらいを入れるのを忘れない。照れ隠しも含めて一度立ち上がり正面を向いたまま
「んー、まずは質問というか、」
少し歯切れが悪くなる。
まずは前提を確定させる必要があると感じるが、それを確定させてしまうということは、つまりはそういうことである。もちろん気は進まないし、同時にこの問いかけは女性に対して少し意地悪なものであると思うのだが、話を進めるためには仕方ないだろう。
「まずは、これが夢では無く、尚且つあなたが死神である、という証明は出来ますか?」
言いながら女性に向き直る。問い詰めるような格好になってしまっただろうか。実際、証明するというのは難しいと思う、正直こちらが信じるか信じないかだけの話の様な気がしている。
が、すべて向こうのペースで話を進めるよりもこちらの存在感を出したいと思った。
同時に嘘だ、デタラメだ、と全く話を聞かないような奴への対処も知りたいという好奇心も出た。夢であれ死んでいるのであれどうなることは無いだろうと高をくくったのが、少し甘かった。
「一応・・・」
と言いながら黒衣の女性がベンチを立ち
「いますぐにあなたを地獄に落とす力も、権限も持ってはいますよ?」
右腕を高く上げ、指をパチンッと鳴らし、バトンでも回す様に指先や手首を回すとお互いの身長ははるかに超えるような大きなカマが現れ、大きく外側へ回しながら女性が腕を振り下ろすと、湾曲する刃はオレのうなじの後ろを通り右の頸動脈辺りに先端部分が触れる、刺さっては――傷ついてはいないが確実に肌を突いてている感触は伝わってくる。この動作をいままでで一番冷淡で感情のこもらない声のセリフの間にやってのける。
あまりに一瞬の出来事すぎて声を出す暇もなかった、いま声を出そうとすれば確実にカマが首筋を傷つけるだろう。左右の手を持ち手と刃、それそれの外側で小さく上げ降参をアピールする。刹那、首元のプレッシャーと共にカマそのものも消えていた。
「死神なら鎌でも出してみろ、くらいは言われるかなと予想してたのでその時は一旦コレを出そうと思ってたんですが」
うふふ、と茶目っ気たっぷりに言い、指を鳴らしお釜を取り出す。さすがにいまいまでは笑えない。指を鳴らす音だけで身体がビクッと反応してしまった。『証明』はされなかったがあの恐怖はもう味わいたくないと思わされた、それで、それだけで十分だった。
「えーっ、と、それじゃあ本題の質問をしても良いですか?」
バツが悪くなり再び女性に背を向け黙りこくってしまったオレを尻目に「よっ」「ほっ」と掛け声とともに何か動いている気配を感じた。お釜を使って遊んでいたのだろうか?本当に茶目っ気の強い人なのだろう。もしくはそうすることで気を紛らわそうとしてくれたのかもしれない。
なんとか振り絞ったオレの弱弱しい問いかけにも「もちろんです。」と優しく答えてくれる。もう少し警戒レベルを下げようか、本来なら爆上がりでもおかしく無いことをされたはずなのに・・・結局ペースをつかまれてしまっている。
「質問はとりあえず3つ、1つ目は『ここ』について。オレはこの場所を知りません。この頂上から見渡せる景色に見覚えすらも。思い入れのある場所って言う説明に矛盾を感じています。続けて2つ目。」
例に倣って間髪を入れず一度にすべてを投げかける。そうした方が良いと思ったし、気恥ずかしさもありそうしたほうが気が楽であった。
「死んだ前後、あ、後は無いか・・・その前の記憶が無いように感じるんですが。直前まで何をしていたとか、どうやって死んだとか、死んだ人は皆そういうものなのかな?と。最近見たと思うテレビ――アニメは覚えてる気がするんですが・・・。で、3つ目。これは希望的観測も含めてになるんですが、あなたのお仕事に道案内、だけじゃなくサポートとも言ってたんですが、もしかして生き返ることが出来たりするのかなぁ、なんて。」
