神様神様 聞いてくださいよ
昔むかし…と言うほど昔ではないけれど。
森の奥深くに廃れた神社があったそうな。
そこには一人の心優しい神様が住んでいたーーー
◇
パンパン!!
無駄に気合いの入った柏手に、ゴロゴロと昼寝をしていた神様はおやっ?と目を覚ました。
こんな廃れた廃神社に、参拝者なんて珍しい。
どれどれ、どんな人間が来たのかと覗き込んでみれば…
そこにはボロボロの格好をした一人の女の姿。
異様な雰囲気を放つその姿に、神様はちょっと引いた。
女はそれはそれは丁寧に深々と2度頭を下げると、手が痛くなるほど強く手を叩く。 最後にもう一度確りと頭を下げると、昏い目をギラギラと輝かせながらも能面のような無表情で手を合わせた。
「もうやだセクハラパワハラモラハラ全部揃ったクソ上司共のいる職場なんて絶対辞めてやる!!私の仕事?責任?はっ、普段何もしないお前らが私に押し付けてきてる仕事なんて私一人消えたところで誰にも迷惑なんてかからないだろだって元々それお前らの仕事なわけで私の仕事な訳じゃないしそれなのにグチグチグチグチ文句ばっかりたれやがってあの豚共がその荒れ果てた頭皮を完全なる荒野にしてやろうかゴラァ!!…という訳で神様どうか今度は腐敗しまくったブラックな職場ではなく真っ白に漂白れたホワイト職場で楽しく暮らせるような環境をご提供くださいよろしくお願いします!!!!」
終始真顔の彼女はそう一息にいい捨てるとまた深々と頭を下げた。必死すぎるその願いに、神様は…ドン引きしていた。
『こっっっわ!!!』
神をも戦かせるその女はまた手を合わせるとブツブツと言葉を唱え出す。もうそれ、呪言やん。
「神様神様私の声が聞こえていますか私の願いが聞こえていますか神様神様お願いですから私の話を聞いてください何もあの豚どもを呪い殺してくださいとは言っていないのです既に私はあの職場から退くことを決意している訳ですからしかし不思議なことに誰の役にも立たず文句ばかり言われるはずの私の退職届が何故か未だ受理されないのです神様神様これは一体どういうことでしょうこれはもう行政に訴えるべきなのでしょうか私はどうすればいいのでしょう神様神様取り敢えず円満とは行かなくとも私がこの職場のめっきりきっかり縁が切れるように豚どもとの縁がズタズタに引き裂かれ今後一切関わりが持てないように引き裂いて綺麗さっぱり抹消できるようにして下さいよろしくお願いします!!!!!」
女はそう言うとまた深々と頭を下げた。
神様はもう余りの恐ろしさに震えが止まらない。
何が怖いって、ノンブレスで一気に言葉を吐き出すのもそうだけど…何より薄ら笑いを時々浮かべつつも無表情で言い切る女の姿に心底恐怖した。
『怖いよぅ!!今時の子怖すぎるよぅ!!というかどんだけ不憫な目にあってきたのよぅ!!それにあのね、吾…実は縁結びの神じゃないんだけど…でもでも知り合いだから!ちゃんと縁が切れるようにお願いしてくるよぅ!だからもう帰ってぇ!!!』
神様は必死に懇願した。
普段、懇願されるのは己だと言うのに…なんなら今も懇願されているのは神様の方だと言うのに。
神様は必死に女に願った。
『お願いだからもう帰ってよぅ!!』
その声が届いたのか届いてないのか。
女はまた語りだした。
「神様神様聞いていますか?いえ聞いていたとしても、聞こえていたとしても私の願いまで聴いてくれるわけないですよね人の願いを一方的に押し付けられてやりたくもない仕事を押し付けられて仕事だからと誰かの助けになるからと私は必要とされているのだと思って頑張ってきましたがそんなこと無かったのですよね結局唯の体のいい便利な道具程度にしか思われてなかったのですよね知ってますよ知ってましたよそれでも私は私なりに頑張ってきたつもりなのですよなのに…神様神様ねぇ神様聞いてくださいよお願いだから私の話を聴いて下さいよ…誰も、誰も私の声を聞いてくれないのです誰も私の話を聞いてくれないのです誰も私を見てくれないのです誰も…誰も…ねぇ、神様わたし、はーーー…」
