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第七話 まさかの展開3

 僕はカーテンを開いて外の景色を眺めていた。

 飯は食べた、風呂には入った、寝巻きに着替えた、歯を磨いた。本日は見たいテレビ番組はなし、宿題もなし。

 布団もセッティング完了。寝る準備万端。悩むことはやめにして、今日はもう寝よう。

 ぐっすり眠れるだろうな。とか思いつつ今日のイレギュラーを忘れようと、無意識に努める僕がいた。

 でも忘れさせてくれないのがこの世の理なのかね。


 コンコンとドアをノックする音。


「夏神です」

「あ、どうぞ……」


 入ってきた夏神はパジャマ姿で、そのパジャマには某クマのキャラクターが沢山居座っていた。

 ちょっと予想外の格好で僕は不意打ちを食らったけれど、平静を装ってベッドに腰掛けた。


「何の用だい?」

「その……あの……」


 夏神はドアを閉め、内側から鍵をかけた。そして電気を消す。月明かりが窓から入り込んで部屋を照らす。……どへっ。おいおいおいおいおいおいおい。

 なにやら夏神はもじもじしている。こ、これはどういう展開ですか、どこぞの小説のようなありえん状況です。

 僕の前まで歩いてきた。夏神は、あろうことか僕の体を押し倒した!

 夏神の吐息が僕の顔に掛かるほどに、顔と顔の距離が近い。思わず僕は生唾を飲み込んだ。


 ひんやり。


 首の辺りが冷たい。まるで金属が僕の首元にくっついているかのような冷たさだ。


「左座誠人。動くな。こちらが許可しない限り、発言を禁ずる。もしこれを破った場合、お前の首と胴は永遠に離れたままとなる」


「え?」


 突然、夏神の表情が消え、口調も刺々しく殺気が混じったようだった。


「どういうこと?」

「しゃべるなと言っている。これが目に入らないのか」


 夏神の右手に……ドスみたいな短刀が握られ……て? って、え? まさかさっきのひんやりした感覚は。


「……!」


 鈍く銀色に輝く刃は偽物とは思えないほど存在感を放っている。僕は声を出そうとしたけど、出ない。出してはいけない。


「お前に訊かなければならないことがある。もし大声を出して助けなど求めたら……わかっているな」


 僕は口を閉じたまま首を上下に振る。


「よし」


 夏神は僕を押さえつけるのを止めて、近くの椅子に座った。僕は彼女が握り締めていた肩を摩る。右肩がじわじわと痛い……本当に女の子の力なのか?

