ヒロインさん、こっちに来ないでください!
誤字脱字報告ありがとうございます!助かります。
私には前世の記憶がある。
といってもたいしたもの?ではない。
『ゲーム』に似た世界の中と、今いる現実が重なっただけだ。
そして、そのゲームに私が『キャラクター』として登場していて、そのキャラクターが『悪役令嬢』だっただけだ。
悪役令嬢とは。
作中に出てくるヒロイン(プレイヤー)を邪魔して邪魔して邪魔をしてくるお邪魔虫の総称である。
しかもこのゲームは恋愛シミュレーションとやらで悪役令嬢の婚約者を奪う略奪愛も加味されているらしい。
おいちょっと待て。略奪だなんてどう考えてもヒロインの方が悪役じゃない?と思うがこのご都合主義ゲームは狙った相手がヒロインに一目惚れして婚約者よりも本気で愛してしまったり、悪役令嬢が嫉妬してヒロインを苛めると嫉妬したことよりも苛めたことにフォーカスして婚約破棄をつきつけてきたり、果ては悪役令嬢がいるからヒロインと結ばれないと思い込んで物理的に消してこようとする闇の深い物語になっている。
ヒロインとしてプレイした時はわりと楽しめたが敵、というかサンドバッグ役が自分なのかと思うと恐ろしさしかない。
ウルシカ・ダージャス公爵令嬢。八歳。メイドをいびっていた途中、滑って転んで前世の記憶を思い出した。
この性格なら誰にも助けられず婚約者に断罪されてあらゆる刑罰を総なめにできるな、とベッドの中で納得した。
思った以上に性格が悪かった。むしろよくもまあ断罪されるまで平々凡々と生きていたなと思う。
意地悪して辛い思いをしてきた使用人達をやんわり労ろうと方向転換することにした。
最初は驚かれたり裏があるんじゃないかと怖がられたり信用されなかったりとなかなかの手間だったが徐々に慣れてもらっていった。
次は私を地獄に突き落とす婚約者と婚約しない未来を作ること。これはまあまあうまくいった。
相手はお約束としてはありきたりのこの国の王子で、婚約したら王妃になる未来が待っていたがウルシカはまったく興味がなかった。
多分元のウルシカも興味がなかっただろう。
なにせ王子は極度のマザコンだったのだ。しかも乳母の方。
貴族が、しかも王妃が直接教育するのは稀らしく、王子は育ての親である乳母から愛情を貰っていた。
初めて恋をした女性が乳母だなんてなんともロマンチックな話だが、祖母と母親の間の女性が好きな男をなんというか知っているか?熟女好きというのだよ王子。
好みくらい、とは思うが、婚約者候補選抜お茶会で年齢が近い令嬢よりも自分達の母親の方に頬を染めた顔でうっとり見つめられると百年の恋も冷めるというもの。
前世の記憶と合わせた年齢がアラサーの自分で引いたのだから、実年齢の子供が王子の性癖に気づいたら拒絶反応を示してもおかしくない。
見た目と所作、対応も完璧で、いかにも王子様然としているからギャップに気づいたら余計に驚くこと間違いなしだ。
そんなわけで親の力を行使することなく、親から勧められても断固拒否したため、王子の婚約者から無事外れることができた。
次に考えたのは自分の未来についてだ。公爵家のお陰で適当にしても楽に生きれそうな感じではある。
両親が亡くなっても残りの人生で困ることがないくらいには資産があるらしい。
前世は社畜でブラック企業に使い倒されて亡くなったみたいだからスローライフもいいなぁ、と思った。
転機が訪れたのは十二歳の時だ。両親が家庭教師と養子を連れてきた。
前者は十歳上の伯爵家次男坊で学園の非常勤教師も兼任するという。後者は親戚筋の侯爵の三男だった。
どちらも見目がよろしく目の保養も存分にできたが、実はどちらも『ゲーム』の攻略者対象だった。
どちらもヒロインと会うのは学園に入ってからだったのでとても驚いたが現実はそういうものだ、と呑み込んだ。
どちらも適度な距離で仲良くなりすぎることもなく、険悪な関係にもならず普通の生徒と教師、姉と義弟、という関係を保った。
ここまで知っているキャラクターが出てくると、ゲーム知識を活かして面白おかしく生きてみたいという欲求がちょっとだけ頭を出してくる。だが後で我に返り引っ込めた。
なんというか、お恥ずかしいことに(精神年齢的には年下の)家庭教師を好きになってしまったのだ。
あれだ。単純接触なんとかというやつ。友達という友達もいなくて、更にいえば私の内面を踏まえた友達はいなかったから年上の、大人の男性である彼に惹かれてしまった。
爵位はギリギリ体裁がとれる伯爵だったし、私も前世は平民みたいなものだからそこまで贅沢に興味はなかった。
だから父にいえばなんとかしてくれると思ったが『ゲーム』知識がそれを邪魔した。
家庭教師には恋人がいた。平民の恋人だ。親に内緒で付き合っていて半同棲をしている。
ヒロインにはいつか爵位を得て恋人を迎えに行くのだと、だから気持ちには応えられないとバッドエンドで突き放している。
だがこの家庭教師は長年そうやって恋人を待たせていて、実際は結婚の気配も叙爵や襲爵の気配もない。
その切っ掛けをもたらすのがヒロインで、ヒロインを選ぶと子爵位と結婚が待っている。
このルートでは悪役令嬢役は恋人なのでウルシカの出番はないが、ヒロインが関わってくる可能性を考えると恋人の位置を交換した断罪が待っている気がしてならないので泣く泣く諦めた。
学園に入ってからも暫くは元家庭教師を目で追いかけては物思いに耽っていたが、見覚えのある顔が一通り出揃ってしまったのを確認して本格的に『ゲーム』のことを考え始めた。
来年には編入生としてヒロインがやってくる。そして一、二年かけて攻略対象との恋愛劇を繰り広げるのだ。
ゲームでは婚約者だった王子の隣にはウルシカとは別の令嬢が納まっている。
窺う限り、ウルシカの元の性格より何倍もまともで優しそうな令嬢だから婚約破棄をされても酷いことにはならないだろう。
無事学園の正式な教師になれた彼も恋人と仲良く過ごしている。
