プロローグ3 巻き込まれて
……空を飛んだのは初めての経験だった。ジェットコースターの、フワッと浮く感触とほとんど同じだ。
さて、問題は自由落下中の僕がどうやって安全に着地するか……それに尽きる。
五点着地なんて高度な受身技を備えてはないし、かといって足からそのまま着地したら骨の一本や二本持っていかれそう……。
なんて考えている間に地面は迫る。ああ、もう間に合わない。
「ぐうわっ!」
足から突っ込んでは駄目だという考えが浮かんできて、僕はぎりぎりで体勢を変えて背中から着地した。
それが偶然にも柔道の前回り受身みたいになって僕はコンクリートと砂の地面を何回か転がった。
背中を強打して肺の中の空気が押し出される。そして漸く僕の体は静止した。
「ゲホッゲハッ! ううぐ……」
後頭部もしたたかに打ちつけてしまった。
体中痣だらけに違いない……明日は辛いだろうな、明日があれば。
僕は体をどうにか起こすと立ち上がって、骨が折れてるとか重症な箇所がないことを確認する。
ない。大丈夫だ。奇跡なんじゃね?
振り返ると先ほどまで僕のいた場所は謎の土煙に覆われている。
やっぱり爆弾か何かの類を使っているのか奴等は、ありえない、逃げるべき。どこから。何処からも逃げられない。んな馬鹿な。神様は絶対一つぐらいは助かる道を用意してくれているはず。
落ち着こう……状況整理をしよう。
まずこの遊園地から逃げ出すことが出来るのはあの穴だけだったこと。その穴が塞がれてしまったこと。
男と少女が(恐らく)殺し合いをしていたこと。僕はその場に居合わせただけだということ。
そしてどちらかというと男より少女が味方になってくれそうなこと。
僕に残された選択肢は……一つじゃないか。
少女に味方して男を倒すこと。勿論、その後少女が僕を殺すこともあり得る。でもそれしかないと思う。
僕はもう運が悪い状態なのだから不幸中の幸いぐらいあってもいいはずだ。お守りを家に忘れたからって今日はどれだけツイていないんだ。
でも僕も男だ、腹を括ろう。お父さんお母さん妹よ、誠人は何があっても無事に帰還して見せます。帰れたら勉強もちゃんとします。
突如、土煙に切れ込みのような線が走って、パッと煙は弾け飛んだ。
そこに立っていたのは……男ただ一人。
えええ! あの子やられちゃった!?
おいおいおいおい、まさかの生き残る選択肢ゼロ? 神様は酷い野郎だ……。
「小僧! 貴様は誰だぁあああ!」
「ひっ」
心底お怒りになっていらっしゃる。これでは万に一つも生き残る術はない。土下座程度じゃ許してくれはしないだろう。
「貴様も組織の者か!」
「……そ、組織ってなんですか?」
僕の声が震えている。涙目なのでもう一回怒鳴られたら泣きそうだ。
「そいつは違う……」
高い透き通る綺麗な声。ふっと僕の前に影が降り立った。大きな月がシルエットのように少女の体を浮かび上がらせる。
両手には鉄パイプが一本ずつ握られていて、逆光のためか顔は見えない。
救世主登場! 死んでなかったんだ!
「違う? ただの一般人だとでも言うのか? こんな場所にそんな人間が居るとでも?」
お言葉ながら僕がそうです。
「こんなヘタレ……組織にはいない……」
救世主様は結構他人の気持ちを考えないんですね。ヘタレと直接言われたのは初めてだよ。
「確かにそうだ。アハハハハハハ」
男は腹を抱えて笑っている……こちらの気持ちも少しは考えて。
「ハハハ……ならば、殺しても構わないということだな?」
口調が重く鋭く変わった。……本気だ、本気で僕も殺す気だ。やめてください。
「……逃げ回っていろ」
少女が僕にそれだけを告げると、すぐさま男に向かって突進した。
僕は痛くて堪らない体に鞭打って少女が走り出した方向とは直角に逃げ出した。ただし目線だけは少女を追っている。
「近距離戦闘しかできない貴様には私を倒すことなどできるはずがなかろう!」
男は余裕なまま、一歩も動かない。
「あとは貴様の戦闘継続時間が切れるのを待って嬲り殺しにしてやるさ。その小僧と一緒にな!」
少女が左手に持っていた鉄パイプを男へ思いっきり投げつけた。投げられた鉄パイプは回転せずに恐ろしいスピードで男に接近する。
「ふん!」
男が腕を横に払った。迫った鉄パイプが男に当たるかと思えたが、金属と金属がぶつかった音がして鉄パイプがあらぬ方向に飛んでいった。
手で弾いた? いや、手は触れてさえいなかった。まるでそこに見えない壁があったかのような……。
少女はさらに右手に持っていたもう一本の鉄パイプを放つ。
距離は一投目より短い。僕は避けられないとふんだ。
だが男は右手を鉄パイプに向かって翳すと、今度は鉄パイプが粉々に吹っ飛んだ。
続けて男は右手を少女の方へ。少女は瞬時に地面を蹴って跳躍する。
少女のいた地面は見えない鉄球でも叩き付けられたかのように爆ぜた。あとコンマ〇〇一秒でも遅れていれば彼女のスプラッターな場面になるところだった。
少女は空中で一回転してメリーゴーラウンドの屋根に着地する。身体能力が超人級だ。
しかし……これは何だ? 漫画に出てくる超能力者の戦いでも見ているかのよう…………あ。
そうか。これは、超能力者の戦いなのか。
なーんだ、そうかー……って何ぃ! もっとヤバいぞこれは! 普通人の僕がいてはならないところじゃないか!
それに組織がどうのこうの……それに超能力者なんてのが一般的に知られていない点から鑑みるに……。
僕は走って観覧車の陰に隠れた。まずは息を落ち着ける。
やばいやばい。
“超能力者の秘密を知ってしまったからには口止めが必要だ” みたいな感じで助かっても殺されるのでは!?
久々の修羅場。
テストで大問一、二、三とわからない問題が続いたような、携帯を学校に持ってきたのがばれて生徒指導室に連れ込まれるような、いやそれ以上の危機的状況。命の危機。
そうだ、今のうちに逃げられる場所が本当にないかを確かめよう。もしかすると別に外へ出られる所があるかも。
なんてね。あのお守りがあればなぁ。
ガッ! ギギギギギッギギギギイ!
「はっ?」
僕は音のした観覧車を見上げた。……観覧車が中心部から斜めにずれている。
Oh、ツイてねえ。
観覧車の上部は重力の力に負けて、僕に落下してきた。
次の話から少しの間、視点が変わります。
↑のつもりでしたが……やめときます。