4-3
前日に引き続きさよりさんはものすごい食欲を見せてくれる。
最初にロコモコを食べたかと思えばそこから追加で、大きなシイタケのステーキ、炭火焼ポークスペアリブ、アボカドコロッケ、もちろんデザートも忘れず凍らせたすいかをそのまま削ったかき氷、さらには「今日はもう最前列には行かないから」とすでにハイボールまでキメて全力で食事を楽しんでいた。
どれも――ハイボール以外お裾分けはあったが、その小さな体のどこに入るのかという程だった。
身長もどちらかと言えば低い方、体型もやせ過ぎとは言わないがふくよかという言葉も憚られるほど肉付きが良い方ではない。
その体型ゆえに最前列へのこだわりが強いとこの前夜の食事の席で話していたのを思い出す。中途半端な位置では逆に見づらく後方の方がマシであると。
ただやはり双葉のライブは近くで感じたいから、ということでオールスタンディングライブの時は可能な限り最前列を取りに行きたいんだ、と。
もしかしたらそういう場所でも負けない体力を付けようとたくさん食べているのだろうか。あるいは身長を伸ばそうと努力しているか、はたまたやっぱりただの食いしん坊か。
いずれにしても女性に対しては失礼な表現ばかりな気がする、自重しなくてはと思いつついまは聞かれる心配も無いと思うと安心するとともに、やはりどこか寂しくも感じる。
皮肉や憎まれ口は時として場を和やかにすると思う、TOPや相手を弁えたうえでのみ有効ということになるので使いどころは難しいが、このメンツならば問題ないだろう。
ただこの後少し時間を置いてではあるが、メロン丸ごとを器にしたクリームソーダを買いに行った際には場の空気など一切無視して失礼を承知で声を大にして言ってやりたかった、この食いしん坊め!と。
以降この日は本当に静かにライブの鑑賞に入っていた。最前列はおろかスタンディングエリアにもほぼ入らず、座れるエリアのある所で雰囲気を存分に楽しむフェーズに入っていたようだ。
それもそのはずでオレとさよりさんは前日も騒ぎ倒し、この日も朝一にピークが来ている。
知人は知人で急遽前夜仕事になったらしく、それで参加も出来ず、なおかつ仕事終わりに寝ずに会場近くまで運転し、車内で夜を明かして参戦しているため体力の消耗はある意味では二人以上だったらしい。
のんびりと鑑賞していることで三人の会話は弾んでいるようだが、何とも言えない違和感を覚える。
前日に会話していたはずの彼女はこんなにも説明口調だったろうか。
もっと砕けた形で会話を楽しんでいた気がするが、いまは相手の言ったことを繰り返してるようにも思える。彼女の声しか聞こえないのでそう思うだけかもしれないが、特に知人の言葉を繰り返しているような。
もちろん知人とはいままでSNSでもやり取りが無くこの日が本当のはじめまして、そういうときの会話では相槌が多くなりがちなものだと思う。その中で相手にちゃんと聞いていることをアピールするために行ったいたことを繰り返す手法はある。それを実践しているだけ、と言われればそうなのだろうが、自分の記憶の中の彼女との差異が別の見解を持ち出させる。
――まるで『誰か』に聞かせるためにやっているようだ
それも彼女の声だけしか届いていないような誰かに。
――さすがに考えすぎかな
色々と想定してしまったことで真っ直ぐに捉えられなくなっているかもしれない。思い込み、決めつけは良くない、間違いを選ぶ可能性が高まってしまう。
すべてに疑いを持ちつつ、その裏側まで見られるように冷静な判断が今は求めらる。いつどのような形で正解が明かされるかもわからない状況なのだから。
どうやら早めの退場を意図したのか花火もまだ上がっていない、池のステージでも演奏が続いているうちに帰り支度を始めている。
直前の会話で「昨日見たから」や「花火の後は混んで大変」などという言葉も出ていたのでそうなる前に、ということなのだろう。
知人は前日に見ていないが花火そのものには特段興味なさそうである。花火を含めたイベント事には惹かれそうな気がするが、あくまで主目的は別、という感じだろう。現に話の後で一人別行動でゲートの方に消えていった。残った二人が送り出している風だったので後々再合流するのだろう。
クロークから荷物を受け取り二人並んで荷物の入れ替えを行っている。
ホテルから真っ直ぐ来たであろうさよりさんは旅行用のキャリーケースを持ってきていた。手荷物がほとんどなくなる様にそこに詰めているようである。