義弟はゲームだとウルシカに虐げられて偏屈な性格になってしまうのだが、ツンデレをキープしているからこれはこれで攻略しがいがあるかもしれない。
本当にゲームのような展開があるのか、ヒロインは誰を選ぶのかわからないが極力関わりたくはない気がする。
もう私はゲームのような悪役令嬢にはなれないしなる気もないが、元家庭教師や義弟といちゃいちゃされたらムカついて口が出てしまうかもしれない。
元家庭教師はともかく、婚約者がまだいない義弟はかなり優良物件だ。
だから見初めるのは当然のことだが、私を邪険にして最終的に貴族籍を剥奪して放逐されるのは辛い。
平民はいいけど義弟に嫌われるのは辛い。ゲームのヤンデレ義弟もわりと好きだったから辛い。
「騎士科、ですか?」
前世の時に長く習っていた剣道と親戚が日舞をやっていたのでその知識を活かして鉄扇を開発したのだが、趣味で練習していたところを騎士科の教師に見つかりあれよあれよという間に女性騎士になる話になっていた。
本来なら女性、特に高位貴族が騎士になることはないのだが、拙い鉄扇捌きに教師がえらく感銘してしまいゴリ押ししてきたのだ。
そのあと木剣で実力を見てもらったのだが『射殺すような目と雰囲気がいい』と褒められてるのかゴマすりされてるのかわからない言葉を貰ってしまった。
だが、これは好都合かも、と思った。学園内には専攻がいくつかあって騎士科は貴族科と学ぶ建物が別にあり、ヒロインとも他の攻略対象とも顔を合わせなくてすむようになる。
ヒロインが選んだ人によってはウルシカにも影響があるが、それこそ女性騎士になって独り立ちすれば放逐されても怖くない。
なにせヒロインと接触することもなくなれば、苛めた悪役令嬢といわれることもなくなるのだ。
これはいい!と閃いたウルシカは驚愕し固まる義弟も、口を大きく開けたまま閉じれなくなっている両親をも置いて騎士科に編入した。
騎士科は思っていたよりは簡単ではなかった。力も体力も同い年の男子にかなり劣り、軽さゆえによく吹っ飛ばされた。
美しいと褒められ続けた髪の毛はパサパサになり肌はこんがり焼けて擦り傷も増えた。
両親達に見られたくなくて寮住まいになってからは更に怪我が増えたと思う。
でも闘争心や技術、軽さは誰よりも抜きん出ていて、勝てるようになってからは軽んじられることがぐっと減った。
「トールズさまぁ~!!」
「ヒメルダ!」
いかにもゲーム設定にありそうな『公開練習』を中庭でしていると黄色い声の中に一際目立つ『声優さん』のような声に無意識に反応した。
反応したのはウルシカだけではなく、トールズ、と呼ばれた青年も嬉しそうに彼女の名を呼び駆けていった。
その駆け足は浮いていて背中には羽根が見えそうだった。
「犬の間違いじゃね?」
王子側近候補であり騎士科同期では最強といわれているトールズ・セイバルディは女の子達に囲まれ鼻の下を伸ばしている。
正確にいえばヒメルダを見て鼻の下を伸ばしているのだが。
辛辣な指摘をしてきたのは同期のナイディル・アドベントだ。家は神官家系なのだが次男だから騎士科に来たという変わり者である。
変わり者という意味ではウルシカも負けていないのだが、自分のことは棚上げして目の前の光景を冷めた目で見つめた。
ヒメルダ・ドーバー男爵令嬢。稀有な癒しの力を持つ今代の聖女候補だ。ゲームでは『聖女の卵』なんていわれていたが、現実の世界では聖女候補生が他にもいるらしい。
どちらにしても結婚できないはずの聖女の卵様が結婚してハッピーエンドを迎えるので他に候補がいてくれた方が安心する。
無事編入できたヒメルダは順調に攻略対象を攻略しているらしい。
自分の婚約者をヒメルダのために追い払う悲しいシーンを見てしまった。
確かあれは差し入れを持って行って、トールズの婚約者に毒が入ってるわ!とサンドイッチを叩き落とされるシーンだ。
そこをトールズに見咎められ婚約者を出禁にする流れだったはず。
めそめそ泣くヒメルダの肩を抱いているトールズは一見ヒーローに見えますが、ただの浮気クソ野郎です。
だってトールズに見えない角度(こっちからは丸見え)でヒメルダがニヤニヤ笑っている。こちらも性根が腐っていそうだ。
見られてることに気づきヒメルダは愛想笑いをしたが、トールズとなにやら話すとこっちを見て驚いた顔をした。
あ、もしかして私が誰かわかったとか?
訝しがるようにこっちを見てくるヒメルダにまさか同じ異世界転生者か?と危惧したがトールズに連れられて中庭を出ていってしまった。
「いや、片付けていけよ」
「まったくだな」
他の生徒と共に地面に落とされたままのサンドイッチの残骸を見て溜め息を吐く。
落とされた後気にせず踏んでいったヒメルダに食べ物を大切にしようよ、と内心ゲンナリした。男爵とかってもう少し平民と近い感覚持ってるんじゃないの?
「ドーバー男爵は成金だから生活水準だけでいえば伯爵と同等のはずだぜ」
「えっそうなの?!」
放置すれば野犬が来てしまうので勿体ないが処分しないとね、と片しながらぼやくとそんなことを返された。
確かヒメルダは養女のはず。ゲームでは質素倹約で孤児院に行ってはサンドイッチなど食べ物を持って行っていたからそこまでヒロインの生活を気にしたことはなかった。
「というか、不味そう。食べなくて良かったかもな」
「え、そう?」
ナイディルが顔をしかめるのでそこまで?と首を傾げた。新鮮な野菜に肉まで挟んである。
成長期の男の子が好む中身だと思うが、そこでひとつ思い出した。
この世界は生物をそのまま食べないのだ。
前世では考えもよらない話だが安全、衛生を考えた上で家族、信頼が置けるシェフ以外からの生物は食べるべきではない、という風潮が確かにあるのだ。
それを踏まえると潰れたサンドイッチはレタスにトマト、きゅうりなどスタンダードな生野菜に焼き肉らしき肉の匂い。
醤油はこの世界に、この国になかったから大豆を発酵させた『何か』なのだろうけど異臭に思えるのはなんでだろう?
