第十三話 友達
ほんの二日しか経っていない。
全ての元凶となってしまったあの事件からたった二日、その間に僕の周囲の環境は急変した。これは不幸だ。
世界には数え切れないほどの人間がいて、他と干渉しあいながらそれぞれが一切異なる人生を送っているけれども(とある有名な本のフレーズを引用)、僕の遭遇した不幸と同じ体験をしたことがある人がいるかどうか……。
僕はかくのごとく教室の自分の席を追われ、屋上という誰もいない避難場所へと移動していた。ベンチに横たわり、パンを食べていた。購買で購入してきたパンは手に持っていない分を腹部に置いている。地面に置くよりはましだと思うから。
唐揚げをサンドした唐揚げパン。唐揚げの油分でパンがべとべとになってしまうのを防ぐためだろうけど、フランスパンに挟まれているので硬くて食べにくい。でも現代人の顎の力が衰えているって聞くし、硬いのは悪い事ではないかも。
食べかけの唐揚げパンを見つめながらどうでもいいことを考えていると、キラリと僕の目に眩しい光が入った。
首を起こして僕のほかに人がいるかと見回すけれども認めることはできない。ビルのガラスか何かが太陽光を反射して、それが偶然やってきたのだろうと結論付けた。
その時である。
上空に向けていた僕の視界に黒い物体が横切った。
何事かと思ってパンが落ちないようにしながら僕は上体を起こす。横切った方向を見遣るとそこには夏神が立っていて、乱れた髪を整えているところだった。先ほどまでいなかったはずなのに。
推測できるのは、
「まさかとは思うけど、五階ある校舎の屋上にジャンプしてきたわけじゃないよな」
ということ。夏神が対して言うのは、
「あいつらを振り切るにはそれしかなかった」
否定しないのか。超能力者って何でもありなんだと改めて認識する。
じゃあ、さっき見たのは夏神で、……、僕は下から見上げていたわけだから……、不可抗力ながら“中”を見てしまったのか。
しかし、しかしだ。太陽の影でうまく目視できなかった。それに速くて目が追いつかなかったというのもある。
だ、だから謝罪は要らないと、
「ごめんなさい」
そういうのは甘いな。ありがとうございました、にはならないので謝る方が正しいだろう。
「……?」
夏神が訝しげな視線を向ける。
相手が知らないから胸中にしまって黙っておくというのは僕の性に合わない。かといって説明することもない、自己完結。
「あの……」
夏神が遠慮深げに声を出しながらこちらに近づいてきた。
そして、ぐう、と鳴った。お腹が。僕のではなく、彼女のが。
「パンを一つ、くれないか」
「何も食べてないのか?」
「そんな隙を、与えられなかった」
僕を見ていた目を別方向へと逸らし、ほんのりと顔を赤らめる。恥ずかしがっている? 冷酷そうな夏神もやはり、少女なのだった。口調も冷静さを欠いていて演技が剥げ落ちそうになっている。
僕はそんな彼女を見て、思わず噴き出しそうになった。
「いいけど。これでいいかな、メロンパン」
夏神はメロンパンを受け取ると僕とは少しばかり距離を置いたもう一つのベンチに腰を下ろした。メロンパンを厳かに頬張る。演技が復活したようだ。
唐揚げパンの残りを一気に口の中へ放り込み、もぐもぐと咀嚼する。噛む力を意識すると顎が疲れる。
ガチャリ。
滅多に人の来ない場所である屋上のドアが開かれた。そこから現れたのは一人の女子。髪はセミロングで茶色がかっている。身長は夏神と同じくらいで、眼鏡を掛け、どこか暗い感じのする生徒だった。
僕と夏神という男女のペアがいたからだろうか、あ、と小さな声を出して奥へ引っ込んでいってしまった。
しまった、勘違いされてしまったかも知れない。もし言いふらされでもしたら、今度こそ理不尽な憎悪たちから逃げられないかもしれない。
「……もぐ」
「…………」
「……じぃ」
その女子生徒はこの場を去るものだと予見したのだけれど、ドアを数センチだけ開けてこちらの様子を伺っているようだ。もっと面倒だな。何を期待しているのだ。
相変わらず夏神はメロンパンをちょびちょびと齧っているし、僕は焼きそばパンを食べ始めた。一言も言葉を交わさないところから君の考えが勘違いであったと思って去ってくれ。
そんなことを願ったとしても伝わるはずがなく。
僕は気に留めないように振舞おうとするけれども、なお注意がそっちへ行ってしまう。焼きそばパンなんて軟らかくて食べやすいのでものの一分で完食。夏神は……まだ一個のメロンパンも食べ終わらないのか!
その隙に女子生徒が意を決してドアを開き、この場に公式に参上した。ドアが自然に閉まり、閉じられた空間となった屋上に僕を含め三人が残る。
女子生徒はどうするつもりなのだろうかと思い巡らせてみたが答えは出ない。予測がつかない。
拳を強く握った女子生徒は夏神にゆっくりと歩み寄っていく。夏神はメロンパンを食べるのを止め、女子生徒を見つめる。
「あ、あの!」
「何でしょう?」
「と…………と、友達になってください!」
不意を突かれた。まさか夏神に真正面から向かっていけるほどの奴だったとは。
周りの奴らが夏神を追っかけ回しているだけで友達になろうと言わないのは、夏神と自分たちとに大きな隔たり、違いがあるのを無意識に感じているからだ。なぜそう思うのかといえば、僕もそうだからだ。
普通に付き合ったのでは元々ある差(魅力とか学力とかその他もろもろ、夏神の特異性)が自然に上下関係を作り上げてしまう。だからこそ、何か対等の立場で付き合っていけるきっかけを探している。で、僕はそのきっかけを望まずとも掴んでしまった訳ですが。
それを無視して声をかけれるのは、雀部のような馬鹿か、心に強い芯を持つような大きな人間だけだ。
「私には、友達がいなくて、その……夏神さんも転校して来たばかりで……友達も少ないと思いますし……」
「いいですよ」
夏神は笑みと共に答える。
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。貴方のお名前は?」
「あ、すみません。私は明日喜万里といいます。同じクラスです」
「宜しくお願いします、明日喜さん」
「こ、こちらこそ!」
名前を聞いて思い出した。確かに同じクラスに属している女子だ。どんな子なのかはほとんど見かけたことが無かったので忘れてしまっていた。
体が弱くよく入院しているという病弱な女子だ。そのために学校にあまり姿を現さない。友達がいないというのも頷ける。
となると、端から目的は夏神だったのか。友達を作りたいとしても女子には女子のグループがあって、そのグループの中に入ろうとしても壁があるものだ。よくは知らないけど多分そういうものが理由で友達が作れないでいたのだろう。
転校してきた、どのグループにも入っていない夏神なら友達になれると考えたのかもしれない。とは言っても夏神が一人だけで浮いている存在であるのに、それに声を掛けるなど僕には真似できないことだ。勇気のある奴だなと思った。
ええ、ありがとうございます。
アクセス3000越え、ユニーク1000越えです。
この小説(と呼べるかは別として)を見ていただいて感謝感激です。
まあ……トップのほうはもっと凄まじい数字なんでしょうが。
近づけるよう精一杯、精進してまいります。