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4-1

 意識が戻ったとき、辺りは真っ暗で何も見えなかった。

 先ほどまで自分が立っていたはずの公園も何処にも存在していなかった。

 周りの景色が見えないだけではなく自身の身体も認識できなかった、視覚的に見えない、だけでなく体の感覚そのものが感じられなくなっていた。

 声を発することも出来ず、体を動かそうとしても動かない、そもそも体が存在しているかもわからなかった。

 ――魂とか人魂とかいうような存在になったのだろうか

 意識があって身体が存在しないのならそういうことだろうか、魂に意識が存在しているのかは未知だが・・・先ほどまでの経験からするとありそうな気はする。


 それよりなによりここからどうすればよいのか、というのが重要になってくる。

 とはいえこの状況では何もすることは出来ない。せっかく拾ったはずのピアスも手元にあるのか分からない。どうしたものだろうか。

 ――そういえばピアスを拾ったらどうしろと言っていたか・・・

 今やそのピアスの所在もまた分からなくなってしまった訳だが、そこの記憶もすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

 声のことと言い重大なことをことごとく忘れている気がする。

 これは自分の記憶力だけの問題なのだろうか、いやそもそもこの状況で記憶力というものは作用するのだろうか。

 考えると頭の痛くなりそうな話である、痛くなる頭が今は存在しない、今度はそういう話になってくるが。


 ――ッ?

 水掛け論にもなりそうな自問自答をしようとしていると奥にかすかな光が見えてきた。奥行きの認識もあいまいではあるが、それまで無かった光が突然現れその大きさが小さければ遠くに感じてしまう。

 現にその光はだんだんと大きくなってくる、こちらが近づこうという意思を持つ持たないに構わず。

 次第に辺り一面を光が覆い尽くし目を背けたくなるが、現状それも許されない。流れに委ねて変化を待つと今度は光の切れ間が迫ってくる。

 強烈な光が通り抜けようとしているのだろうか。

 だがその切れ間の先に見えるのは闇では無かった。

 まだ朧気でありはっきりとした認識は出来ないがどこか風景のようである。それがだんだんと大きくはっきりと見えるように近づいてくる。やがて光の流れが止まり景色をはっきり認識できた。

 そこには数多の人々、そしてこれまでに何度も見たゲート。

 そう、ここは恐らくRrJの会場内、入場ゲートと池のステージの間に当たるような場所だろう。


 場所や周り状況の想定は出来たが、どういう訳かいまだに自分の身体の認識が出来なかった。したがって歩くことも振り返ることも声を出すことも出来ず、あまつさえこれだけ人に囲まれてるのにも関わらず人の声が――音が聞こえない。

 生きている――機能しているのは視覚のみという状況である。

 まるで夢でも見ている感じだった。

 今度は明晰夢でも何でもない正に寝ているときに見る一般的な夢。

 意識が途切れた後にこの状況になっているからあながち間違えでも無さそうだが。ただ、思考が働くというのは特殊なことな気もする。


 「あっ!」

 ――ッ!?

 ふいに声が聞こえた、鮮明に、それも聞き覚えのある声。

 「こっちです、こっちぃ」

 声と共に視界が上下左右に揺れる、まるで飛び跳ねているかのようだ。

 いや、声の内容からして本当に飛び跳ねているのかもしれない。

 声の主、これは間違いなくさよりさんだ。

 ということは、これはさよりさんの記憶なのだろうか。いまオレはさよりさんの視点で周りを見ているということなのだろうか。正直訳が分からなすぎることで、ますます夢を疑いたくなった。

 やがて視界に入ってきたのは右手を上げながら近づいてくる、オレ、その横にはもう一人、少しチャラそうな男。

 これが・・・

 「あなたがゆうじんさんですね」

 はじめまして、とあいさつに次いでもう一人の男にさよりさんが聞く。

 それにしても何とも滑稽な質問だった。

 知り合いの友人に対して「友人さんですね」とは。

 視界の中のオレやその友人の口元は動いているがやはり声は聞こえない、さよりさんの発する声しか聞こえてこないのだろう。

 「あー、それで!確かに知人より友人の方が親近感湧きますね!」

 キャッキャとはしゃぎながら言っているが何の事やらさっぱり分からなかった。言ってることはまさにその通りなのだが、わざわざ言葉に出すほどのことだろうか。

 いまほど読心術ならぬ読唇術を習得できていればと思ったことは無かった。


 さよりさんの言葉を聞いているだけでも確証を持てたのが、これはRrJの2日目であり、思い出せた記憶の端のさらに向こう側ということ。

 つまりホテルまでの帰り道で死んだわけではない、ということになる。

 あまりに出来過ぎた夢――起こりえなかった現実という線も捨てきれないでいたが、3人のとあるやり取りで繋がった。

 その発端がピアスだった。

 