一方オレはというと、大きなバッグ等の受け取りはしていなかった。そういえば朝の段階で大きな荷物は持って無かったかもしれない、二泊分の荷物を今見えている一般的なサイズのリュックに詰めてきたのだろうか。温泉旅行等ならそれで充分そうではあるが今回は荷物も多くなりそうな旅行かと思われるが・・・。
それにしても、視界に映る男が上半身裸になり着替えを敢行しているのを見ると今すぐに殴ってやりたい気持ちになる。この時点ではそこまでフランクに接せる相手に認定していたのだろうか。着替え自体は大切なことだが、後ろも向かずに堂々と行っている自分に苛立ちと戸惑いを覚えずにはいられなかった。
片づけをしながらも色々な話をしていたようである。
翌月から始まる双葉のライブツアーの参加日程や地方遠征の有無、年末の年越しフェスや来年のRrJ・・・。
特にこの日の後半のような過ごし方をしたことでやっぱり来年はテントかタープを持ってこようというような話にもなっていた。色々な摺合せをして今後の会場や日常でもまた一緒に遊びたいと言うような会話に総じてなっていたのだろう。
――まさに鬼に笑われた格好になってしまったな
前日に来年のRrJの話をした時にそんな危惧をしていたような気がするが、こんなに早く現実になるとは。
さすがに苦笑するより他なかった。
「では、案内お願いしますね」
右手が頭に向かってに上がる様子が見えたのでおおかた敬礼の真似事でもしているのだろう。それを見るオレがにやけてしまっている。
どうやらオレの案内の元、知人の車まで向かうようである。朝も一緒だったのでもしかしたらホテルまで迎えがあったのかもしれない。もしかすると大きな荷物はそこに置いてきたのだろうか、それならば合点がいく。
それにしても知人は何処でなにをしているのだろう。確かに朝の段階でもクロークに荷物を預けている様子はなかったが、その作業が無くても二人を待って自ら先導して良さそうなものだが。
その疑問も車に辿り着きややしばらくして明かされる。
どうやら三人分の飲み物を買いに行っていたようで、コーヒーショップの袋を掲げこちらに向かってくる姿を視界にとらえた。
すでに花火は始まっていて、影になって見えない箇所はあるものの全く見えない状況では無かった。それでもやはり気にした様子の見えない知人はやはりそこまで花火に興味が無いのだろう。それぞれに飲み物を手渡してくれる。
自分の分があると思ってなかったのか、さよりさんが慌ててお金を渡そうとするが固辞されているようだ。送って貰うのにさらに奢ってもらうなんてとなんとか受け取ってもらおうとしているが、知人は笑顔でそれをいなしてる様子、しばしその押し問答が続いたようだったが、最後には
「わかりました、それじゃあそういうことで」
むぅ、と声を漏らし明らかに不服そうなさよりさんの声で幕を閉じた。
どんな形での結末となったのか、ここからでは知る由もなかった。
問答の後、開錠された車に荷物を積み込む。ミニバンの大きな車内は二泊していた二人分の荷物――オレの分はすでにそこにあった――をバックドアから積み込まれてもスペースにはかなりの余裕があった。
荷物を積み込み終えるとすぐに発進し無事混み合う前に駐車場を脱出することに成功したようだ。
走り始めた頃は各々知人の買ってきてくれたコーヒー片手に感想戦トークに花を咲かせていたようだったが次第にさよりさんの声のトーンが落ち始めてきた。やがて視点が俯き加減になってしまい、すぅすぅと規則正しい寝息も聞こえてくる。どうやら疲れて眠ってしまったようである。
それからややしばらくの間心地の良い寝息ASMRを聞きながら時折揺れる車内を見つめるだけの虚無の時間が続いた。
どれくらいの時間が経った時だろう、急に視点がガクンと揺れた。
もちろん乗車時にシートベルトは付けていたが腰回りだけを固定するものだったので上半身が支えきれずに倒れてしまったのかと思った、高速道路もJCTなど急カーブがあるところもあるからだ。
しかしどうやら違ったらしい、視点が大きく揺れたすぐ後に一瞬だけ光が見えてまた直ぐに暗くなる。その光った瞬間に目に入ったものには見覚えがあった、車のドアが開いたときに自動で展開される足場――サイドステップ、それに酷似していた。
となると外に出たことになるが、いまだに寝息は聞こえている。
