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第二十一話 はったり


あたりの暗さとは真逆に、橋の上が明るく鮮紅に染まっている……のが辛うじて見える。ちらちらと揺らめいているのは炎だろうか。なら事故でも起こったのか……?

あれ……僕は何処からこれを見ている? 

橋は僕の頭上、少し前面にある。橋が造られているのは大抵、下に川など道を寸断する水路があるからだ。ということは……僕は……


ゴボッ


視界が途端に霞んだ。光は先ほどより淡くなり、僕の周りは青い空間で包まれている。……これは、水の中か!

その事実に気付いた瞬間に、僕は水面へ向けて全力でもがいた。

息が苦しい。水が入ってきて鼻がつんとする。状況が呑み込めずに水中で一度空気を吐き出してしまった。もう自分の中に残っている酸素は少ない。

手で水を押す。足で水を蹴る。とにかく無我夢中で水面へ手を伸ばした。


「プハッ!」

僕は何とか意識が途切れる前に再び空気を吸うことが出来た。でも安心したのもつかの間、体は元いた場所へ沈んでいこうとする。それに抗って必死で浮いていようとする僕。

今し方見えていた橋の影が遠くに移動している。いや違う、僕が流されているんだ。

僕は残り少ない体力を使って、自分が大切に思う人たちを呼んだ。


「お父さん、お母さん! ぐっ……」


口に水が入ってきて咽る。浮くバランスを崩したので危うく溺れそうになった。


「ぁっ……! ……おじいちゃん! ……おばっ、うわっ!」

爆音。発生源は燃え上がっていた橋だ。爆風は凄まじく、それが水面を掬い上げて小さな津波を起こした。

小さいとは言っても僕が水面以下に追いやられるのには十分すぎた。顔面に直撃を受け、体は下へ引きずり込まれる。

もう一度浮上する力は、ない。そこで僕は生存することを放棄して、没してゆくことに逆らおうとはしなかった。差し込む光が、次第に消滅していく。


……僕は終わりだ。意識が遠のいていく。


…………。


…………。


……?


――世界が、ぐらりと、回転する。



「この子は……イグナティの……、まさか!?」


 ああ、息ができる。


 そう思った瞬間に口から大量の水を吐き出した。どうやら誰かに助けられて地上で横になっているようだった。


「大丈夫!? 生きてる! この子を死なせないで。いいわね!」


 聞いたことのある声だ。この独特の高い音は……誰だったか。

 僕は声の主の姿を目視する。歪んでいたはずの視界は、彼女を捉えると瞬時に視力を取り戻した。

 金髪の髪に黒いスーツ。身長は低く、でも僕より高く、子供みたいだ。僕と同じ。

 いや、何か違う。

 あの人は大人なのだ。でも、どうして知っているのだろう。

 それは、僕はあの人と会って、話をしたことがあるから。

 上体を起こし、名前を呼ぶ。


「ペネロペさん!」


 しかし、ペネロペさんは振り返りもせず炎を乗せた橋へと駆けていく。聞こえていないのかともう一度叫ぶ。でも止まってくれない。

 どうしようもないので、ペネロペさんを追おうとするけど足が動かずに頭からこけてしまう。

 その時、受身で地面に突いた自分の手を見て気づいた。

 小さい。幼児並だった。もしかしてと体を見ると、体も同様。僕は縮んでいた。違う、幼くなっていた。


「これは……?」


 僕はどうなってしまったんだ!? 僕の体は、こんなに小さくなんて、ない!


「くそっ、元に戻れ!」


 そう叫んだ途端に僕の体はいつもの、高校生の体型に復元された。これで走れる!

 ペネロペさんが走っている方向に、僕も向かった。



「……あっ」


 僕は飛び上がった。そしてベッドから転げ落ちる。


「うぐあ。……痛いなぁ」


 …………夢、か?


 僕は、どうしてだか自分でも分からないけど、懐かしい気持ちがして胸から下げていた賢者の石を握り締めた。



       ●



「私はなんということをしようとしたのだ」


 海藤こと本名、舞草兵駕は頭を抱えて木製の箱に座っていた。


「だが……すでに引き返しのつかないことを……」


 彼がいるのは左座たちの住んでいる町の郊外にある、一つの廃ビルだった。賢者たちが作り出して、その後放置され、もはや遺跡と言っても間違いではない場所だった。そうはいっても数百年間整備なしで崩れもしないこのビルは、壁に腐食もなければ骨組みの金属に錆びさえもない。