 夏神は無表情で、でも威圧感は変わらずに、訊き始めた。


「お前は言葉を発せずに私の質問に答えろ。まず一つ目。お前は昨晩の出来事を覚えているか?」


 昨晩のこと、昨夜、昨日……何かあったか? 何も思い当たるところはない。どういうことだろう、学校から自転車で帰るところまでは覚えているんだけど。

 僕は首を横に振った。


「あれ程の事に遭遇しておいて覚えていないだと? ……あまりのショックに忘れてしまったということも考えられなくもないが……」


 夏神は足を組んで、顎に手を置いて少し思考する仕草をした。

 僕は何のことを言っているのかを訊くことさえできず、ただ黙ってベッドの上に座っているしかない。


「それでは次の質問だ。ここからそう遠くない山中に、廃棄された遊園地があるのは知っているか」


 別に何か気に障ったわけでもなしに僕の体が跳ねた。測らなくても脈拍が相当上がっているのを感じる。

 これは、僕が驚いたのだろうか。にしては心当たりがない……あそこは僕の、子供っぽく言えば秘密基地のような場所だ。それだけで、何か隠すことがあるわけではない。

 首を縦に振る。


「あの場所のことは知っている、か……」


 僕の視線が床に向いていたので元に戻すと、夏神がライオンさえも怯えあがってしまいそうな眼光で僕を睨んでいた。

 自然と体が夏神から距離を取ろうと、ベッドの端まで移動してしまう。

 その途端に夏神が椅子から立ち上がって、つかつかと僕へ向かってきた。

 夏神が手を動かした瞬間、僕は切られてしまうのだと思って反射的に手で防御体勢をとって目を閉じた。

 そんなことで短刀を防げるわけはないのだけれど、わかっていてもやってしまった。

 しかし、攻撃は来ない。

 目を開くと、夏神は短刀を持っていない方の手で携帯をいじっていた。

 なんだ、殺されるわけじゃないのか……? わずかな安心とともに、ちょっぴり恥ずかしい。

 何度かボタンを押して夏神は携帯を耳に近づけた。


「こちらアプロディテ。問題が発生しました。目標が……逆向性部分健忘と思われる症状が出ているようです。昨夜の記憶について消えているようですが、どうされますか」


 携帯から相手の声が漏れてきてはいるが、なんと言っているかまでは把握できない。

 アプロディテ? コードネームなのだろうか。ともすれば夏神は……何かの組織の方?


「了解。かわります」


 と言って、夏神は僕に携帯を渡してきた。どうも理解できないけど……逆らうことは止めたほうがいいだろう。

 僕は携帯を受け取って耳にあてがう。


『ヒャッホー、左座君元気ー? うちの娘が無礼なことしませんでしたかね? ごめんね。まだ躾がなっていなかったみたい』


 てっきり、野太い渋い声の男だろうと思っていたから不意打ちを食らった。ドラマとか映画とかでは指令を出しているような役の人は、大体がそういう声だったから。

 でもこの声は明らかに女性だった。某スパイ映画で出てくる主人公の上司みたいに老女じゃない……アニメ声的な……。

 そしてここにある雰囲気をぶち壊しにする口調も、期待外れ……と、この状況で何を期待してんだか。


『え? シカト?』


 こちらは声を出すなと言われているのでどうしようもない。


『ああ、我が娘がちょっと何か言ったのかな? 大丈夫ですよ。小声で話すくらいで彼女は左座君を殺したりしませんから。まあ、大声出したらどうなるか知りませんけどー』


「えっ……はあ、はい」


 とりあえず、相槌を打っておく。横目で夏神の様子を確認するがこちらを見下ろしているだけで、どうこうしようという感じはない。


『左座君もいろいろとわけがわからないでしょうけど、とりあえず一つ確認しておくわね』

「はい……」

『本当に昨夜のことは覚えていないのね?』

「なんのことだか……わからないです」

『ふーん。じゃあ、思い出させるしかないわ。携帯電話を顔から離しなさい。大きな声出したら駄目よ?』


 言われたとおりに近づけていた携帯を離した。

 何か起こるのだろうかと携帯の画面を見つめていたのだけど、別に変化は……


「えっ……うわぁっ……ぷ」


 声を出し終わる前に夏神に口をふさがれてしまった。

 僕は画面に何かが映ったり、変な音が出たりするのだろうと予想していたので、あまりのことについ声が出てしまう。

 携帯電話の画面とボタンから二本の、そう、指ほどの太さの白い触手のようなものが、生えてきたのだ。

 一体どうやったらこんなことが出来るのだろうか。

 マジックとも思えない、ならば触れられるのだろうか……でも、僕にはそんな勇気はありません。

 携帯をベッドの上に手放して距離を取るために後ずさると、夏神と衝突した。そして瞬時に僕を羽交い絞めにし、ベッドに押し倒す。


「危ないものではない。声は出すなよ?」


 携帯から生えた触手は伸びて近づいてくる、僕は動けない、声が出ない。額に汗がにじみ出る。

 ついに伸びてきた触手が僕の顔にまで近づき、頬に触れた。

 ……何の変化もない。一応、触れられている感触はあるけれどもそれだけだ。

 夏神は羽交い絞めを解いて携帯のほうへ向かう。

 携帯から出ている触手のもう一本を掴んで自分の額へとくっ付けた。


「準備完了です」

(はい、OKねー)


 先ほどの女性の声が聞こえる。けれどもこれは聴覚を通じてのものじゃない、頭の中に直接響いているような感じ。テレパシー?


(じゃ、リリちゃんの記憶を借りて左座君にショックを与えて、昨夜の記憶を呼び起こさせるから)


 夏神が頷いてこっちを見る。


「どういうこと?」

「体験してみたほうが早い」

(説明するのが面倒くさいのでちゃっちゃとやっちゃいましょう)


 えーと、全くもって意味がわから、ない……んです……けれ……あ、れ。




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