プロローグ1 学校より帰宅する……
数百年前、つまりは二十一世紀。
賢者と呼ばれた六人が、ほぼ同時に全員老衰で死亡した。
世界を支配していた彼らが亡くなったことで全世界は大混乱に陥るが、それもそう長くは続かず、数十年のうちに賢者達のいなかった頃までの世界体制に戻された。
これは国が採用している歴史の教科書に載っていることで、入試でも頻出の箇所である。
また賢者の残した研究は今も引き継がれ、最新技術のほとんどはその研究による成果であることも知っておいた方がよい。
問一.日本の旧首都はどこか。最も適当なものを図1のア~エから一つ選び記号で答えよ。また、その都市名を漢字で答えよ。
これくらいの問題、初歩中の初歩。出来なけりゃ高校になんて受かりやしない。世の中の常識だ。
答えはウ、首都名は“東京”だ。
「正解。ま、これは点数をとらせるための問題だろ? 問二から勉強してないと分からないと思うぞ」
「どれどれ……『問二.傍線部一より、二十一世紀初頭に起きた、アメリカの住宅金融問題に端を発した第二次世界恐慌をなんと云うか』、うえっ……わからない」
「わからないじゃねえよ、思い出せよ」
「むむむ……記憶にございません」
「はぁ。教えてやっているこっちの身にもなれよ。お前が一学期中間で赤点のオンパレードを披露してしまって期末で取り返さないといけないっていうから、勉強を手伝ってやってんのに」
「……面目ない」
「左座、お前はほんっ――――とに物覚えが悪いな」
「そんなに強調することもないだろ! 雀部!」
僕は今二人しかいない教室で、前の席の椅子に逆向きに座っている雀部健太郎から、日本史を教えてもらっている。
雀部は細面で、きりっとつり上がった力強い眉、顔の大きさの割りに小さい目を持つ男子。
顔は悪くないと思うがお調子者な性格なので、女子からは若干距離を置かれている。
毎日顔を合わせているが、やはりその身長にはいつも驚かされる。なんと二メートル越え。
制服のボタンを全て外しているのはその巨躯が原因で、本人によると窮屈だから、らしい。
僕には一生ない悩みだろう。
さらに悪いことに、勉強も平均以上に出来る奴だ。
「左座って、得意不得意がハッキリしすぎてるからな。記憶力はないけど、応用力ならあるよな。数学とか物理とかはいい点数だし」
くっ、馬鹿にしたかと思えばキチンとフォローする下げてから上げる……高等テクだと!?
上げてから下げるより遥かに難しいはず。
反撃の隙を与えないとはやはり、いけ好かない男だ。
けど、自分の中では一番重要な友達なのも確かだ。
「雀部は文系のくせに全教科ばっちり出来てるんじゃねえよ!」
「ありがとなー」
Oh、皮肉るつもりが褒め言葉にしかなっていない!
こいつに恥をかかせるには性格について突くしかない……けど僕はそこまでするほど心は荒んでいない。
今のところは。
「暗くなってきたな。そろそろ帰るか?」
雀部が、手にしている問題集ではなく窓から外の景色を見ていたので、僕もつられて外を見た。
確かに太陽は街の建物の間にほとんど沈みかけていて空は上の方が黒みがかっている。
腕時計を確認すると六時五十分を少し過ぎたあたりだった。
我ながら結構な時間勉強したものだ。
「うん」
「じゃあ行こうぜ。暗くなるとさ、ほら、あの事件があるだろ?」
「あの事件?」
「先生が言ってただろ。近頃この地域で連続無差別殺人事件が起こっているやつ。それのせいで俺の陸上部も今日は休みになって、だからお前の勉強に付き合ってやれたんだろ?」
ああ、そうだった。今朝のニュースで少しばかり知っている。
犯人の目的が一切不明で、被害者にも何の共通点もないので通り魔事件として扱われているアレだ。
ただ、被害者の多くは夜に襲われている。
また被害者の中で生き残っている人は……いない。
「ほら、早くしろ」
雀部は僕の頭を小突きながら急かす。
「わかったよ。痛いからやめてくれ」
僕は机の横に掛けていた薄っぺらい鞄を取って、雀部と一緒に教室を出た。
薄暗い学校は怖いので自然と僕の歩調も速くなる。
けれど元々の歩幅の大きい雀部の方が速い。
靴箱に着いて上靴を履き替える。
外に出たときにはもう雀部は鞄を肩にかけて歩き始めていた。
さすが陸上部、帰宅部の僕とは基礎の部分で運動能力が違うな。
一端僕は自転車置き場に自分の自転車を取りに行き、校門で待っていた雀部と合流する。
校門を出た僕と雀部は昨日のバラエティ番組やクラスの面白かった出来事などを話しながら歩いていた。
雀部は家が学校の近くにあるので歩きで、僕はそれに合わせるために自転車を手で押しながら歩いていた。
雀部は陸上部なのでこちらが自転車に乗っても走って付いてくることはできるだろうけど、それはなんだか気が引けた。
しばらくすると雀部の家に到着する。
気をつけて帰れよ、と言って雀部は家の中へ入っていった。
僕はそれに手を振って答え、少しの間だけ新築のモダンな三階建ての一軒家を見つめ、自転車に跨った。
歩行者のいない住宅地路地だ。車さえほとんど通らない。
雀部と別れて一人で帰っていた僕は、このまま真っ直ぐ家に帰るべきかと悩んでいた。
もう僕も高二だ。
家に帰れば親が『勉強しなさい、いい大学に受かるには今からでも遅いのだぞ』と言い寄って来る。
僕自身、どの大学に行こうかさえ決めていないのに、気が早いと思う。
妹もいるがそっちはそっちで兄に小遣いをたかって来る様な奴だ。
妹も高校受験生だけれど、僕ほど親にとやかく言われることは無い。
自転車をこぐ速度を若干遅くして、大きくため息をついた。
そうだ、やっぱり家に帰る前にあそこへ行こう。
家に帰る道から外れて、僕は自転車を別の場所へ走らせた。
ここでは初めての投稿ということで結構緊張していたり。
どんどん面白くなっていく……はず。