よく見ればパンも固いパンを切り取っただけで、あの柔らかさとモチモチ感はない。
だったら普通にパンに切れ込みを入れて具を挟んだ方が簡単だったのでは……?そこまで考えてやはりヒメルダは異世界転生者なのでは?と思った。
しかもゲーム準拠してくるガチ勢か何かかもしれない。
「残念だったな」
「え?何が?」
面倒臭いことになったらどうしよう、と不安になっているとナイディルがそっぽを向いてそんなことをいった。
話が読めなかったウルシカは首を傾げると、彼は難しい顔をして廃棄になったサンドイッチを見た。
「ダージャス嬢はトールズと仲が良かっただろう?あの女が絡んでくるようになってから近づかなくなったから気を遣ってんのかなと思ってな」
「あー確かに気は遣ってましたが、元々そこまで仲良くはありませんでしたよ」
まるで私があの純情単細胞に気があるような言い方に驚いたが「知り合い程度です」といったらナイディルが吹き出した。
「公爵令嬢にそんな風に思われてるとしたらセイバルディ侯爵はさぞやお怒りになるだろうな」
「未来の王の側近ですもの。出ていく公爵家の娘なんて興味すらないでしょうよ」
「なんだ。トールズと婚約するのかと思ったが違ってたのか」
「どこをどう見たらそんな風に見えるの?あなたの目は節穴なの?」
「ちがいない。女で騎士になろうとしてるお前を娶ったら確実に尻に敷かれるだろうしな」
ニヤ、と笑ったナイディルにウルシカもニヤリと返し「ご心配なく。結婚する予定はないもの。尻には敷かないわ」と付け加えて二人で吹き出した。
◇◇◇
「ウルシカ・ダージャス!お前またヒメルダを苛めたそうだな!」
数少ない騎士科の女生徒達と休み時間を楽しんでいるといきなりトールズがやって来て唐突に罵倒してきた。ちなみにこれが初回ではない。そして返す言葉も決まっている。
「セイバルディ様。ここは騎士科。貴族科、下位貴族が多く選択する経営科は二棟を越えなければ辿り着けません。
休み時間は友人達と過ごしていますのでドーバー様とはお会いしておりません。
また、お互い自己紹介もしていませんのでいきなり会いに行くのは不敬にあたると存じますが」
「だがヒメルダが、」
「そういえば騎士科と貴族科を隔てるために少し高めの柵を作ったんですってね。あれを乗り越えるのはなかなかの至難の技ですわ」
「鍛練としては丁度良いのではなくて?あらでもあの柵を許可なく越えると警備の方からお叱りを受けると説明がなかったかしら?」
「そうですわ。なんでも授業中抜け出して愛しの方に会いに行った不届き者が現れたから抑制に柵を作ったとか。
本当に愛しているなら授業以外に会いに行くものではなくて?お相手の方もさぞや迷惑してるでしょう」
「ヒメルダは迷惑だなんていっていない!」
公爵令嬢が男爵令嬢に会いに行く理由などないし、悪役令嬢がヒロインに会いに行ったらそれはもう冤罪の片棒を自ら担ぎに行くことになるのでやるはずがない。
そもそも何を思って面識がない、関わりたくもない男爵令嬢を苛めなくてはならないのか。そしてこの問答を繰り返さなくてはならないのか。
ゲームのバグかな?とよくわからない現実逃避をしたくなるので意味のわからないケンカを吹っ掛けないでほしい。
攻略対象となんの関係も持ってないのに、貴族科にもいないのになぜ私に絡んでくるの?
心底うんざり、という空気を出せば友人達も普段はそこまで徹底してなかったのに、ここぞとばかりに淑女言葉で喋りトールズを威圧した。
元々女子同士の会話は入りにくいと騎士科の面々は常々思っていて、淑女の喋り方をされると固まる者も多い。
多分どう返したらいいのかわからず言葉が飛んでしまうのだろう。
よくも悪くも騎士科は脳筋が多いのだ。その中に入るトールズも言い返した割には引き腰だ。
「誰もドーバー様とセイバルディ様の話をしていたわけではありませんわ。あらでも先程の授業にセイバルディ様はいたかしら?」
鉄扇を広げた出したウルシカは冷ややかに嫌味をいうとトールズはたじたじになり、そして「いいか!ヒメルダのことをもう苛めるなよ!」と負け犬のように叫んで去っていった。
「随分と落ちぶれたものね」
「まったくですわ。騎士科同期の中でトップにいたセイバルディ様が恋ひとつであれとは……」
「座学は絶望的ですわね。元々実技の足を引っ張っていましたのに。側近が無能では殿下もさぞやお嘆きになりましょう」
去っていた方を見ながらそれぞれ冷たい視線を向けて溜め息を吐いた。
別の科で人気なのと同じように騎士科でもトールズは人気があったのだ。主に戦力的にだが恋愛感情がなかったか?といえば嘘になる。だからこそ余計にガッカリしているのだ。
「その殿下もまた先程のヒメなんとか様に骨抜きにされたと聞きましたわ」
「あら、わたくしは経営科の教師ととても仲が良いと聞きましてよ。令嬢らしからぬ大きな声でケタケタと口を開けて笑っていたとか」
「わたくしは宰相様のご子息と魔法科の神童と謡われた方も人目を憚らずベタベタと仲良くしていると聞きましたわ。この国の未来は真っ暗かもしれませんわね」
「それをいうならわたくしの義弟もドーバー様を邸に招待するほど仲がよろしいですわよ」
自慢というよりは愚痴だが残念そうに目を伏せれば友人らは痛ましそうにこちらを見た。
「それはお辛いですわね」
「ですが先程自己紹介はしていないと」
「わたくしがいない時や部屋に篭っている時に本人達はこっそり会っているみたいですわ。口止めしたところで筒抜けですのに」
「なんとまあ……ウルシカ様の前でいうのは不敬ですが見苦しい逢瀬ですわね」
隠れて会って不敬を働く関係に友人らは不快そうに顔を歪めたがウルシカは苦笑で返した。
「二人にとってわたくしは彼らの愛を燃え上がらせる舞台装置なのでしょう。
紹介してくれれば応援すると申しましたのに、義弟には『そういってヒメルダを嵌めようとしてるんだな!』と勘違いされてしまって。それ以降は触らず近付かずにいますの」
「おいたわしや。ですがそうなりますとあのことは知らないのですか?」
「ええ。あの子だけが知らないと思いますわ」
可愛かった義弟はヤンデレよりも軽いツンデレのせいで更に呆気なくヒロインに陥落され、養子だというのにウルシカを嫌悪するようになった。
ゲーム通りといえばその通りなのだが、ゲームのように義弟を虐げなかったし私的には仲のいい姉弟だと思っていた。
ヒロインの何倍以上も共に過ごしてきたというのに、こうもあっさりと手の平を返されるとは思ってなくてそれなりにショックを受けている。
内々で養子縁組を取り消そうかと父が話しているのを聞いてしまったので、忠告したかったが顔を合わせようとしない、話をしようとしないので伝えるのは難しそうだ。
そして私は飛び級制度を使って早々に卒業した後、辺境伯領に女性騎士として着任する予定になっている。
まだ修行中の身だがそこの辺境伯の息子と婚約を結ぶため早めに来てほしいといわれたのだ。
両親にはこのまま輿入れするつもりだと伝えてあるし、ヒロインともゲームとも繋がるところがない。
辺境伯の令息はゲームキャラには出てこないモブなのだ。
結婚したら何人かとは顔を合わせる機会もあるだろうし、ヒロインとも会うかもしれないが、さすがに今ほど絡まれることはないだろう。ないと思いたい。
正直、お前のやってること逆ハーだけど、ゲームだと逆ハーは友情エンドだし現実味ないからちゃんと向き合った方がいいよといってやりたいが妙に私を敵視しているので助言は一切してやらないつもりだ。
同じ異世界転生者なのに相手が悪役だからケンカ売ってもいいとか頭が悪い気がする。私が貴族科にいない時点でそっちの邪魔をする気はないと示しているのも気づかないかな?
