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第十九話 賢者の石

「あべしっ」

「痛っ」

「うわっ」


 僕は出し抜けに起こった出来事に、無意識に身をかがめてテーブルの中へ逃げ込もうとしてガラスに頭をぶつけた。

 店内は静まり返って、他人の息を飲む音さえ聞こえるほどだった。

 まさか最悪の事態になっていたら、僕は百二十パーセントトラウマを抱えるだろうな……。かといって見ないのも、もどかしい。

 ゆっくりと頭を上げ、差し向かいにいるはずのペネロペさんへ視線を向ける。


 ペネロペさんは無事だった。


 でも……本当に無事かな? ペネロペさんは夏神の掌底をまともに食らって仰け反っていた。もちろん命中する直前に頭から逸らせるためなんだろうけど。

 壁には、ペネロペさんに当らなかった代わりにバスケットボール大の黒く焦げた穴が開いていた。本当に最悪の事態でなくてよかった。

 まあ、さすがにこれ以上は無理だろう。ここにいるのは。

 店の奥から初老の店長らしき男がこめかみに青筋を浮かべながら、どすどすとやって来た。



 

「私は、子供じゃないっての……」

「何時俺が皆の保護者になったってんだ?」


 ペネロペさんと雀部がうな垂れている。

 店から追い出されて近くの公園に行くことにしたのだけど、着くやいなや二人はブランコを占領してブルーモードに移行。

 雀部ほどの身長の男がブランコに座っているのは非常に不似合いだ。逆にペネロペさんは奇妙なほど様になっている。

 僕と夏神と明日喜さんはどうしようもなく、ただ二人の精神的回復をベンチに座って待っていた。

 回復したのは日が暮れて暗くなった後で、無駄に時間を過ごしてしまった。


「やっぱりコレは賢者の石だわ」

「そうなんですか?」

「だって持った途端に気だるくなったもの。能力者が持つとそうなるの。となると、さっきのアレは誰かに石を取られないようにするための防衛機能だったのね」


 ペネロペさんはお守りの中に入っていたいぶし銀の十字架のペンダントを弄くりながら言った。神社のお守りの中に十字架を入れるとは、さすが日本。宗教の隔たりなんて関係ないようで。


「……それにしてもここまで作りこんである賢者の石は初めて見たわ。石っころの形のやつしか知らなかったから」

「珍しいんですか?」

「それは、もう。賢者の石はとある場所で無尽蔵に取れるのは取れるんだけどね。人体に有害で、その毒素を取り払うのが難しいの。しかも毒素を取った後の石を加工するのは、国家機密レベルの技術と国防予算数年分の費用が必要なのよ」

「へえ……」


 僕はなんというものを持っていたのだろうと少し身震いした。


「で、どこで手に入れたわけ? 拾ったってわけじゃないでしょう」

「さあ……覚えていないんです」


 ペネロペさんは目を細めて僕を見てから、空を見上げた。


「……だろうね」


 ぼそり、とペネロペさんが呟いた。


「え?」

「ん? 何でもないわよ」


 冷たい目で見放しながら言った。

 どうしたのだろう、様子がおかしい。まさか何か知っているのだろうか。


「何か、僕に隠してません?」

「別に何も。私思わせぶりに発言するのが癖だから、気になったのならごめんね」


 追及を逃れるための言い訳。わかりやすい。


「そうですか……」


 でも僕にはわかっていてもそれ以上踏み込む勇気がない。こういうとき、本当に、自分が嫌になる。


「はいこれ、返しておくわ」


 ペネロペさんが差し出した賢者の石を僕を受け取った。ネックレスなのかチェーンが付いているので僕はそれを首から掛けた。


「さて、と」


 ペネロペさんはブランコから立ち上がって、背伸びをした。


「雀部君と明日喜さんは私がエアーバイクで送ります。夏神ちゃんと左座君は二人で家に帰ってね。護衛部隊が見張ってるから大丈夫」

「エアーバイクって何ですか?」


 ブランコから降りた雀部が首をひねりながら訊いた。


「今呼ぶから待ってて」


 ペネロペさんはごつい腕時計についているいくつかのボタンのうち、赤いボタンを押した。するとしばらくした後、上空から何かが落下してきた。

 それが地面に近づくとヘリコプターでもやって来たのかというほどの風が起こり、僕はその風が巻き上げた砂埃の直撃にあった。ついでに口の中にも入った。


「おお、すげえ!」

「でしょう」


 そこにあったのは、なんと言えばいいのか、タイヤのない黒いバイク? が地面から数十センチの空中に浮遊していた。全体的に丸みを帯びた形で、前部にはバイクのものと大差ないハンドルが付いている。後部は大き目の座席があった。


「特別に三人乗りバージョンを呼んでみました。さあ、乗って乗って」


 ペネロペさんは慣れた感じでエアーバイクに飛び乗ると、雀部と明日喜さんを手招きした。雀部は瞳を輝かせながら、明日喜さんは嫌々ながら、バイクに乗った。

 その体で運転できるのかと訊いたならペネロペさんに切れられるのは分かりきった事なので、あえて問わないでおこう。

 しかしその心配は無用で、ハンドルが自動でペネロペさんの体の位置に合わせて移動した。つまり、ペネロペさんが運転するにはハンドルの位置が高すぎたので、下りてきたのだ。


「それでは、行くよー!」

「おう!」


 ペネロペさんがハンドルを握り締めるとバイクが、にゅっと生えてきたガラスで覆われ、そのまま垂直に飛び上がった。そしてある程度の高さまで上がると、月にシルエットを映しながら空を駆けて行って消えた。

 やはり起こった強風によって舞い上がった砂が、また僕の目に入ったことは大目に見ることにします。


「……なんか勝手だな」

「……すまない」


 夏神が謝る事じゃないんだけどな……。


「とにかく、帰るか」

「そうね」



         ●



(素は鈍いくせに変なところで勘がいいのよね)


 ペネロペはエアーバイクで空を飛行しながら左座誠人について考えていた。後方では雀部健太郎が奇声を上げて興奮しているが、明日喜万里がそれを止めさせようとしている。


(あの賢者の石……やはり渡したのはあの人たちか……)


 ペネロペはハンドルを回して、速度を上げる。


(賢者の石がきっかけで記憶を取り戻したりすると厄介だわ。やっぱり鍵を閉め直すか……でもそれはそれで面倒だし。それに、何時までも隠しておけるものでもないからねー。どうしたものかなー)


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