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第二十三話 過去2

「賢者達の力は異常だった……一人で世界が滅ぼせた、と聞くわ。そこで、一つ問題が出てきたのよ」

「問題?」


 それほどの力を持った人間たちが六人もいて、解決できない問題などあったのだろうか。


「そう。賢者達はまず自分たちの行使する力は一体どこから来ているのかを研究したわ。でも、判明したのは別の何かから力を借りているわけではないということだけ。となれば、その強大な力は己の中に内包しているとしか仮定できなかった」


 ペネロペさんは左手で膝を抱えて体勢を変えた。夏神はペネロペさんを直視したまま動きもしない。


「では、死んでしまったらどうなるか。体の中のエネルギーは一体どこへ行くのか。賢者達はその結論に至ったわ」

「……それは?」


 夏神も興味ありげで、しかし表情や姿勢は崩すことはない。


「生命活動が停止した賢者の体から、そのエネルギーが放出されてしまうという結論だったわ。何度、導き出しても変わらなかった。一人だけで世界を破滅させるエネルギーが六人分。これは地球上に存在する全核兵器よりも脅威だったの」


 人一人が核兵器以上の脅威。僕はその現実味のない一言が理解できなかった。


「勿論、それを知って賢者達は対策を練ったわ。まず不老不死の研究。これはどうしても成功しなかった」

「どうしてですか? 賢者達ならできそうですけど」

「さあ。それは謎。できなかったということしかわからないわ。でも寿命を何万年も延ばすことは可能だったらしいわ」


 不老不死が不可能だということに違和感を感じたけれど僕程度の人間じゃ知れないことがあったのだと無理矢理納得させてみた。次第に話がややこしくなってくるようだったので、そうでもしないと置いて行かれそうだ。


「エネルギーを宇宙の彼方に飛ばすという方法や離れた恒星にエネルギーをぶつけて相対消滅させる方法も考えたらしいけど、彼らのエネルギー量が演算不能だったからこれも失敗したわ。そして最後に一つだけ案が残った。それは、一旦エネルギーを別の場所に移して安定させて、そのエネルギーから先に消費していくという方法」

「それは不可能では?」


 夏神が疑問を口にした。


「エネルギーの絶対量が判明していないのにもかかわらず、それを移すなど……」

「そうね。だから、全部一気にではなく一部ずつ移し変えることにしたわ。これは九十九パーセント成功すると数字が出た。ではこれをどうやって消費するかということになるわ。でも消費する方法が発見できなかったの。そこで彼らは苦肉の策を取るわ」

「……」


 僕と夏神は続きが気になってペネロペさんを見つめる。


「人間たちにそのエネルギーを分配することにしたのよ」


 力を分け与える。賢者達でさえどうするか考えあぐねているような力を? そんなものくれたところでどうすればいいんだ。


「……大丈夫なんですか、そんな意味不明なエネルギー」

「大丈夫じゃないわよ。一定量を超えるとエネルギーに耐えられずに人間は死ぬわ」


 ペネロペさんは当り前のように即答した。


「だから、ここでクローンが必要になったのよ。賢者達のクローンは彼らほどではないにせよ、通常の人間よりかは遥かにエネルギーを蓄えられる。彼らはクローンを大量生産したわ」


 なるほど、と頷こうとしたところで僕はふと変に思った。


「エネルギーって量がわからないんですよね。ずっと貯められるんですか? 限界が来たら……」

「その限界を回避するために人間は進化したわ。それが……能力を使用することでエネルギーを消費することができる、いわゆる能力者よ」

「まじですか」

「まじです」


 それが理由だったら、人類全員能力者になるかもしれないってこと? 雀部や明日喜さんや……僕も!?


