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5-2

 待ち合わせ場所に到着してすでに一時間ほど経ったが、二人が現れる気配は無かった。

 会場への入場口は一箇所、待ち合わせ場所はそこが良く見える池のステージの当日タイムスケジュールの看板のすぐ横、そこを待ち合わせ場所にしていた。

 万が一寝坊していいようにと知人にもその場所は伝えてある。

 途中何人か見知った双葉のファンも見掛けたが目当ての二人は姿が無かった。

 会場へ来る車内で何人かに二人の連絡先を知らないかの確認をしたが、返ってきたのは「知らない」「誰?」のどちらか。

 SNSでやり取りしているだけだと名前だけでピンとこないこともあるだろう、ちゃんと接点はあるが思い出せなくて、の「誰?」の可能性もあるが現状だとあまりそう捉えられない節もある。

 それにさよりさんに至ってはそれを危惧して『0期メンバーの』という枕を付けたにもかかわらず何人かは「誰?」と返してきた。


 自分の記憶と実際の事柄があべこべすぎる。そして何より違和感があるのはあのレシート、あれに記載されている量のアルコールでは吐くほど酔うことはないし、何より一人でする食事ならばわざわざ居酒屋に入ったりなどしない。

 本当に夢でも見ているんじゃないだろうか、そんな気にさせられてきた。

 こんな意味不明なことが起こるのは夢くらいしかないと思えた。

 夢にしてはやけにリアルに出来過ぎているが・・・たしかそんな夢もあった気がする、現実のようにリアルで自らの意識もある夢・・・

 ――そうだ、明晰夢

 まさにそれでは無いかと思い始める。

 朝食の満腹感や走った際の疲労はあまりにリアル過ぎだがそれ以外は妙に納得がいく、以前にも経験したことがあるかのように。


 夢なんだと思い込んでみてもやることは変わらなかった、二人を待つ。

 一緒に双葉のライブが見たいから、それが最前列じゃ無くても。

 気が付くとステージの観客が盛り上がってきているのようである。

 いつの間にか池のステージトップバッターのaltro suonoの登場の時間のようである。

 本当はこの時点で少しでも前の方に行っておきたかったが、

 ――今は合流が優先

 そうは思いつつも、見たい思いは強く少し立ち位置をずらし、ステージ中に入らなくてもステージ上が見える位置に立つ。ここでも会場の入場口は見えるので問題ないだろう。

 ただ演奏が始まると見ることに熱中してしまいさらに少しずつ位置がズレていってしまった。その結果すべての演奏が終わるころには丸々一つ分、池のステージへの入口間を移動していた。そこはステージから見て左奥に設置されている階段通路のある入口だった。


 ここで30分の休憩、次が双葉の出番。

 ここで客層が大きく変わりステージの人の出入りが激しくなる。

 邪魔になる場所に陣取ってしまったと思い、一旦ステージ内に入りすぐ横の芝生のエリアに入る、ここならまだまだ人が来ることは無い。

 スマホを見てみるが当然連絡は無かった。

 池のステージの入口は計5箇所、そこから入場する全ての人を把握することは到底できない。まだ会場に来ていないものと断定しここからも見える会場の入場口とそのすぐ近くにあるステージ正面の入口、そして今入ってきた入口だけを重点的に見張ることにした。

 すでに全体の開演から一時間近くが経過しているため会場の入場口の人はまばらであった。逆にあそこに現れてくれると見付けやすくて助かる。

 池のステージからも退場する人はほとんど居なくなり入口の利用は入場ばかりになっていた。自分も利用した最も間近な入口から入場してくる人とは目が合いそうになるなどとても気まずいがそれも仕方のないことだと思うこととする、もし文句を言われたら素直に謝ろうと思う。

 目が合いそうになった人の大半が通り過ぎた後にもう一度振り返りこちらを見ている気がしたのが気掛かりであるが、とりあえず文句を言われない限りはこちらも気にしないようにする、というかそこに気を回す余裕は無かった。


 「あ、のー」

 それらの人の気分を害してしまっていただろうかと思っていたところ、やはりすれ違った後にこちら振り返る素振りを見せた女性から声を掛けられる。声のトーンとしては怒っているような印象では無さそうだが、怒っている=怒鳴り声、というのも野暮な話である。

 まず先に謝罪をしてから説明を、等と思っていると

 「耳からの出血が凄いですけど、大丈夫ですか?」

 オレの右耳を指差しながらそんなことを聞いてきた。

 「出血、ですか?」

 怒っているわけでは無かったという安心が大きく、正直話が理解できていなかったのも事実だ、それに右耳から出血をする理由も思い当たらなければ、痛みも全くないので余計に理解が追い付かず呆けた返答になってしまった。

 「はい、あの、たぶん、ピアスの穴から・・・」

 言いながら女性はコンパクトを開いてくれていた。最初は角度が合わずうまく自分の耳を視界に捉えられず居たが女性が上手く角度を調節してくれて見ることが出来た。

 ――ッ!?

