第十八話 迷惑な客
ファミレスでは客が全席の五割ほど入っていて、僕らは店内の角の席に座っていた。
僕の隣には雀部、その隣に明日喜さんが座り、僕の席は窓際だったので外を眺めていた。ペネロペさんが二人にすべての事情を説明している間が暇だからではなく、もしかして逃げたと見せかけた舞草がまた襲ってくるのではないのかと不安で、気を張っていたのだった。
夏神はテーブルの向かいに、ペネロペさんの隣に一言も話すことなく座っているだけだ。でも、僕と同じように外を警戒している感じがした。
「……というわけなのよ。と言って一発で理解できるかしら」
「む、難しいですね」
雀部が言って、コップの水を一口飲んだ。
「でしょうね。ややこしいからね」
「それじゃあ、俺と万里ちゃんも危ないということですか」
「そうなるわね」
雀部は注文してあったフライドポテトの一本を取って、食べた。
「雀部君はあんなことがあったのに結構落ち着いてるのねぇ」
「ああ、あまりに突然なんで、よくわかってないだけです」
そう言いながら雀部は手前にあった鳥の照り焼きを一口大にナイフで切って、フォークで口に運んだ。こんな状況でよく物が食えたものだと僕は呆れながら、計り知れない雀部の図太さに感服もしていた。
「明日喜さんは大丈夫かしら?」
雀部を挟んだ隣にジッと座っていた明日喜さんの顔はペネロペさんを向いているけれど、目の焦点は合っていないようだ。何か考え事をしているみたいだった。
「明日喜さん?」
「はいっ!?」
瞬きを数回して、明日喜さんが我に返った。ペネロペさんは心配そうに声をかける。けれど明日喜さんは、お気になさらずにどうぞ続けてください、とさらに気になってたまらなくさせる台詞を言って、別の方向を見つめた。
「ショックが大きいみたいね……医者を呼びましょうか?」
「いえ、いいんです。ちょっとだけ……疑問があるだけですから」
「疑問? 言ってみて」
「……どうせ、言ってもわかりませんよ」
えっ?
明日喜さんが今までにないような冷たい口調で言った。確かに暗い女子ではあるけど、優しい強い奴だと思っていたのに。
ペネロペさんもそれ以上追及せず、オレンジジュースをストローで飲んで、雀部に対して続けた。
「だから、二人に護衛をつけることにしました。部隊の三班と四班をそれぞれ貴方たちの傍に潜ませます。その分舞草捜索の人数が減るけど、本部の応援を悠長に待っていることはできないし」
ペネロペさんはポテトを一つ摘む。
「夏神ちゃんは引き続いて左座君の護衛ね。何か質問があるかしら」
はい、と雀部が手を上げる。
「どうぞ」
「お名前は何ですか」
「ああ、そう言えば名乗ってなかったわね。私はアイリッシュ。ファミリーネームは秘密」
僕は即座に偽名なんだろうなと気付いた。舞草や夏神に本名を教えていなかったのに、一般人にそう易々と教えるわけがない。それにペネロペさんの顔立ちは純東洋系でハーフのようには見えなかった。まあ、推測であって確証はなにもないんだけど。
「後もう一つ。アイリッシュさんは……年上なんですか」
その質問にペネロペさんが顔をしかめて、不機嫌を露にした。
「ええ、そりゃあ、体は小さいし、胸も、お尻も小さいですよ。ガキに見えるだろうけどね、私は二十四歳、OL、独身、彼氏大絶賛募集中だよ! くそが……ふざけんなよ、そんなにガキに見るのかよ! 私は一人前の女じゃあ!!」
ペネロペさんが突如キレたので、僕はビクリと背筋を伸ばした。ペネロペさんは両手をテーブルに叩きつけ、その衝撃で食器が数センチほど浮いた。辺りが静まり返り、鼻息荒く怒っていらっしゃるペネロペさんを夏神が宥めた。本当に大人なのか……?