「それではもしや、エネルギーの一部を一時的に移動させておく場所というのは……あれですか」


 夏神は夜空を指差した。その指の延長線上には、例の異様な、巨大な月。賢者達の作り出したと言われる、あの月だ。


「その通り」


 ペネロペさんは月を見上げ、話に一段落がついたと言うように小さく息を吐いた。


「それで」


 夏神が手を下ろして言う。


「それだけではないですよね。誠人君や私に話すことは」

「……誠人君?」


 ペネロペさんが僕を見て若干にやけた顔をしたようだったけど、すぐに顔を戻してしまったのではっきりとはわからなかった。


「……ええ。そうよ。ここまでは前置き。知っていなければこれから話すことは到底理解できないもの」


 ペネロペさんは真剣な面持ちを取り戻した。


「賢者のクローンが大量に作られた、というのは言ったわね」

「はい」

「そのクローン達は賢者達の後を継ぐことなく一般社会に溶け込み、そして子孫を残した。その子孫達は通称“賢者の遺志”と呼ばれているわ」


 賢者の(いし)ではなくて、賢者の遺志(いし)。ややこしいけど、どこかで聞いた気がする。と、突然夏神が立ち上がった。


「その言葉……舞草が使っていました」


 ペネロペさんを見下ろしてすごんでいる。

 ああ、と僕も思い出す。舞草が夏神に向けて言っていた。『貴様を殺れば“賢者の遺志”は私を含め残り二人となる』と。でもこの意味は……。


「舞草の目的は恐らく、“自分以外の賢者の遺志を殺すこと”だもの」

「では、私も、賢者の遺志なのですか……?」

「……そうよ」


 夏神が顔色を変えた。賢者の遺志だと言うなら、夏神には曲がりなりにも賢者の血が流れているということだ。


「でもこの言い方じゃ少し語弊があるわね。正確に言えば舞草の目的は“自分以外の賢者エリーゼの遺志を殺すこと”ね」

「どういうことです……?」


 夏神は誰が見ても怒りだすのを抑えているようにしか見えなかった。今にもペネロペさんに殴りかかってもおかしくない。何故怒りそうなのか僕には不明だった。


「クローンは賢者のエネルギーを多く許容できるけど、条件があったわ。それはクローンの元となった賢者のエネルギーしか蓄えられないことね」

「……それと何の関係が」

「舞草はどうやったか知らないけどこの機密を知った。それと同時に、過去に行われたある実験データも入手したわ」


 ペネロペさんは夏神のただならぬ様子を知りながらあえて無視している。


「賢者の遺志が死ぬと、持っていたエネルギーを同じ血を持つ他の賢者の遺志に分配するというデータよ」

「では……まさか」

「賢者の遺志が少なくなればなるほど、一人に分けられるエネルギーは増える。もし残り一人になれば、力は一人に収束する。これを利用しようとしたのね。無駄に男って力を欲しがる生き物だし、最強の能力者にでもなりたかったんじゃないかしら。例の連続無差別殺人事件はこれのせいなのよ」


 夏神は手を握り締め、拳を震わせた。


「私が聞きたいのはそんなことじゃない」


 声まで、震えてる。


「どうしたんだ、夏神」

「黙っていろ」


 夏神の瞳は初めて出会ったあの時、舞草に襲われ、僕を助けようとした時、その時の青白い瞳だった。


「夏神ちゃんが聞きたいことはわかるわ」


 ペネロペさんはおもむろに立ち上がり、夏神に向き直った。


「だから答えましょう。夏神ちゃんの考えたとおり、舞草とあなたは血縁関係です」


 ペネロペさんが吹っ飛んだ。


 僕は飛んできたペネロペさんを両手で受け止め、反動に押されて地面に後頭部を打ちつけた。


「……ありがとう。左座君」


 ペネロペさんの口からは一筋の赤い線、血が流れていた。夏神が殴り飛ばしたのだ。


「何をするんだ、夏神!」

「五月蝿い! そいつは私に家族はいないと言った! 孤児だと! 嘘を言ったんだ!」


 夏神が声を荒げていた。こんな夏神を一度たりとも見たことがあるだろうか。


「だからって……」

「そして、そいつは! 舞草を、血の繋がった家族を、殺せと命じたんだぞ! 私に伝えること無しに!」


 夏神は僕が知る限り、こんな感情的になる奴ではない。つまり、それほどのことなのだ。僕だって家族を殺せと言われればそんなことはできない。まして今まで家族のいない生活を送ってきた夏神にとっては自制のできなくなるほど、身を切られるほどやるせないことなのだろう。


「……ごめんなさい。黙っていて」

「くっ……」


 夏神は僕らを背にして肩を小刻みに震わせた。泣いている。僕より何百倍も強い夏神が。

 ペネロペさんはスーツの袖で口の血を拭い、僕に預けていた体勢を戻した。


「これで、夏神ちゃんの分は終わったわ。次はあなたの番よ、左座君」

「えっ?」


 つい疑問の声を出したけれど、元々は僕の過去について聞きに来たのだから当たり前だ。僕はどんなことを言われても堪えられるよう、身構えた。唾を飲み込んだ。


「単刀直入に言うと、あなたも賢者の遺志よ」


 僕は大きく咳をしてしまった。


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