第八話 プロローグ’1
視点が変更されます。二話ほど。
……ここまで強いとは。
私が予想していたより、実戦で見ていたのより遥かに高い戦闘力。
いつもあいつを見ていたはずだが……力を隠していたなど気付かなかった。
誰よりも近いにもかかわらず、ボロを出す可能性が最も高かったのにもかかわらず、気付けなかった私に全責任がある。
『リリ! 大丈夫なの!?』
無線機に繋いだイヤホンから上司の声が聞こえる。この人まで任務中に私の本名を使うとは何を考えているのか。ニックネームである分、あの男よりましではあるが。
戦闘服の襟の部分にマイクが付いているのでそれに向けて私は返事をする。
「……大丈夫です。現在目標は自分の後方に位置」
『このまま行くと……山中に追い込む気かしら。でもそんなことをすれば自分が包囲されることぐらい予測しているでしょうに』
「……」
彼女の推測には頼れない。信じて、今まで何度危険な目にあったことか。
こんな状況だと己の勘というものにしか頼ることができない。勘は何の根拠もない推測ではあるが、実際に生死を分かつのは勘の鋭さで勝った方だ。
これは今まで戦い続けてきて私が獲得した真理である。
私はある男を追っている。
本名、舞草兵駕。私の所属している組織の元構成員であり、私の元パートナーである男。私だけでなく組織をも裏切った殺人者。コードネームは海藤玄馬であった。
殺人者なのは私とて同じ。しかし私たちの組織が暗殺するターゲットはすべて犯罪者である。
海藤……いや、舞草は何の罪もない一般人をその強大な力を持って殺戮している。連続無差別殺人事件と報道されている事件がそれだ。
何の目的があるのかはわかっていないが無視しておいていいことではない。
私は舞草を追っていた。
そう、追っていたのだ。つい先ほどまでは。
今では立場が逆転してしまい、舞草に私が追われている。
最初に舞草の潜伏場所を発見したのはよかったが、襲撃のタイミングを読まれていた。罠を張られ、私と他のメンバーとが引き離されてしまった。
孤立した私一人を狙って舞草は襲ってきたのだ。
衝撃波を生み出すことが奴の能力だと思い込んでいた私はその際に反撃に出たのだがやられてしまった。見ての通り敗走中なのが私だ。
何故危険を冒してまで私に攻撃を仕掛けてくるのかと思ったが、どうやら奴の狙いは私自身らしい。でなければ合理的な舞草がそのような行動に出るとは思えない。
ならば奴は逃げている私を追い詰め、止めを刺そうとするだろう。そこで返り討ちにすればいい。
舞草の性格が演技だったということもあるが、私の勘はそうではないと判断した。
私は駆け抜ける。
今日は不気味に存在するあの月も両方満月だからか視界が良好だ。
不規則に並んでいるように見えて実はある程度並んで立っている木々を避けながら山を登っていく。
舞草が時折後方から衝撃波を放ってくる。だがそれは私の横に立っている木を吹き飛ばすだけで直撃はない。
衝撃波に正確性がないのは演技でもなんでもなかったらしい。そうでないなら既に当たっている。
気にかかるのは接近戦で起きたあの不可解な現象。私の短刀の刃が圧し折られた……違う。消去られた現象。
アレの説明が付かない限り不用意な接近戦は控えた方がいいだろう。
持ち合わせている武器はサバイバルナイフが一本、ワイヤーが数メートル分、ドア爆破用の爆薬が数百グラムとその信管。
心もとないのは確かだがどうにかするしかない。
私の能力のクールタイムは過ぎている……が連発しての発動は不可能なので使いどころは考えねばならない。
首だけで後ろを振り返る。舞草との距離は変わっていない。余裕のある今のうちに迎撃策を用意するしかないだろう。
尊敬の出来ない上司だが彼女なら私の居場所を逐一把握しているはずだ。仲間が来るまでの時間を稼げば私の勝ちとなる。そのためには舞草を一定時間足止めする必要がある。
どこがいいだろうか、などと私が作戦を練っていると突然、木々が無くなって視界が開けた。
……しまった。崖だ。
前方不注意だった。止まれずに崖から落下する。崖は直角より鋭く切り立っており、しがみ付く場所などは無い。
あれだけあった木が下には全く無く、人工的に作られた場所のようだった。クッションとなるものはなにもなく、叩きつけられれば即死するのは火を見るより明らか。
能力を使うしか……ない!
「戦闘時間を一秒に設定。カウントダウン開始……」
間に合え。もう十メートル程度しかない。
「三、二、一、零!」
両足で地面に着地する。足が数センチほどコンクリートにめり込んだが私はどうということはない。だがぎりぎりだった……。
殺気を上方から感じて、ハッとして上に首動かした。
視界に捕らえたのは手を振りかぶったまま落下してくる舞草。やはり舞草も崖から飛び降りて追撃してきている!