話の途中「ふんふん」や「ふぅーん」など相槌を入れてくれていたがちゃんと聞いてくれていたのが少し心配になる。ただ「ふぅーん」と感嘆の様な声を出したのは最後の部分だったので少しは期待しても良いのかもしれない。
「ではひとつひとつお答えしていきますね。そこでまた何か疑問が生まれましたらご遠慮なく。まずは2つ目から」
少し出鼻を挫かれる。
が、聞いていくとその順番が正しかったんだろうと、ちゃんと考えながら聞いていてくれたのだろうと分かる。
「亡くなる前の記憶は一概に失われるものではありません。今際のその直前まで覚えている方もいらっしゃいます。亡くなり方が関係してることが多いようで、事故などで脳に強い衝撃を受けて無くなった場合やこうして強い想いを持って迷い込んでしまった場合に失われやすい傾向にあるようですが、それもやはり千差万別、その人に寄りますので一概には言えません。またあまりに凄惨な亡くなり方をした場合に自ら直近の記憶を封印してしまう事もあるようです。広里さん、あなたがどの理由によって記憶が無いのかは分かりませんが。ここで1つ目に戻らせていただきますが、そのいずれかの兼ね合いで『いまは』この場所に覚えが無いのかもしれないですね。もしかしたら亡くなった直近で訪れていたのかもしれません。ただ、ここはとある公園でとても広い所ですので、この丘以外の所に行ってみれば知っている――覚えているところや何か思い出せるところも出てくるかもしれませんね。」
こちらの反応を見ながら所々緩急をつけて話をしてくれる。本当に聞きやすい。学生時代こういう教師に授業をお願いしたかったものだ。そうしたらもっといい会社に・・・いやさすがに自分の能力の問題か。大抵のことは突き詰めれば自分に責任があるものだ。
「そして3つ目ですが・・・」
思わず息を吞む、ここが一番大事だったりする。まぁファンタジーな世界じゃなきゃ無理なんだと思うが・・・そこをなんとか、ボール7つとかなら頑張って集めるし、卵を孵化されるのも頑張るから!
「結論から言えばYESです」
あっさり言われた。しかもこれまた茶目っ気たっぷりに。
え?出来るの?いや嬉しいけど・・・。
「ですが一応、条件はありますよ?まずは事前審査・・・まぁこれは突破してます。そうでなければ先ほどの質問にはNOとお答えてしてますし、そもそも簡単な説明の上すぐに閻魔様のもとへお連れします。ちなみに・・・えーと、聞いてます?」
あまりにあっさりしてたから最初は実感湧かなかったが、だんだん込み上げてきた喜びで小躍りしてしまっていたら注意されてしまった。反省。
動きが止まったのを確認し一つ咳払いの後女性は続ける。これも天丼だろうか、できるな。
「ちなみに事前審査とは生前の行い、これは犯罪やそういった類の事をしていないかの確認。それともう一つ、不慮の死を遂げたかどうか、ですね。」
今の話、それと先ほどの記憶の話を総合すると、少なくとも死因は病死の類では無かったのだろう、事故かはたまた事件か・・・。後者だとすれば物騒な話である。若干の身震いをおぼえる、身体がなにか覚えているのだろうか?いやそもそも肉体ではないのか。この辺りは聞いてもイマイチ理解できそうにないのでいまは考えないことにした。
「続いての条件ですが・・・」
思慮に耽っているのを分かってか少し間を置いてから続けてくれる、本当にこちらの状況を把握しながら進めてくれる。学校の教師よりも家庭教師の方がマンツーマンで相手の反応が見えやすい分より向いていそうな気がする。全く畑の違うところではマッサージ師なども客の反応なんかを重視すると聞くからあっているかもしれない。もちろん大人な方のマッサージでも・・・ぐふふふふ。
「生き返るの、止めますか?」
指は鳴らしていないはずなのに右手ではカマをすでに構えていた、ごめんなさい・・・。
「頭が痛いです・・・。」
やれやれ、と言いながら大きなため息、すでにカマを手放していた右手で軽くこめかみ――だろう箇所をつまんでいる。
――ッ!