女は変わらずに淡々と無表情に語った。
しかし、その頬にはいつの間にか涙が零れ落ちていた。
ポロポロと零れ落ちるその雫は、とても物悲しく…何よりも寂しそうだった。
「神様…聞いて、ますか…?神様、私は…どうしたら、いいんでしょう?どうしたら、良かったんでしょう…?もっと我慢して我慢してずっと耐えればいいのですか?耐え続ければ、いいのですか…?もう、何を頑張ればいいのか…分からないのに。ねぇ、神様…私…なんで、何のために生きて、るの…?」
女は俯いてしまいその顔を伺いみる事はもう出来なかった。
けれど、その声だけはとてもか細く物悲しげに響いた。
「ねぇ、神様…私もう辛いの、もう疲れたよ…
ねぇ、神様…だから、私…私をーーー…」
言葉の最後は既に掠れて聞き取れない。
しかし、余りにも悲痛なその声に神様はついその声に答えてしまった。
『…汝の願い、しかと聞き届けた』
もう廃れた、ろくに参拝者も来ない神社の神にできる事など殆ど無いけれど。それでも、彼女の願いだけは叶えてやりたいと思ってしまった。
あんなにも必死に、悲痛な声で願われてしまっては…元々お人好しと呼ばれる神様には彼女の声を、願いを聞き流すことも断ることは出来なかったから。
少しの奇跡の演出をする。
何よりも神としての吟志として、久方振りに後光を背負って現れた神は彼女に直接話しかけた。
ーー聞いていたよ。聞こえていたよ。
君の声はしっかりと私に届いていたよ、そう伝える為に。
神様は慈愛の篭った瞳で女を見た。
すると、女は俯かせていた顔をガバッ!と勢いよくあげると先程までの能面のような無表情さを何処に落としてきたのか満面の笑みを浮かべていた。
「え…ほ、本当ですか?!!!」
あまりの反応の良さと、神様の出現に全く驚きもしないその姿に寧ろ神様の方がビクゥ!と肩を跳ねさせたほどだ。
『お、おぅ…お主驚かんのだな。吾、ビックリ~…』
というか、喜びすぎでは??
女は唖然とする神様を尻目に両手を掲げて
「いよっしゃーーー!!」となんとも雄々しく叫んでいた。
…やっぱり、この子怖いよぅ!!
というか、この子適応能力高すぎない??
というか、余りにも平然と受け入れ過ぎてて吾、なんかショック…もっと、こう…ね?別の反応が欲しかったなぁ。
神様、既に涙目である。
「言いましたね!男に二言は無いですからね!!」
すると、暫く叫び続けて満足したのか女は漸く神様の方へ顔を向けた。その勢いの良さに、首がグキっと変な音をした気がしたが…女は興奮しているのかあろう事か神様にツカツカと詰め寄ってきた。
正直、とてつもなく逃げ出したい神様だったが…既に腕をガッシリ確り掴まれたあとである。
『う、うん…吾、ちゃんと叶えるから安心して?ね…?だから、あのまずはこの腕を』
「よしっ!よしっ!!!」
『す、凄い喜ぶのぉ…』
「そりゃあそうですよー!!もぅ、嬉しくて嬉しくて…これからよろしくねっ、ダーリン♡」
『ん????』
「えへっ!」
きっかり、10秒。
神様の思考は体と共に石のように固まった。
…スゥーーーーッ
ハァーーーーーー…よし。
『んーーーーー…ゴホンッ!あ、あー…ごめんなぁ。吾、そこまで老けた自覚なかったんだけどぉ。
まぁ、もう吾も神様歴長いからなぁ!どぉーも耳が遠くなってしまったようでいかんのぉ…で?なんだって?』
いやぁ、自覚のない老いとは嫌なものだなぁ。一人暮らしが長かったせいもあるのだろう、どうやら難聴のようだ。
1度、知り合いに見てもらった方がいいかなぁ??
ウンウンと1人頷き納得する神様の腕に今度はこれみよがしに垂れかかってきた女は可愛らしく上目遣いで首を傾げた。
何その流し目。何その照れ顔。
…うん、可愛いけどね?
可愛いけど…どうしてこう悪寒が走るのかな…
「もぅ、照れてるんですかぁ?私、ちゃんと言いましたよ?『神様、私をお嫁に貰って下さい』って!」
『ぅえ?!い、いつ…??』
そ、そんなまさか本当に吾は難聴になったのか?!!
いやいやいやいや、そんな言葉聞いた覚えないしましてや了承した覚えもないわい!!