 女性の言う通り耳たぶから少し上まで血で染まっていた。指を当ててみるとまだ湿っていて人差し指と親指の先も真っ赤に染まる。

 これまですれ違った人たちが振り返ってまでこちらを見ていたのはこれが原因だったのかもしれない。


 そしてピアス。

 触感でも確認できた、確かにピアスをしている。

 しかし俺は過去に一度たりともピアスホールを開けたことが無い、なのでもちろんピアスを着けたことが無かった。

 そんなピアスがなぜいま耳に装着されているのか。

 しかもそのピアスは子葉の繋目にダイヤがあしらわれたものだった。

 ――ぅん?

 角度の問題だろうか、鏡の中のダイヤに光が走ったように見えた、もう少しだけ角度をずらしてみると光がはっきりと見え、その光と“目が合ったような”気がした。

 

 脳に強い衝撃が走ったように感じ、一瞬膝から力が抜けバランスが崩れてしまった。

 「っ、大丈夫ですか?」

 「あー、大丈夫です、心配かけてごめんなさい。久しぶりに血を見て貧血起こしちゃったみたいです」

 明らかに先ほどまでと声のトーンの変わった女性を落ち着かせるように少しお道化て見せる。、だから気にしなくていいよ、と

 「たぶん久々のピアスで、閉じかかってる所に無理やり刺しちゃったんで、ちょっと広がっちゃったのかもですね、馬鹿ですね」

 愛想笑いを含みながら気にしなくて大丈夫とアピールを続ける。

 「あ、ほら、あと10分で開演しちゃいますよ、急がないと!」

 最後に少し卑怯なダメ押しをすると、女性は最後の念押しに大丈夫か確認してくるので「もう大丈夫です」と笑顔で見送ってあげる。


 ――なぁんでいままで忘れてたかなぁ・・・

 思わず天を仰ぐ。

 澄み切った青空に白い雲が良く映える。

 ――これは、試練・・・なんだよな、おそらく

 死んだ日の当日を朝からやり直す、そして何事もなく過ごすことが出来れば晴れて生き返ることが出来る、そう死神の彼女は言っていた。

 ピアスの中で見た事が真実だとするなら、色々な相違はあるものの今日この日がオレの命日ということになる。

 それを朝から追体験しているのだから試練ということで間違えないのだろう。

 そしてこの相違点はオレにとって本来幸運と呼ぶべきものなのだろう、なんといっても死因と直接関係する二人と一切の連絡が取れないのだから。このまま一人で今日という日を――RrJを満喫して帰れば何の問題もなく試練は達成されることになるだろう。

 ――ただ・・・

 ピアスを外し見つめる。今はもうダイヤの中には何も見えない。

 ――オレは彼女を助けたいッ!

 そして願わくば知人の犯行も止めたい、何事もなくまた三人で笑い合いたい、せっかくのチャンスなんだからわがままに贅沢な結末を迎えたい、そう願いを込めもう一度ピアスを着ける。


 ただ、何のヒントも無いのもまた事実だった。

 本来知人が車を停めていたであろう場所もピアスの中で見ていたのでなんとなくの場所は分かるが、今の状況では停まっていないだろう。

 何か使える情報は無いかと最初にここで目覚めてからの出来事を思い返していた時に付近の観客が湧き出してきた。ステージを見るとサポートバンドの面々が登場し準備を開始している、そろそろ開演のようだ。

 やがてチューニングも終わったのかバラバラに鳴らされていた音が統一されていき登場を促すかのような音楽に変わる。どんどんと煽っていき最高潮を迎える辺りでスポットライトに誘導される形で双葉が登場する。

 観客の声援もまた最高潮に達する中で一人オレは唖然としていた。

 ――黒のローブじゃない・・・

 ステージ上に現れた双葉はフードで顔を覆いつくすでもなく、ただただカジュアルに自らのライブTシャツをアレンジして複数枚縫い合わせたシャツとパンクロックを思わせる派手なロングスカートを穿いていた。


 ここまでくると何が真実で何が虚偽なのかがさっぱりわからなくなる。

 ピアスの中で見た今日この日の出来事は捏造されたものなのか、あるいは今この状況がオレの都合のいいように改変されたものなのか、はたまたすべて夢物語で覚めることの無い永遠の夢をループさせられているのか・・・。


 「・・・そしてここに来ているみんなに、『きみに』聴いて欲しくて今日の一曲目はこれに決めました」

 思慮に耽っていることでほとんどを聞き逃してしまった登場の挨拶が終わり、曲紹介を始めていた双葉と目が合った、ファン心理で言うところの「今のは絶対俺のこと見てた」ではなく、確実に、オレに向かって『きみに』と訴えかけてきた。

