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6-2

 『二人』の遺体のある部屋から場所を移す。

 幸いにも椅子のある部屋があった。

 見るからに汚れてはいたものの、長くなるかもしれないからと着席を促される。

 そのやりとりに少し懐かしさを覚え、くすっとする。

 彼女はすでにテーブルを挟んだ対面に腰掛けている、いつの間にかカマもしまっていたようだ。

 座っている彼女を見つめる、何処から見てもさよりさん、その人であった。

 彼女の遺体は間違いなく先ほどの部屋に横たわっている。

 服装こそ彼女の私服に見えるが大鎌のこともある、ということはやはり

 「死神、だよ」

 質問を投げかける前に答えが返って来た、この感じもまさにというものだった。

 ここですべての答え合わせ、あるいはネタばらしなのだろう、すべてを受け入れる覚悟を決め、彼女に向かって笑顔で一度頷き、着席した。


 「さて、と、どこからお話ししようか、どこから始めても脱線したり、遡ったりっていうのは生じちゃうと思うけど・・・」

 「いまの・・・『今日』のことについて・・・」

 聞きたいことはそれこそ山ほどあった。

 ただやはりまず現状を知らなくてはならない、結論の先延ばしは不安や負担が募るばかりになる。それに道中の話は結論を知っていた方が理解もしやすくなる、それ故にまずは『今』が知りたかった。

 「じゃあ、まずは『今日』のことについて」

 にっこりと頷き話を始めてくれる。

 「これに関してはまず先に謝らなきゃいけないんだけど、『今日』の出来事、これは生き返るための試練だったの。あ、謝るっていうのはね、君は選んでなかったから、三つの選択肢を。それを私が勝手に試練を受けさせる形にしてしまったから、ごめんなさい」

 なぜ謝罪が必要なのか分からず頭にはてなが浮かんでいたのを察してくれたのだろう、声に出さなくても追加の説明をしてくれ、その流れで謝罪もしてくれる、頭まで下げて。

 むしろ謝る事なんて何もないのだが。

 正直自分では決めかねていた部分もあった、ただ何か思慮する際には試練を受ける前提で考えていたことが多かった。回答を迫られたとしても、やはり試練を選んでいた気がする。

 その旨をはっきりと伝え謝罪の必要は無くむしろありがたいと謝意を伝える。

 それでも彼女は首を横に振る。

 「ただ試練を受けてもらうだけじゃなく、少し・・・ううん、かなり自分に都合のいい内容にしてしまった。力不足でそれが中途半端になってしまって、そのせいで余計に君を傷つける結果になってしまった・・・」

 どうやら彼女はオレが難なく試練を突破できるようにアシストしてくれたらしい、知人と彼女自身の存在を無かったものとすることで。

 しかしオレの記憶の中には二人がしっかりと存在し求めたことにより今の事態になっているという。

 「実は今回の君の試練で私とゆうじんくんが生き残る道は無かったの」

 だからオレ一人で先に進める内容に置き換えようとしたのだという。

 「・・・それなのになんでさいごに・・・」

 横を向き何かボソッとつぶやいたようだったでイマイチ聞き取ることは出来なったが、恨み節に聞こえなくもなかった。

 お膳立てをしてくれたのにも関わらず思った成果を上げなかったオレに対するのもだったかもしれない、それは素直に申し訳ないとは思う。実際に、二人を見捨て一人生き残る、という選択肢が浮かばないでもなかった、すぐに切り捨てただけで。


 ただ、今の話の中でどうしても納得のできない部分があった。

 ――なぜ二人の生き残る道は無かったのか

 そこだけが大きな疑問だった。

 オレの見てきた限りではそもそも知人は死んでいなかったし、あの場面を避けるように行動すれば、例えばオレとさよりさん二人で帰宅の途に就けばさよりさんも死なずに済んだはずである。