あと父の影を借りてヒロインが私に着せまくっている濡れ衣の証拠集めを進めていることにも気づいていないのだろう。
紙の束が二つになった時点で目眩がしたが、最新情報が元家庭教師が恋人と破局した話で気が遠くなったが、まあいいか、と溜め息と一緒に無理やり気持ちを切り替えた。
◇◇◇
辺境伯領は王都と違って自然が多く空気も空の色も違って見えた。仕事は最初の頃は泣きそうになったが徐々に慣れていった。
婚約者は大柄で熊さんみたいだったが兄貴肌でいい先輩という感想だった。
彼と恋愛感情もなく結婚するのか~と思うと不思議な気分だったが彼には包容力を感じたのできっと大丈夫だろう、そう思った。
なにより女性騎士である自分を軽んじない。仲間として扱ってくれる。そんな優しさが嬉しかった。
風の噂で学園の卒業パーティーが終わり、ゲームもほぼ終了したことを知った。友達から手紙でそのうち会おうと話していたがその前に珍しい相手と再会できた。
「アドベント様じゃないですか」
「やあ、ダージャス嬢。健在でなによりだ」
魔獣の群れの討伐に出ていたのだが、補給部隊の中に学園で同期だったナイディル・アドベントが立っていた。
いつもすかした顔をしていていけ好かない人だったが、悪巧みする時の顔は年相応に可愛かった。
今は幼さが取れて大人びた精悍な顔つきになっている。そこまで間をあけてなかったはずだが著しい成長にいささか驚いた。
だが大人になったとはいえここは辺境。ウルシカの記憶ではナイディルの実力は中の下だったはず……そう思い、不安そうに見ていたら不機嫌な顔になった彼が舌打ちをした。
「どうせ俺は実力じゃお前の足元にも及ばねーよ」
「そこまではいってないわ。弱かったけど」
「いってるじゃねーか!」
「それでどうしてこんな辺境まで来たの?」
実技はともかく、ナイディルは頭脳派だから作戦室の方が似合っている。てっきり近衛隊の幹部を目指してるのかと思った。
といってやればまだ不機嫌な顔をしているナイディルがおもむろにウルシカの腕をとりもう乾いた傷跡に手をあてた。
暖かい光と感覚に目を瞪るとあら不思議、腕の傷が治っていた。
「ああそうか!神官の息子!」
「気づくのがおせーんだよ!」
そういえば神官の血筋は聖女ほどではないが癒しの力を持っていた。
すごいわね!ありがとう!とお礼をいうとナイディルは驚いた顔で目を丸くして、それから「こんなのたいしたとことねーよ!」と照れたようにそっぽを向いた。義弟を見ている気分だわ。
◇◇◇
懐かしい仲間と一緒に数ヶ月かけて魔獣の討伐をし、帰還すると帰還祝いにパーティーが開かれた。
本来ならドレスを纏うべきなのだろうが新しいドレスを新調してなかったのと、この数ヶ月で腕回りがまた少し太くなった気がしたのでやめておいた。
それに今着ている隊服の方が自分に似合ってるし、騎士としての誇りもここに全部詰まっているからこっちを着てパーティーに出よう、そう思った。
「ウルシカ・ダージャス!只今をもってお前との婚約を破棄する!!!」
パーティーが始まり、義両親からそろそろ結婚式をしようか、と話していたところの出来事だった。
ウルシカが壇上に上がり帰還兵の代表として一言喋る予定だった。その前に婚約者が壇上に上がり、名指し指差しで婚約破棄を突きつけた。
そんな話など知らなかったらしい義両親は目を見開いたまま固まっている。
ウルシカも驚いたがなんでそんなことをいうのか気になり彼を近くで見上げた。
そんなウルシカを婚約者は忌々しげに見下ろした。
「まったく最初から嫌だったんだ!女だというのになんだその格好は!なぜドレスを着てこない!俺の伴侶になる自覚はないのか?!」
「あなたの婚約者ではありますが今は騎士としてここにいます。死線を潜り抜けた仲間達と喜びを分かち合うにはドレスは不相応だと思いました」
「どうせ腕が入らないとかドレスが似合わないとかそういった理由だろう?
今のお前がドレスを着たら男が女装した姿に見えるだろうしな!」
嘲る婚約者に他の参加者もつられて笑った。だがその笑いは討伐隊に参加していた面々が睨みで黙らせた。
今回婚約者は討伐隊に参加していなくて数ヶ月ぶりの再会になるのだがまるで別人のようだった。
彼は女性騎士を認めていたし、ウルシカのことも婚約者として立ててくれていたし大事にしてくれていた。
それが、女が戦場に立つなど生意気だ、女らしくしろ、男を立てろ、男より強いからといい気になるな、など今まで見てきた彼とは真逆の台詞が乱立して困惑した。
「ヒメルダ!」
「はぁ~い!」
彼に一体何が起こったのだ?と考えていると、聞き覚えのある名前と声が舌足らずな言葉と共にやってきた。
ひし!と婚約者に縋りつき、腰に手を回らせたのはヒロインことヒメルダでさすがのウルシカも目を瞪った。
「やはり女はこれくらいたおやかに細くて柔らかい方がいい。そしてこの甘い匂い、これぞ俺の理想の女だ!!
お前みたいな女らしさなどひとつもない固い筋肉まみれの男女などいらん!さっさと俺の城から去るがいい!!」
「キャーっクマさん格好いい~!」
「そして俺はこの稀有な聖女の力を持つヒメルダと結婚する!!」
「いや~ん!ヒメ嬉しい!」
きゃっきゃっはしゃぐヒロインは場違いに浮いていた。そしてこっちを見てフッとバカにしたように嘲笑った。
「本当よね~!隊服が好きなのかもしれないけど麗人?には程遠いコスプレだし、隠れてるけど腕パンパンだもん。きっと力こぶも岩みたいに固いんだわ~。
好きな男よりも強くなって何がしたいのかしらね~?男はみーんな、か弱い女性を守りたいと思っているのに。
強くなりたいなら一人で生きていけばいいんじゃな~い~?きゃは!」
なんで結婚なんてするの?必要なくない?と笑うヒロインにやっと思考が回ってきた。
お、お、お、お前~~~っ!!!!どのキャラだそれ~!!
というか、ヒロインなんでこっちに来てるのおぉ?!
あんたのことなんか呼んでませんけどおおっ?!
しかもなにその密着具合!いかにもただならぬ関係です!ていってるようなものじゃない!
義両親を思わず睨めば二人共激しく首を横に振った。次に使用人を見れば申し訳なさそうに頭を垂れている。
何で邸に入れたのよ!友達だっていわれた?!あんなの友達だなんていったら生涯黒歴史よ!!