とても暗くて分かりにくいが視点も歩いている時とは違った揺れ方をしているように感じる。それに見えているのは、おそらく地面と足、それもふくらはぎや踵といった裏側のように見える。
嫌な予感がする。
いや、嫌な予感しかしない。
鼓動がうるさいほどに早く、強く動いる、いま身体は存在していないのにそんな感覚に襲われる。
彼女に身にも何か起こるかもしれない、考えてはいた事だったが現実のものとなりそうだと動転してしまう。まだそうなるのかは分からないが楽観的に見られるような状況ではない。
ピアスの中だと気付いたときに決意した“動向の注視”その最重要点が訪れたかもしれない、それに集中しよう。
いまは何か手を出せる状況じゃないとしても、もしかしたら後からどうにかできるかもしれない、その希望だけは持って。
一度止まったかと思うとまた直ぐに動き出す。
それまでの間には特に視界に変化はなかったが、そのすぐにあとに明るくなった。
見えてきたのは塵、埃まみれのコンクリートの床、それとやはりふくらはぎと踵、肩に担がれている状態で間違えなさそうだ。
歩みが止まり一瞬床が近く見えそのまま視線がグルんと反転するように上がっていく。椅子にでも座らされたのだろうか、その際少し衝撃があったのか、かすかに声が漏れるがまだ起きた様子はなかった。
視点が上がったことでここまで担いできた奴の顔がはっきり見えた、それは欲望にまみれた薄気味悪いの下品な笑顔を浮かべた知人のものだった。
しゃがみこみ椅子に座らせた彼女を下からじっとりを舐めまわすように見る知人、途中で挟まれる舌なめずりが下品さに拍車をかけていた。
途中何かを呟いているようだったが聞こえないのがもどかしい。
いやそれ以上に手を出せないのがもどかしい。
――というかオレは何をやってるんだ?
車に乗り込んだ時には間違いなく一緒にいた。そちらに向きながら喋りかける光景もあった。なのになぜこの状況でオレは居ないのか。
すでに死んでいるのか、それとも・・・共謀だろうか。
さすがに考え難い線ではある。
なにより暴力的に彼女をかどわかす、略取する理由がオレにはない。
これから行われるのは、考えたくもないが恐らく暴行、強姦なのだろう。あの顔を見れば誰でもそう思う。それをだしに唆されたとして、受けるような度量もそもそも持ち合わせていない。
犯罪など考えただけでも尻込みしてしまう。
――やはりオレはもう・・・、だとしたら知人に・・・
知人が立ち上がり自らの後ろに手を回し戻してきた時には何かを握っていた。その手を軽く動かすと周りを何かがクルリと回り手の中にナイフが現れた。
握り直しその切っ先を下に向け近づいてくる。すぐ目の前で立ち止まり、首元辺りにナイフを持っていきその手が動く。
ナイフを咥え今度は両手が首元に集結する、そして一気に両側へ開かれる。
Tシャツを引き裂いたのだろう。
――やめろ・・・
またナイフを握り今度は切っ先を上に向け胸元へもっていき、これまた一気に上に引き上げられる。
今度は下着を裂いたのだろうか・・・。
――やめてくれっ
気持ちの中では大きく叫んでいた、だが聞こえるはずも届くはずもなかった。
状況を――動向を注視し訪れるだろう次の機会のために集中する、つい先ほど改めてそう決意したはずなのに、既にそれどころではなくなってしまっている自分が居る。
本当ならいますぐに殴ってでも、殺してでも止めたい、当然それも叶わない。
文字通り手も足も、声を出すことも出来ない状況に気が狂いそうだった。
もちろんそんなことは露とも知らない知人は自らの快楽を満たそうとしている。しゃがみこみ既に見えているのは頭の一部のみ、何をしているのか想像つくがそんなことしたくもなかった。
眠りながらも知人の行為に身体が反応してしまっているのか時折聞こえてくる声が艶めかしく、それが余計に気を狂わせる。
目を瞑ることも背けることも許されない。
やめろやめろやめろやめろみたくないみたくないみたくないみたくない
これだけが頭の中――意識の中をひたすらに反芻する。
吐きそうなくらい、いや吐いていてもおかしくないくらいに気持ちが悪い、吐くことで楽になりたい、それも許されない・・・。
知人が立ちあがりおもむろに自らのベルトに手をかけ、それを外しボトムスの前を開き下着をずらすと、彼女の顔を両手で抑えそのまま腰を顔へ打ち付けた。嗚咽にも近い声にならない声が漏れるがお構いなしに何度も何度も腰を振る。