必死にブンブンと首を横に振って否定するが…何故かいつまで経っても冷や汗が止まらない神様である。
「しらばっくれる気ですか?大丈夫、ちゃーんと録音して保存してあります。なんなら証人もいますからねっ!」
どこからか取りだしたスマホは、既に録音画面になっていた。すぐにスタートボタンが押され流れ出した音声。
それは確かに先程の会話であった。
“「ねぇ、神様…私もう辛いの、もう疲れたよ…
ねぇ、神様…だから、私…私をーーお嫁さんにしてね♡」
『…汝の願い、しかと聞き届けた』”
・・・(´・ω`・ ) ?
……いやいやいやいや!!え、えぇ?????
「神様?私の話、しっかりきっかり聞いてくれるんですよね?男に二言はないって言いますし…“神様”なら尚のこと無いですよねぇ」
言外に“逃がさない”と、女に昏い目でニッコリと微笑まれ…
神様は泣いた。
怖い怖い怖いっ!!!
いやぁーー!!誰か助け
『いやぁ、目出度い!数少ない友神として祝福しよう!』
その時、煌びやかな後光が差した。
現れたのは…なんと、別の神様だった。
しかも知り合い。
しかも、こいつ…縁結びの神じゃないか!!!
『は?!え、ちょ、どどどうしてお主がここに?!』
『いやぁ、そこな女子に縁を願われてなぁ。余りにも可哀想だったもんで…結んじゃった♡』
だ、誰と誰を…いやいや、聞きたくない!
聞きたくないよォ!!!
「結ばれちゃった♡」
キャーーーー!!!!(恐怖)
キャーーーー!!!!(歓喜)
同時に響いた悲鳴は、遠く山の方まで届き木霊した。
縁結びの神様は2人のその姿に満足そうに頷くと「じゃっ!」と片手を上げて颯爽と去っていった。 無駄にいい笑顔だったのが癪に触った普段温厚な神様は、しかと心に刻んだ。
あいつ絶対殴り飛ばすぅっ!!!
『ということで、末永く幸せになー!!』
「はーい!有難う御座いましたぁ!!!」
女は、初めに来た時と同じように深々と頭を下げていい返事で彼を見送った。その隣では既に屍とかした神様、基。旦那を確りと捕まえて大層ご満悦である。
捕まってしまった神様は誰にともなく聞きたい。
どうしてこうなったんだよぉ!!!(泣)
「これから2人で幸せになろうね!ダーリン♡」
『い、いやあぁーーー!!!!』
◇
実は前世の記憶というものを持つ女は、ある日唐突に自分の愛する神様の事を思い出してしまった。
前世の女は実に平凡な村の娘であった、ある時参拝に訪れた神社で彼を見つけるまでは…
これは、前世から拗らせにこじらせた女の一目惚れから始まった恋路であった。
記憶を思い出した女は、すぐさま会社を飛び出し(退職届が受理されなかったので)姿を晦ますために家を売り払い己の痕跡を全て消してから、記憶だけを頼りに愛しの神様は探しまくった。前世とはいえ、既に200年は昔の事。
現在もその場所が残っているかも分からず、寧ろない確率の方が高いのは分かっていたが…それでも女は探し続けた。
既にあちこち開拓され記憶とのズレが大きすぎてあまり当てにならない。
しかもその間、何故かずっとずーっと会社から鬼電が鳴り続けている。電話も変えて、住所不定な生活を送っているというのに…まずは縁結びの神の所へ行こうと足を向けた。
すると、たまたま訪れた神社の神がかつて彼と月見酒をしていた神(前世、ひっそりと物陰から覗いていた為知っていた)だということに気付く。
そして、女は縁結びの神に只管願い続け…あまりの恐ろしさに、縁結びの神は面倒事はゴメンだと言わんばかりに女の願いを聞き届けーーー今に至る。
こうして、前世からの恋を漸く叶えた女は嫌がり怖がる神様を心底慈しみ骨の髄まででろでろに甘やかし…懐柔した。
元々、押しに弱かった神様は案外簡単に堕ちたが…。
「ダーリン♡愛してるよ!」
『わ、吾も…あ、あい、愛してるぅ!』
照れまくる神様が可愛すぎてつい甘やかしてしまう女と、初めは色々と怖かったけど今ではとっても幸せいっぱいな神様。2人は仲良く末永く幸せに暮らしたのでした。
めでたしめでたし