嘆息よりも深く重い溜め息を吐いたウルシカはいちゃいちゃしている二人を見上げた。
「今使用人から聞きましたが、わたくしが討伐に出て間もない頃に友人を名乗る者が先触れもなく現れそのまま居座り続けたとか。その友人を名乗る者はその方でしょうか?」
「酷いわ!折角わざわざヒメが王都から来てあげたのに!そんな言い方なんてあんまりだわ!!」
「そうだ!ヒメルダはこんなに健気で美しいというのに!!友達がいないお前を心配して来てくれた心優しい聖女だぞっ少しくらい労えないのか?!」
一人称ヒメとか、自分を名前で呼ぶようなそんな友達前世でもいなかったわよ。それに嘘をついて私の居住区に住み込む虚言癖の友達なんてこっちから願い下げよ。
「いえ、その方は友達ではありません。
わたくしにも友人はいますが、訪問相手であるわたくしがいない、初対面の辺境伯の邸に数ヶ月泊まり続ける無作法な友人は一人としていません。
なによりその方とは今まで一度も自己紹介をしたことがありません」
「はぁ?!?!」
ウルシカの返しに婚約者どころか他の面々も驚いた顔をしている。わかっているのは苦々しい顔をしてこっちを睨んでくるヒロインだけだ。
「いや、だって、知ってるだろう?!顔も、名前も!!」
「それはこれだけ、いえ学園にいた頃から騒動を起こし続ければ嫌でも覚えますわ。
ですが、あなた方はお忘れかもしれませんが、わたくしの家は『公爵家』でございます。紹介もなく下の者が上の者に許しもなく自分を名乗ることはタブー。
そしてわたくしは一度も許したことはありませんし、そちらの方も貶める以外でわたくしの前に現れたことは一度もありませんでした」
「そんなの嘘よ!!」
「嘘もなにも、公爵家の者の言葉と、聖女とはいえ男爵家の言葉、どちらに重みがあるか、またここで成果をあげてきたわたくしと、許可もなく邸に上がり込みわたくしの婚約者を誑かした余所者のあなた、どちらに信用があるか皆に聞いて比べてみますか?」
周りを見れば勿論此方に軍配が上がった。
「酷いわ酷いわ!ヒメ、ウルシカに会いに来たのに!それなのに友達のヒメを辱めてそんなに楽しいの?!なんでそんな人になっちゃったの?!」
「ヒメルダ!泣くな!おいっどういうことだ!なぜ嘘をつく!」
嘘じゃないってば。むしろなんでヒロインの言葉鵜呑みにしちゃうかな~。義弟やトールズ思い出すから嫌なんだけど。
それに名前も呼んでるし、呼び捨てだし。本当マナーがなっていない。前世でも初対面で名前呼び捨てするのは顰蹙を買うでしょうに。
というかこれ断罪イベントじゃない?いきなり発動したの?ヒロインが来ただけで?
うわー。そうなるといくらここでヒロインを叱っても通じない感じ?目の前の婚約者も義弟達のように曲解して私を敵視してしまう?考えてズキンと胸が痛くなった。
折角ここまで頑張ってきたのになぁ。領のみんなと仲良くなれるように努力したし、ここの屈強な男達にナメられないように血を吐くほど頑張ってきたのに。
その姿を目の前の彼も見てくれてて認めてくれたと思ってたんだけどなぁ。
婚約者を見ても以前のような安心する顔ではなく軽蔑した不快な表情で私を睨んでいる。今まで積み上げた信頼関係はすべてなくなってしまったように見えて視界が滲んだ。
「……わたくしのいっている意味がわからないのでしたら、仕方ありません。婚約破棄を受け入れますわ」
小さく息を吐いて礼をすれば二人がポカンとした顔になった。そして遅れて、
「ふっなかなか聞き分けがいいじゃないか。いつもそのくらい従順なら可愛げもあったものを。だが今更媚びたところでもう遅い!
もう二度とお前のような男女など娶ってくれる者などいないだろうな!無様なものだ!」
「……っ」
「やっだ~!!ショックで何もいえなくなってる~!クマさんとなら結婚できるって思ってたのにあてが外れたから悲しんでるのよね~?ウププ!
やった!これでやっとウルシカ悪役令嬢の断罪が見れるわ~!」
歓喜して調子に乗ったヒメルダが手を叩いて朗らかにこうのたまった。
「それで、ウルシカをどうする?処刑?追放?それとも北の厳しい修道院?あ、処刑をするなら火炙りが派手だしいいと思うの!」
何いってるんだコイツという視線が四方八方から飛んできている。ヒロインは気づかないのだろうか。元婚約者ですら驚いて固まってるわよ。
「あ、すぱーん!て首を斬っちゃう?ダーリンは強い騎士?なのよね?あんな女かる~くはねちゃえるわよね?
どうせやるなら街の真ん中でどーん!てやった方が民衆も楽しめるしウルシカもちゃんと反省すると思うんだ~」
一人楽しそうにどの処刑がいいか挙げているヒロインに周りがジリジリと引いた。
勿論処刑を見世物にして民衆のガス抜きをすることはあるが、ここまで楽しそうに人の処刑を語る者はいない。
それが人を慈しみ救う立場である聖女なら尚更ギャップが激しい。戦場に生き甲斐を感じている脳筋共ですら引きつった顔でヒロインを眺めた。
「なぜそこまでわたくしに刑を与えたいのですか?」
「はあ~?そんなの決まってるじゃない!ヒメを苛めたからよ!ヒメが聖女だからって妬んでいっぱいいーっぱい嫌がらせしたじゃない!!
あと少しで死んじゃうことだってあったんだからぁ!!だから貴重~で尊~い存在のヒメを怖がらせた罪として!死刑を言い渡します!!死んで反省しなさい!!」
「何いってんのお前」
ビシッとキメポーズをして死刑宣告してくれてるけどどう考えてもおかしいからね?
ダメそうな奴とは思ってたけどここまで生理的に無理な子だと思わなかったわ。
というか、こんな子に落とされた義弟達の感覚もおかしいんじゃないの?ゲーム仕様のせい?それともなんとか強制力とかいうやつ?
どれにしてもヒメルダと友達なんて一生無理だわ。無理無理。
思わず出てしまった素の本音に気がついて咳払いをしたら横にスッと隊服を纏ったナイディルが現れた。
手にはこの国で一番有名な印と巻き紙。それでおおよそ予想がついた。
「何いってんの、じゃないわよ!このわたしを誰だと思ってるの?ヒメルダよ!
この世界の主人公でありヒロインの聖女!それがヒメなの!ヒメを苛めてただでいられないの!
学園に入ったらあんたが王子のクラスにいなくて探すの苦労したのよ?その分の罪もあるんだから!ヒメに余計な手間をかけさせた罪!死刑を求刑する!!どう?決まったでしょう?
