第十六話 休日
というわけで、僕と夏神と明日喜さんは待ち合わせ場所の駅前にいた。
明日喜さんの家まで二人で迎えに行って、それから三人でここまでやってきた。会話がほとんどなかったのは言うまでもない。
通行量の多い大通りがあり、ビルやらデパートやらが沢山立ち並んでいる。歩行者の数も相当なものだ。
完成すればそのビルたちを大きく超えることになるだろう建設中のビルもあるけど、今日は休日なのか工事の音はなかった。
「やあやあ、時間ぴったりに登場、雀部です」
雀部が突然後ろから声をかけた。
「うお。お前どこから来た」
人ごみの中から来たのなら長身の雀部は目立つはずで、見つけられないわけがない。
「ああ、早く着いちまったから駅の中で時間潰してた」
「……待たせちゃった?」
明日喜さんが恐る恐る雀部に尋ねる。
「そんなことはないよ。俺のせいだからさ」
雀部が笑って、不機嫌ではないと確認できたのか明日喜さんはほっとしたようだ。
「それで雀部、今から何処へ行こうというんだ?」
昨日約束したのは待ち合わせ場所だけでその後どうするかは、雀部は言わなかった。
「ふふふ。ここでいつも行っているような店に行くのは勿体無い……両手に花だし」
「お前の中で、僕はいない扱いか?」
僕のツッコミを無視して雀部は続ける。
「題して、マイナーな店めぐり!」
「……?」
夏神が怪訝そうな表情で雀部を見つめ返した。
「ここにある皆さんが知られていないだけで、実はすごいお店を、この案内人雀部健太郎がご案内いたします」
すごいって何がすごいのかわからない。
誰も雀部のノリに付いていけていなくて、ぼーとしてしまっていた。けれども、雀部はそれに気付くことなく、さあ行こうと急かした。
「お、おう……」
夕日が沈みかけていて、辺りは薄暗い。大通りから道路一本奥に入るだけで、通行人はかなり少なくなる。
「それで……どうでしたか。この雀部が案内した知られざる名店の数々」
まあ、正直全くもって期待なんてしていなかったけれど、今回は良いほうだろう。
ビルに隠れてしまってわからなくなった骨董品店とか、寂びれた雰囲気の喫茶店とか、どうやって見つけたのか訊きたくなるような本当に知らない店ばかりだった。
喫茶店はメニューのどれもが一流店のようにおいしく(ただし客は僕たちだけ)、骨董品店では思わず、あっ、と言ってしまいそうになる懐かしい品物があって会話が弾んだ。明日喜さんはそこで気に入ったクマの人形を、夏神も宇宙人が残したオーパーツとかいう怪しげなものを雀部に買ってもらっていた。値段は高校生でも普通に買えるぐらいだった。
最後に行った絶対当たるらしい占い屋も確かにそのとおりだった。
「おもしろかったです」
「……私もです」
僕は答えられない。
「おいおい、落ち込むなって。財布を失くすって占いさ、当たっただろ?」
「当たってほしくないね」
今月分の小遣いを全部失ってしまったからだ。まさかの大損。占いなんてやめておけばよかった。別に占いのせいではないだろうけど……気持ちの問題だ。
「はははっ。ほんと、左座の持ってるお守りは効力ねえな」
「うるさい」
肌身離さず持ち歩くこのお守りは占い屋の告げた運命を変えるほどの力はないようだ。無駄に重い上に近頃ご利益がなくなってきているので、いっそ捨ててしまった方がいいのかもしれない。
「……でもあの占いよく当たったよね」
始めはあまり口数のなかった明日喜さんも次第に打ち解けていた。そこに学校での暗いイメージはない。
「だろ? この雀部さんのおかげだ」
「ありがとうございます」
「わ、紫杏ちゃん、こちらこつあ」
噛んだ。
雀部は夏神に話しかけられだけですぐにテンパった。わかりやすい人間だ。明日喜さんはクマを抱き、その様子を見てくすくすと笑っている。
「なあ……そろそろ帰ろうぜ」
最後の最後でテンションを落とされたので僕はブルーのままだ。
「そうか、そうだな。最近物騒な事件が多いし。まあ、その時は二人とも俺が守ってやるけどな」