「す、すみませんでした」
雀部が素直に謝る。
「うむ……私も大人げなかった。これからは、女性に年齢を訊くのはタブーだと知れ」
「はい……」
うな垂れる雀部。ひそひそとこちらのことを他の客が話している、ような気がするのは気のせいではない。
「僕も質問があるんだけど」
「あん?」
うっ、と僕は引いた。ペネロペさんは怒っているのだろうけどその表情が小さい子供が駄々をこねているようにしか見えないのだ。
僕は気にしない風を装って、
「舞草が、僕に何だか不思議なことを言ってきたんですけど」
「それは?」
「“両親は健在か”と聞いてきたんです」
ペネロペさんは一瞬目線を下に向けて、そして元に戻して、
「わからないわね。一体どういうことかしら」
と惚けた。
惚けた……? どうしてそう思うのだろうか。ペネロペさんは何かを知っているけれど、それを隠している。そんな気がしてならない。
「……そうですか」
「もしかすると、両親を人質に取るぞっていう脅しだったのかもしれないわ」
あの僕を必ず殺せる場面でそんな脅しをする必要が何処にあるというのだろう。でも結果的に僕を殺しはしなかったし……。
「それと、舞草は僕を殺せたはずなんです。なのに殺さなかったんです」
「どういうこと?」
「舞草は左座誠人を殺すことができるチャンスを得ていた……にもかかわらず、能力を使わなかった」
夏神がここに来て初めて口を開いた。
「ふーん……なんでかしらね。推測もできないわー」
心なしか口元が微笑み、台詞が棒読みだった。
「あー、左座君と夏神ちゃん。そんなに神経を尖らせていなくても大丈夫よ。私のエイトセンスが常時見張ってるから」
「エイトセンスって何ですか?」
僕は気になって尋ねた。すると若干苦い顔をしてペネロペさんが答える。
「私の能力」
「……? 前に言ってたのは心をリンクする能力とか何とか」
「それはちょっとだけ嘘。それはエイトセンスの能力」
「……?」
「鈍いわね。私自身の力は“エイトセンスの召還”であって、“精神干渉”自体はエイトセンスの力なの」
「……はあ」
「理解してない顔ね。いいわ、実際にやってみれば早いでしょう。エイトセンス」
『何や…………俺様はファミレス上…………ートルに待機……よっと』
「うわっ声が!」
雀部が過敏な反応を見せる。驚いて食べようとしていた鶏肉をフォークごと落としてしまった。
「……ええっと、よく聞こえませんけど」
「は? よく聞こえない? そんなことがあるもんですか。エイトセンス、もう少しボリュームを上げてみて」
『了……』
「ぐわっ!」
僕以外の全員が耳を押さえ、なにやら苦しんでいるようだ。一体どうしてしまったのか、僕は一人だけでアタフタする。
舞草の攻撃かと店内や外を見回すけれどもそれらしき姿はない。
「お、音量上げ過ぎだって……」
「耳塞いでも五月蝿ええ……」
「テレパシーだから防ぎようが……」
「おい、どうしたんだよ皆」
『……んすま…………加減が……いからな』
漸く苦しみから解放されたのか、皆は手を離して一度深呼吸する。ペネロペさんは虚空に向けて怒声を上げていた。そして他の客たちから再び注目を浴びる。そろそろ店員が注意しに来そうだ。これじゃ、ファミレスにきたのは失敗だろ……。
「ふう……まあ、これで本当にエイトセンスの声が聞こえていないことがはっきりしたわね」
「……そうですか」
「一つ聞いておくけど、左座君は能力者じゃないよね?」
「ええっ!? そんなわけないですよ」
「それでは考えられるのは三つね。左座君が自覚しないタイプの能力、つまり自動発動系の能力者か……」
ペネロペさんは開いていた右手の人指し指を左手を使って閉じた。
「精神干渉系能力を持つ何者かが妨害しているか……」
次に中指を閉じる。
「“賢者の石”を所持しているかの三つなんだけど」
最後に薬指を閉じるけれど、小指を立たせたまま薬指だけを折り曲げるのができずに攣りそうになったのか、小さく声を出して右手をぷらぷらと振った。
「“賢者の石”ってあの有名な漫画に出てくる、等価……」
「違うわ」
雀部の言葉を間髪いれずに否定する。
「これは詳細を言うと絶対に、有無を言わさず私の首が飛ぶからあまり教えたくないんだけど……簡単に言えば、“能力を無効化させる石”のことよ」
「へえ……そんな物があるんですね」
「一番可能性があるのは三つ目ね。とにかく、今の持ち物をすべてテーブルに出しなさい」
「いいですけど」
僕はポケットに手を突っ込んで、財布がないことを再確認してしまい積極度が急降下する。
はあ。結局持っているのはこのお守りだけ……とテーブルにお守りを置く。
「これだけ? うわー……これは怪しすぎるわ」
ペネロペさんはお守りを手に取り、重さを手で調べて、袋を開けようとした。罰当たりな!
『待て、ブロッサム!! 不用意にそいつを開けるんじゃない!』
僕にもはっきりと声が聞こえた。
「何? 何か言ったの? エイトセンス?」
袋の開け口にペネロペさんが力を入れると、袋の中から光が漏れ出し……その光がペネロペさん目掛けて発射された。
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