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4-2

 「さぁいくよっ!」

 余韻に浸っているオレの腕をつかみ前列への進行を開始する。

 ほとんどの客はaltro suonoの演奏が終わり池のステージから離れようとしている。

 当然前列に居た客も同様でその8割はその場から離れる為3本ある階段通路、あるいはスロープを目指しているだろう。それ以外の我々を含む2割ほどが逆行している。互いが互いの邪魔をする形になっていてうまく進めないような状況になっているようであったが、そんななかでもお構いなく「通してくださぁい」「すいませぇん」などと声を出しながらひたすらに前進していた。

 「取れたぁ!!!」

 人込みを抜けた先のフェンスに寄りかかる。

 無事に(?)最前列が確保できたようだった。

 確認できる限りなら先ほど――この状況になる前に池のステージに行った時に立った場所と変さほどわらない気がするが、あの時には何も感じることが出来なかった。細かな位置の問題なのか、思い出せない何か原因があるのか、全てが曖昧で判断が付かなかった。


 「そうですかぁ?じゃあどうお呼びしましょうね」

 30分ほどあるアーティスト間の休憩。

 その時間を使い親交を深めていたのだろうおしゃべりは聞こえていた、もちろんさよりさんのものだけ。

 その中で呼び方の談義となっていた。それはそうだと思う、さすがに友人さんは距離がありすぎる。何より主体がオレになってしまっているようで友人からしても余計に楽しい気分にはならなさそうである。

 その当人が視界の中のオレを指しながら何かを言っている。

 「本名?住之江さんか、知人さんですか?ゆうじんさんって良いH.N.だと思うんですけどねぇ」

 ――ッ!

 頭の中のモヤが晴れ、パズルのピースが嵌まったような気がした。

 住之江 知人(すみのえしりと)、H.N.ゆうじん。

 「知人」より「友人」の方が親近感があっていい、そうだこのセリフも直接本人に言われたことがあった。出会ってすぐのころだったはずだからもう3年くらいにはなりそうだ。

 それだけ付き合ってきた『ゆうじん』をオレは忘れていた。


 出会ったのはやはりSNSだった。

 当時から双葉やその他好きな音楽関連の投稿をしていたオレをタグか何かで見つけてくれたらしく、投稿している内容から「年も住んでる所も近そうだし、気が合いそう」とかなんとか言って連絡をくれた。

 実際に話してみると知人が1つ年上で最寄り駅も2つしか離れてなかった。

 Barの店長をやっていて、そのお店も近かったこともあり頻繁に出入りしていた、その店は父親の会社で経営しているらしく、店舗運営等は好きにやれているものだという。

 ここ2年ほど参加するライブはほぼすべて二人でだった。

 知人は双葉の音楽やライブパフォーマンスが好きだったが双葉本人やそのプロモーションが好きだった訳ではなかったため当初FCに加入していなかった。

 だがこのところファン増加によるチケット戦争が激化し二人で協力して勝ち抜くために今年になってFCに加入、いまも耳元に4期メンバーの証のピンズを無理やりピアスに見立てて着けている。

 元々開いていた穴を少し拡張したと言っていたが、何んとも痛そうな話である。

 「でしょ?じゃあやっぱりゆうじんさんで」

 どうやら呼び名も確定したようである。

 おそらくこの日の前夜、飲んでる時からさよりさんがオレの事を「海運くん」と呼んでいたので思うところがあったのだろう。指差されてたのもそれなら納得がいく。

 ――知人よ、オレはそのうちH.N.を変えようと思っていたんだ

 それくらいには好きでは無かったが、SNS上では多少定着した感があったのでなかなか変えるに至らなかった。

 たぶん何事もなくRrJが終わっていたらそのタイミングで変えていたのかもしれない。

 この時の心情は今もなお分からないままだが、それでも三人が会話している状況を見るとオレがとても楽しそうで、だからこそ余計に辛くなる。


 「さぁそろそろ来るよっ!」

 手首の内側に文字盤が来るように巻いた腕時計で時間を確認して一気に高揚感が増した声に変わる。

 その時計はオレも見たことのあるものだった。

 イギリスかどこかのブランド、何かとても長いブランド名だった気がして全く覚えられなかったのをよく覚えている。

 昔何かのマンガで流行ったとかも聞いた覚えがある、土星の上に十字架を乗せた様なロゴがとてもかわいらしいブランドである。

 文字盤のカバーとしてそのロゴをあしらった疑似的な文字盤があり、それをスライドしずらすことでやっと時間の確認が出来る、オレには似合わないだろうオシャレアイテムだった。

 たしか双葉も愛用していて度々SNSで見かけることもあり、値段を調べたこともあったが目玉が飛び出るかと思った。昨日はそんな高価な時計はしていなかったので双葉の出演に合わせて今日着けてきたのだろう。


 「双葉ぁ、双葉ぁ」

 各サポートメンバーが登場した際にも一人一人メンバーの名前を呼びおそらく手を振るような動作をしていたさよりさんだったが、最後に登場した双葉へのそれはそれまでに登場した彼らへのものとは比べ物にならなかった。