 友人の男が何か言いながらさよりさんを指差す。

 それはまるで俺自身も指差されているような感じがした、指の――爪の先まではっきりと見えた。

 あまりに失礼な態度だと思ったが、すぐに勘違いだと気付かされる。

 「そうなんです、これが唯一の自慢で」

 そう言いながら視線は友人に近付き、下側に指――と思しきものが添えられていた。

 「私の宝物なんです」

 それは彼女とSNSでのフレンドになり少し経った日「届いてめっちゃ嬉しい」という文面と共に投稿していたFC特典のピアスの写真に対してコメントをした時に返してくれたセリフとほぼ一緒だった。

 つまり友人の男が指差したのはピアスであり、さよりさん本人では無かった。

 そしてさよりさん自身が友人に近付いたのではなく、ピアスをより見やすくするために耳たぶを持ちピアスを近づけたのだろう。

 ということはいま自分が見ているのはさよりさんの視点、という訳ではなくさよりさんのピアスから見える風景、ということのなのだろう。

 はいそうですかと鵜呑みにできる話でもなかったが、そもそも他人の視点が共有されているというところから信じられる話でもなかったので慣れてしまったと言えばそうかもしれない。

 人間、死んでからでも色々と学ぶことが出来るらしい、学ぶ必要のないことばかりのような気がするが。

――ただ、これがさよりさんのピアスの中ということなら、あの時拾ったピアスは・・・

 一つの可能性が色濃く見えた気がした。

 が、まずは今の状況を見守り、今後の展開での対処に全力を尽くそうと思った。

 少なくとも今は試練の最中ではない、その一環かもしれないが本番ではない、だから『オレ』と『さよりさん』の動向に注視して記憶に留めておこう、そういうフェーズだ、と自らを鼓舞しそう決意した。


 池のステージの最初の出演者であるaltro suono(アルトロスオーノ)の出番までまだ余裕があるはずだが、すでにクロークに荷物を預け観客スペースの中盤より前目に位置取る。altro suonoの熱狂的なファンに迷惑をかけず、それでいて入れ替わりの休憩で最前列まで一気に行ける位置を取ろうという作戦だったようだ。

 初日と同様に陣頭指揮は主にさよりさんが取っていた。

 会場内にクロークは二箇所あるようで、この日は前日の遊園地側にあるクロークではなく池のステージ横にあるクロークを使ったようだった。

 恐らくオレか友人かの提案だったのだろう、賛同する言葉しか聞こえなかったので理由までは分からないが、おおかた双葉の出番が終わったらその場で着替えや荷物が取り出せるから、とかそんなところだとは思う。

 初日の記憶では昼休憩前まででスポーツドリンク二本では足りてなかったが、どうやらオレはこの日も二本しか持たなかったようだった。双葉の出番が二番手でその後すぐにまたクロークに訪れるならそれでも余るくらいかもしれないが。


 やがてaltro suonoの演奏が始まったようだ。

 altro suonoはヴォーカルの居ないインストゥルメンタルバンドでもう何十年も前から活動している大ベテランバンドである。かつてスポーツイベント、CM等のメインテーマ曲として数多く採用されていたこともあり今も中高年を中心に高い人気を誇っている。

 オレ自身も音源はよく聞いており生で聞けるのを楽しみにしていた。

 いまは何も聞くことが出来ないが、現実では聞いたのだろうから、生き返ることが出来たならその記憶も残っているものと思いたい。

 さよりさんはさほど詳しくはなかったようで時折「わぁ、これ聞いたことある」と発したり「何のテーマソングだったっけ」などオレの方に質問を投げる場面も見られた。

 すべての曲が終わった後のオレの反応を見ていると本当に感動しているのがよく分かる、よく分かるからこそ、いまその記憶が無いのが本当に口惜しい。

 これだけ心動かされていることも何かのきっかけ一つでさっぱりと失われてしまうとは、なんとも脆くて儚い。

 儚いからこそ美しい、というような言葉があった気がするが、今のオレの心には美しさのかけらも無さそうである。逆に今のオレから見える『オレ』の心はこの瞬間美しかったのかもしれない。

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