実際にそうなったら守ってもらうのは雀部、お前だと思うけどな……。
「それでは近道して帰りますか」
「近道?」
「いいから付いて来いよ」
そう言って雀部は工事現場まで歩いていき、何の躊躇いもなくそこへ入り込んだ。
「何やってんだよ」
「こっちからが一番近いんだ。今日は工事がないみたいだし、別にいいだろ。ほらほら皆さん来てください」
夏神は言われたとおりに雀部の後に続く。仕方なく僕も行くと、残されまいと最後に明日喜さんも入ってきた。
雀部は慣れた感じでさらに奥へと入っていく。組み立てられたビルとしての鉄骨が静かに立ち、その周りに鉄パイプなどで組まれた足場がある。地面は砂地で、資材やショベルカーなどの重機械もある。
なんとなく遊園地の時を思い出してこの場所にイメージを重ねてしまい、少し怖くなって歩調が早まる。悪い気配がした。
「今日は楽しかったぜ。紫杏ちゃんと万里ちゃんはどう?」
僕は雀部の横に並ぶ。後ろを向きながら雀部は問いかける。
「楽しかったですよ」
「……私もです」
「そりゃあよかったよかった。なんせ今回は俺自慢の――」
「……! 危ない!」
夏神が叫んだのと同時に僕は後頭部に圧力を感じて、次の瞬間には顔面を地面に強打した。
「ぐうわっ!」
「うっぷ! 何だ!?」
後頭部に触れているのは誰かの手のようだ。ゆっくりと手が離され、首の可動域が確保されたところで僕は辺りを確認した。
「雀部!」
地面に倒れているのは雀部も一緒で、何が起こったのかわからないといった、驚いた顔でこっちを伺っている。
「大丈夫ですか!」
明日喜さんの声がして、僕と雀部は立ち上がる。先ほどまで僕らが歩いていた場所には何本もの鉄柱が突き出て……いや、突き刺さっていた。
夏神は僕の隣に立っていて、砂埃を掃っていた。
明日喜さんが鉄柱の奥からこちらに走ってくる。
「大丈夫だけど……これは?」
「いきなりこれが落ちてきたんですよ! 本当に無事なんですか」
建設中の建物を見上げて、ぞくりとした。あそこから落ちてきたのか……あんな物に当たったら即死だっただろう。
「夏神が……助けてくれたのか」
こくりと夏神は頷く。
「あ、危ねえ。もう少しで死ぬところだったぜ……ありがとな、し、紫杏ちゃん」
雀部が冷や汗を掻きながら、震えた声で言った。
「凄かったですよ、夏神さん! 咄嗟の判断が凄いです!」
明日喜さんは事故が起こったことよりも僕と雀部を救った夏神の働きに驚いているようだ。尊敬の眼差しを彼女に向けている。
「……まさか……」
夏神は上に視線を向けて、ピリピリとした空気を作り出していた。何かを警戒している?
「……戦闘時間を百二十秒に設定……」
ぼそりと呟きながら言った。これは、夏神が能力を使う時に使っていた言葉だったような……。
「カウントダウン……」
「どうしたんですか? 夏神さ――」
あ……!?
気づいた時にはもう遅く、僕は受身も取れずに地面に激突した。数メートルほど砂の上を滑って僕の体は止まり、しばらくの間体が痺れて動けなかった。頭がくらくらして、視界が歪んでいる。吐きそう……。
頭を振って平衡感覚を取り戻そうと努めたけれど、そう簡単にはいかなかった。どうにかして四つん這いになり、周りを見渡す。皆は大丈夫だろうか。
ぼんやりとだけど誰かがいることは見える。
「左座君!」
明日喜さんだ。こちらを向いて叫んでいた。その隣には大きな雀部、そして上方を気にしているのが夏神。良かった皆無事だ。
「な、なんだこりゃあ!? 爆発でも起きたのかぁ!?」
雀部が素っ頓狂な声を上げた。
「黙って」
夏神が演技なしの口調で雀部を制した。雀部と明日喜さんは夏神が突然変わってしまった様に感じたのだろう、ギョッとした目で夏神を見つめた。そのこと自体は僕にとっては今更驚くことではないけれど、この状況が呑み込めないので混乱していた。
「な、何が……?」
「……舞草が来た!」