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第三話 昼休み

 さすが帰国子女といったところか。

 英語の授業では当てられた質問にすぐさま答え、本場の完璧なる発音に先生まで唸った。

 クラスの連中は転校生夏神(かがみ)に、それぞれ尊敬とうらやみと欲望(男子限定)の眼差しを向けていたけど、僕は転校生を直視する気になれなかった。彼女の眩しさで目が焼きついてしまいそう。世界が違うんだ、住む世界が。

 ……それに、英語だけならまだしも、古典、数学、世界史……午前中の授業で転校生は当てられた質問に答えられなかったということはなかった。

 古典なんかは英語圏にいたんだからわからないだろうというクラスの雰囲気があったのだが、それをことごとく裏切ってくれた。



 「古典をムコウでも勉強していたのですか?」


 という古典の先生の質問に、


 「源氏物語ならば原文をすべて読み終え、訳をすることも可能です」


 という、は? な返答。源氏物語がどれくらい長いのか知ってるのか。

 ありえぬ。一般的な日本人でも全巻読んだ奴はそうそういない。

 ……。

 帰国子女だからって頭の良さをひけらかしていいわけがない! 空気読んでくれ! 能ある鷹は爪を隠してくれ! 一気に精神的ダメージを受けた輩は僕だけではないはずだ!

 とか、自分の能力のなさを置いておき、一方的に思いながら僕は頭を抱えていた。

 僕がいる場所は校舎の屋上だ。

 人の落下防止のために高いフェンスがあり、ベンチが二つ、小さな花壇もある。

 僕のほかには誰もおらず、ベンチの一つに僕は座っていた。

 僕がここにいる理由は……察してほしい。転校生の周りに人の壁ができて教室の僕の席が占拠されてしまったからだなんて、人に訊かれても説明したくない。

 購買で買ってきた焼き蕎麦パン、たこ焼きパン、メロンパン、特製シュークリーム、コーヒー牛乳を横一文字隊形に並べ、僕は腕を組んだ。


 焼き蕎麦パン……この学校の購買では最もオーソドックスなパンだ。味は保障されている。

 たこ焼きパン……購買の人気ナンバースリーに入るこのパンは急がなければすぐに売り切れる。ボリュームたっぷりで、味もよろしい。

 メロンパン……これはもう普通すぎる。いい意味で。

 シュークリーム……特製であるからか巨大だ。メロンパンよりも大きい。食べ方を間違えると大事故が起きる。

 コーヒー牛乳……紙パックのスーパーでも売っている二百五十ミリリットルサイズ。


 さてさて、どの順番で食べていこうか。

 メインディッシュはたこ焼きパンでいいだろう。そしてデザート気分でシュークリームを食べよう。

 とすると……焼き蕎麦パンから食べるかメロンパンから食べるかということだけど、やはり、焼き蕎麦パンからかな?

 焼き蕎麦パンを手に取り、周りを包むラップを一部破いて食べやすく持ちやすい形態へ移行。ぱくりと一口。うん、いつも通りおいしいです。

 たこ焼きの方もうまいです。

 メロンパンは普通です。いい意味で。

 喉が渇いた。コーヒー牛乳を。

 シュークリーム、うまい。甘いなー。

 ……話し相手がいないのでパン四個とコーヒー牛乳など十分と経たぬうちに食べ終わってしまった。

 今教室に戻ったとしても、どうせ席は取り戻せまい。あと二十分程度待って昼休みが終わらないと無理だろう。


「はぁ……暇だ」


 一眠りするか、とベンチに仰向けに横たわる。

 

       ●


 天明園学院高校を見下ろせるほどあるビルの屋上から、双眼鏡で学校内を覗いている人物がいた。

 左手に持つあんぱんに齧り付き、少し咽て、その反動で手からあんぱんがこぼれて地面に落下していった。


「げほっ。ああー……勿体無い。ごほっ」


 人物の体躯は小さく、百四十センチをぎりぎり超えるか超えないかといったところである。見た目が子供のようで、着ているスーツがあまりにも不似合いだ。

 髪はブロンドのセミロングで、高い場所にいるからか風に靡いていた。


「……屋上に目標(ターゲット)発見。だらしない、食べたゴミぐらい片付けなさいよ」


 平らで大き目の手すりに置いてある缶コーヒーを片手で開け、彼女は一口飲んだ。


「げえっ、ブラックを買ってしまったか! 苦いの嫌いなのに……」


 そっと、口を付けたコーヒーを元の場所に戻した。

 ため息をつき、双眼鏡を手すりに置いて腕時計を確認する。時計の示していた時間にいささか顔をしかめ、スーツの襟に装着されているマイクで連絡を取る。左耳にはイヤホンをしていてコードはスーツの中から出ていた。


「目標とまだ接触できないの? 彼は屋上にいるわ。他には誰もいないし、チャンスじゃないの」


 ……返事が来ない。

 数十秒待っても連絡が入らない。予期はしていたが、まさかその通りになるとは運が悪い。

 彼女はもう一度ため息をついた。


(あの子は潜入任務には向いていないって何度も言ったのに、組織はなに考えてるんでしょう。しかし、よりにもよって……)


 彼女は双眼鏡を手に取り、再び屋上にいる目標――左座誠人を見つめる。


(目標があの時の少年とはね…………もしかしてこれも“賢者の遺志(いし)”なのかしら?)

 


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