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私のたった一人の貴方へ
こんにちは。
いよいよ嫁ぐ日が決まりましたのでご報告いたします。
お相手の方は我が国で最も偉いお方でかの御仁が黒だと言えば白いものも黒くなります。
55歳年上で小柄で丸顔な男性で髪は少ないです。
兄よりも父よりも祖父よりも年上です。
貴方が崇敬していた男性はとても若く健やかに見えました。
お名前も憶えております。
スギヤマナツキ様。
貴方はまだ彼に畏敬の念を抱かれていますでしょうか?
寂しいです。
私は13人目の妻となります。
もうひ孫もおられる方です。
これからその方の下でお人形のように残りの人生を過ごすのでしょう。
こんなことばかり書くのは嫌だけれどどうか許してください。
このようなこと貴方にしか書けません。
私はとても苦しい。
いつも貴方を思い出しています。
貴方と食べたカレーという食べ物をもう一度食べてみたいです。
我が国では食事は栄養を取ることと捉えていますので暖かいものを暖かいうちに食べるという発想がありませんので大変珍しかったのです。
またオソウメンの冷たさも印象深いものです。
貴方が握ってくれたオニギリもまた食べたいです。
私はウメが好きでした。
もう一度食べたいです。
あのじゃりじゃりとした冷たくって甘いものは何といいましたか?
もう答えはわかりませんね。
もう一度貴方に逢いたいです。
貴方の澄んだ黒い瞳を見て、穏やかな声で私を包み込んで欲しいのです。
もう永久に叶わぬこと、でもこの手紙の中だけは可能な気がいたしますので私は貴方に手紙を書き続けます。
貴方に呼びかけていられるうちは私は私でいられる気がするのです。
元気でいますか?
学校は楽しいですか?
髪を伸ばしたいと言っていましたがどうなりましたか?
私は短い髪の貴方が好きです。
我が国では女性は髪を伸ばさなければならず、男性は伸ばしてはなりません。
私は髪を切りたい。
この髪があの人に触れられるのかと思うと身の毛がよだつのです。
全てを捨てて逃げられたらと思いますが私には行くところがありません。
母があの方は貴方よりうんと年上なのだからと言います。
私にはその意味が解ります。
ですがその一瞬が悍ましいのです。
耐えられると思えないのです。
心だけが自由です。
それだけが救いです。
貴方が羨ましいです。
貴方と暮らせたらと思います。
貴方は突然庭に現れた私を見ても驚かずお家に入れてくれましたね。
それがどれほど尊いことだったのか今私は実感します。
その善良さはきっと貴方を幸福にするのでしょうね。
そうあって欲しいのです。
心から幸せを願っています。
愛をこめて。
318年8月29日