 それゆえに気味悪がられて再利用が躊躇われているのだ。賢者たちの残したオーバーテクノロジーの一つだった。


「まさか、口だけではない、心の通った約束……それさえも忘れていたとは」


 舞草は後悔していない。しないと十年前に決めている。決めていたのだ、先ほどまでは。


「……始めからわかっていたじゃないか。犠牲は付き物だと、それでも…………」


 誰かに語りかけるように、許しでも請うかのように、ただ一人ぽつりと呟き続けていた。


「……全く、人とは変わってしまうものだな」


 座っていた箱から立ち上がる。


「犠牲は必要だった。我侭であることも分かっていた。それだからこそ、無用な犠牲は払わないはずではなかったのか?」


 舞草は、“左座”とかいう少年のことを思い出していた。能力で殺そうとした、あの少年だ。だが出来なかった。

 理由は知れない。だが、よくよく考えてみれば、それも頷ける。


 “誠人”だったのだ、彼は。


 舞草はそれで正気を取り戻した。しかしながら、引き返せないことだけははっきりとしている。

 それに、実は彼はもう目的を達していた。


「後やるべきことは一つ」


 舞草は座っていた箱を蹴り飛ばす。箱は舞草の足が当った瞬間に、跡形もなく消え去ってしまった。


「けじめだ」



       ●



 そう、夢。たわいない、非現実。

 でも本当にそうかな。前は夢だと思っていたことが、過去の記憶でしたってことがあったし。

 僕は明かりはつけず、カーテンを開けて月の光を入れることで代用していた。

 あまりにリアルだった。息が出来ずに苦しいところとか、怖さとか、あの遊園地での体験とよく似てる。

 ベッドの上に胡坐を掻き、左手で賢者の石を握っている。

 けれど、もし、もしだけど……あの夢が僕の体験なら、僕は前にペネロペさんにあったことがあることになる。

 それだと、ペネロペさんは僕を忘れているのか、それともあえて知らないふりをしているのかのどちらかになる。


「……ああ、どうなのかな」


 どうせ教えてくれることなんてないだろうし、もしそうだったとしてもしらばくれるのは目に見えてる。


 僕は、どうする。


 ふと、前に決意したのを思い出した。『自分から知りに行こう』だ。

 唾を飲み込んで、目覚まし時計の時間を確認する。午後十一時を五分ほど過ぎたところだ。

 出来るだけ音を立てないように部屋を出ると、廊下は暗く、下からも光は差してこない。家族は皆寝てしまったようだ。好都合。

 僕は夏神の部屋の前まで行き、小さく二回ノックする。すると勝手にドアノブが回り、夏神が僕を中に招きいれた。


「どうした?」

「なあ、僕と夏神は前に会ったことはあるか?」

「……何を訊いている」


 パジャマ姿の夏神はベッドに座り、僕は椅子に座った。


「そのままの意味だよ。あの遊園地で会う前に会った事があるかってこと」

「ない」

「そう……」


 ぴしゃりと夏神は言った。


「それじゃあ、ペネロペさんに連絡を取ることは出来る?」

「できるが……どうかしたのか?」

「できるの?」


 僕は自分の意思がぶれない様に、必要なことだけを、端的に訊いた。


「……ああ。少し待っていろ」


 夏神は僕の決意を感じ取ってくれたのか、電話を取り出してコールした。僕は思っていることが顔に表れるっていってたけど、今はどんな顔をしているのかな。あの回りくどい夏神をさっと行動させることができる表情、って何だろう。

 今現在は結構、僕は僕に自信を持っていた。


「……ええ。彼が話たいと。はい。かわります」


 夏神の携帯を受け取り、耳に当てる。


「もしもし」

『それで、何の用かしら』


 ペネロペさんは眠たげな、欠伸混じりの声で言う。

 直接的に訊けば絶対に彼女は答えてくれない。分かってる。


「全部思い出しました」

『……!』


 電話の奥でペネロペさんが息を飲んだのが聞こえた。

 もちろん、全部思い出したと言うのは嘘だ。

 はったり。心を読まれるかとも思ったけれど、読心能力はペネロペさん自身のものじゃないと言っていたので通じるかもしれない。

 僕は一呼吸おいた。


「ペネロペさん、前に会ったことがありますよね。どうして黙っていたんですか?」

『……何を言ってるのかしら』

「今回ははぐらかそうとしても無駄です! 教えてください。あなたは、誰なんですか」


 ペネロペさんの重いため息が聞こえ、


『……本当に知るの?』


 と声音の全く違う真剣な口調で、僕に訊いた。


「ええ、僕にはその権利があるはずです」

『わかった。今すぐ、夏神と外に来なさい。そうね、左座君の家の近くにコンビニがあったわね。まずはそこに来て頂戴』

「わかりました」

『……あと、夏神ちゃんにかわって』

「はい」


 夏神に携帯を返し、しばらく携帯を耳に当てたまま夏神はジッとしていたけど、「了解」と一言だけ発して通話を終了した。


「行くぞ」


 僕は夏神に頷いた。


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