私は足がめり込んでいることなど気にせずに力をいれ、蹴った。予想どおり宙には飛ばずに地面と平行に飛んでしまった。でも、これでいい。
背中が風圧を受ける。衝撃波が地面に命中したときの余波に押され、予測着地地点より離れる。
私は体勢を捻り、足を地面に擦り付けるようにして慣性で動く自分の体を停止させる。
「決まったと思ったが……さすがだよ。伊達に私の相棒であったことはある」
自分を他人より上だと決めつける……私の嫌う点に変化はない。
「何故自分が狙われているのか、わかっているか?」
……舞草は私が能力を使ったことに気付いていないようだ。クールタイム分の二十秒を稼がせてもらう。
「簡単なことだよ。貴様を殺れば“賢者のいし”は私を含め残り二人となる。となれば、あと一人だ」
賢者の石? 違うな……賢者の石は確かに存在するが私や舞草を指すものではない。
石、医師、意思、遺志……しっくりくるのは後者の二つか。だがどういう意味だ?
「能力も使わずに此処まで逃げ切れるとはさすがと言っておこう。だが、そうやって逃げられるのももう御終いだ」
もうすぐ二十秒経つ。目的は達成した。あとは舞草の能力さえわかれば反撃に出ることも可能だ。
「無差別連続殺人事件? だったか、貴様らの組織が情報統制を行ってくれたおかげでやりやすくなったよ。奴らを何人殺してもその事件にすり替わる」
自分の先日までいた組織だというのによそよそしい。初めから仲間意識などなかったということだろう。
「いい加減諦めたまえ。一瞬で苦しまず殺してやるから、な?」
「……!」
口調が同じだ。私がまだひよっこの頃に……私をあやしていたものと。
私は腰に装着しているナイフを引き抜こうとしたが、ここはまだ動くべきところではない。反射的に動きそうになった体を押しとどめる。
「相変わらず無愛想だな」
まだ兄貴面か……!
舞草が腕を大きく振り上げた。特有の攻撃モーションののち繰り出される一撃は装甲車でさえ一発で破壊する。
振り下ろす直前に私は横っ飛びに飛んだ。
舞草の攻撃は速過ぎるが故に放った後の方向を変化させることが難しい。かわすには当たるか当たらないかというタイミングで射線から離れるのが最も有効な避け方だ。
ヒュオ!
と私の戦闘服を衝撃波が掠めた。服に切れ込みが入り、穴が開く。
「ハッハァ! よく避けたなぁ!」
舞草のこんな声を今まで聞いたことはなかった。戦闘を楽しんでいるかのような、狂戦士にでもなったかのような高笑いの混じった声。
舞草はさらにもう片方の手を私に向ける。次なる攻撃。
放たれた衝撃波は初撃の様なピンポイント攻撃ではなく、広範囲に向けられた逃げ辛いものだ。
辛うじてもろに喰らってしまうのだけは避けられたが、代わりに地面が吹き飛び、その高速の石礫を数発受けてしまった。
こう一方的にやられているのでは能力を探ることも反撃の機会を得ることもできない。
どうする?
手持ちの武器で相手を探ることの出来る回数は限られる。一二回が限度だろう。
しかし出し惜しみして死んだのでは元も子もない。
舞草を中心として、衝撃波を誘いやすい距離を走るように様子見しながらナイフを引き抜き、ナイフの柄にワイヤーを括り付ける。
さらに体を屈めて足元の石を一つ拾い上げる。
右手にナイフ、左手に石を持ってチャンスを窺う。舞草は攻撃を放ち続けているがその正確度の無さから命中することはない。無駄なことを繰り返すのも変わらない。
一体何処からが演技の海藤で、本性の舞草なのか……判別するには余りにも海藤といた時間が長かった。
私はかぶりを振って、頭の中にいる優しい海藤を思考から追い出した。
舞草を睨みながら左手の小石を横投げで投げつける。能力を使用していないので当たっても死にはしないだろうが、舞草は能力を使用してそれを防いだ。石の砕ける音がした。
その隙にもう一歩ほど舞草に近付く。地を蹴って加速し、舞草の後方へ回り込む。
本命である右手のナイフを舞草へ、私の一番命中率の高いアンダースローで放った。ワイヤーが一直線の軌道を描く。
舞草は振り向きざまに能力を発動させる。
その時、音は無かった。衝撃波で防いだのなら小石のときと同じく音が出るはずだ。ただ、ワイヤーの先についていたはずのナイフは消滅し、舞草が無傷であったという結果のみ。
……掴めそうだ、あいつの能力が。あともう一手あれば――
――めりっ。
「がっ!?」
胸の内側から聞きたくも無い音が全身に響いた。
当たった……そん、な?
ちらりと見えた舞草の顔は……不敵に笑っていた。