 周りの歓声が聞こえない分余計にそれが感じられる、手を振るだけじゃ飽き足らずおそらく飛び跳ねてもいるのだろう、視界の揺れがいつになく激しい。

 それもあって双葉の姿がぼやけてしまいはっきりと見えなかったが、双葉の挨拶の段階に入ったのか、さよりさんの動きが一旦止む。

 ――あの格好は・・・

 そうして見えた双葉の姿――衣装を見て愕然とした。

 それはここ――とは言えないここで出会った死神の彼女のそれと全く同じ漆黒のローブ、ご丁寧にフードが付いていて被っているところまで一緒だった。

 唯一違いがあるとすれば

 ――彼女はフードを留めていなかった

 今見える双葉はフードを被りしっかりと紐を結び捲れあがらないようにしている。死神の彼女はフードこそ被っていたが特別留めるようなことはしていなかった。

 だからこそ捲れあがらないのが不思議でもあったわけだが。


 どうやら演奏が始まったらしい、一曲目は「lack a lucky」アニメのタイアップになっていた曲でアップテンポで激しいシャウトもあるのでフェスにはぴったりだと思う。

 とはいえ曲が聞こえているわけではなくすべてさよりさんの発する言葉で情報を得ている。そんな彼女もいまは曲のコールやレスポンスに夢中でそれ以上は何も教えてはくれない。

 もちろん彼女に教える意図は一切なかったわけだが。

 曲を聞いていなくてもある程度の曲ならば自分でリズムをつかみ、そらでコールも出来ると思うが今はそれどころではない、正直なところさよりさんの声すらもいまは少し鬱陶しく感じる。

 それもこれもすべてあの衣装のせいだった。

 なぜ双葉と死神の彼女が同じ格好をしているのか、二人に何か関係性はあるのか、そのことだけが頭の中をグルグル回っていた。

 やはり考えうる可能性を一つ一つ咀嚼していくことにする、この世界に来てそればかりやっている気がするが、考えることが多すぎてそういう意味では諦めてしまった。

 ・偶然

 あるか無いかで言えばあるだろう、あってもおかしくはないの方がニュアンス的には近そうだ。

 現実世界でも衣装としてそもそも存在しているもので、双葉、死神――彼女に限らず全般――双方のイメージとも合う気はする。

 ただし、やっぱりこんな偶然あって堪るかと言いたくなるレベル、あってもおかしくないという表現でも少し言い過ぎだろうか。


 ・同一人物

 これはかなり否定的、無いとは言えないレベルだろうか。

 同じ衣装を着ていることだけ見れば一番濃厚ではあるが、前提が崩れる。

 死神の彼女は自身も現世での死者であると明かした、そのことに偽りが無ければ双葉が死んでいなければ成り立たない。

 その可能性を全否定できないからこその無いとは言えない訳だが・・・オレも例えば死んでしまった双葉もそれがいつのことかは分からないのだから。


 ・この日の双葉を見た者が死神の彼女だった

 正直いま思い浮かぶ中では一番濃厚な説。

 今までの流れがそれを物語っている気がする。

 オレの死後の世界がこの公園だった、にも関わらず最初はRrJの事を忘れていた、この二点からこのRrJのなにかがオレの死に関与しているのは間違いないと思っていいだろう。

 そしてある時を境に死神の彼女の声が思い出せなくなった、言われて探し出したピアスを見付けたら『ここ』に来てしまった、そのピアスはとても特徴的でオレも良く知っているものだった、この三点から連想できる女性・・・この女性も死んだとは到底考えにくいが、状況証拠が揃いすぎている・・・

 いまはその女性の表情を窺い知ることが出来ない。

 記憶の中で、その中でもとりわけ笑っている彼女を思い出す。いまは楽しそうに、はち切れんばかりの声を上げている彼女はこの後どうなってしまうのだろう。

 自分の置かれている状況など度返しにいまはただ彼女の安寧を願ってしまう。

 間違いであってほしい、ただその一心で。


 思慮に耽っているうちにすでに最後の曲に差し掛かろうとしていたらしい、さよりさんの残念がる声が聞こえる。

 それまでも曲が変わるごとに曲名を、そしてそれに合わせたコールを叫んでいたのだが、あまりに集中しすぎてほとんど聞こえていなかった、言っていたと認識できる程度にしか。

 「あっ、lyra lyric・・・」

 ここでまさかのバラードの登場らしい。

 ソロライブの〆にもよく使用する曲で、その名の通りリラ――ライアーと呼ばれる弦楽器を採用した曲。サポートメンバーの一人――リードギタリストが弾けるということで作ってみたかった思いを叶えたのだという。

 バラードでありながらロックの気質を忘れない激しい一面もあり、ストーリー性のある歌詞もまたファンの心を掴んでいる。

 これは本当に聞きたかった、いやこれも聞いているはずなんだが・・・。


 この公演は観客全体からの拍手喝采をもって締められたのだろう、鳴き声交じりのさよりさんの声と全力の拍手、そして深々と頭を下げ続けている双葉を見れば他に何も聞こえなくても容易に想像できる。

 チラッと視線を向けられたオレも涙腺が崩壊している、altro suonoの時点で感動している様子だったのだからもう感情の整理が付かない状態なのだろう。

 そんなオレを見て鳴き声交じりでクスッと笑う声が印象的だった。

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