 「目の前にいる私が回答になる、かな」

 投げかけた質問に少し寂しそうな笑顔を見せながら答える。

 「君も三つの選択肢は覚えてるでしょ?私の元にも死神が現れていずれかの選択を求めた。そして私は死神になる事を選んだ。だから・・・」

 「もう生き返ることは出来ない?」

 彼女は静かに首を縦に振る。

 理解は出来た、だが到底納得は出来なかった、なぜ生き返ることをあっさり放棄してしまったのか。

 オレ自身選択に苦慮はしていたがそれは無駄に考えられる時間が長かったことが要因だと思う。直感で、その場で回答するならば真っ先に生き返ることを優先したと思う、現に生き返られるのか?という確認を死神の彼女から切り出される前に聞いてしまっている。さよりさんはなぜ死神になる決意をしたのか、出来たのか、どうしてもわからなかった。

 本当は死神の彼女が選択した理由を聞いていた、その事実も回答もすっかり忘れ、ただ今の感情のみで聞いてしまっていた。

 「・・・楽しかったから、かな。最期にすごく辛いことはあったけど、それまでがすごく、すごく楽しかったから、だから楽しいまま終わりたいかな、って」

 オレの質問から少し間の空いた後に返って来た答えは、とてもたどたどしく歯切れの悪いものだった。笑顔を見せてはいるがどう見ても作り笑いにしか見えなかった。

 「ごめん、やっぱいまのナシ、詭弁だった」

 手のひらを前に差し出し頭を下げながら発言を撤回してくる。

 「ホントはね、目の前で君が死んじゃって絶望したから。試練を受けてまたその絶望を味わう可能性があるのが怖かったから。それと・・・」

 その時のことを思い出しながら話しているのか、声は震え目にはまたも大粒の涙が溜まっていた、先ほど部屋を移る前に「死なないで欲しい」と泣いてくれたばかりだったのに。

 「それと、君が試練を受ける可能性があるなら手助けをしたいと思ったから、君には生きていて欲しかったから」

 だから死神になる決意をしたんだ、と。

 すでに涙を留めるダムは決壊し流れ出ていた。つられてしまい、いやそれだけじゃなくオレの事を想ってくれる彼女の気持ちが痛いほど伝わり一緒に涙してしまう。


 お互いに落ち着くのを待って話を再開する。

 知人の話。

 実は奴もここを出てしばらくした後に高速道路で事故を起こし死んでしまったのだという。

 その原因はオレが食らわせた背中への強打だという。それにより脊椎にダメージが蓄積しており、その場では動けたが時間が経って手に麻痺が生じ事故につながったという。

 そして知人は今回の件だけじゃなく、過去にも明るみに出ていない婦女暴行などの罪があったらしく、そもそもの選択肢を与えられずに俗にいう地獄にそのまま連れていかれたらしい。

