第二十話 無事、帰還
後半の視点は夏神です。
「なんだか長い道のりだった気がする」
僕は家の前に帰還していた。舞草の襲撃のせいで肉体的にも精神的にもへとへとだ。早くソファーにでも座って休みたい。
「あれ」
玄関のドアノブを回そうと掴んだけれども、鍵が掛かっていた。
「母さんはいないのか……ってまさか!」
母さんのいない理由、それを思い当たって僕は玄関の傍にある傘立ての下を確認する。……玄関の鍵が置いてあった。
それを手にとって僕は少しだけ安心した。家族の決まりで、誰も家にいなくなる時には鍵をここに置いておくのだ。それがなされているということは、母さんは自分の意思で出かけたということだ。
舞草に連れ去られたのかと思ったけど取り越し苦労だった。でもやっぱり気になる。自分で出かけたとしてもその後に襲われることだってある……。
「どうした?」
「あ、いや、なんでもない」
夏神は僕が鍵を持ったまま立っているだけなのを見て、気になったのだろう。
「言っておくが、お前の家族にも護衛が付いているからな?」
びっくりした。夏神も心が読めたのかと思った。前も思っていることを先読みしたような言葉を言ったし、もしかして……。
「読心能力があるのか……?」
「何を言っている。能力者に能力は一つが原則。私には心を読む力なんてない」
「でも今、僕は家族の心配をしていたんだけど」
僕はドアの鍵を開けた。
「お前の顔を見ればよく分かる。はっきりと表情が変わるからな」
「なるほど……ってそんなに?」
「ああ」
本当かよ。僕って心が顔に出る人間だったのか。
僕は新事実に首を傾げながらドアを開け、入ってすぐにあるスイッチで真っ暗な廊下の明かりを点けた。
靴を脱いで自分の部屋に向かう。今日はもう疲れたので寝たい。
「休むのか」
夏神が訊く。
「勿論。夏神はいいのか……ああ、いらない質問だったな」
「私が見張っておくから大丈夫だ」
「……いつも有難うございます」
僕は自分の部屋に入るなりベッドに倒れこんだ。疲労がピーク……もう寝てしまおうか。
仰向けになり、瞼を閉じる。ああ、吸い込まれてく……。
●
ふむ。戦闘中に左座誠人の体が異様に重かったのは賢者の石のせいだったか。
私の身体能力強化が打ち消されていたようだ。賢者の石に直接触れていないために能力を弱められただけだろうが、それでもあれは十分に有用だな。
私はリビングのソファに腕と足を組んで座り、少し考え事をしていた。
しかし……噂に聞いていたとはいえ、実際に見ることができるとは。あれがあるだけで護衛の労力が違ってくる。この次戦うことになれば、反撃の手も考えておかなければなるまい。
ん……?
私は自分の着ている服のにおいを嗅ぐ。
……汗臭い。シャワーでも浴びようか。
現在、左座家の人間は左座誠人だけだ。家族一人につき二人護衛がついているとして、今は四人ほどがここを見張っているはず。四人いれば奇襲を受けることはない。
私は立ち上がって、風呂場へ向かった。
まずは風呂の中に入って洗われている事を確認する。この家では几帳面な主婦がいるため、掃除は隅々まで行き届いている。
脱衣所に戻って服を脱ぐ。脱いだ服は洗濯機の中に入れておく。正直、この洗濯機というものがよく理解できない。手で洗えばいいのではないか? ただグルグル回すだけのこの機械が人の手の動きに勝るとは如何しても思えない。
たまに機械音痴だと言われることがあるが、それのせいだろうか。
風呂場に入り、シャワーの栓を開いた。
う、冷たい。
肌に当る水は温かくなく、冷水だった。冷水など訓練で幾度となく浴びてきているが突然であればやはり驚く。
お湯が出るまで暫く浴び続けてみたのだが一向にそうならない。そういえば給湯器を起動していなかった。
私は一旦風呂場の戸を開き脱衣所に出る。
その途端、脱衣所と廊下を隔てる扉も連動して開かれた。
「……!?」
「あ、夏神さん」
即座に取っ手にかけられていたバスタオルを自分の方へ引き込み、そして入ってきた人物を見て、安堵のため息をついた。
「妹さん……」
「シャワーでも浴びていたんですか?」
「い、いや」
「給湯器のスイッチ入れ忘れたとか」
「ええ……」
目線を彼女から逸らした。
「じゃあ、私が点けますからごゆっくり」
「ありがとうございます」
「いやあ、それにしても綺麗な体ですね」
彼女はそう一方的に呟いて、この場を去ってしまった。
……。
綺麗?
か、顔が熱い。
ど、動揺しているのか! 私が!
私はバスタオルを落としてしまったのにも気づかず、数秒間固まっていた。
給湯器の必要はなかった。
結局私はその後、冷水で体を冷やすことにしたからだ。