でも騎士科に逃げてるなんて思わなかったわ。バグかしら?……ま、いっか。こうやって断罪できたし!」
転生者にしかわからない言葉を羅列するせいで他の人達が全員置いてきぼりを食らっている。
意図的に科を移動したウルシカをバグだと思い込んだヒロインは目を輝かせると指を組み恍惚な表情を浮かべた。
「ヒメね。悪役令嬢の、特にウルシカが処刑されるシーンが一番好きなの!!
みんなに捨てられて、手錠されたまま引きずり回されてみんなの恨みつらみを一心に受けて処刑台に立つの。
ヒメと王子が仲良く手を繋いでるのを見てもまだ勝てるとか思って『わたくしは間違ってない!こんなの間違いよ!』とか『婚約者はわたくしよ!早く目覚めて!!』とか、プププ!
叫んでも届かなくて、暴れようとするんだけど処刑人に髪を引っ張られて首切り台に叩きつけられるのね!
それから幸せそうなヒメと王子を見て、血の涙を流しながら斧が振り下ろされるんだけど、一回じゃ斬れないのよ!
だから何度も何度も振り下ろすんだけど、見てらんないヒメと王子は背を向け去っていくのね。
それを見てあんたは泣き叫んでこういうの!!
『わたくしが全部悪かったわ!お願い、許して~!!』って!!叫んだ瞬間首がぽーん、と飛んで!
その首は丁度通りかかった馬車に轢かれるの!!凄くない?!ヒメこのシーン大好きすぎて何度も見返したんだよね!!」
うーん。サイコパス。まあ、そのゲームをプレイした私も人のことはいえないが、どの処刑スタイルが好きかなんて考えたことはなかった。
悪役令嬢達は邪魔な敵ではあるけどそれ相応のことをヒロインにしてきたし、何より二次元と三次元では残虐性が違いすぎる。なんなら処刑シーンは飛ばしていたくらいだ。
一定以上の残虐な行為はどんなに相手が嫌いでも見たくはない。と思うのは普通じゃないの?
でも、私もそうなるのだろうか。
民衆に石を投げられ、誰も私の言葉を聞き届けてくれなくて、無惨に殺されてしまうのだろうか。
そして王子が私を処刑後ヒロインに、
『あんな者のことは忘れてしまおう。恐ろしい怪物だった。悪夢だと思った方が君にも周りにも平穏をもたらすだろう』
といって、十年近く連れ添った婚約者の記憶をごっそり消してしまうのだ。
改めて、自分が悪役令嬢として考えるとこんなひどい話あってたまるか、と思ってしまう。
苛めてもいないのに、接触もほとんどしてない相手に、ただ処刑されるところが見たいからというそれだけのために追いかけてきたヒメルダをゾッとした気持ちで見た。人種が違いすぎる。
私を捕らえるように元婚約者にお願いしているヒロインからどうやって逃げるか、果たして逃げられるのか考えていると腕にちょん、と当たった。
見ればナイディルがじっと私を見ている。いけ好かない無愛想な顔で見ていたが、その顔を見て張っていた肩が落ちた。
「え?!やだちょっと!キャーッなんなの?!」
「おい!ヒメルダに何をする!離せ!!……おい!俺はここの当主になる男だぞ!!なんで俺も捕らえるんだ?!お前達は俺の部下じゃないのか??」
「違いますよ。彼らは王都から派遣された騎士です」
控えていた補給部隊の騎士がヒロインを捕らえた。それを見た元婚約者が怒って殴りかかろうとしたが彼も捕らえられてしまった。
膝をついた二人の前にナイディルが進み出ると一枚の羊紙皮を広げた。
「ヒメルダ・ドーバー元男爵令嬢。あなたは王太子を誑かし他の高位貴族、教師をも惑わせ混乱を招いた。
また、彼らの婚約者達にも嘘の罪を着せ破局させたことは聖女を一任している教会側も重く受け止めている。
聖女の力を加味して五十年の奉仕を義務付けたがそれを放棄して逃亡。職務放棄とみなし見つけ次第聖女の称号を剥奪。
また度重なるダージャス公爵令嬢への度を越えた無礼な行為、冤罪を流布し彼女の名誉を貶めた罪で捕獲後は犯罪者として収監。奴隷落ちと強制労働を科する」
ナイディルが発したのは王公認の罪状だった。
どうやらヒロインはゲーム通りに婚約破棄をさせたらしい。しかも攻略対象全員が破棄したと聞いて目眩がした。
義弟と元家庭教師は違うようだが家庭教師は学園を出て行く前に恋人と別れたことは聞いていたからこれもヒロインの仕業の可能性が高い。
ゲームでの逆ハーエンドは友情止まりなので婚約は破棄していなかったはず。それをさせてしまうなんて何を考えているんだと困惑した顔でヒロインを見た。
「はあ?!な、何をいってるの?!ヒメは聖女よ?!こんな珍しい能力を剥奪なんてできやしないわ!」
「報告では修行をサボっていて他の候補者よりも大分劣るそうじゃないか。片鱗はあったが癒しの力すらまともに使えない落ちこぼれと聞いているが?」
「そ、それはあの候補者達がズルしてるだけよ!ヒメの方が凄いんだから!じゃなくてもヒメは男爵よ?!貴族なのよ?!そんなことできるわけ」
「男爵令嬢のお前を苛めていただけで公爵令嬢が公開処刑されるくらいだ。逆なら最低でも縛り首の後朽ちるまで晒し首にはなるだろうな」
「う、嘘?!」
「だが安心しろ。お前が王子達にやらかした時点で監督不行届で男爵家は取り潰し、お前は平民に逆戻りしている。
平民には平民の罰を受けてもらうから生易しい刑にはならないだろう。
それに気づいて逃げたのかと思ったがこんなところで、しかもまた同じことを繰り返し罪を重ねていたとはな。
この罪状は王都の分だ。ここでの分の罪を踏まえると本当に縛り首かもっとキツい刑もありうるかもな」
「だ、だって!あとはウルシカの処刑だけだったんだもん!!そしたら王子様と結婚して贅沢三昧して一生楽しく生きていくつもりだったのに!!」
「残念だったな。そんな未来はもうない」
冷たくいい放つと現状を理解したらしいヒロインが取り乱した。騎士に捕らわれてることも忘れ、隣にいた元婚約者に縋った。
「いっ嫌ぁ!!た、助けてぇ!!クマさん助けてよぉ!!ヒメのこと好きなんでしょう?!」
「はあ?!何をいってる!ただの平民に俺が興味を示すわけないだろう?!王家に目をつけられるとかどんな悪事を働いたらそんなことができるんだ?!俺を巻き込むな!」
「酷いわ!昨日までウルシカよりもいい女だって!結婚するなら断然ヒメの方がいいっていってたくせに!!」
「いってない!いってない!!早くそいつを連れていってくれ!!」
厄介払いをするかの如く頭を振って追いやろうとする元婚約者にヒロインは本格的に泣き出しその場に蹲った。
「嫌よ嫌!!ヒメが処刑なんてあり得ない!!