 だから奴にも生き返るという道筋は用意されていなかった。

 二人の道はすでに定まっていた。

 あとはオレが用意された道をそのまままっすぐ進めば晴れて生き返ることが出来た。

 何の苦痛も受けることなく。

 だが、それを伝えることはもちろん禁忌であったし、なんならそれまでのお膳立てにしてもかなりスレスレであったらしい。

 「私を担当してくれた死神さんにお願いをして協力してもらったの。色々と教えてもらったり手伝ってもらったり、でもやり過ぎちゃったのか最後に正されちゃった・・・」

 それによって俺が全てを思い出し彼女を――二人を助けようと動くことになり、そして元より二人の助かる道が無かったためにこの状況に至ったのだという。

 「私がずるをしようとしたから、君にとってより厳しい現実になっちゃったみたい、だからごめんなさい」

 彼女の謝罪にオレは改めて首を横に振る。

 そして「むしろありがとう」と素直に言葉が出た。

 オレの事を想ってやってくれて事は素直に嬉しいし、どんな状況であれやはりオレは彼女を、知人も助けたいと思って行動しただろうから。

 オレが助けたいと思える数少ない相手だから。

 オレの回答に驚いた表情を見せつつそれでも彼女も「ありがとう」とほほ笑んだ。


 話が一度ひと段落付いたところで、何か強烈な違和感を覚える。

 『今日』一日のことをある程度聞いたことでそれまでの出来事にも得心がいく部分もあり、話の本筋は理解できたはずである。

 だがなぜだろう、だからこそ抱くように思えるこの違和感は。

 何かを見落としている、そんな気がしてならない。

 ズキッ

 今になって先ほどナイフで傷つけた喉元が痛む、大した怪我では無かったはずだが。

 左手の親指でその部分をなぞると少し赤黒く汚れた。それを見て右手がパリパリに乾いていることを思い出す。

 「あっ」

 顔を上げると彼女と目が合う、先ほども見た寂し気な笑顔をしている。

 「さよりさんは今後どうなりますか?」

 ものすごく漠然とした質問だったが、こうとしか聞き様がないように思えた。

 今の彼女は死神。

 その死神の仕事は平行世界に迷い込んだ死者の案内やサポート、と以前に聞いた。

 そう死者に対するサポートである。

 いまここは現実世界でオレは生き返る試練の最中、現実世界に死神が顕現している事だけでも問題がありそうな気がするが、その上で彼女はオレの――試練の最中であるオレの自殺を止めてしまった。

 これには何か制裁がありそうであるが死神の受ける制裁など想像だにできなかった。

 彼女は「わかりません」と静かに首を横に振った。

 「・・・本当はすぐにでも戻らなきゃいけないんだろうけど、最期に君と過ごす時間を堪能していたくて」

 ややしばらくの沈黙の後に彼女は今日一の笑顔でそう付け加えた。

 ただ、目にはやはり大粒の涙が溜まっていた。


 「さよりさん、いえ、千歳さん、」

 しばしの沈黙の後の突然の本名呼びに驚いたのか身体がビクッと跳ね、「はい」が「ひゃい」に聞こえた。とても可愛らしい。

 「オレを殺してくれませんか、そして・・・オレと付き合ってくれませんか?」

 彼女の表情の変化が豊かすぎて面白い、驚き、照れ、そして再度驚き、驚愕ともいえるような表情だろうか。「え、あ、」と言葉も詰まって出てこないようだった。

 「辻褄を合わせよう、っていう話です」

 オレの自殺を止めてしまった彼女がその過ちに気付きオレを殺したということにして少しでも罪を軽くできないだろうか、という提案だった。

 そうすることでオレも死後の世界に行くことになるのでそこで一緒に過ごさないか、と勢いで告白もした、つもりだったが詳しく説明をするまで理解されなかったようである。

 もちろんその後の俺に選択肢があるとも限らないし、彼女もどんな懲罰が下るかもわからない、お互い何処に送られるかもわからない状況だがそれでも一緒に居たいという意思表示のつもりでもあった。

 今度は彼女の方が理解はしたが納得をしていない状況であるようだった、やはりオレには生きていて欲しいということだった。

 自分の罪を軽くするために命を投げないで欲しい、とも。

 「あなたがオレの死に絶望してくれたように、オレも絶望したんです・・・」

 ピアスの中で一度目の惨劇を見た時、つい先ほどほぼ同じ状況を経験した時、二度味わったからこそその絶望感はより増幅されていたと思う。

 だからこそ死を選ぼうとした。

 ピアスの中から見届けてなおやはり二人を助けたいと思えたくらいにどちらも大切になっていた、自殺を止めてもらったものの今後を考えると二人の居ない世界は考えたくなかった。

 「だから、オレと一緒に居て欲しいんです、これは『オレの』わがままです」

 彼女はまたしても号泣しながら、それでも先ほどの今日一を更新する満面の笑みで大きく頷いた。


 「あ、ちょっと待ってください」

 二人の遺体のある部屋に行き、彼女の横に倒れるように位置取る。死神の彼女がカマを取り出し「じゃあ行きますよ」と振りかぶったときに一度制止してしまった。

 思い直したわけではない。

 ポケットからスマホを取り出し、通話用アプリを開く。

 「合図をしたらお願いします」

 彼女の了承を確認して通話先の番号を入力し、通話開始のボタンを押す。

 彼女に向けて頷き、促す。

 通話が繋がり相手側からの声が届くのとほぼ同時に彼女はカマを肩口から振り下ろす。傷も付かず血しぶきも上げないままオレはその場に倒れ込む。

 「こちら110番です、事件ですか、事故ですか」

 振り下ろしたのと同時に彼女も姿を消したため、その声を聞いている者はこの場には居なかった。

 返答を得られなかったため「どうしましたか」「大丈夫ですか」と繰り返される。いたずらと判断されなければいずれGPSを辿ってここに警察がやってくるだろう。

 出来るだけ早く三人の遺体を発見して欲しいというオレのささやかな願望だった。

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