「そうだ、頭痛っ!」
「はい?」
こちらの急激な態度の変化に黒衣の女性も戸惑いを覚えたようだったが、お構いなしに続ける
「ここの麓で目を覚ました時、酷い頭痛がしたんです。後頭部辺りに。これって・・・」
「死因と関係あるか?ですか?」
こくり。少し間が開いてから頷く。これまでにない反応だったため咀嚼にようする時間が必要だった。わざわざこちらの発言を遮ってまでする切り返し。なにかそれなりの意味が無ければ取らない行動だと思う。ただ、「ふぅーーん」と長く息を吐きながら悩んでいるような声を聞くとあまりいい回答は期待できないのかと思えてきた。息を吐き切った後に続いたのは
「死因に関して直接言及することは出来ないんです」
と、少し落とし気味なトーンで申し訳なさそうな物言いだった。「そうですか」としか出てこなかった自分の言葉は自身で聞いてもテンションが右肩下がり、肩を落としたそれにしか聞こえなかった。
「ただ、」
今までにない大きな声を黒衣の女性が上げる。体が大きく震えたが下を向きかけたオレの意識を女性に向けさせるには十分すぎる効果があった。自分に意識が向いたことを確認して女性は続ける。
「ただですね、死因を直接言えない理由というのが先ほどの話の続きに関係があるんです。」
先ほどの話、を一瞬見失いかけるがマッサージの話、ではなく生き返るための条件ということをすぐに思い出す。こちらに向けられたカマの恐怖があったせいで本当に一瞬飛んでいた。
理解が追い付いて来ているだろうと判断したらしく特に相槌等を待たず女性はさらに続ける。
「生き返るための最後の試練として、亡くなった日を朝の目覚めから体験していただきます。そしてその日を何事もなく生き抜くことが出来れば、次の日からは晴れて本来訪れたはずの生活を取り戻すことが出来る、というわけです。ですのでその日の記憶を失っている方に直接の死因をお教えすることは出来ない、ということなんです。」
なんとなくわかった気がする。そもそも避けられない死を何度繰り返したところで結果は変わらない、かと言って死因がわからなければ何に気を付けていいか分からないから同じ結果を辿ることもある、が、それを何らかの要因で回避することもできる、そこに差異を生じさせない為にカンニングは出来ない、ってところだろうか。
――だから不慮の死限定、か。でも・・・
「その時のことを覚えている人間が不公平、って事にはならないんですか?」
先ほど聞いた記憶の話からすれば、死因によって記憶の有無が左右されることがあるなら覚えている状態でこの空間に来る人もそれなりには居るはずである。そういう人々は須らく生き返ることができる、ということにはならないだろうか。
「話を聞いた段階でそう考える方は少なからずいらっしゃいます。そのうえで反抗、反発があれば直ちに閻魔様のところへ行っていただくことになります。」
思うところもあるのだろうか、かすかに下を向いた状態で発せられたセリフの最後の方は消え入る様に小さかった。
「でも私は、何も知らない状態でその日を生き残れるのが『運』に寄るものだとすれば、記憶を持ってこの場に来られたのもまた『運』に寄るものなんじゃないかと思います。どこで運を使ったかの違い、それは不公平とは言えないんじゃないかって。まぁいまの私の立場でそれを言ったら綺麗事にしかならないんですけどね」
一転、強く想いの熱の籠った言葉を発する。最後の方には涙交じりになっていた、そこに突っ込むのは野暮というものだ。なによりその考えには感銘を受けたのも事実だ、突っ込めるはずもない。
「それと」
「それと?」
思わずオウム返ししてしまう。また少し恥ずかしくなる。
「それと、やっぱりあなたの状況からすれば不公平な話だと思うから、なんていうか、その、押し付けてしまってごめんなさい」
まだ少し涙声でそんなことを言われたものだから
――惚れてまうやろぉぉぉぉ!!!!
「あ・・・」
心の声は聞かれていることをすっかり忘れて思いっきり心の中で叫んでしまう。はちゃめちゃに恥ずかしい、これまでにないくらい。
熱い、顔が・・・熱い。
とりあえず一旦埋めてくれ。
頼む、だれか・・・。