 オレが『見た』一曲目は『lack a lucky』だったが・・・

 「では聞いてください『bell ringing hill』」

 衣装同様これも変わっていた。

 これらと同じ様に少しでも状況が変わってくれれば三人とも救われることができるだろうか・・・いやそれは与えられるものじゃない、勝ち取らなければ。そのために何をすべきか考えなければ・・・。

 

 曲が始まっても観客が大きな盛り上がりを見せないのは、この曲が聴かせる曲であるということが理由だろうが、それ以上に曲名発表前の説明がそうするように仕向ける作用があったのかもしれない。

 それぞれが一様に噛み締める様に聞き入っている。

 『bell ringing hill』

 いままで正式に語られることは無かったが、この公園をモデルに作られた曲なのだろう、これまでは思い辺りもしなかったが図らずも色々とここを探索したことで歌詞と重なる部分が見えた気がしていた。

 RrJに出演する度にMCで「ここでこそやりたい曲がある」と毎年言っていたという双葉。その発言を受けてSNSで色々な憶測が上がる中に必ずこの曲が入っていた、そこにはこの公園がモデルだからだろうがフェスには合わなさそう、というようなコメントもあったが当時のオレはその意味が分かっていなかった。

 いま改めて聞くと『ここでやりたい』というのが分かった気がする。

 だがいまは、

 「この曲はオレへのメッセージ」そう自分に言い聞かせながらじっくりと歌を聞く、歌詞は全て覚えているはずだが自分でなぞるだけではメッセージを見逃してしまう、そんな気がしていた。


 「ピアスを見付けたらまたこの鐘を鳴らしてくださいね、すぐに馳せ参じますから」

 2番の終わりから大サビまでの間、転調しセリフのような歌詞が続く、その中の一説が死神の彼女のセリフにとても似ていてそれを思い出させた。

 丘陵を探し終わり彼女は前に担当した世界の捜索、オレが公園の捜索に行くことになり分かれる際に言われた言葉、探索を続けるうちにこれだけ思い出せなくなっていたが『この曲』をきっかけに思い出すことが出来た。

 これがオレに聴いて欲しかったこと、そう確信した。


 確信した時には走り出していた。

 もちろんその前に双葉に対しての謝辞は忘れない、最敬礼の如く深く頭を下げ走り出す。

 まだ一曲目、それも曲の途中でのお辞儀、そこからのダッシュに周りの客は酷く呆れた様な顔や怪訝な顔をしたのだろう、だがもうそんなものを気にする必要は無かった。

 係員から何度も「危ないので走らないで」と声を掛けられるが構ってなどいられなかった。

 何が起こるか分からない、何が出来るか分からない、それでも今はあの鐘を鳴らさなきゃならないことだけは分かる、それならとにかく早く、一刻も早く。それによって何かが変わってほしいと願いながら、とにかく駆け続ける。


 鐘のある丘陵はRrJ開催中は封鎖をされている。順路を示す看板と道を区分けするロープで遮られているがそれもお構いなしに乗り越えて丘陵の方へと向かう。

 やはり係員の声が飛ぶがやはりそれも無視して少し走り続けるとこれまで聞こえていたはずの喧騒が嘘かのように静かになった。あまりの急変に思わず足を止め振り返ると、先ほどまでいたはずの人々は姿を消し、木々は葉を失い、林の中の地面も草花よりも土が多く顔をのぞかせていた、それはまるで冬の様相だった。

 ――帰って来た・・・

 ここは最初に目覚めたあの世界だと直感的にそう思った。

 となると時間の概念はもうないのだろう、この世界ではすでに多くの時間を費やしているが、経過はしていない。

 これ以上急ぐ――急がなければならない必要は無かった。

 ――それでも

 急がなくてはならない理由は無くても、急ぎたい理由ならある。

 急げば間に合うかもしれない、急いでも間に合わないかもしれない、けど急いで間に合わなかったなら納得は出来る、急がずに間に合わないのだけは絶対にごめんだ。

 ――彼女を・・・二人を助けたい

 その想いを一心に丘陵を一気に駆け上がる、まさに彼女と別れた時そのままの景色の丘陵を。


 丘陵の中腹――鐘の元に辿り着く。

 先ほど駅まで荷物を引き摺りながら走った時とは違い息は切れていなかった。それでも呼吸を整えるための深呼吸を一度行い、一気に鐘の紐を引く。

 乾いた鐘の音があたりに響く。

 心なしか前に鳴らした時よりも響きが良いように感じる。

 しかし彼女は現れなかった。

 その代わりに、脳内に反響していた音が小さくなっていくのに比例して、オレの意識も薄れていった。

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