その途中、何度目かの振動で目が覚めたのか声を出そうとするが口が上手く動かせず「んんんんー」と言葉になっていなかった。
それに気が付いたのか一瞬動きが止まるが、その後それまで以上の速さで腰が振られ、やがて止まる、涙が混じるような声が途中何度も聞かれたが、知人の動きが止まったときにはただただ泣いているようだった。
ゆっくり知人が離れるとさよりさんはそのまま前のめりに倒れ込み、両手を地面につけた状態で口の中のものを吐き出した、その後に嘔吐が続きまだ胃の中に残っていた昼食だったものも吐き出されたようだった。
ふいに視線がグッと上がる。
目の前には知人の顔。
「いっ、ぅぅ」という声が漏れる。顔の横を通る腕が見えるので髪を掴まれ引っ張り上げられたのだろう。
苦痛に耐える荒い呼吸が聞こえる。
しばらく顔を見つめ下品な笑顔を見せる知人だったが、一気に顔を寄せてくる。「んーーーー」と声を出しながら抵抗しようとするが身体を支えたままだろう両腕にその動作は出来なかったのだろう、知人から離れてくれるまでその状態が続く。
解放されると再びその場で嘔吐する。
もはやオレに考える力は失われていた、ただただ目の前に垂れ流される光景を見せつけられるだけ、そんな状態に陥っていた。
その後何度も凌辱行為は繰り返されたが声を上げたりということすらできなくなっていた。ただなんとか逃れようと這いつくばったまま移動しようとするがすぐに抑えられまた嬲られる、その繰り返し。
何度目かの逃走画策の際に後ろから髪を引っ張られたのか身体がふわっと浮き、そのまま背中から地面に落下したようで、頭も強打したのか衝撃で視界がバウンドしたのを確認した。
その際に「くぁはっ」という声が漏れて以降呼吸音もかなり小さくなってしまいほとんど聞こえなくなっていた。
そんな状態のさよりさんの上に跨り、またしても腰を振り始める知人。
それに合わせるように視界も大きく揺れた。
その揺れる視界の端に何か光――もしくは闇が見えた気がした。
おそらくさよりさんの視点では見えない、耳――ピアスの位置からだからこそ知人の後方がほんの少しだけ見えた。
光が消えた後、今度は影が近づいてくる。
だんだん大きくなるその影は知人の後ろに着くと大きく振りかぶり何かを知人に向かって打ち付けた。
そのまま前のめりに倒れ込む知人、その陰から見えてきたのはオレだった。
――まだ生きてた・・・
それなら今までどこで何をしていたのかという話になってくるが、今はまずこの局面を如何に切り抜けようとするのかが重要である。
すでに亡きものと思っていた自分の登場で少しだけ希望が湧いた気もした。それは現状にも、そして・・・
オレはすぐに知人を押しのけさよりさんを声をかけている。
その視線が一瞬たじろいで見えたのは彼女の今の姿が衝撃的だったからだろう、すぐに自分の上着を脱いでかけている。
声をかけても反応が無かったからなのか抱きかかえて起こそうとしている。
デジャヴ、とはこういう使い方もあるだろうか、そうしているオレの背後に立つ影をまたもオレの脇から視界に捉える、
その瞬間、
飛び散る赤い液体が見え、さよりさんを抱え込もうとした態勢のまま倒れ込むオレ、背後に立っていたのは先端が赤く染まったバールを握る知人だった。
覆いかぶさるように倒れ込んだことでちょうど顔と顔とが横並びになる。
「ご、めん、ね、こん、なこ、とにな、ちゃって・・・」
声量もほとんどなく途切れ途切れなセリフは横に倒れているオレにはもう聞こえなかったかもしれないが、オレにははっきりと聞こえた。
むしろそれはオレのセリフだった、こんな目に合わせてしまって申し訳ない・・・。
「だ、いす、き、だった、よ」
最後の方はオレにも聞き取りにくいような声だった。
目頭が熱くなるのを感じる。
そんなもの、今は無いのに・・・。
一瞬視界に映る知人が魚眼レンズで見たかのように大きく、歪んで見えすぐに元に戻る。彼女の涙がピアスの上を流れたのだろう。
そんな知人は握っていたバールを放り投げ力なく倒れるオレを押しのけ、さよりさんに跨り、腰を動かす。
先程と同じように視界も揺れ始めるが、今度はそれと同時にぼんやりと霞がかかってくる。
また涙が流れてきたのかと思ったが、意識が遠のいていく感覚を覚え、視界がなくなった時には意識もまたなくなっていた。