……ウルシカ!そうよ、ウルシカがヒメの代わりに処刑されればいいじゃない!!あんたならきっとみんな喜んでくれるわ!
だって悪役令嬢だもの!悪役は散り際も潔くするべきだわ!!」
梃子でも動こうとしないヒロインに騎士も呆れたがウルシカはもっと呆れた。
「わたくしからすればあなたの方がよっぽど悪役令嬢ですが」
冤罪吹っ掛けて、こんな辺境まで来てシナリオにない婚約者を奪うんだもの。
誰が見てもウルシカが悪役令嬢とは思わないし、処刑したところで喜ぶのはヒロインしかいないだろう。
「早く連れていけ。既になん十個という不敬罪が追加されているんだ。これ以上この者の言葉を聞いても無意味だ」
不快を露に見ていればナイディルが手を振って騎士に指示すると、ヒロインを強引に担いで騎士達は広間を出ていった。
結局、私が異世界転生者とは気づかれなかったな。
「本当なの?聖女に覚醒もしていなかったの?」
ゲームでは後半のイベントで聖女に覚醒していたはずだ。それを思い出して聞いてみたのだが、そんな兆しはこれっぽっちもなかったという。
元々結婚するつもりでいたから修行を疎かにし、他に候補者がいると知ってやる気が余計なくなっていたらしい。
目指すルートによっては聖女の力が必要だったはずだがその辺はごり押ししたみたいだ。
ある意味未来を知るチート機能があるから聖女の力がなくても問題なかったのだろう。かと思えばウルシカに固執していたり、自由で恐ろしい子だったな、と溜め息を吐いた。
「ウルシカ~!!」
ドシドシと音を立てて大柄な元婚約者が迫ってきた。抱き締めようと手を伸ばした瞬間、ウルシカは持っていた鉄扇を器用に動かし、元婚約者を宙返りさせ床に叩きつけた。
「すっげ、」と驚くナイディルにウルシカも驚いた。うまく決まってしまってはしゃぎたいのに目の前の元婚約者が恐ろしい形相をしていてはしゃげない。
「何をする?!」
「そちらこそ何をしようとしましたの?」
「それは勿論抱き締めようとしたのだ!」
「なぜ?わたくし達は先程婚約を解消しました。その相手を抱き締めるとはどういうことですか?」
「それは、お前が怖い想いをしたかと思って慰めてやろうと」
「勝手な思い上がりですわね。しかも許可もなく公爵令嬢であるわたくしに触れようだなんて不愉快ですわ。アドベント様。この不埒者も捕らえてくださらない?」
「な、なんだと?!」
激昂した元婚約者が襲いかかろうとしたがナイディルに足をかけられ、ウルシカにはまた鉄扇で操られ床にズダン、と落ちた。
思いきり顔を打った元婚約者は痛そうに顔を歪めたが、顔を押さえた手は後ろに回され彼もまた捕らえられた。
「な、なぜ俺を捕らえるんだ?!俺は辺境伯だぞ?!」
「あなたの父上が、ね。そして準貴族なあなたは、たとえ辺境伯でも公爵家より下位。
そのあなたは先程婚約者であったダージャス公爵令嬢に無礼な態度をとりましたね?そして矜持を傷つけるような暴言も吐いた。
これはダージャス公爵や国王陛下に報告する必要がある内容だと判断しました。
あなたを捕らえるのは元婚約者になったダージャス公爵令嬢の恐怖を煽る行為をしたからだ。
もう赤の他人だというのに無意味に触れようとした。危害を加えようとしたと思われても不思議ではない」
「違っ!そんなつもりで近づいたんじゃない!それに、今の見ただろう?!ウルシカは強いから問題なぃ…」
「ダージャス公爵令嬢、もしくは婦人だ。無礼者。
それと動けても強くても怖いものは怖いんだ。それを見せないだけ。同じ騎士ならわかるはずだが?」
初めて聞くナイディルの気遣いに少し驚いた。もしかして巨漢に迫られて一瞬強張ったのを見破られたのだろうか。そうならまだまだ修行が足りないなと、唸った。
「違うんだウルシカ!婚約破棄だなんて真っ赤な嘘で」
「もう婚約者ではない方に気軽に触られるなんて不愉快……いえ、不快ですわ。
それにわたくしが関わりたくないと距離をとっていたあの方と真意を確認する気もないまま、体の関係にまで至ったくせに、それをあっさりひっくり返す始末。
これは騎士道精神にも反していると思いますの」
「ウルシカ……」
「父にも二度とあなたの顔なんて見たくないといっておきますわ。ご安心なさって」
もう二度と縁を結ぶことはないでしょう、そういったら義両親はショックでその場に崩れ落ちた。
ダージャス公爵を通して提携の話が出ていたからそれがなくなったのがかなりの痛手なのだろう。残念ながら知ったことではないが。
ヒロインのせいで色々過敏になっている両親は例え他国であっても娘を害するものは捕らえよ!とナイディルに許可したため、不敬と不貞を働いた元婚約者は犯罪者としてヒロインと共に王都に送られることとなった。
それから少し遅れてウルシカも王都に向かった。勿論辺境伯に別れを告げ荷物もすべて持ってきている。
あそこで得たのは経験値くらいだったか、とぼんやり外を眺めていると視線を感じ前を見た。
馬車の中にはウルシカとナイディルの二人だけだ。二人で話すことは多々あったがこうやって密室で二人きりは初めてだった。
だがまあ、相手は神官見習い。神官は結婚できない、しない者が多い。緊張するだけ損よね、と思い直して彼を見つめ返した。
「例のご令嬢達がダージャス嬢に感謝してたぞ。お陰であの女に打ち勝つことができたってさ」
「そう。役に立てたならよかったわ」
例のご令嬢達とは王子達の婚約者達だ。先にウルシカに対して虚偽の噂をばら蒔いていたので、父に相談して影をつけて証拠集めをしていたのだ。
その頃からヒロインが活発に動いていたので危惧した父が王に報告。王家の調査員も乗り出し地盤固めが始まった。
次いで迷惑行為が始まった順に他の婚約者の家々が参戦し、婚約破棄は円満解消、もしくは令息に瑕疵がついた。
彼女達の新たな婚約者は王家も協力するらしいので少しは安心だろう。
ちなみに王子達は悉く廃嫡されたそうだ。特に厳しい処置をされたのはトールズで、卒業が見送りになったことで両親に見放され自主退学となった。
貴族籍を抜かれ、家も追い出された彼の行方はわかっていない。
元家庭教師も辛うじて教師として残れたが噂は長くつきまとうだろう。恋人とも復縁する前に近しい平民の男性と結婚してしまったのでより寂しく感じているかもしれない。
「あの子はどうなったの?」
「公爵から後で聞かされると思うが、養子縁組が白紙になって家を既に出ている。
在学はしていると思うが、元の家から帰ってくるなといわれ勘当された状態みたいだ。もしいるとしたら寮じゃないか?」
「そう、」
