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第四話 下校する、三人で。

「……ぐうっ……!」

「どうした左座」


 机の端を力いっぱいに握り締め、自分の中の憤りに耐える。

 放課後、雀部は今日も部活が休みなので僕と一緒に帰ろうとしているのだった。けれど、僕が机から離れようとしないので心配になったのかもしれない。


「……ここは僕の席だ、僕の席だぞ! なのに何故、追い出さなければならない!」

「ああー、仕方ねーだろ。でも、夏神の前の席になったお前は幸せだ。あの子に前から配られてきたプリントを手渡しできるしな!」


 休み時間に僕はクラスの連中によって教室を追い出されたのだ。転校生目当ての輩は僕に対してだけ、暴徒のようだった。


「雀部はこの席に座っていないからわからないんだ。これが未来永劫に続く……とは言わなくても、しばらく続くと思うと憂鬱になる」

「……? 何処が悪いんだ?」


 お前は馬鹿か。


「天使のように可愛い子だぞ。天国に一番近いといってもいい」

「今日みたいなのが続くようなら、本当に天国に行ってしまうよ」


 教室には昨日同様に、二人だけだ。終礼からさほど時間は経っていないのだけれど、他のクラスメートは、そそくさと逃げるように帰った転校生を追いかけていったのだった。

 ……あれ?


「そういえば雀部は夏神さんを追わないのか? お前なら真っ先に行きそうだけど」

「ふっ。俺はそこらの一般人とは目の付け所が違うんでね」

「……どういう意味?」


 聞きたいかね、と鼻を高くして、雀部が自信満々に答える。別にどうでもいいんだけどな。


「彼女の机の中を見たまえ」

「偉そうにするな」

「今日の授業で使った教科書やノートなどが入ったままだ。彼女が置き勉をするだろうか、まさかそれはないだろう。完璧優等生な彼女が……ありえない。だとすれば、彼女は一端逃げたのだと考えられる」


 完全に推理小説にでてくるような名探偵を気取っている。ロングコートや帽子、虫眼鏡……そんなのがあったら確実に装備してそうだ。


「逃げた?」


 雰囲気があまりにも完成しすぎているので、僕は思わず乗って、聞き返してしまった。


「そう。もしそのまま自分の家に帰ったらどうだろうか。皆が皆ついて来るわけではないだろうが、一部の人間は興味に後押しされ、彼女の家まで来てしまうだろう。そして家の場所が知られ、他人がいつでもやって来れるような状況になってしまう。学校であれだけの人気なのだ。プライベートでは静かにしたいはず。他人に、少なくともすぐに、転校初日に家の場所を知られてしまうことは避けたいだろう。自分に付いてくる人間を全員撒いてから、帰宅するのが安全だ。早くに教室を出て、誰もいなくなってから教室に戻り、帰宅……つまり彼女はこの学校内もしくは、その周辺にいるはずだ。時間が経てば戻ってくる。そこを私が!」


 呆れて頬杖をついて僕は窓から遠くの景色を眺めた。

 それはお前の勝手な都合のいい考え方だとか、優等生に対する偏見だとか、一般人が簡単に大勢の追跡を振り切れるわけないだろとか、それだったら転校生は結構な自意識過剰だなとか、つっこむ所やタイミングはあったのだけど、もはやあえて何も言わないでおこう。

 ふと、無音であった廊下からコツコツコツ、という足音が。次第に大きくなってくる。どうやら近付いているらしい。

 雀部が視界から消える。

 目にも留まらぬ高速の動きで、雀部が廊下に飛び出していた。そして何かを確認すると同じ速度で戻ってきた。


「私の推理どおりのようだ、左座君」


 まさか、教室に転校生が帰ってきた。

本日の元凶である転校生は今朝見たのと変わらない。転校生の容姿は何かの間違いであって欲しかったものの、悔しいけれど彼女が可愛くないとは言えませぬ。

雀部の変態じみた視線をもろともせず(そういうのに慣れているのだろうか)、無言で彼女の席に座った。

手に持っていた鞄は空で、そこに几帳面に方向性などを考慮しながら荷物を詰め込んでいく。

僕の使っているのは抱鞄だけれど、彼女は前の学校から使っているのかネービーとグレーの色の肩にかけるタイプのものだった。

学校から支給されるこの鞄は相当使い勝手が悪いので、別の鞄を使う生徒がほとんどだ。このクラスで使っているのは僕ぐらいだ。学校鞄が来年から見直されるらしいけど、もっと早くやってもらいたかった。

さっさと荷物を入れた転校生は、席を立って教室を出て行く……はずだった。僕の予想では。


「あなたが左座誠人さんですよね」


 正直驚いた。隣の雀部も同じく。なにせ、転校生が自分から口を開いたことはこれが初めてだったからだ。

 ギクシャクしながら僕は、


「……え、あ、あ、ああ。うん。そそ……そうだけど」


 動揺を隠しながら(のつもりで)答えた。……隠しきれていないけれど、このときはこれが精一杯だった。


「一緒に帰りませんか?」

「うぎゃぁぁああああ!」


 雀部の絶叫が学校中に染み入る。声がうるさくて僕は反射的に両手で耳を覆い隠した。


「ありえん! 左座! お前一体どんな手を使いやがった!」

「雀部さん? よければもご一緒に」

「え、いいの? うっしゃぁああ!」


 彼女にとってすればモブキャラの一人であるはずの僕や雀部の名前を覚えているとは、一体どういうことだろう。僕なんて二年になったいまでもこのクラスの全員の名前を覚えたわけじゃないのに。

 おっと、自分と比べてしまった。転校生と僕ではスペックが違うのだから仕方がないよそれは、うん。

そんなこんなで転校生と三人で下校することとなった。


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