義弟も大きな代償を払ったわね。公爵家の養子にならなければヒロインに目をつけられることもなかったでしょうけど。
「みんな今もあのご令嬢を好いているのかしら?」
「さてね。表向きは目が覚めたと物わかりがいいようなことをいっているがトールズは最後まであの女を庇っていたからな。腹の中まではわからないよ。
それに魔法や魅了などの特殊スキルを使ったわけでもないらしい。好かれやすく行動していたのはわかるが、なんであそこまで惚れ込んでたかは謎だ」
それはなんとなく予測がつく。彼女が主人公でありヒロインだからだ。ゲームの強制力なんたらもあったと思う。
一番不可解で妙に納得する理由。ただ、私以外には理解できない話なのでナイディルにいうつもりはない。
「でもこれでやっとあの女とおさらばできるんじゃないか?」
「そう願うわ、あ、そうだ。卒業パーティーであの人わたしのことも断罪しようとしたんですって?」
友人の手紙で知ったのだが、あのヒロインは婚約者に飽き足らずそこにいないウルシカのこともやり玉にあげたらしい。
しかし、既に卒業していると知らない義弟やヒロインはいくら呼んでも出てこないウルシカに地団駄を踏んだという。
「でも義理の息子に正妻の子であるわたしの縁を切らせるのはさすがに無理があると思うわ」
「あれはあそこにいた全員が思ってたよ。吹っ掛けた話が悉く冤罪だったしな。実際あの女を苛めていたのも同じ爵位の令嬢だったし、俺達に看破されて何もいえなくなってたぞ」
「あら。アドベント様があの人達にしっぺ返しをしてくれたの?」
パーティーに出られないように細工をしたり、どこかに閉じ込めたり。教科書やダンスシューズを隠すなんて小学校レベルだが、それを声高に責め立てるつもりだったらしい。
その程度で処刑だなんて恐ろしすぎるだろう。
生きててよかった、とホッと息をつくとウルシカの代わりにナイディルが言い負かしてくれたようだ。わたしの婚約破棄の時も代理として隣で立ち向かってくれていた。
「ありがとう。アドベント様」
「別に。あの女を連行するついでだからな。それくらいなら俺にだって出来る」
嬉しくて礼と共に微笑めば、ナイディルは急にそわそわしだして顔を背けた。見える耳が少し赤く染まっているように見えた。
弁が立つこと以上にわたしに親身になってくれたのが嬉しい。きっと補給部隊にも自ら志願してくれたのだろう。
にこにこと見つめていれば挙動不審になった彼が頭を掻いて「あ!そうだ!」とわざとらしく話を変えた。
「これからどうすんだ?」
「とりあえず実家に戻るわ。これからになっちゃうけど公爵家の後継者としての勉強をしてわたしがダージャス家を引き継ぐわ」
「それじゃ婿をとるってことか?」
「そうなるわね」
瑕疵があちらにつくとはいえ、当分は結婚などできないだろう。それまでは私が頑張らなくては、と意気込んでいれば咳払いが聞こえ顔を上げた。
「婿のあてはもうあるのか?」
「全然よ。当分は腫れ物扱いで遠巻きにされると思うからその間に公爵家を学ぶわ」
「なら、その、………お、俺が立候補してもいいか?」
「へ?」
心底驚いた顔でナイディルを見ると彼は顔を真っ赤にして、でも真っ直ぐウルシカを見つめていた。
「こんな機会はもう二度とないと思うんだ。俺は次男だし継ぐ家もないから身軽で、騎士だし……腕はお前より弱いけど、お前のことは他の奴より理解してる……と、思ってる」
「……え、でも、神官になれる力だってあるのに」
「あんな力ささやかすぎて神官になんかなれねーよ。騎士科にきた時点で気づかなかったのかよ」
「いやでも、途中で才能が開花されるかもだし」
「期待してくれてるところ悪いがそれはない。こういった才能は早めに開花するんだ。あの女の開花だって真面目に修行していれば今頃正式な聖女になっていたかもしれない。
だが俺は真面目にやってもやらなくてもこれ以上の力は出なかった。そこまでなんだよ」
赤がうつったかのように自分の顔も熱くなる。
「………それとも、こんな中途半端な奴じゃ願い下げか?」
「そ、そんなことないわ!」
騎士としての実技はウルシカより低く、頭は回る方だが何かの役職についているわけでもない。
ある意味気持ちだけしかないというナイディルに顔は更に熱くなった。こんなピュアな会話、前世でもしたことがあっただろうか?
すぐさま反応して、しかも否定したウルシカにナイディルは目を大きく見開きそして片手で顔を覆った。
そして真剣な顔で手を差しのべた。
「ウルシカ・ダージャス公爵令嬢。どうか私と結婚してください。私の心の剣にかけてあなたを生涯守ります」
思った以上にしっかりしたプロポーズに緊張がうつった。内心あわあわしていると「こんなとこじゃダメか?」と弱気な声が聞こえ首を横に振った。
「いいえ。嬉しいわ。ドキドキして言葉に詰まってしまったの」
「……」
「わたくしでよければ喜んで」
浮かせたままになっている手をとれば彼の熱が伝わった。
「……もう少し考えた方が良かったかな?婚約解消したばかりなのに」
浮かれてしばらくニコニコしていたが即答してしまった自分がやや考えなしだったのでは?と悩んだ。
でもナイディルはいい奴だし婚約者や王子みたいにはならないだろう。
ヒロインもナイディルに興味を示さなかったし逆も然りでそこに凄くホッとしてる自分がいる。
「お父様が驚くかも」とぼやけばナイディルも真剣な顔で固まった。
「て、撤回するつもりはないからな」
「ええ。私もよ」
やや緊張した面持ちで呟いたが挑戦的な目でウルシカが返した。その強い瞳にナイディルの胸はキュンと貫かれた。
あの辺境伯の息子は本当見る目がない。
これだけかっこ可愛いのにどの辺を女らしくしろというんだ。粗野に見せかけて品しか感じられないのに。着飾らなくても花に例えたくなるくらい美しいのに。
こんな完璧な女性なんて滅多にいないというのに。
「あー仮にだが、もしお前と決闘して勝てたら結婚を許してやる、っていわれたらちょっとは手加減してくれよ」
それは普通ウルシカの父親とナイディルではないのか?と思ったが、それはそれで面白そうだったので「考えておくわ」とニヤリと笑った。
読んでいただきありがとうございました。
チェックありがとうございます。見直し少なかったです……
ーーーーーー
ランキング入りしてました。感謝。
2月7日8日 総合 日間短編、1位
2月6日9日~12日 異世界転生/転移 日間1位
2月9日~17日 異世界転生/転移 週間1位
2月9日 ジャンル別 恋愛 6位
3月1日 ジャンル別 月間恋愛 2位